22話 信じるもの
「・・・う・・・ん・・・」
薄暗い待合室で、彼女は目覚めた。
頭がぐらぐらする・・・吐き気でも襲ってくるような不快な気分と、強い頭の痛みで、調子は最悪だ。
体はだるいし頭には何やら布らしきものが巻かれている。薬草の強い不快臭もする。彼女は強く息を吐いた。そして深い靄がかかっているような朧気の中、彼女は思考した。
ここは・・・?
アタシは、どうして・・・
・・・どうしてこんな気分が悪いのか・・・?
左手を額に当てる。包帯の下の傷が痛んだ・・・途端ハッと我に返り飛び起きるように体を起こした。
「試合はどうなった!!」
ロタが目を覚ました。
シルフィーネの回転する連撃を受けウォルドの右腕は痺れた。予想外の連撃は予想外の威力だったのだ。
しかし、無理が祟ったのか、彼女はかなりの体力を消耗したようだ。気丈にもこちらを睨んでいるがまともに動ける状態ではないのは明らかだ。
ウォルドは剣を構え、シルフィーネに近付き、彼女の剣をはじき落そうと剣を振り下ろした。
刹那
睨んだまま瞬きもせずに薄ら笑いを浮かべシルフィーネが動いた、不気味な表情から繰り出されるその動きはとてつもなく俊敏だった。まるで旋毛風が吹くかのようにウォルドの剣をすり抜け、剣の切っ先をウォルドの心臓に向け迷わず突進した。
「なに!!」
殺意の籠ったその剣をウォルドは必死に避けた。
シルフィーネは、そのまま直進し、少し遠い間合いを取りウォルドの方を向くと、またぐったりとした姿勢で動きを止めた。
「・・・ぜい・・・はあ・・・」
顔がさっきより下を向いて、片目のみでウォルドを睨んだ。息もかなり上がってしまっていて、時折笛の吹きそこないのような甲高い息遣いも聞こえる。
窮鼠猫を嚙むという状況を行ったのだが、正直連発はできない。強いはったりは彼にどう届いたのだろうか・・・。何とか殺気の籠った視線を維持しながらそう考えた。
もう倒れそうなほどに、困憊しているシルフィーネを見て、ジーナは涙が出た。あの状況で、あの体調で、ゼルギルフ最強と言われるウォルドとあれだけの戦いをしている。その戦いはなんだ?自分が起こした戦いだ。そんな彼女に責任のない事で、彼女は必死に戦っている。
「・・・ありがとう・・・シルフィーネ・・・」
ジーナはベンチから立ち上がり前へと歩を進めた。
ウォルドが警戒している。
シルフィーネは内心安堵した。もう少し時間をくれれば何とか一撃はまともに繰り出せそうだ。
しかし・・・一撃で何とかなるのだろうか・・・少なくとも、こちらの先手はだめだ、カウンター攻撃、最悪は同時に攻撃を繰り出してもらわないと・・・。
もういろいろあって鈍痛も感じられなくなってきた。代わりに、足やら下腹部やらの感覚の遠のいてきた。
「・・・まったく・・・何のために戦っているんだろうねぇ・・・」
わざとらしくそう呟いた。ジーナとロタとカレンの泣き顔を思い浮かべて・・・
・・・あれ?・・・ロタは幸せの涙だったわよね・・・。
ウォルドを睨んだ表情はそのままに、心の中でクスリと笑った。
少なくともロタが起きるまでは負けないように・・・そう思いながら・・・。
にらみ合いは続いていた。シルフィーネとしてはやっと一撃くらいの体力が回復してきたが、それだけだ。無駄に体力を使っては価値がない。
ウォルドにしても、最後に浴びせられた突きがあまりにも俊敏すぎて、その対処を考えていた。
両者決め手がない状態ではあるものの、圧倒的にシルフィーネが不利だ。体力も乏しければ体調も悪い。
「どうしたものかねぇ・・・」
まぁ、本当に負けてもいいんだけれども、ただ負けを認めるのは悔しい。できるなら勝ちたい。イチかバチで仕掛けるのもありだが、今は負けの目しかない。勝目があるとすれば、ウォルドが先手を打ってくれるか同時に仕掛けるときにわずかにそれが見えるくらいである。もう一度、何かを仕掛けるには、残り体力が足りない。もうすぐ夕刻になる。今日のドローは明日再試合になるのだろうか?それも聞いていないし・・・
シルフィーネはいろいろと考えたが、やはり今は待ちが正解な気がした。
そんな思考を巡らせているとき
「シィル!!」
聞きなれた声が自分を呼んだ。
「えっ・・・ロタ・・・」
スタジアムの観客席上段から、ロタが叫んでいる情景が見て取れた。
「ああ・・・これでぶん殴られなくなるのね・・・」シルフィーネはちょっと安堵した。すると・・・
「お前!アタシの目の前で負けたらぶっ飛ばすぞ!!」
とロタが続けてきた。
「・・・へっ・・・?」
鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべ、シルフィーネはロタを見つめた・・・
「はっはっはっ!!!」
ジルが堪えきれず腹を抱えて大笑いした。
「はははっ!!我が君ながら、彼女は大したやつだよ。」
笑い転げながらそう言った。そんな彼をミイルスは眠るカレンを優しく抱きながら、静かに笑った。
ジーナはキョトンとしてロタを見た。
あんなに疲弊している彼女に、まだ疲れる様子のないウォルドを倒せというのだ。そりゃ無茶だと言いたくなる。しかし・・・ロタがうらやましいと思った。自分の言いたいことをちゃんと言う。
・・・私は・・・
キッと唇を引き締め、シルフィーネの方を向いた。
その時、ウォルドがシルフィーネに切りかかった。その気配を察知し、シルフィーネは最小限の回避でその剣を避け、だらんとしていた姿勢から、直立した姿勢になった。
ウォルドはシルフィーネの視線がロタに集中したであろうタイミングで剣を狙ったのだが、こうもあっさりと避けられるとは思ってもみなかった。
“侮れないやつだな・・・”
空を切った剣をもう一度構えなおして、様子を見た。
「やばいやばい・・・」
逆にシルフィーネは少々焦った。さっきのは追い打ちかけられたら負けていた。警戒は怠っていないが、さすがによそ見をしているときに決着をつけに来るとは思わなかったのだ。
「そうよ!!私のシルフィーネ!負けないで!!」
聞きなれた少女の声が木霊した
「あー、あれは・・・気にしなくて・・・いいから・・・」
少々息を切らしながらシルフィーネはウォルドにそう言った。いくらお気に入りに応援するだけの声援といっても、曲がりなりにも王族である。その言葉をウォルドがまともにとると、彼は負けなくてはならないのだ。それを察し、気にするなといったのだ。
「・・・うーむ・・・しかしだなぁ・・・」
さすがに王宮に勤めているウォルドはどうしてよいか迷ったみたいだ。
「あ――、あとで伝えておくから・・・」
シルフィーネはすかさず言った、・・・そしてさらに続ける・・・
「・・・あんたが・・・わざと負けてくれるのは・・・助かるけど・・・」
いったん呼吸を整えると
「私はそんな勝利はいらない!」
苦悶の表情のなか口角をあげ、強く、きっぱりと言った。
ウォルドがつられて口角をあげた。
この女はこの状態でありながら、まだ勝利を信じている。
「私は負けず嫌いなの。」
脂汗をかいた疲弊の見える顔で不敵にも笑みを浮かべ、そう言った。
「シィル!負けるんじゃねーぞ!!」
ロタの無責任な激がシルフィーネに向け飛ばされた。
「そうよ!私のシルフィーネは負けないわ!」
シャルロットが根拠のない発言をする
シルフィーネは呆れた表情で苦笑いをした。声援に応えたいのはやまやまなのだが、
目の前に立ちはだかるウォルドはとてつもなく大きな障害だ、
“簡単に言ってくれるわね・・・”心の中で悪態をついた。
「シルフィーネ!」
別の聞きなれた声が聞こえた。声の方向・・・ベンチの方向に視線を向けた。
ジーナが心配そうな表情でこちらを見ていた。
シルフィーネの視線に気付くとジーナは少しうつむいた・・・。
“いや、逃げてどうする!”
手に力を籠め握りこぶしを作り勇気を込めた。そして・・・顔を上げ
「シルフィーネ!もう・・・」
―――負けてもいいんだよ! ―――
そんな言葉が出てこようとした時、シルフィーネが、まるでその言葉を制するかのように右手をジーナに向けてあげた。
「・・・えっ・・・」
ジーナが少々驚いた表情を向けた。さらにシルフィーネの右手が動き、自分の口の前に人差し指を押さえ、“ナイショ”のポーズをとる。
その姿にハッとした。
まるで下から突風が吹き上げてきたように・・・今まで視界の悪かった崖から広く雄大な空が見えるかのように自分の世界が広がった気がした。そして・・・
“あんたが後悔すると、あんたを信じたシィルたちが間違ってたことになる。”
ロタの言葉が頭をよぎった。顔から火が出るほど高揚した。
“まったく・・・あんたらは良くできた娘たちだよ!”
ジーナは自嘲すると意思を決めた強いまなざしをコロシアムの中心にいる二人に向ける。
“下を見ず、信じた道をまっすぐ見ろ!”
ロタの激が頭の中に響いた。そして・・・
「シルフィーネ!!」
ありったけの大声で今一度言葉を出す。
「あんたを・・・」
そこまで言って大きく息を吸い込んだ
「あんたを信じるから!!」
シルフィーネは微笑んだ。
「・・・えへへへ・・・」
今まで疲弊していたシルフィーネが、嬉しそうに笑った。
「・・・嬉しそうだな・・・」
対するウォルドが声をかけた。
今までの疲労が隠れるほどの満面の笑みで
「えへへ・・・任せられちゃった!」
そう言うシルフィーネに
「・・・そ・・・そうか・・・」
ウォルドがそう答えた。
うーむ・・・
しかしまぁ・・・どうやって切り抜ければいいんだ?シルフィーネは悩んだ。
どう考えても勝ち目はない気がするが、ここまできて簡単に負けたくない・・・いや、むしろ勝ちたい。
体力は一撃分・・・頑張り補正を入れても、もう一撃というところか・・・
シルフィーネが再度自分の状況を分析し始めた。どうもウォルドも本気での攻撃を先手で出す気がないように見えるし、それではこちらに勝ち目はない。
「うーむ・・・」
今度は口に出して悩んでいる表現を出した。そして・・・何か吹っ切れたかのようなしぐさを見せ、
更にシルフィーネが姿勢を正すと、左手に持った剣を高々と天にかざし、
「我が名はシルフィーネ!」
大声で名乗り口上を始めた。
「アマゾネスが副隊長にて此度の戦いの大将を受けし者!」
ウォルドの表情が険しくなった。
“何をするつもりだ?”
シルフィーネの口上は続く
「次が我が最後の一撃となるだろう!受けて立つがよい!」
わがままな内容の口上を述べると、天に掲げた剣を再び下段に構えウォルドに対峙した
その姿を見て、コロシアムの観客から歓声が上がった。さらにウォルドに向け「受けて立て!」という野次が飛び交った。
「・・・なるほどな・・・」
今までの経緯からすると、ここで短期決戦をするには、まだ勝利の確証が持てないと思っているのだが・・・これでは逃げるわけにはいかなくなってきたよな・・・その言葉が頭をよぎった。
ウォルドはシルフィーネを睨みつけるような表情になり
「いいだろう・・・」
そう呟くと、右手に持った剣を高々と天にかざした。観客はその所作に注目すべく静まり返った。
「我が名、ウォルド、ゼルギルフ王宮警護隊の隊長にして此度の総大将となりし者。」
シルフィーネとは対照に静かにゆっくりと口上を述べる。
「汝が一撃に真っ向から立ち向かい勝利する!」
そう述べるとそのまま右手のみで上段に剣を構えた。
「殺すつもりでいくぞ。」
更にシルフィーネに聞こえるように呟いた
もう後には引けない・・・ウォルドから赤いオーラが見えるようだ。そんな中、シルフィーネはニタリと口角をあげた。
「やっと本気になってくれたってことね。」
そう言うと自分の意識を、剣を握る左手に集中させた。
その時・・・・
一瞬ではあるがウォルドの目にはシルフィーネの全身から細く立ち上がるいくつかの青いオーラが見えた
今、まさに繰り出される最後の攻防に、コロシアムの観客が息をのんだかのように静まり返った。
太陽は少々赤く色味がかってきていた・・・。
挿絵を初チャレンジしてみました(笑)




