05話 湧き上がるもの
想いは突然湧き上がる・・・・。
印象の強い娘だった。少なくともミィルスにとっては・・・。
「聞いてきた。本物だって・・・」
「胡散臭い紹介状」をシルフィーネに差し出しながら、彼女は言った。
やや日焼けのかかった麻色の肌、とても小柄で細身、パーマがかった黒く短い髪、
そして何より、少しつり目のかかった大きく鋭い目がとても印象的な娘だった。
「あら、信じてもらえたかしら?」
小柄な彼女はこくりと頷いた。
ジーナさんの向こう側で表情は見えないが、シルフィーネさんの嬉しそうな顔が目に浮かぶ。
「面接受けていただけるかしら?」
とても嬉々とした口調だった。彼女、シルフィーネさんに、あんな一面があるなんて思いもよらなかった。普段の彼女はおしとやかで無口だ。いつも優しい顔で微笑んでいた。衛兵仲間では「シルフィーネ大天使様」と呼ばれ、憧れの的だった。まぁ隣のジーナさんは「肝っ玉母さん」なんて呼ばれているのだけど・・・。
面接に来た彼女はカレンといった。16歳・・・俺と同じだ。出身は南方の出らしい。
しかし・・・なんて淡々とした口調で喋る娘なのだろう・・・。
まるで緊張した様子も見えない小柄な娘は、シルフィーネの言葉に完結ではっきりした抑揚のない口調で答えている。
”感情が読み取りづらい娘だな・・ジーナさんはこういうの苦手そうだ”
そう思って眺めていると、一通りの面接は終わったようで、彼女の返事待ちというところになった。
しばらく話していたシルフィーネにはこれ以上の警戒が必要なくなったのか、カレンは面接官をそれぞれ確認するかのように目を向ける。
「ははは・・・」
ジーナは見つめられ軽く苦笑いで返した。
「前向きに考えてくれたまえ。」
ハイデルはそう言って笑顔で返した。
”何かいうことを考えないと・・・”
そう思っているミィルスにカレンの瞳が向けられ・・・・
目が合った
”・・・ドクン・・・”
目が合った瞬間、心臓が大きく鳴った。
吸い込まれるような真っ直ぐな瞳を見て、ミィルスは目が離せなくなっていた。
「・・・そうねぇ、以上で説明は終わりよ。私はあなたのことが気に入ったわ。入隊してくれるかしら?」
シルフィーネは軽く弾んだ声でカレンに入隊を促した。
「・・・・・・。」
カレンは上目遣いにシルフィーネを睨んだ。睨まれた本人は嬉しそうに微笑み返した。
思わずカレンはびっくりしたように身をそらした。
しばしの硬直のあと、うーんと小さく唸り、隣の女性、ジーナに視線を合わせた。
「ははは・・・」
”怖い・・・。”そんな隠れた言葉が聞こえて来そうだった。
苦笑いを返すのがやっとのジーナを見て、悪気のない人だと思った。
次に、王宮の・・・・・なんだっけ・・・ハイデルって言ってたよね、ちょっと胡散臭い雰囲気は見える。彼、ハイデルに視線を合わせた。視線に気づいたハイデルは、彼なりの優しい笑顔で返してくれた。比較的大人びた対応を感じる。
一拍おいて
「前向きに考えてくれたまえ。」
笑顔のままカレンにそんな言葉を返した。
シルフィーネはその姿を見ていた。
”あら、すごい品定めって感じね。面接官の仕草を見て判断しようとしてるのね。”
少々感心しながら、どんな答えを出すのか楽しみになった。
”面白い娘ねぇ。ダメな時はなんでダメだったのか聞きたいわ。”
心の中で興味心が疼いた。
最後に黒髪の兵士、ミィルス・・・。
一番遠い席にいるので、少しゆっくりと視線を合わせる。
なぜか、彼は黙ったまま目線を彼女に合わせて動かなかった。
じーっと見つめ合う二人。短めに長い時間そのまま動かなかった。
”ははーん。”
シルフィーネは含みのある笑顔を見せた。
ジーナというと、不安そうに二人を見ていた。
彼女はこの見つめあう状況を、後に”犬が喧嘩をする前に行う沈黙”と言っていた。
ハイデルはどうやらシルフィーネと同意見のようで、穏やかな笑顔で浮かべ、誰かがこの状況を打破してくれるのを待っていた。
さらに同じ時間くらいの経過があったが、二人とも表情を変えずに見つめあっていた。
”きっと、どちらかが視線を外さないと終わらないわねぇ・・・”
シルフィーネはそう思うと、身を乗り出し、カレンの耳元で小さく囁いた。
「・・・ね。いい男でしょ!彼、人気あるのよ。」
ドキッとしたカレンが我に帰った。そして、ちょっとあたふたとしながらシルフィーネを見た。
何か見透かしたような笑顔がカレンの目に飛び込んで来た。カレンは少々わなわなと震えながら
大きい目を更に大きく見開いた。日焼けがかった肌からでも、顔が真っ赤になったことがわかった。今までの無表情が嘘のような、耳まで真っ赤になって恥ずかしがっている様子を見て、シルフィーネの母性がくすぐられた。
「まぁ!可愛い!!」
思わず言葉がでた。そして耐えきれないようなじれったさのある表情を浮かべ悶絶した。
そして・・・
「ねぇ!!あなた、今から入隊して私の妹になっちゃいなよ!!」
カレンの手を両手で握り、楽しそうにそう言い切った。
「ええええええ!!!」
ジーナの声が間髪入れずに響いた。
ミィルスは真っ赤になったカレンからまだ目が離せなかった。自分の頬も真っ赤になっていたことには気づいていなかった。
ハイデルは「うんうん」と頷きながら、嬉しそうにこの状況を見ていた。
・・・しばらくして・・・シルフィーネの熱烈なスカウトを受け入隊を決意した。
ただ・・・
「妹になる件は・・・また・・・今度・・・決める・・・」
とのことだった。恥ずかしそうに小さな声でそう答えてくれた。
「あら、その件も前向きに考えてね。」
シルフィーネは嬉しそうに答えておいた。
カレンが帰ったあと、ミィルスは緊張していた。まだちょっとドキドキしている。
なんだろう、この高鳴りは・・・?
少年にはまだ恋というものが理解できていないようだ。
カレンが出て言った出口を遠い目で見ていると、後ろからシルフィーネが耳元で囁いてきた。
「私の妹に手を出す時は、教えてね。」
思わず現実に引き戻されたミィルスがあたふたしながら、シルフィーネに視線を戻した。
「・・な、な・・・」
顔を真っ赤にしながら、声にならない声でシルフィーネに抗議した。
そんなミィルスと視線の高さを合わせてシルフィーネは続けた。
「・・・私は、弟があなたなら鼻が高いわ。」
優しい笑顔と落ち着いた声でそう伝えた。
ミィルスは突然湧き起こった想いを見透かされ、恥ずかしかった・・・・。
そして、カレンにまた会いたいという想いが自然に湧き上がっていた。