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安心

気持ちとは裏腹であるけれど、僕の意思に呼応するように開こうとするドア。

一瞬逃げようとかかとに体重が乗ったが、つま先に力を入れて僕はその場に留まった。

こうなれば出たとこ勝負をするしかない。その実力が無かったとしても。


ドアから顔をのぞかせたのは女の人であった。

その顔を見て、僕はこの人がソリーサさんであることがわかった。

背が低く、少し猫背なのがより小柄な印象を植え付けてくる。

料理中だったのかエプロンを付けていた。

目が良くないのも相まってか、か弱い女性そのものといった感じだ。

ただその中で一番印象的だったのが、短く整えられた髪だった。

外で力仕事を生業としている男性がよくやっているような、すっきりとした髪型だった。


「えっ!?あれ?どちらさまですか?」


真っすぐ僕を見ているが視線が合わない。おそらく僕の存在は映っているけれど形や距離まではわからないのかもしれない。

それなのに、ドアの前にいたことに気が付いて?僕が知り合いではないこともわかったようである。

とても気弱そうな雰囲気もあったけれど、他人を怖がったりはしないようだった。


「す、すみません夜遅くに。僕は新聞屋をやっている者でして、東都市マーコヨハから来ました」


「マーコヨハ、そんな遠くからいらっしゃったのですか?」


ぱっと表情が明るくなり、なんだか歓迎されそうな雰囲気になる。


「はい、そのですね、お時間は取らせませんので少しだけお話を聞かせていただけないでしょうか?

もし今お忙しいようでしたら、落ち着くまで待ちますので」


「そんな、こんな何も無い町ではどこにも行くところなんてないですよ。

料理中なのでそれを待ってもらうことになりますが、中で待っていてください」


期待通り、僕は家の中へ招いていただけることになった。

ただ、こんなにあっさりよそ者を家に入れて大丈夫なのか?無警戒にも程がある。やって来た僕の方が心配になってきた。

それに、もし旦那がこれを見てどう思う?ソリーサさんがいるから大丈夫だとは思うけれど。

等と色々と思うところがあったが、話を聞いてもらえない最悪の事態は回避できたことを内心喜んだ。


家の中はとても質素だった。

廊下には棚などもなく、食卓とを隔てるドアも無かった。

食卓も最低限の物が揃っているというだけである。目の不自由さを考えれば納得もあるけれど、やり過ぎている節も感じていた。自分の家であればうまくやっていけそうなものだが?


僕は椅子に座らせてもらうと、ソリーサさんは台所に立った。

食材を鍋に入れた後だったようで、手際よく火を入れる。

煮立たせている間に、チーズなどを切って小鉢に盛り付け始める。


迂闊にも、心が少しときめいてしまった。

すっかり忘れていた、自分の家という安らぎの場。

自分にはまだ早いなんて思っていたけれど、結婚というものへの憧れが湧き出てくる。


「はい、大したものではないですけれど、よかったら食べていてください」


なんと、先ほどの小鉢は僕へのものだった。

簡単に盛り付けられたかわいいサラダ。思わず見惚れてしまう。

僕はお礼を言って一口食べた。

おいしい。至って普通の食材を並べただけなのに、体に染みわたってくる。


僕はこれから、この人に酷なことを取材しなければならないのか?

彼女の善意を受け取る資格は無いとばかりに胃が痛くなってくる。


そうか、ちょっとだけわかった気がする。

この旅は、今まで僕がやってきた取材とは大きくことなる。

今までは勇者について明るく前向きな取材が主だった。だから僕も気兼ねなく話を聞くことができたし、相手からも期待はずれなことを聞かされることもほぼ無かった。

今回は違う。まったくの逆だ。

相手からは当然予期せぬ回答が返ってくるし、僕自身がそもそもこの話を良く思っていない。

取材をして色んな視点を得られているのは事実ではあるけれど、ひょっとしたら、僕は取材を遠回りする言い訳に使っていないだろうか?

信じたいように信じていた勇者の、真実を知ることを恐れているのではないか?


あの時の怒りは、ただの防衛本能だったのだろうか?


「さてと」


火を止めて、エプロンをはずそうとしているソリーサさんの声で僕は意識を取り戻す。

こんなところで考えることではなかった。僕はあわてて会話の順序を練り始める。


「お待たせしました。お話ってやっぱり兄さんのことですか?」


ソリーサさんが向かいの席に座り、向こうから取材を始めてくれる。

本来ならとてもありがたいことなのに、今回だけは僕を追いつめていく。


「は、はい。その通りでして、仕事ではあるのですけれど、僕は勇者…ライブさんをとても尊敬していまして、こうして妹のソリーサさんにお会いできたのも光栄といいますか」


黙ってサラダをいただいていただけの分際でよく言えたものだと自分で思った。


「そうですか、もう何年もそういうのはありませんでしたから、なんだか懐かしいです」


ソリーサさんの笑顔を見ていると、本当に胸が痛くなってくる。

この様子では、勇者が自殺したことを何も聞かされていない。

ひさしぶりに兄の話ができることに喜びすら感じていそうである。


僕は、いったいどうすればいいのだろうか?

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