妹のこと
宿の受付付近にはテーブルがいくつかあり、ここで食事もとれるようになっている。
僕はなんとか勇気を振り絞り、ソリーサさんに飲み物でも飲みませんかと誘った。
ただでさえ女性を誘うことに慣れていないのに、これから聞きにくいことを聞かなくてはならない。
断られて部屋へ行くと言われることも予想していたけれど、ソリーサさんは笑顔で応じてくれた。
ソリーサさんには座っていてもらい、僕は受付でジュースを2つ注文する。
「ありがとうございます」
テーブルに戻るとお礼を言われた。
今のところ、初めて会った時と同じような雰囲気をしている。
一晩と半日ほど経って、心の整理がついたのかもしれない。昨晩の時点でかなりしっかりとした口調だったので、僕なんかが思っているよりも強い人なのだろう。
ソリーサさんは遠出をするのがひさしぶりらしく、住んでいた村以外でこうしていることに緊張していると教えてくれた。
そんな話をしているとジュースが運ばれてくる。味も甘味も濃い、おそらくワナキーオから取り寄せている果物で作っているのかも。
ソリーサさんには飲み慣れた味なのではと思ったが、どうやら気に入ってくれたらしい。
あっという間に半分くらい飲んでくれた。
さて、どうやって切り出そうか?
ひとまずは、昔の勇者がどんな感じだったとか?からだろうか?
それとも、いったん勇者は避けた方がいいか?
「あの、シーノさん」
あれこれ思考を巡らせているとソリーサさんから話を振られる。
「なんでしょうか?」
「ひょっとしてですが、ウィルコさんから宿に残るように言われていたりしますか?」
心臓を軽く小突かれたような感覚だった。
口までつけたジュースを喉へ流し込むことができなくなる。
「どうして、そんなことを思われたのです?」
ジュースをテーブルに置いて、できる限り意外そうな感じが出るように努める。
「私の勝手な印象ですけれど、シーノさんって率先して手伝いをするような人な気がしますし、
それに、ウィルコさんって私に何も言ってくれないことが結構あるんです。シーノさんについて私に何も言ってこなかったということは何か隠しているかも…という感じです」
ソリーサさんは少し寂しそうな顔をした。
自分が蚊帳の外になっていることにというより、わかっていて何もできない自分を悔やんでいるようにも見えた。
そして今度は何かできることを探すために、僕から何かを引き出そうとしている。
「では、ウィルコさんは僕に何を言ったと思いますか?」
ソリーサさんはテーブルの真ん中に視線を向けたままこう言った。
「兄について聞いてほしいとかではないでしょうか?」
勘がいい、というよりウィルコさんのやり方を読んだといったところか。
ソリーサさんは人のことをよく感じ取っている。よく知った間柄のウィルコさん相手ならより強く感じているのだろう。
その点は、ウィルコさんがソリーサさんを甘く見ているところな気がする。
「はい、その通りです」
僕がここにいる理由がそれなのだから、もはや隠す意味は無い。
あとは、ソリーサさんがそこまで感づいていて何を思っているか?である。
いや、ここはソリーサさんの出方を伺うのではなく、僕なりの誠意を見せるべきだ。
仕組まれたからしぶしぶ話すのでなく、少しでも話してよいという気持ちであってほしい。
ソリーサさんの今の状況はなんとなく自分に似ている。はっきりとした目的があるのに、今はただ流れに身を任せることしかできない。
これは僕のエゴだけれど、ソリーサさんが自分の意思で話すことで何か変わるかもしれないと思った。
「前にもお話した通り、僕は勇者に命を救われています。それから僕はずっと勇者のことを追っていました」
ソリーサさんには、僕が何を思ってここにいるのかを知ってもらおう。
「ずっと勇者にまつわる出来事を見聞きして、それなりに楽しく生きていたところに…自殺の話が飛び込んできました。
まずは怒りがありました。そんなことするわけがないだろうと。だって他の誰でもない世界を救ってくれた勇者ですよ。
でも、あれだけ膨れ上がっていた怒りも、意外なほどすぐに収まっていきました」
新聞屋とは思えないほど拙い言葉を並べている。
ソリーサさんの表情を見ても、どう思われているのかわからなかった。
「そこからこの旅が始まり、色んな人の話を聞いていき、どんどんわからなくなっていきました。
僕にとって、勇者とはなんだったのかと。
だけど今はそれはどうでもいいんです。今大事なことは勇者に何があったのかということ」
うまく話をまとめることができない。
伝えたいことがあるのに、それを表現できない。
こんな話をすべきではなかったか?そんなことが頭によぎる。
「シーノさん」
僕の言葉の合間をぬって、ソリーサさんが僕の名を呼んだ。
「あっ、なんでしょうか?」
「シーノさんは、私も知らない兄の話をきっとたくさん知っているのでしょう。
それらがすべて本当だと信じていますか?」
「えっ?あの、もちろんです」
ソリーサさんは静かにこう言った。
「私は、信じられないことばかりです」




