01話 いつもの
現在、アマゾネスは30人、内、ゼルギルフ出身が18名、傭兵出身が12名となっている。
傭兵と言っても、シルフィーネのように、本当に殺し合いを体験しているのは、ロタとカレンぐらいで、他は救護兵など、戦い以外のところで働いていた者達だ。
アマゾネスの主要な目的が女宮城の護衛であり、戦いを求められている訳ではないので、本当は地元の女性のみで構成したかった様なのだが、過酷な勤務体制や、肩書きが兵士となると嫁の行きてが無くなるなどの理由で、なかなか人数が集まらないのが実状である。
まぁ、報酬の額が良いのとの理由で、ジーナのように子供を養う為にアマゾネスに入るというケースもあるのだが、その人数はまだ少なく、人手は足りていない。
「ほら、フィーネ、起きなさい」
カレンがユサユサとシルフィーネの身体を揺するが、起きる気配が無い。
「う・・ん、もう少し・・寝かせて・・」
その言葉を聞き、ロタが毛布をたたんでスタンバイを始めた。
もう恒例に近い風景に、カレンは諦め気味の苦笑を浮かべ、見守る事とした。
ロタが壁際に立って、ゆっくりと肩を回し始めた。相手は寝ているのだから、そんなに気合入れなくても良いのだか、既に日課に等しいものになっているので、ロタは御構い無しだ。
さーて、行こうかなあ、そんなそぶりが見えた、なんだろう・・・カレンには馬が走り出す時のあの感覚に見えた。
刹那、
バーン!
と、部屋の入り口の扉が開いた。
流石に、それにはロタも動きが止まった、カレンも音のする方にキョトンとした目を向けた。
そこには、息を切らせ、怒りの形相のジーナがいた。
「うーん、どうしたの?」
あまりの音に何とか目覚めたシルフィーネは、まだ眠くて開けるのが困難な目をこすりながら、ベッドの上で上半身を起こした。
一歩、ドアから中に入ったジーナが、突如両手で握りこぶしを作り、
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
大声で嗚咽を出した。ロタとカレンは、その耳をつんざくその嗚咽に耳を塞ぎながら耐えた。
シルフィーネというと、少しびっくりした表情をしたあと、
″あぁ、何か悔しいことがあったんだね″
そう思い、優しい笑顔をジーナに向けた、その表情に気付いたジーナは、今度は顔をくしゃくしゃにしながら大泣きし、自分の体術の限りを尽くし、シルフィーネに突進し、抱きついた。
「ぐえっ!」
起き抜けに、まるでタックルのような抱擁をまともに受け、シルフィーネは一瞬、気を失いそうになったが、何とか堪えた。
「まるっきり容赦のない人に好かれるのね」
両手で耳を塞いだ状態で、カレンはそうつぶやいた。
「ぐぇっ! どう・・ゴホッ! どうした・・・の?」
タックルにより呼吸がうまくできない状態だか、何とか、質問の言葉を出すことが出来た。
少しの沈黙があった。そして、何かつぶやいた。
「・・・悔しい・・・」
「えっ!」
「・・・悔しい、悔しい! 悔しい!! 悔しい!!!」
嗚咽しながら段々と大きく叫び始めた。
一通り叫んだのを聞いて、シルフィーネは、ポンポンとはたく様にジーナのあたまを撫でた、
「よしよし・・・何があったの?」
優しく問いかけた。
暫くの間、気が立っていたジーナだったが、その言葉で落ち着きを取り戻し始めたようだ。
しゃっくりをしながらこういった。
「わた・・・ひっく・・わたしは・・ひっく・・・あそびで・・ひっく・・」
言葉の構成のできない呼吸であることに気付いたのか、言ってる事が自分の言いたかった言葉でなかったのか、一度息を止め、しゃっくりを制止してから素早く息を吸い込み、今度は早口に吐き出すように言葉を出した。
「私は、私は、誇りを持って、この仕事をしている!!!」
それが、彼女が伝えたかった言葉の全容なのだろう、ジーナはその言葉を言い終わると今度は小さな声で嗚咽を漏らした。
シルフィーネは、そこから先の質問はしなかった。ただ、彼女の頭を優しく撫でながら
「私はあなたが一生懸命なのは知ってるよ。だから胸を張ってジーナらしくしてくれればいい」
言葉が終わると、撫でていた手をすっと下ろしジーナを優しく抱きしめた。
暫くして、落ち着きを取り戻したジーナの耳元から静かな寝息が聞こえてきた。
「へ?」
寝ている、シルフィーネが寝ている・・・、親身になって慰めてくれているのかと思ったのに、寝ている。呆れすぎて、苦笑いを通り越し、ジーナは大笑いした。
「あはははは!!!やっぱアンタ凄いよ!!」
何かが吹っ切れたのだろう、いつものジーナらしく悪気の無い笑いを目の前にして、カレンはそう思った。
「ウォルド隊長!」
部屋から立ち去ろうとしていた長身で茶髪の男が振り向く。彼はゼルギルフの正規軍の総隊長であり、名をウォルドという。
ここはゼルギルフ城の中にある会議室である。今日は月に一度ある兵隊長の集会がここであったのだ。
鋭い目付きで見る先には、比較的小柄で黒い癖毛の兵士がいた。
「なんだ、ミイルス。」
毅然とした態度で出される言葉に躊躇しながらもミイルスは続ける。
「・・・あ、いえ・・・、ジーナ隊長にあの様な発言は良かったでしょうか・・・?」
その発言を身に受け、意にも介さぬ様子でドアに手をかけた。
・・・隊長・・・」
呟くミイルスにウォルドが凛とした口調で答える
「ミイルス、お前の仕事はなんだね?」
今度は振り向かずにそう答えた
強い威圧感を前にミイルスはうつむいた、そして
「・・・はい、・・・国を守ることです・・・。」
噛みしめるような声で返事をする。
「そうだな」
ウォルドも確かめるように答え、部屋を後にした。
ミイルスはうつむいたまま腑に落ちない様子で静止している。
その時、ポンと肩を叩かれ、ミイルスは振り返った。
ムニッ!
指が丸顔の頰にめり込む。そこには人差し指を伸ばすジルの姿があった。
「なにふざけてるんですか!」
小声ながらもはっきりとした口調でジルに噛み付いた。
「・・・そーだな、隊長は国を守る俺ら兵士を無駄に傷つけないようにしてるんだねぇ。」
ムニムニと頰を押している人差し指をリズミカルに動かしながら、ミイルスの言葉の返事とは内容の違う言葉を付け加えた。
「兵士も国民も同じく守りたいんだよ。」
ムニムニと頰を押しながらジルはそう言ってきた。
「・・・・」
しばしの沈黙の後
「・・・あの・・・、もう落ち着きましたんで、その指どうにかならんすかねぇ・・・」
静かに不満そうな言葉をジルに投げかけた。
「おー、そーだな、あまりにもロタの胸と同じ柔らかさだったんで、つい・・・」
悪気のないニカッとした笑顔のジルを見て、文句の言う気が無くなったと同時に
これ以上ここにいると頰に穴が開いてしまいそうな気がした。
「仕事に戻ります。」
そう残し、ミイルスは部屋を後にした。
二日ほど前、都の外に不審な集団が確認された。
だいたいがジプシーなどの放浪の民なのだが、所在が不明なうちは盗賊かもしれない為、緊急体制となっていた。
太陽が真上にある頃、ミイルスはその集団に接触し、要件を聞き出していた。
「ふう・・・では良い旅を。」
そこそこ分厚い書類に目を通し、子供を含め24人からなる彼らがジプシーであること、理由も隣の街に行くためであること確認した。
そして、警護と称し、支配の届く付近までミイルスを含む30人の兵士が同行した。
ジプシーと認められても、盗賊として活動をしないとは言い切れない、警護と言う名の監視なのだが、今回は平和に物事が終了した。
日常を守るとは面倒の繰り返しなのだなぁと感じながら、ミイルスは兵士と共に都へ戻っていった。
いつもの日常が終わり・・・また新たな日常が始まる・・・。
そんな思いを持ちながら・・・。