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勇者の最後

「おい!あのライブが自殺したらしいぞ!」


ドアが乱暴に開けられるのと同時に、突風のような大声が事務所に響き渡った。

驚き静まり返る。

反射的に文句を言おうとして、言葉の意味が遅れて脳に届く。


「お、おい。なんだそれ?」


怒りのままに僕は相手に詰め寄ってしまった。

5年先輩であるが、言っていいことと悪いことがある。


「待てまて、気持ちはわかるが…」


先輩は両手で軽く僕をけん制すると、ひと呼吸入れる。


「たしかな話だ」


僕をまっすぐ見る目は真剣だった。

あんな報告を聞かされて、僕が何を思うかわからない人ではない。


だからといって、それをそのまま受け入れることなど到底できなかった。




ここは東都市マーコヨハにある新聞屋。

政治経済には疎いが、別都市の出来事をどこよりも早くお届けできるのが強みになっている。

時には早まった情報を出してしまうこともあるが、大抵の人にとって真偽はさほど問題ではない。

訂正があっても、次の話題に興味が移っているからだ。

それを良しとしているところを快く思ってはいないが、僕のやりたいことをやらせてくれているのでいい会社ではあるとも思っている。

そういう点では僕もその一員ではあった。


先輩が編集長と応接室に入ってから30分ほど経った。

当然僕は仕事に手がつくわけもなく、開き直って応接室をにらみつけている。

怒られても無視する覚悟でいるが、何も言われないどころか誰も近づいては来なかった。

頭の片隅でそれが当然だとも考えているあたり、この打算的な性格が少し嫌いになる。


応接室のドアが開き、先輩が顔を出す。僕を見て手招きした。

僕が大股で歩き始めると、先輩はさっと中へと引っ込む。

開かれたままの応接室に入ると、編集長と先輩が頭を突き合せた姿勢で僕に視線を送った。


「失礼します」


ドアを後ろ手で閉める。


編集長があごをさすりながら、僕から視線をはずす。

言葉を選んでいるように見えたので僕から口火を切った。


「本当なのですか?」


少し空気が張り詰め、先輩は静かに息を吸った。

編集長と先輩が一瞬目を合わせると、編集長が背筋を伸ばす。


「話を聞く限り、その可能性は高そうだ」


「根拠はなんですか?」


「掴んだのがヌイだからだ」


ヌイさんは我が社のエースであり、彼女が誤情報を持ってきた話を僕は知らない。

だから、"勇者ライブが死んで、その死因が自殺と言われている"のは確実なのだろう。


「僕に行かせてください」


それは無意味な要求とわかっていた。

きっとヌイさんが向かっていて、もう次の情報を掴んでいる。

許可が下りなければ、その時は…。


「あぁ、行ってこい」


編集長は短くそう言った。

自分から言っておいてなんだが、開口一番にそう言われるとは思っていなかったので言葉が出ない。

そんな僕を見かねてか、先輩が編集長の考えを教えてくれた。


「俺らが話していたのは自殺の詳細よりも、お前をどうするかだったんだ。

どうせ許可しなかったら、会社をやめて一人で行くんだろ?」


見透かされていた。

ありえなくは無い話だが、ここまではっきり言われるとは思っていなかった。


僕がこの新聞屋でやらせてもらっていること。

それは勇者に関する記事を書くことである。


僕を…僕の家族を助けてくれた勇者の偉業を、

こうして平和に暮らせている勇者の功績を、

僕は一つ残らず集めたかった。

あの時見た雄姿だけで僕は彼をずっと崇拝している。

でもそれだけじゃ、いつからか心が乾くようになっていた。

彼がどこで生まれ、何をして育ち、なぜ勇者となり、そして今何をしているのか。

彼の人生の邪魔など一切したくはない。その代わり、彼のことをすべて知りたい。

だから僕は新聞屋に就職した。情報が集まり、都市の外に出られるこの会社に。

記事を書くのはそのついででしかないのだが、需要がなくはないのでやりがいもある。


「正直、まだお前じゃ何も掴めないと思うし、それ以外の仕事に支障が出る。

だが、こう言ってはなんだがお前のその…狂気といってもいい勇者信仰にちょっと賭けてみるのも悪くないのではないかとも思っている」


そう言って編集長が立ち上がると、金庫から一束のお金を僕に渡した。


「これを自由に使っていい。使い切った後も自腹で続けても構わない。

だが、絶対に何か書いてもらうぞ」


かなりの額だった。

節約しながらなら半年は取材ができる。


「ありがとうございます!」




その時の僕は、編集長と先輩の表情をちゃんと見れていなかった。

暗闇に手を突っ込むような、恐怖が混じるあの顔を。

たぶん、僕が冷静過ぎたからかもしれない。


なんで僕は勇者が自殺したと聞かされて、あの時大人しく座っていられたのだろうか?

なんで僕はイラ立ちながらも、一応周りが見えていたのだろうか?

会社員として当たり前の態度が、逆に周りを不穏にさせていた。


僕はまだ、勇者の死を受け入れてはいなかった。

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