03話 惹かれるもの
「ねぇ、ミイルス、私のどこが気に入ったの?」
カレンはつい最近にあった、ロタの発言から気になっていた。
唐突の質問に飲みかけていた葡萄果汁を喉に詰まらせた。
「ゴホッ、ゴホッ」
「あー!、ちょっと大丈夫?ミイルス!」
なにを唐突に・・・、ミイルスはそう思った。
もう付き合って数年経つのだが、あまりにも日常過ぎて、なんで付き合い始めたか忘れていた。
「うーん、なんだろうねぇ、可愛いから。」
思い出すようにそう答えた。
「えー!!可愛いだけならケイトやアーシャの方が可愛いでしょ、」
カレンは納得しなかった。
一体、なにがあった?こんな事を気にする娘では無かったんだけど・・・
今の発言にはウソはないんだけど、どう答えれば正解なんだろう??
ミイルスの頭の中で見つからない答えがグルグルと回り始めた。
「ロタがね・・・」
なにやら苦悩しているミイルスに悪いと思ったのか、カレンが話し始めた。
ミイルスはヒントっぽいことを話してくれそうなので、なんとか冷静になり話しを聞くことにした。
「ジルが気に入ってくれたのは「胸」だって言ってたの。」
一瞬、唐突な特別ヒントを理解するのに時間を要した。
「はっ‥?」
ジルさん、あんたは一体なにを考えてるんだ???
もし、本当に胸が気に入ったとしても、真っ先にカノジョに伝えるもんでは無いだろうに!
そんな考えがミイルスを取り囲んで本題を忘れていたのだが、
カレンのその発言の後にまるで胸を隠すかのように腕を組み、鋭い目つきでミイルスを見つめている彼女に気づいた。
“なんかよく判らないけれど、間違えた答えを出すとやばい気がする“
直感的にそんな恐怖を感じた。
思い出せ、出来れば早いこと・・・・
焦った、焦りに焦った。冷たい汗が背中を流れていくのが感じられた。
しかしなんだろう、彼女を選んだ決定的理由があった気がしたのだが、おぼろになって思い出せない。
そのなにか引っ掛かった記憶のおかげで余計に焦りを隠せなくなってしまった。
なにが決定的だったんだろう、ミイルスは思想の深みに落ちていく自分に気づかなかった
“私のどこが気に入ったの?”
なにやら今の関係からすると愚問な気がするのだが、聞かずにはいられなかった。
可愛いって、同僚のアーシャなんて、女の子からも慕われてる。性格も悪くない可愛い娘が近くにいるのに私を選んだんだよね。まあ、好みってのは色々あるから文句は無いんだけど・・・
コンプレックスがカレンを襲い始めた。
性格も普通よりガサツだし、目つきも悪いし、胸も無いし・・・
どこに好かれる要素があるの?
ネガティブな思想が巡り、子供の頃の記憶が蘇ってきた。
孤児だったカレンは貧しい村でなんとか生きていた。
孤児は自分だけでは無かったが、人見知りが激しく、七つ上のハルという男の子だけが頼りで他の子とはなかなか打ち解けなかった。
「生意気な目つきしてやがる!」
いや、特になにも感情は無いのだが、それよりも、コイツなんか変な髪型が気になる。
流行りの髪型らしいのだが・・・、鳥頭のような奴に文句を言われてカレンはそう思った。
また、ある時は
「なに睨んでるんだよ!!」
いや、コイツ、さっき犬のフンを踏んづけてたよな、気にならないのか!
睨んだ覚えはないが、見られるには理由があるだろうに・・・とカレンは思う。
はたまた
「お前、無視しやがって!!」
いや、話すネタ持ってないし、人見知りなんだから大目に見ろよ!
興味や意味のある奴とは挨拶とかするけど、関心ない奴に声はかけないだろ!
ともカレンは思う。
そんなトラブルが多かった。
そんなカレンをハルは優しく受け入れてくれた。
「なあ、カレン、目は口ほどに物を言うんだ。」
ハルはたまにカレンに物事を教えてくれる。
「???どういうこと?」
即座に疑問を返すと、ハルは笑いながら言った。
「口では嘘をつけるけど、目は嘘をつくことが出来ないのさ。」
余計と意味が解らなくなってきた。
「ん〜」
子供には難解な言葉だったようだ。ハルは付け足して説明した。
「お前の素直なまっすぐな目に、みんなが応えきれないのさ。」
カレンはしばらく考えたが、
「うーん、よくわかんない。」
と答えた。
孤児たちは保護されているわけでは無いので、命の危険にさらされる時もあった。
ハルはカレンに生き残る術を教えてくれた。
どの野草が食べれるのか、キノコには手を出すな、木の登り方、木の棒を使った(剣など持ってないので)剣術。
中でも、視線や素ぶりからなる相手の行動を考えるという教えが、その後カレンが一人で生きてこれた大きな要因だった。
「カレン、相手は必ず次の目標に視線を合わせるんだ、達人になればなるほどね、・・・そのタイミングは解りづらくても、必ず一度は確認するもんなんだ。だからしっかりと相手を確認していれば、相手の狙いも分かるんだ。」
「カレン、必ず動く時には準備動作が必要なんだよ。その動作を見逃さなければ、お前のすばしっこさなら、何かあっても逃げることが出来る。」
「カレン、どうしても逃げられない時は、目線で相手を騙すんだ、本当に必要な目線は通常の動作のうちに済ませておくんだ。」
ハルは、いろんなことを教えてくれた。
ハルはケンカなど強くはなかったけど、機転が利いて、いつもピンチをすり抜けていた。
・・・しかし、流行り病には勝てなかった。
伝染病にかかり、衰弱した。
「カレン・・・もう・・・伝染病で、この村は無くなるよ・・・。お前も病がうつる前に、この村を・・・離れなさい・・・」
まるで親から心配されるようにそう言われたが、カレンは拒んだ。
しかし、病に蝕まれたハルはそこらから数日ののちに息を引き取った。
最後に・・・「幸せになるんだよ」・・・と、はっきりとした口調でカレンに言葉を残して・・・、
カレンは、ほぼ全滅した村を後にした。生き残るために・・・
幸い自分には伝染病はうつらなかった。
ハルの教えてくれた事を胸に、たまたま手に入れた小型の剣で命を繋いできた。
いくつかの戦を経験し、参加し、そしてゼルギルフのアマゾネスの募集を見つけ、入隊した。
「・・・・」
ふと気づくと、自分の視線の先にミイルスがいた。
どこが気に入ったのかという質問にまだ悩んでいるようだった。
なにか悪い気がしてきたので、軽く目をそらした、
・・・その時・・・
その仕草にミイルスは何かを思い出した・・・そして・・・
「思い出したよ。」
カレンに優しい声をかけた。
・・・途端、カレンは真っ直ぐな目でミイルスを見た。
気になった。正直に気になった。
髪型?肌の色?もしかして貧乳好み?
ほんの一瞬のうちにいくつも候補を出した。
ドキドキと胸が鳴る。こんな自分で抑制出来ない高揚は告白されてから以来初めてだ。
当のミイルスは、あまりにも真っ直ぐな瞳を向けられ、ドキッとして顔を赤らめ、言葉を出すのを躊躇した。
しかし、気を取り直して一回咳払いをした後に、はっきりと、
「その瞳だよ!その真っ直ぐな瞳に僕は一目惚れしたのさ。」
その瞬間、カレンはまるで夢から現実へ凄い勢いで呼び戻されたような、感覚を受けた。
ああ、この人は私をとても大切に包んでくれる。
カレンは知らず内に涙を流していた。世界が涙で歪む中、頭の中で、
“幸せかい?“
と、ハルの声が聞こえたような気がした。さらに涙が溢れた。
ミイルスは、いきなり泣き出したカレンを見て焦った
「あわわ、ど、どうしたの!」
慌てふためくミイルスにカレンは抱きつき耳元で呟いた
「私は、とても幸せです。」
ミイルスとハルに聞こえるように・・・
日常は、いつも通り二人を包んでいた。