二手
僕の回答を待ちながら、ヌイさんは料理を食べ始めた。
せっかくいい物が並んでいるのに、仕事の話だけではもったいない。
さて、なんて言おうか?
二手に分かれるのは効率的に聞こえるが、そんなことをするよりも二人で勇者の所へ行った方が…。
あれこれ考えていると、僕に大きな疑問が浮かんできた。
「ヌイさん、カプーリさんから話を聞いただけですか?」
ヌイさんの手が止まる。
勇者一行で親戚でもあり信頼できる人から聞いたのだ。まず嘘ではないと思うが。
新聞屋が、ましてやヌイさんがそのまま信じて終わった?
「そうだよ」
ヌイさんはあっさりそれを認めた。
だとすれば何か理由がある。僕は黙って次の言葉を待った。
「正直に言うとね、嘘の可能性もあると思っているんだ」
まさかの言葉だった。
だとしたら"勇者が自殺した"という報告は言い過ぎではないだろうか。
先ほどの話から察するにしっかり裏取りしてから記事するつもりだったようだが、僕を含めて会社の人間全員をいたずらに煽ってしまっている。
「ではどうして?」
ヌイさんは目を細めて何か考え込む。
「でも追いかける価値はあるとも思った。もちろん勘だけど。
だから会社の人たちにも動いてほしくて、でも戻って話をしてからだと遅い気がしたから」
大物の気配はするけど、根拠が無い上に一人では難しそう。
人手がほしいけど調整している時間が無い。
だから、今まで積み上げた信頼と実績を失いかねない賭けに出た。ということのようだ。
たかが特大記事のために、普通はそこまでしないしできない。
やはりこの人はただ者ではない。
「その思った理由ってあるんですか?」
「うん、あの場にいた人たちは全員勇者の関係者だと思うのだけど、一筋縄ではなさそうだったんだ。
あきらかに私を警戒している人たちと、その人たちから私を匿おうとする人たち」
「後者がカプーリさんということですね」
「そうだと思う。そして、この出来事を隠すべきではないと思ったから私にあんなことを言ったんじゃないかなって。私が新聞屋であることも含めて」
正直、ヌイさんからの説明であってもしっくりこなかった。
曖昧な点が多すぎる。"ヌイさんが言っている"という事くらいしか評価できる点が無い。
それにこのまま南に行ったら、僕はまんまとひっかかって来てしまった人間のようになってしまう。
僕は僕でやらねばならないことがある。
「明後日にワナキーオに行けってことは、明日は勇者が自殺したと思われる場所を確認することができるということですか?」
「もちろん」
人を動かす以上、下準備も十分といったところだった。
宿も、明日の馬、おまけに明後日の出発準備まで整っていた。
ちゃんと僕が確認したいことができる。
おまけにここまでしてもらって断る理由があるだろうか?
…明日次第である。
正直、何が待っているのか見当もつかない。何もない可能性の方が高いかもしれない。
なにせ勇者が自殺してから1週間が経ってしまっている。
普通だったらとっくにお墓の下のはず。
「ヌイさんは何回か勇者の所に行っているのですか?」
「2回行っている。往復すると一日かかっちゃうからね。移動中は気が気じゃなかったよ」
溜息をつくヌイさん。少し弱っている様子はめずらしい。
「すみませんが、入れ違いになってしまった可能性はないのですか?」
「…手厳しいね」
失敗を指摘したいわけではなかったので、言い方が悪かったと思ってしまった。
その反面、思っていた以上に苛立っていたことにも気が付いた。
相変わらずの手際の良さと行動力であるが、なぜかずっと不信感が拭えない。
勇者のことだから僕は焦っているのだろうか?それとも、その気持ちを利用されたかもしれないから?
だけど、ヌイさんを断ったところで僕にはそれ以上の指針が無い。気持ち一つで来てしまっているところがある。
だから少なくとも明日は言う通りにするしかないのだが、他に何かできることはないのだろうか?
そんなことを考えていると、ヌイさんが僕の指摘に回答する。
「目を付けている所はずっと探っているけど、絶対とは言えないかな。
何せ勇者一行が、なんのためにせよ勇者のために動いている。新聞屋一人だけじゃ追いきれない」
今の弁解に、僕はちょっとだけ納得感があった。
そうか、ヌイさんも焦っていたんだ。こんな大きな事件に出会えたのにまったく足取りを追えない。
計算してリスクを取っているところもあるけど、単純になりふり構っていられないだけなんだ。
新聞屋を天職としている身として。
実際どうかはわからないけれど、場合によってはヌイさんに協力した方がいいかもしれないという考えも持ち始めた。
そうなると、一つの疑問が浮かぶ。好奇心と言ってもいいかもしれない。
そしてそれは、今僕が仕事としていることでもある。
「あの、ヌイさん」
改まっている僕に、ヌイさんがちょっとだけ背筋を伸ばした。
「ヌイさんは、勇者が自殺したことについてどう思っているのですか?」
一瞬きょとんとした後、ヌイさんは意地悪く笑った。
「そうきたか」