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過去の偉人

自分でも不意打ちのような形になったと思ったけれど、じわじわとヌイさんはどう思っているのか興味が湧いてきた。

多数いる大物の一人なのか、それとも何か思い入れのある人なのか。


そうねぇ…とヌイさんは考える素振りを見せる。

即答でなかったあたり、本当に考えたことが無かったのかもしれない。

ヌイさんにとって、勇者の自殺は数年に一度の大きな事件くらいにしか思っていないのかも。

ありそうな話ではあるけれど、それはそれでちょっと引っかかる。

世界を平和にした勇者。それを、言い方は良くないがそこらへんの権力者などと同等に見るなんてありえるのだろうか?


「まぁ、会って話をしてみたかったなくらいには思っていたかな。もう何年も目立った活動をしている人ではなくなってしまったから積極的にとはいかないけど、カプーリさんのツテでその内あるかもって感じだったね」


案の定、なんとも思っていないような回答だった。


「本当にそれだけなのですか?カプーリさんから話を聞いたりして、少しは憧れがあったとか?」


「あー、そういう意味では"そういう気持ちもあった"という過去形かな。私としては生きている歴史の偉人って認識が近いかも。

こう言ってはなんだけど、今更聞きごたえのある話とか出てくると思う?

勇者の逸話や発言って山ほどあるじゃん」


普通はそういうものを見聞きして尊敬の念を覚えるのではないのだろうか?

勇者が自殺したと聞かされた時、会社の人達や僕が取材した人達には少なからず動揺が見て取れた。

反応が薄くても、心のうちでショックを受けていた。


「それはそうかもしれませんが、そうではなくて、死んでしまったことを残念に思うとか…」


ヌイさんは困った様子で頭を掻く。


「君にはそういう風にみえているの?」


ぎくりとした。僕がヌイさんを変わり者と思ったことを見透かされたと思った。

それに気が付いてヌイさんはすぐに否定する。


「いやいや、そういう意味ではなくて、"他の人が"ってこと」


「他の人?」


「ううん、なんでもない。私の勘違いかも」


そう言ってヌイさんは窓の方に目をやる。


「とりあえず、君が思った通り私は勇者に対して特に何も思っていないんだよね。

偉人ではあると思うけれど、同時に過去の人なんだ。

こうやって取材しようとしているのは、単にでっかい記事になりそうだから」


これが一流の新聞屋というものなのか?

どの世界の一流にも凡人には理解できない部分があると思う。

新聞屋の僕がヌイさんを理解できないことについて、どう思えばいいのだろう?


「それで、他に聞きたいことはありますか?」


ヌイさんはすっかり取材を受けている人になりきっている。


これまでの二人の取材はここらへんで終わっている。

あまり長々とできる話でもないし、そもそも僕がそれについて情報を持っていないからだ。

違いがあるとすれば。


「ヌイさんは、勇者との接点はまったく無いのですか?」


会えたら会いたい程度のことを言っていたので無いのだと思うが念のため。


「無いよ。あーでも、カプーリさんがいたから他では聞けない話をいくつか聞けているかも」


「えっ、例えば何がありますか?」


一瞬で取材の本筋からはずれてしまったが、ヌイさんは快く話してくれた。

それは本当に何気ない話で、カプーリさんから見た勇者たちの様子。

意外と根に持つ性格だったとか、水の味がわかると自慢していたとか。

本当に武勇伝とは無縁な思い出。


その話を聞いていると、なんだか気持ちが温かくなった気がした。

頭の中で勇者の活躍を思い描く時、それは大きく大胆に描かれた壁画のようなイメージだった。

今聞かせてもらっている話は、色が付いた日記のようなイメージだった。

勇者も同じ人間である。当たり前だけど、そう思うには彼はあまりに大きな存在だった。


勇者とはどういう人だったのか?

ずっと集めて続けてきたことなのに、なぜか初めてそう思ったような感覚だった。


「覚えているのはこのくらいかな?」


「ありがとうございます。たしかになかなか聞ける話ではなかったです」


取材ではなくなってしまっているが、貴重な話を聞かせてもらったことにはちゃんとお礼を言いたい。


「君は本当に勇者のことが好きなんだね」


僕はその言葉を肯定すると、勇者がいかに素晴らしい人だったからを熱くならないように説明した。

その説明自体が鬱陶しかったと思うが、この流れで何も話さずに飲み込むことはできなかった。

自己中心的なことだが、勇者の話をしているのが好きだ。これが僕なのだ。

だけど、自分なりにほどほどのところで切り上げた。

カプーリさんから話を聞いていて、新聞屋のエースであるヌイさんが知らない話なんてほとんど無かっただろう。

一見リラックスした状態で聞いていてくれていたが、それが逆に僕を冷静にさせた気がする。


「それじゃ、明日は早いしそろそろ寝ましょうか」


「はい、今日はいろいろと教えていただきありがとうございました」


明日はついに勇者が亡くなられた場所へと行く。

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