26話 ジャガイモを嫌うもの
ケイトはいつものように自分の夕食を作るために宿舎にある共同台所へときた。
“今日はシチューでも作り置きしましょうか・・・”
なんていつものように献立を考えていた。そして、いつものように食材に手を伸ばして手に取った。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
つんざくような声がケイトから上がった。
「どうした!!」
近くを通りがかったロタがのっぴきならない叫び声に反応して駆けつけた。
台所ではケイトが何かにおびえるように床へしゃがみ込んでいた。
「どうした!、ネズミでも出たのか!」
駆けつけたロタが少々強い口調で尋ねた。
「・・・い・・・いえ・・・」
ケイトが恐る恐るその言葉を否定し、恐怖の方向に指をさした
「・・・ん・・・」
ロタが指さされた方向に視線を向けると、そこには見慣れたものがあった。
「・・・ジャガ・・・イモが・・・」
声を震わせながらケイトは恐怖の犯人を言葉にした。
「・・・は?・・・」
ロタは目をぱちくりしてジャガイモとケイトを交互に見た。
「ジャガイモが・・・怖い・・・?」
ロタが聞き返すと、ケイトは両手で涙をぬぐいながら頷いた。
聞けば、この間の闘技場で観客をジャガイモと思うようにしてから、ジャガイモが怖くなったというのだ。ロタは苦笑いした。人をジャガイモに見立てる暗示はうまくかかっていたのだが、まさか、そのジャガイモに責め立てれられているとは想像もしていなかったのだ。
「どうすりゃいいもんかねぇ・・・」
ロタは天を仰いだ。
「いいか、ケイト・・・これは食べ物だ・・・生きてはいない・・・」
あれから暫く経って・・・言い聞かせるようにロタがケイトへ言った。とりあえず暗示をどうにか外さないと・・・
「それはわかっているのですが・・・・」
恐る恐るジャガイモを手に取り、更に恐る恐る視線を向けた・・・チラリと視線がジャガイモに向けられた。
「――― !! ―――」
まさに奇跡の引きだった。芽の窪み、その形、その頬にも似た膨らみ・・・
誰が見ても人の顔を想像できる個体を見たケイトは・・・そのまま気を失った。
「・・・あっ・・・おい!!」
ロタが心配そうに声をかけたが、真っ白になったケイトには届かなかった。
「よし、いいか、あれは人参だ!」
ロタがゆっくりとケイトに言い聞かせる。ジャガイモはあまりにも人の顔を想像できる要素があるので、人間の形状からかけ離れた人参をイメージさせる作戦に出た。
「・・・に・・・ニン・・・ジン・・・ですか・・・」
「そうだ・・・オレンジ色の人参だ!」
共同キッチンの外を行きかう人々を指さし、人参だと強調してケイトに言い聞かせた。
「・・・はあ・・・」
少々ため息交じりにキッチンの外を見ると数人のアマゾネスが歩いている。
“人参・・・人参・・・人参・・・”
藁をもすがる勢いで心の中で反芻した。
「あら・・・ケイト、何作ってるの?」
ケイトに気付き声をかけてきた。この声は同僚のバルシェだ。
「バルシェ・・・そうね・・・今日はシチューを作ろうと・・・」
視線を彼女に向けた途端・・・
「・・ぷぷっ・・・」
ケイトは噴出したように笑い出した・・・そこにはオレンジ色に近い赤髪をショートにまとめた細身の女性・・・バルシェがいた。
“バルシェの髪を見て人参を想像したんだろうなぁ・・・“ロタ申し訳なさそうな表情をしながら、そう確信した・・・。
「・・・ちょっと・・・いきなりどうしたのよ!」
事情を呑み込めないバルシェが声をあげた。ケイトは笑いが止まらなかった。
「よし・・・ケイト・・・これはなんだ?」
恐る恐るロタはケイトへ質問した・
「ジャガイモですわね・・・。」
「どうだ・・・まだ怖いか・・・?」
返事を確認し、更に恐る恐る質問を重ねた。
「・・・怖・・・く・・・」
事情を呑み込んだバルシェと共に答えを待った。ケイトはロタの持ったジャガイモを凝視し、
「・・・怖くないです・・・」
と平然と答えた。
「やったー!」と、三人は抱き合って喜んだ。
これにて一件落着。とロタとバルシェはキッチンを後にした。―――途端―――
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
またもや叫び声が聞こえた。ロタとバルシェは慌ててキッチンへ引き返す。
すると、またもやケイトがキッチンの奥を指さし怯えていた。慌てて引き返してきた二人に気付くと、震えた声で
「・・・に・・・人参が・・・」
涙を浮かべた瞳で二人に訴えかけてきた。
指でさされた先にある人参を見て、ロタはがっくりとうなだれ、まるで二本足が生えているかのようなその人参を恨めしそうに睨んだ。
初夏のまだ暑くない風が三人の隙間を縫って過ぎていった。




