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提案

「よし、決めた」


ヌイさんが指を小さく鳴らしてこちらを向く。


「シーノくん、明後日あたりに南都市ワナキーオに行ってもらおうかな」


僕の肩にちょんと肩をぶつけて、ヌイさんは料理を一つまみした。


「ワナキーオに、ですか?」


僕は勇者の自殺を確かめに来たのだ。

いくらヌイさんからの命令とはいえ、これだけは譲れない。

感情を抑えたつもりでいるが、きっと漏れ出ていただろう。

ヌイさんもわかっているよと顔で返事をしてきた。


「ちゃんと説明するって、その前にせっかくの料理が冷めちゃうから食べて」


行き場を失った怒りが少しずつ水蒸気のように抜けていく。

何から何まで先回りされている気がする。こちらもそのつもりで会話をしないと、いつまで経っても翻弄されるままだ。

僕は手前にあった料理を一すくいして口に運ぶ。

おいしい。軽い口当たりなのにしっかりと味がする。ズシオが素材の味なら、こちらはハーブやスパイスの味…だと思う。安い調味料で完成させている僕の料理とはどちらも大違いだった。


「順番に話をすると、まずは勇者の自殺を私が知ったところからかな。これは本当に偶然なんだけど」


ヌイさんが言うにはこういうことがあったらしい。

一仕事終えたヌイさんは、なんと勇者一行の一人であるカプーリと会っていたという。

カプーリとは魔法道具の発明家であり、ヌイさんとは遠い親戚にあたる。

ひさしぶりの再会もつかの間、カプーリに突然の連絡が入り、あきらかに動揺し始めた。

ヌイさんに謝ってすぐにその場を後にする。

悪いとは思いつつも、新聞屋の勘がカプーリの後をつけさせた。

見たこともない魔法道具であっという間において行かれてしまったが、方角的に勇者が住んでいるといわれている場所だったのでそこへ向かった。

なんとかその場所へとたどり着くと、見たことある顔が何人かいる。

カプーリを見つけて、追ってきたことを謝って何があったのかダメ元で聞いてみた。

カプーリは深く考えていたが、周りを注意深く確認した後小声でヌイさんにこう伝えた。

"勇者が自殺した"と。


「あの時ばかりはさすが私と思ったよ。馬を即借りられるお金があって、長距離移動できる馬術があって、なによりこの話にありつける勘がある」


冗談混じりに言っているが、ヌイさんは超人であるというただの事実でしかなかった。

ちょっとだけそのことに言及したかったが、今はそれどころではない。


「こう言ってはなんですが、なんかきな臭いですね。この都市にすらそのことがまだ知れ渡っていないことも含めて」


僕がそう言うと、ヌイさんは頷いた。


「そう、まずはここの大臣に話がいくと踏んで張っていたのに何も無かったのよ」


「勇者一行が自殺のことを隠している?」


世界を平和にした第一人者が人知れず亡くなっていた。となるのは考えにくい。

あれだけ大きな戦いがあり、四大都市や王国からも様々な支援があったのだ。全員ではないにしろ、勇者となんらかの繋がりを感じた人は大勢いるに違いない。

その勇者が亡くなったとあれば、当然その事がすみやかに伝わり、大勢の人間が集まるはず。

あのヌイさんもそう読んで、当てがはずれた。


「自殺は、さすがに躊躇われているとか…」


自分の口から出た言葉をそっと隠すように、僕は無意識に手で口を覆った。

あの勇者が…自殺…。あってはならないこと。


「なくはないけど、なんかしっくりこないのよね」


そう言いながら、ヌイさんはフルーツを口の中で転がしていた。


「それを確かめるためのワナキーオということなんですか?」


「そうね、ちなみになんでだと思う」


ヌイさんはフルーツを飲み込んで、僕の顔を覗き込んできた。

ぴりっとした空気に変わる。ヌイさんの目はするどく、僕を本気で試していた。


南都市ワナキーオに、勇者と関係がある物、もしくは人。


「ソリーサ」


ソリーサとは勇者の妹であり、唯一の肉親である。

元々は妹を食べさせるために遠くへ仕事に行っていたところで、後に勇者となる出来事が起こる。

そんな妹思いな兄だったからか、ソリーサもかなりの兄思いであった。

さすがに今はソリーサも結婚して別々に暮らしているが、勇者にべったりだったのは有名な話である。


「そう、あまり大事にせず、ちゃんとお別れをさせるためとか」


「仮に国を上げて盛大にやったとしても、唯一の肉親を最優先するのではないですか?」


「常識的に考えればそうなのだけど、国を運営している人間は10年前と半分くらい変わっている。もしかしたら自己利益を優先するような奴がいるかも?」


だからと言って、ここまでやるだろうか?


「僕にはその線で追ってほしいということはわかりました。それで、ヌイさんはどうするのですか?」


「私はここで張り続けようと思っている。こっちの方が勇者に近づけそうな気がするから君に譲りたいところだけど」


ヌイさんは僕から離れて楽な姿勢に戻った。


「君にはぜひ、取材を続けてみてほしいんだよね」


それならここでもできるじゃないか。そう思ったが飲み込んだ。

たぶん、一つの場所に収まるなということなのだろう。

だけど、勇者の自殺を追うのと何が関係するのだろうか?

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