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南へ

ソリーサもマズー霊石を持っていることがわかった後、明け方まで三人で今後について相談をして、一睡もできないまま僕は今、海の上にいる。

ソリーサがいる南都市ワナキーオへ向かう手段として、ヌイさんは船の搭乗券を用意していたのだ。

値段はもちろん高額だが、陸地を行くより三倍も早く安全である。

西から南に向かう海は滅多に荒れないことでも有名で、これ以上ない旅路になった。

船は大きい方ではあるが、それ以上に人が乗っており、金持ちでもない限り個室では寝れない。もちろん僕は二等室で他の客と一緒に眠ることになる。

体はクタクタなのだけれど、午前中は港まで馬を走らせ、お昼ご飯も食べられないまま手続きを済ませて、慌ただしく乗り込んだせいか眠気だけが無い。

船内でおやつを買って海を眺めながら食べている。

温かい日差しと少し強めの風が心地良いので、しばらくしたら眠くなる気がした。


結局…と言っていいのか少し微妙だが、僕はヌイさんの提案通りに動いている。

ソリーサとマズー霊石が結びついたのはヌイさんも想定外だったと思うが、僕に何も案が無い時点で断る理由が無かった。

というか、こうして一人物思いにふけっているとなぜヌイさんの提案に反発している自分がいたのかが不思議になってきた。

自分の気持ちに真っすぐ行動することが、勇者に対して誠実だとでも思っていたのだろうか?

それとも、気持ちはあっても新聞屋としての実力が無いのを認めたくなかったのだろうか?

はてまた、これで終わっていく勇者を最後に独り占めでもしたかったのだろうか?

自分の勇者信仰がどういったものなのかわからなくなってくる。

なんで、今まで書いてきた勇者の記事のようにできないのか?

いったい何が違う?

この旅で似たようなことを何度か考えているが、未だにヒントすら見当たらない。


あの二人なら着実に勇者の真相に近づいているかも。

ヌイさんは引き続きカサオーで勇者一行の動きを監視中。

リトさんは陸地から南へ向かい、マズー霊石とは別の勇者に所縁がある場所を目指している。

どちらも今の僕にはできそうにない。そういった点でも僕はこの船に乗るしかなかった。


…まずは寝るか。

船の揺れにも慣れてきて、今なら多少の寝苦しさも感じない気がしてきた。

僕は二等室へ行き、人がいない隅っこを見つけて布団を敷き横になった。

窓が無いので閉塞感がすごいが、これなら日中だろうと関係なさそう。

僕はそっと目を閉じた。




ふと目を覚ます。

結構な時間を眠っていた自覚があり、ゆっくりと頭を起こして辺りを見てみる。

いつの間にか布団と寝ている人で埋め尽くされていた。

時計を見ようにも暗くて見えない。

出入口付近にしか明かりがないので、人を踏まないようにすり足で布団の間を滑っていく。


なんだ、まだ夜になってからそんなに経っていないじゃないか。

こんな船の上ではやることなんてないので、みんなさっさと寝てしまっただけのようだ。

可能な限り眠って、暇な船の上にいる時間を少しでも削った方がいい。


時間なんて気にするんじゃなかった。自分の布団に戻るのがかなり面倒くさい。

再び眠くなるのを期待して、僕は海の夜風にあたることにした。

外に近づくにつれて波の音が聞こえてくる。

日中と違って風が少し寒い。

こんな夜中に船がすれ違うことなんてあるのか?と思うほど大きな明かりが船上にはあり、思ったよりも星を見ることができなかった。

なるべく暗い場所を求めて少し彷徨ってみる。

船員ともすれ違わない。ここが海の上だということを思い出すと、途端に孤独を感じた。

一人が怖くなり、布団に戻ろうか悩んで後ろを振り返ってみる。


「っおわ!」


暗闇の先に、髪の長い女性がいた。

大きいカーディガンを羽織り、足首まで隠す長いスカート。申し訳ないがまんま古典的な幽霊のシルエットだった。

僕の声に女性も驚き、なんと尻もちをついてしまう。

小さく短い悲鳴が聞こえ、僕はあわてて女性に手を貸した。


「すみません、驚かせてしまって」


女性は僕の手を取って立ち上がる。


「こちらこそ、もっと離れて歩けばよかったですね」


品の良さを感じる。よく見ると着ている服も値が張りそうだ。

僕はこの後どうしていいかわからず手をこまねいていると、女性は壁にもたれかかった。


「もしかして、あなたも眠れなかったのですか?」


女性にそう聞かれ、僕はそんなところですと答えた。

しばらく沈黙が続く。


「あの、ワナキーオにはどういったご用件で?」


無言に耐えられなくなって不躾な質問をしてしまった。


「…人を迎えに行くところなんです」


「お迎えに?」


「はい、これからその人にとって大切なことがありますので」


この船に乗っていくということは、カサオーにその人と戻るのだろうか?

女性一人でそんなことをするとは思えないので、何人か乗っているのだろう。

だとすると、いったいどんな人なのだ?

複数人の大人が必要となると、幼い子供か、ご老人か。


「あなたは何しに行くのですか?何かの帰りですか?」


暗く重たい暗闇が支配していた空間を、明るく軽やかな明かりが解き放つ。

不思議な魅力を持った人だと思った。

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