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出発

「えーと、シーノ=イノブさんね。

レプテスの会社員って、あの新聞屋か。

すごいね、俺けっこう読ませてもらっているよ。取材?どこに行くの?」


勇者が自殺したといわれている場所に向かうため、僕は長距離馬車に乗せてもらおうとしていた。

まずは東都市マーコヨハから西都市カサオーへ向かう。

大金がかかる上に3日も馬車の中で過ごすことになるが、これが最速なのだからしかたない。


大柄の中年男性が僕の身分証を確認しながら、僕の行先を何気なく聞いてきた。


「カサオーの裁判所です。詳しいことは言えませんが、近々大きな裁判があるという噂を聞きまして」


もちろん大嘘である。

裁判という単語を聞いてか男性は興味を失って軽い返事をした。

この男性は用心棒なのだろう。世界が平和になったとはいえ、外の世界まで安全になったわけではない。

乗客を受け付けながら人相を覚えているのかも。


「仕事でこんな馬車に乗れるんだから、給料もいいんでしょうね」


少し嫌味が混じった言い方だったが、悪い気はしなかった。

僕は運動は苦手な方なので、体力がある人がうらやましかった。

だから、この程度ならむしろ優越感を感じる。


案内された馬車に乗り込む。

中には小さなベッドが二つあった。

普通なら何人も詰め込まれて一日中床に座らされるところを、僕はベッドで寝ながら移動できるのだ。

こんな快適な旅はそう無いわけなのだが、僕がこんな馬車を選んだのは単に最速だからでしかない。

別に膝を抱えて寝るでも問題なかった。


「兄ちゃんラッキーだな。貸し切りだってよ」


僕が荷物を床に置いて、ベッドの感触を確かめていると男性から話しかけられた。


「そうですか、たしかにラッキーです」


適当に愛想よくして、ベッドに腰かけた。


馬車は三台並んでいたから、僕を含めて五人が乗客か。

いったいどんな人がこんな馬車を普段利用できるのか少し考えたが、すぐにどうでもよくなった。


それよりも、あの男性が勇者の話を知っているのかが気になった。

僕があの話を聞いてからまだ一日も経っていないが、都市間の移動を生業としている人たちなら耳にしていてもおかしくない気はする。

もし知っているなら、僕が新聞屋とわかった時点で話を振ってきそうなものだ。あの男性の感じから、僕が客だから控えたなんてことはなさそうである。

となると、まだ知らないと思っていいか?

ヌイさんが情報を掴んだ時点ではまだ一部の人間しか知らない段階で、さらに秘密にしようとしている可能性があるかもしれない。

知れ渡るのなんて時間の問題だと思うが、僕らのような人間の対策を練るくらいの余裕は生まれるだろう。


「皆様そろいましたので、出発いたします」


先ほどの男性とは違い、それなりの身なりをした男性が丁寧に挨拶する。

少し離れたところで鞭が鳴る音が聞こえると、馬車がゆっくりと動き始めた。

振動を感じるが、慣れれば気にならないかもしれない。

僕は用意されていた水筒を少しもらい、ベッドに横になった。


新聞屋にいた時に比べると、気持ちがかなり落ち着いている。

この仕事をしていると、情報なんてものは自分の目で見るまで信じ切ってはいけないということを嫌というほど思い知らされる。

一対一の会話ですらすれ違うのが人間のコミュニケーションだ。

何人も人を介し、媒体を変え、その都度変化していく情報にいったいどれだけの真実があるのか?

ヌイさんの情報に嘘は無いのかもしれないが、不純物が混じっているかもしれない。


では、僕があの時感情的になったのは、くだらない誤情報と決めつけたから?

今僕が冷静なのは、勇者の自殺を信じていないから?

情報を扱う仕事をしておきながら、勇者を絶対的存在と据え置き、それを前提に物事を考えている。


勇者がそんなことをするわけがない。


どうやら僕の中の答えはこれのようだった。自分の目で確かめるまでは…。


少し客観的に考えてみると、現実味が無い状態とも言えるかもしれない。

小説などで親の死を知らされた主人公がその場で悲しみにくれるシーンがあるが、本当にそんな人はいるのだろうか?

親を助けるために奮闘中だったとかならわからなくもないが、大抵は元気な姿を思い浮かべて、そんな馬鹿なと考えてしまわないだろうか?


人は自分の都合の良いように考えてしまうものである。やはり自分の目で確かめるまでは…。


実はどこかで生きているのではないか?

そんな可能性さえ頭をよぎる。

それはなかったとしても、もしかしたら死なざる負えない事情があったとか。


勇者ライブ。

僕はあなたのおかげでこうして今も生きていられます。

あなたの軌跡を追って、深く理解して、それを色んな人に伝えて、また発見があって。

人生があなたのおかげで色付いている。

先輩や編集長にたてついた怒りも、こうして物思いにふける静けさも、あなたが残してくれた感情だ。

こうして馬車に乗っているのも、あなたが与えてくれる原動力です。


そんなあなたに、何があったのですか?

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