19話 慰めしもの
コロシアムに歓声が響いていた。
カレンはジルの勝ち名乗りをあげるコウをただ茫然と見つめる。
ジルはこの戦いを反芻していた。
“体力の差だったかねぇ・・・”
自身の剣をゆっくりと眺めそう思った・・・実際、あの突きの三番目が成立していたら、この剣を落としていただろう。
“やばかったねぇ…”
改めて畏怖の念を込めカレンを見た・・・
・・・そのカレンが、虚ろにジルに視線を向けた。目の焦点が合っていないような表情でジルを視界に確認すると、さらにウォルドに視線を向けた・・・。
「・・・・ああぁぁぁぁ・・・・」
カレンは大きく目を見開いて、ウォルドを確認すると、その眼から大粒の涙を流し始めた。
“私が負けたら・・・あとはフィーネしかいない・・・・”
そんな言葉がぐるぐるとカレンの頭を支配した。
「・・・そ・・・そんな・・・」
しかも二人も残してあの体調のフィーネを・・・・
ペタリと地面にしゃがみこんだ途端大声をあげて泣き始めた。
「・・・私が・・・私が負けたら・・・・フィーネしか・・・私は・・・私は・・・負けてはいけなかったのに・・・」
そういいながら、その言葉を繰り返しながらカレンは大声で泣いた。
「・・・あらら・・・負けちゃったねぇ・・・」
アーシャがそう言った。
「そうね・・・まぁ、とりあえず迎えに行きましょう・・・」
いつまでも人前で泣き顔を見せているわけにはいかない・・・ジーナがカレンに助け舟を出そうとしたとき、
「大丈夫よ。ウォルドも気づいてるから。」
聞きなれた声がジーナを制した。ジーナは声のする方向を見た。
そこには身支度をしたシルフィーネの姿があった。
「うわぁぁぁん!!」
もう言葉が聞き取れない程の大泣きを見せるカレンを見てミイルスは慌てた
「・・ああ・・・カレン・・・」
オロオロとしているミイルスを見てウォルドは少々呆れた口調で
「ほら!さっさと行ってこい!!」
と小さく促すと右足でミイルスの臀部を押した。
「・・・えっ・・・・ああ、行ってきます!」
言われるがままにミイルスはカレンに向けて小走りで向かう。
「うわああああぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
泣き声はさらに大きくなっていく。
“・・・負けてはいけなかったのに‥‥!!”
その言葉がグルグルと頭を回り続ける。
周りを気にしている余裕もなくカレンは泣き続ける。
そんな時・・・
優しく頭を撫でられた・・・・。さすがにカレンは大声をあげるのをやめ、涙ぐんだ目で自分を撫でる人影を見た。
涙でぼやけている部分もあるが、ミイルスが傍らに見えた。
「・・・えっ・・ぐ・・・ミイ・・・えっぐ・・・ミイルス・・・」
涙ながらにも、なんとか自分の彼氏の名前を呼ぶ
「お疲れ様・・・よく頑張ったね・・・。」
優しく声をかける。・・・すると・・・
「えっぐ、ううっ・・・うわーん!!」
カレンが再び大声で泣きだした。ミイルスはたじろいだ。
「・・・そんな・・・えっぐ・・・もう・・・要らない子みたいに・・・・言わないで!!・・・・えーん!!!」
大きく泣き始めた原因を知り、言葉のチョイスを間違った自分に気づいた。そして、チラリと助けを求める視線を投げかけた。
そこには、その視線に気付き、そっぽを向いて両手で耳を塞いだジルの姿が・・・
“そりゃ、お前の彼女だろ!!”
ミイルスは自分にそんなことを言われた気がした。
小さく頬を膨らませて更にジトっとジルを凝視したが、お構いなしだった。
ミイルスは少々悩んだそぶりを見せるとカレンをぎゅっと抱きしめた。
「カレン・・・どれだけ泣いてもいいけど、そんなに泣くんだったら、僕の腕の中で泣いてくれ。」
ゆっくりと優しくカレンに言った。
カレンは抱き寄せられた勢いで一瞬泣くのをやめたが、今度はミイルスの腕の中で泣き始めた。
「・・・私は・・・私は・・・負けてはいけなかったのに!・・・フィーネ・・・は、体調が悪いのに・・・」
今までの大泣きから一転して静かに噛締めるように泣きながらその言葉を繰り返した。
ミイルスは「惜しかったねぇ・・・」と小さく呟くと、赤子でもあやすかのようにポンポンと小さくカレンの背中を叩いた。カレンの呟きはだんだんと小さくなっていった。
4回ほどカレンは呟きを繰り返し・・・そして・・・沈黙した。
ジルは辺りが静かになった事に気付くと、二人に視線を向けた。そこにはカレンを大事そうに抱きしめたミイルスがキョトンとした表情で座っていた。
「・・・寝ました・・・」
ミイルスが呟くようにジルに言った。
「まぁそうだろうよ。そんな小柄の体で、長時間の試合してたんだからな・・・」
ジルはそう返す。
「なんで・・・」
「・・・んっ?」
「なんであの時耳を塞いだんですか!」
ミイルスがぶすっとした表情でジルに言葉を投げかけた。
「そりゃそうさ、カレンはお前の彼女じゃん、俺だってロタを自分の言葉でなだめただろ。」
しれっとした口調でそう返された。そして・・・
「ちゃんとなだめられたじゃん。そういうのは自分の言葉と態度でやるもんさ。」
そう続けた。
午後の太陽が三人を照らしていた。
「ミイルス殿はご結婚なさらないのですか?」
満面の笑みでコウが言い寄ってきた。
「少なくともここではしない!」
ミイルスはきっぱりとした口調でそういうとカレンを大事そうに抱き上げて自分のベンチへと向かった。
観客からは冷やかしのヤジが飛んだ。
顔を真っ赤にして恥ずかしがっているミイルスに対し、子供のような顔をして寝ているカレン。涙の跡が見えるものの、包まれるように抱かれて安堵しているのだろう安らかな表情だ。
「・・・んっ・・・」
そう声が聞こえると、うずくまっていただけの左手を伸ばしミイルスの肩に回した・・・かと思うとそのままぎゅっとミイルスを抱きしめた。
「・・・えっ・・・・」
起きているのか?と顔を覗き込んだが、カレンはしっかりと寝ていた。おそらく手持ち無沙汰だった左手の落ち着くところを探していたのだろう・・・とミイルスは判断した。
「・・・ミイ・・・ルス・・・」
小さく呟いた自分の名前を聞き、ミイルスはさらに顔を赤らめた。
「んじゃ、行ってくるね。」
あまり大きくない声でジーナたちに声をかけた。
「・・・大丈夫なのかい・・・?」
ジーナは心配そうな口調で返事をした。シルフィーネはキョトンとすると、
「負けたらロタにぶん殴られちゃうからね。」
にっこりと笑ってそう言った。
納得いかないジーナの表情を背にシルフィーネはコロシアムの中央へと向かっていった。
「ちょっとは回復したのかしら?」
アーシャが遠ざかるシルフィーネの後姿を見てそう呟いた。さっきまでと違い、まっすぐ歩いている。
「うーん、どちらかというと、無理してるわね・・・」
ケイトが答えた。
「下腹から太腿にかけて、かなり強めに布を巻いて、かなり強めの痛み止めを飲んでいったわ。」
ジーナはそれを聞いて言葉が出せなかった。
「・・・あのこらしいわねぇ・・・」
いつもはあっけらかんとしているアーシャが、静かに呟いた。
「お待たせしたかしら。」
コロシアムの中央付近に来たシルフィーネがジルに言葉をかけた
「それほど待っちゃいないさ。」
軽く笑みを浮かべてジルは答えた。すると・・・シルフィーネはちょっと呆れた顔をして、
「まったく!うちの最強どこを二人も泣かしてくれちゃって!呆れたプレイボーイね!!」
そうジルに言った。
「いや、もう女の子の涙はこりごりさ。」
苦笑いをしたジルがそう言うと
「できれば、シルフィーネちゃんも、泣く前に降参してくれるとありがたいんだけどなぁ・・・・」
そう付け加えた。シルフィーネはその言葉を聞くと、にっこりと笑って、
「あら、駄目よ!だってあなたのお嫁さんが目を覚ます前に負けちゃったら、ぶん殴られるもの。」
そう答えた。
「あらら・・・そりゃ駄目だわな・・・」
苦笑いをしながらジルは呟いた。