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聖地

馬車の中では特にできることもないので、ベッドで横になっていた。

本を読むなどする人もいるらしいが、僕は酔ってしまうのでできない。

馬の歩く音や馬車が進む振動で眠ってしまうこともない。

壁と屋根で雨風を凌げる代わりに、残念ながら窓も無いので外を眺めることも難しい。

出入り口から見ることもできるが、後続の馬車と向い合せになるので気まずい。


こんな退屈な時間が三日も続くわけだが、10年前では考えられない。

危険であるのもそうだが、そもそも道すら無かった。作ることができなかったのだ。

だから、これも勇者のおかげなのである。




何度か休憩を挟んだ後、日が暮れる前くらいに一日目に泊まる村に着いた。

ズシオという村で、果物や茶葉を栽培して生計を立てている。

のどかと言えば聞こえがいいが、都市で暮らしている僕からしたら何も無いと感じてしまう。

まぁ、ある一点を除いてだが。


宿屋で受付を済ませる。

利用している馬車が毎回立ち寄っているのか、とてもスムーズだった。

食事も好きなタイミングでとれるということでありがたい。


僕は荷物を部屋に置くと、食事は帰ってきてからと伝えて外に出た。

この村唯一のあるものを見に行くためだ。

まだ夕日が村を照らしてくれているが、建物の影で道が暗い。

街頭もほとんど無く、人が歩いているがほぼ帰り道だろう。

僕が宿に戻る頃には誰もいないかもしれない。

少し歩くと建物が少なくなっていき、畑がちらほら見えてくる。

まだ実はついていないが、葉はとても茂っていて今年も豊作そうだぞと言わんばかりだった。

鳥や虫の鳴き声も聞こえてきたり、たまにはこういうのも悪くないと思わなくもない。


そんなことを考えながら進んでいくと、この村に少し似つかわしくない店が見えてくる。

店の外には畑仕事で使う道具が並んでいて一見そういう店に見えるのだが、外側の方には槍などの武器が少しだけ並んでいる。

極めつけは麦わら帽子とエプロンを付けた甲冑がお出迎えしてくれる。

ここが目当ての場所である。

入口の近くにはこんな看板が置いてある。


勇者が初めて剣を取った店。


看板が言う通り、勇者はここで最初の剣を手に入れたと言われている。

もう少し言うと、それまでは生活で使っていた斧で戦っていたらしいが、勇者の師匠であるピスケから剣を勧められてここで買ったとされている。

その後勇者が世界を救うと、ここは勇者を感じられる聖地の一つとなった。

僕はすでに来たことがあったというのもあるが、迷わずここにこれたのは村の所々でこのことを謳っているからでもある。

この村にとって勇者が初めて剣を買ったという事実は、果実と茶葉に次ぐ売りなのだ。


ただし、果実と茶葉のように今も売れているかは別である。

村中で謳っている張り紙も、世界に平和が訪れた時に張り出されたもの。何度も日に焼かれ、最初は取り換えられていただろうけど、今は薄ボケたものばかり。

勇者の名を冠したお茶やお菓子などもたくさんあってどこにでも置いてあったが、今でもあるのだろうか?


お店の中へ入ってみる。

まず目に入ったのは手袋やタオルといった消耗品。

右手には店主が座るところがあるが空だった。

左へと進んでいくと、枝を切るハサミなど農園で使う道具が豊富に取り揃えられている。

奥に辿り着き右へと回る。

お店の隅に古臭い剣や盾が追いやられていた。武器は大きな箱に詰められ、防具は棚に乱雑に置かれている。これらも当時のままなのだろう。

世界が平和になる前は十分な需要があった。

この村には元戦士だった人がいると思われる。その人たちの需要に答えていたのだ。

今はもう買う人なんていないと思う。それでも完全にやめないのは、店長の信念だろうか?


武器防具に近づいていくと、小さな剣の置物が何個も置いてある。そこも少しほこりをかぶっているがきれいに並べられていた。

木材を剣の形にして、勇者が買っていったものと同じ色に塗られている。

柄の部分には穴が開いていて、紐を通せばぶら下げられるようになっており、鞘は三脚のようになっていて立てることができる。

安っぽい作りではあるが、聖地巡りとしてここへ来てもそれ以外何も無いのだ。これを買って帰らないと何も残らない。


武器防具はいざ知らず、このお土産までほったらかしに近い状態であるのを見ると、もう勇者関連でこの村を訪れる人はいないのだろう。

なんというか、空しい雰囲気を感じる。

たったの10年でもう忘れてしまったのか?と憤りを感じるが、しかたないのもわかっている。

死なないためではなく、幸せのためにようやく生きることができるようになったのだ。

勇者に感謝こそあれ、どうしたって明るい未来に心が向かう。

あと、新聞屋として言わせてもらえば、もう新鮮で刺激的な話は勇者からはもう出ない。娯楽としては飽きられてしまったと言える。

僕としてはこれをまだ置いてくれているのを少しうれしく思うが…。


「あー、いらっしゃい」


後ろからおじさんに声をかけられた。

振り返ると、以前見た時より少し老けた店長がいた。

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