その先へ
特に聞こえてくるものは無かった。
僕の耳に届くのは虫の音色と風の音だけ。
ただなんとなく、家の中は荒れているような気がした。
当然ただの気のせいだとは思っている。ちょっとした床の軋みや窓の揺れがそんな気にさせているだけ。
僕にとっては偉大な勇者の死であり、他の人にとっては大きな話題。
ソリーサさんにとっては肉親の悲しい選択。
それを思うと、僕がやっていることがなんなのかを考えさせられる。
真実を追求するのと出来事を尊重するのはどちらが正しいのか?
自殺を隠しているのか、それとも隠されているのか?
その答えが出るのは、すべてを知るしかない。
時計を見ることなく、背中超しに家の様子を伺っていた。
だからどのくらい待たされていたのかわからないが、ウィルコさんが僕の前に現れた。
「お待たせしました」
静かにそう言ったウィルコさんに、愁いを帯びた雰囲気を感じた。
それだけで、家の中へ入るのが少し怖くなる。僕はこれから、もう一度その悲しみを掘り返そうとしているのだから。
黒服の二人の間を通って家の中へ、二人はウィルコさんを見ることなくただ立っていた。
歩くのが三回目になる廊下、ソリーサさんに配慮された廊下が今は殺風景に見える。
意を決して食卓へと入る。
俯いて顔を覆っているソリーサさんと、肩に手を添え支えているウルスさん。
初めて兄の自殺が語られたということが明らかだった。
ウルスさんにまた睨まれるかもと思っていたが、僕なんてもはや気にもしていなかった。
どうしていいかわからず、僕は椅子の前で立ち尽くす。
「約束通りシーノさんにもお話します」
「で、でも」
この状態でそのまま進めるのか?僕の判断が追い付かず混乱しそうになる。
「いいんです。私が聞くと言ったんです」
少しかすれた声でソリーサさんがそう言った。
聞くというのはどういうことだろう?ウィルコさんの話をもう一度なのか、それとも、話を聞いた僕の反応なのか。
本当にこれでいいのかわからなかったが、一番配慮したい人がそう言っているので僕はさきほどの椅子に座った。
ウィルコさんは座らずに、ソリーサさんの少し後ろに立った。
僕はいったいこれから何を聞かされるのか。緊張というよりも恐怖に近い感情が芽生える。
「まずは、あなたにお話しする理由から説明致します。
勝手ながら食事中にシーノさんの荷物を調べさせていただきました」
僕は反射的に鞄を抱え、中を確認する。
決まった配置などがあるわけではないので何とも言えないが、触られたような感じはなかった。
察するに、外にいた男性にこっそり調べさせたということだろう。
まったく気が付かなかった。いったい何者なのだろうか。
「その中からレプテスという新聞屋であることがわかりました。
シーノさんはカプーリさんのことをご存じですか?」
その名を聞いて僕に心当たりがあった。
「もしかしてですが、カプーリさんがヌイさんにこのことを話しているから」
「そうです。もしレプテスの誰かがこの件について尋ねてきたら知っていることを話してほしい、私が話してもいいと思うならと、カプーリさんに言われました」
僅かに複雑な思いがした。
僕は僕の思いのままにここまで来ているのに、ずっと誰かに導いてもらっているような感覚。
この旅の幸運は誰かの意図なのではないかと疑いたくなるような。
あり得ないとは思うけれど。
「カプーリさんと、ウィルコさんはなぜ僕に話してもよいと判断してくれたのでしょうか?」
「私はカプーリさんの考えに賛同しただけになります。この件をどうするかは世間に任せてみようと」
「世間に、任せる?」
ヌイさんが勇者一行も一筋縄ではないかもしれないと言っていたことを思い出す。
「勇者の尊厳のために静かに眠らせてあげたい人と、今こそありのままを知らせてもいいのではないかという人がいます。
カプーリさんは後者のようです。ありのままというのが何を指しているのかは心当たりがありませんが、私はあの子がしてきたことは隠すようなことではないと思っています」
ウィルコさんが語っていた勇者のことを思い出す。
快く思っていない人もいたけれど、ウィルコさんの目には何も薄暗いものは映っていなかった。
いたずらに広げることでもないけれど、秘密にしてしまうのも違うと考えているようだ。
僕はソリーサさんの様子を伺いながら、改めて問いかける。
「では、勇者ライブが自殺してしまったというのは本当だということで、いいのですね?」
重く沈む空気の中で、ウィルコさんはしっかりと答えてくれた。
「はい」
僕の心は、想定していたよりも揺れなかった。
遺体をこの目で見たわけでもなく、ウィルコさんもカプーリさんから聞いただけだろう。
だからまだ事実では無い可能性がある。
という理屈はあるが、今はどちらでもよいとさえ思っているくらいだった。
事実は僕が追っている先にある。だから今はそこに固執する必要が無い。
こんな考え方は自分らしくないと僕でさえ思った。
そうなった理由はあそらく、この世で一番悲しんでいる人が近くにいることと、この旅で僕の中の勇者が揺らいでいるからかもしれない。




