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巡る思考

ヌイさんと食事をした後、僕はひさしぶりの風呂に入った。

ここにはいつでも入れる大浴場があり、どんなに遅い時間でも汗を流すことができる。

年季も入っていて所々黒ずんでいる。だが不思議とそれもこの浴場の良さのように思えた。

貸し切り状態とまではいかないが広々と使えて快適である。

明日も早いのですぐにでも寝た方がいいのだが、少し考え事をしたくてここへ来た。


ヌイさんが僕をどうしようとしているのかが読めない。

すごい人なので僕なんかが察するのはおこがましいところもあるが、もやもやする。

聞けばちゃんと答えてくれて、嘘も言っていないと思うけれど、すっきりしない。

考えすぎだろうか?


まぁ、これについては一人で考えても答えは出ない。

それよりも自分についてだ。

会社の会議室を出てからというもの、ずっと冷静である自覚がある。

ずっと感情的ではいられないのが当たり前だが、今のところ感情が高ぶることはなかった。

もっと、わき目も振らず追い求めるものではないのか?

いやいや、小説とかではないのだ。実際はこんなもの。

そんな考えが行ったり来たり。お湯の温度が少しゆるい程度だからかずっと浸っていられる。

勇者のために行動している。それ以外のことは最低限に収めてここまで来た。

これは立派な情熱ではないのか?

こうやって自分に言い聞かせている時点で違うのか?


いろんな人の思いを聞いても、僕は関心するだけだった。

わからない。わからないけど、明日になれば何かが変わるだろうか?


程よくのぼせて、水分を取りながら休憩していると、すごい眠気に襲われた。

快適な馬車ではあったけれど、部屋の中で寝るのはまた違う。




目覚ましをかけて目を閉じた後、すぐに朝が来てしまったような感覚だった。

眠れていた感触はあるが、完全に不足している。

僕は体からの要求を無視してすぐにヌイさんとの待ち合わせ場所へと向かった。


貸し馬がある所まで行く。

まだヌイさんはいなかったが、馬の持ち主が僕に声をかけてくれた。

代金はもう受け取っているようで、先にサインをして準備を進める。

少ししたらヌイさんもやって来て、なんでも手際よくやって僕に並んだ。


「それじゃ出発しようかと思うのだけど、君ってどのくらい馬に乗ったことあるの?」


「一番長くて1時間くらいでしょうか。今日が最長記録になります」


「うーん、思っていたより少ないなぁ。休憩場所を増やした方がいいかも」


疲れたら言いますのでと言おうとしたけれどやめておいた。

たぶん、ヌイさんが計画しているペースの方が楽で早い気がする。


すべての準備が整い、持ち主に帰りの予定時刻を伝えると馬を歩かせた。

最初は町中を進んでいき、次第に建物が少なくなっていく。代わりに畑や作業場のような所が増えていく。

だんだんと馬の速度を上げていく。

風にのっていくと、ついに都市を抜けてしまう。

まだ道は続いているが、林と草原が目の前に広がっている。

正直、少し気持ちが重くなった。

人任せの馬車でさえ大変なことをわかっているのに、今日は自分で馬を走らせなくてはならない。

この先はヌイさん以外に頼れる人がいない。

もしヌイさんに何かあれば、そのまま行き倒れてしまうかもしれないのだ。

早く目的地に着きたいが、無理をするわけにはいかない。

やらなければならないことがあるし、帰り道だって残っている。

…この人は一人でこれをやったのか。自分がまだまだ未熟であることを痛感した。


途中から道らしき道は無くなっていく。

だけどこの移動は比較的楽な方である。理論上は。

長くゆるやかな山を登る形になっているが、その代わり頂上を目印に進めばいいのである。

もし森を抜けるようなことがあったら大変だった。ただでさえ進みが遅くなるのに、方向を間違えないようにするのが大変だからだ。


休めそうな場所を見つけては定期的に休んでいく。

乗っている間はそうでもないのだが、降りて足を投げ出すと一気に疲れが来る。

もっと乗り方がうまければヌイさんみたいに長時間乗れるのだが、そのために練習しておこうと思ったこともない。


正午手前くらいに目的に着くことができた。

あと1分もしない所に、勇者が住んでいた家がある。

一人で住んでいたとは聞いていたが、それにしては大きい家だった。

少し裕福な四人家族くらいが暮らしていそうな感じだ。

井戸や畑、鳥小屋まであって自給自足で生活できそうな設備が整っていた。

巻き割り、簡易的な風呂、釣り具。近づいていくにつれて生活感が増していく。

本当に今は住んでいないのだろうか?

とてもそんな風には思えないくらい、ここには豊かさがあった。


ここで勇者が生活をしていた。

興奮して色々触ったりしてみてもよさそうなのだが、そんな気は起きない。

勇者は死んでしまって、いや、それが間違いである可能性もあるのだが、少なくとももうここにはいないわけで。

僕がこれから目にしていくもの次第で、勇者がどうなってしまったのかが明らかになる。

だから、今はそれどころではなかった。

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