17話 伝えるもの
「・・・おしかったねぇ・・・剣では勝ってたのに、気概で負けちゃったねぇ・・・」
「・・・・。」
ジルの呟きにも似た解説にウォルドは黙ったままだった。
・・・気概・・・・。まさに「負けない」と「勝つ」の想いの紙一重の違いだったかもしれない。
「・・・あれは、あのまま闘技を続ける気なのか・・・?」
ウォルドがロタに視線を向けジルに言った。
「戦うつもりなんでしょうねぇ・・・全く、あのムスメには困ったもんですよ・・・。」
ジルが苦笑しながら答えると、自分の剣を持ちベンチを後にした。
「・・・まぁ、今回の引導は果たしてきますよ・・・。」
「・・・ぜぃ・・・・はぁ・・・・」
頭がグラグラする。・・・気分が悪い・・・。
しかし・・・
「・・・あと・・・二人だ・・・」
ロタはゆっくりとそう呟いた。
「・・・まぁ・・・二人なんだけどね・・・」
ロタの背後から聞き慣れた声が聞こえた。声のする方へ顔をゆっくりと向けると・・・
―――ぷにっ―――
と自分の頬を押す何かに動作を遮られた。この障害物は、記憶にある。ジルの指だ!ロタの頭に血が登った。
「ジル!!おめぇー!!」
怒りを見せそう叫んだロタの額から、今まで落ち着いていた鮮血が勢いよく出た。
「・・・・え・・・ぇ・・・」
一気に力が抜けてきた・・・と同時に、ジルの手が上方向から自分に合わせていることに気づいた。
―――なんだ?―――
ジルとは同じくらいの身長なのに・・・・ロタは改めて自分の姿勢に気を配る。
すると、自分は立っているとばかり思っていたが、地面にぺたりと座り込んでいたことが分かった。頭への衝撃と出血によってうまく認識が出来なかったようだ。
「・・・もう、今日は終わりだ・・・」
いつの間にかしゃがんでロタに視線を合わせたジルが静かにそう言ってきた。
「・・・な・・・なにを・・・」
上体を起こしながら勢いよく答えようとするロタの体がぐらついて前のめりに倒れる。それをジルは優しく抱き止めた。
「・・・えっ・・・・あっ・・・」
自分の意思とは無関係にジルに身をゆだねるロタが、恥じらいにも似た声を上げた。
「・・・まったく・・・お前さんは、頑張り屋さんだねぇ・・・」
「・・こ!・・・こども扱いすんな!!・・・」
ジルの言葉にロタは間髪入れずに抵抗した。その時にまた鮮血が噴き出し、ロタは朦朧とした。そんなロタを見てジルは少々呆れた顔になったが、彼女をしっかりと抱き静かに目を閉じて言葉を出した。
「・・・愛してるよ・・・ロタ・・・」
ロタの血の気が一瞬引いた。そのあと、アワワと慌てふためき始めた。
「・・・な・・・なに言って・・・」
上ずった声で反論している途中でジルの言葉が割って入った。
「愛してるよロタ・・・心から・・・」
もう一度確認するかのようにそういうと、
「いつも、君には驚かされることがいっぱいだ。ミイルスを倒したこともね。」
ロタに静かに話し始めた。
「いつもの君は、放っておいても大丈夫だけど、今は心配で放っておけない。」
ロタは、その言葉を耳まで真っ赤な顔をして聞いていた。顔面は血まみれなのであまりよくわからないが・・・。
ジルは言葉を続ける
「・・・もっと、雰囲気のある場所で言おうと思っていたんだけど・・・」
そのあとにジルには珍しく、言いづらいことなのか、コホンと一度咳をし、息を整えてから、
「・・・ロタ・・・結婚してくれ・・・」
小さな声だったがロタにしっかりと聞こえるようにそう言った。
ロタの耳の赤みが濃くなった。
「・・・ばか・・・」
小さく呟いた
「・・・ん?・・・」
ジルが聞き返した。すると
「バカ、バカ、バカ、バカ、バカー!!」
と小さく叫びながら、かろうじて少し動く両手でジルの背中をポカポカと叩き始めた。
「まぁ、返事は・・・」
―――後にでも―――
そうジルが言いかけると、ロタは叩いていた手を止めギュッとジルを抱きしめた・・・そして・・・
「アタシが・・・それを拒むわけがないだろ!」
当然な表情を浮かべたロタが迷いの無い言葉で返してきた。
・・・目尻に涙を浮かべて・・・
ジルは「ロタには敵わないなぁ・・・」と静かに笑った。
「しかしまぁ・・・」
短めに長い時間、ジルのプロポーズの時間が続いたのだが、ロタがそれを止めた。
「・・・アタシがこんなんじゃ、戦えないねぇ・・・」
ジルに抱きしめられたままのロタが素直に負けを認める決心がついたようだった。
「すこし・・・いや・・・めちゃくちゃ悔しいけど・・・・」
そう言うと、大きく息を吸い込んだ。そして、うっすらと視界に映るぼんやりとしたベンチ、シルフィーネとカレンがいるベンチに顔を向けると。
「カレン!シィル!!お前ら、アタシが気ぃ失っている間に負けやがったら、ぶん殴るかんな!!」
ベンチに向けてそう大声で叫び、自分の言葉を無責任に送ったあとに静かに意識を失った。
耳元で大声を出されたジルはかなり迷惑そうだったが、気を失ったロタのその顔はとても幸せそうな表情だった。
それを聞いたカレンは「任せなさい!」とつぶやいた。シルフィーネは「ロタらしいわね!」とほほ笑んだ。
「・・・いや・・・出来ればお手柔らかに頼みたいもんだねぇ・・・・」
気を失ったロタを抱えてジルが困った口調でそう言った。