07話 決闘を誓いしもの
「では、日時は二十日後の『月の雫の日』とする。両者、異存はないな。」
司祭の前で、ジーナとウォルドが騎士の正装をして相対していた。
ここは女宮城前にある大きな教会である。ミサの行われる大聖堂の正面に立つ司祭、その前に立つジーナとウォルド。ジーナは先ほどまで泣いていたかのような真っ赤な目をキッとウォルドに向けていた。
ウォルドというと面倒ごとにでも巻き込まれたかのような不服の表情でジーナを睨む。
「いいわよ!」
「異存は・・・ない・・」
二人は返事をした。
「それでは、剣の誓いを・・・」と司祭が告げると二人は各々の剣を司祭の前で交えた。カッチャっと金属音が聞こえた。ジーナの剣はシンプルなショートソード。細身でショートソードにしては少し長い。軽く、そして相手との間合いが取り易い造りだ。対してウォルド、こちらも外観はシンプルなナイトソード、中型の剣だ。まるっきりジーナの剣を二回り大きくしたような造りの剣は、やはりモノにしては軽く、相手との間合いを取り易いという狙いがあってのものだった。
「我等が剣にかけて、正々堂々とした試合を誓う」
ジーナが先に言った
「我等が剣にかけて、五人が畏怖堂々とした剣技を見せることを誓う」
ウォルドが続けて言った。
「お互い勝敗の結果に遺恨なき戦いを・・・」
二人の宣言を受け、司祭はそう言った
「えっ!?」
カレンが理解し難い感嘆符を発した。
「王宮騎士団と五対五で決闘!?」
感嘆符の後に続けてそう言った。
「・・・ああ・・・そうだ!・・・・なんというか・・・売り言葉に買い言葉という・・・やつだ・・・」
ジーナがムスッとした表情を浮かべ、そっぽを向いた。
「アタシは構わないぜ!」
ロタが口をはさんできた。
「要は力比べだろ。グフフ・・なんかワクワクしてきた・・・」
楽しそうにそう付け加えた。
そんな情景を呆れ顔でシルフィーネは、彼女たちを眺めていた。
「シルフィーネもそうだろ!こんな大っぴらに力比べなんてできねぇからな!」
ロタの質問にシルフィーネはきょとんとし、少々考え事をした後、軽く微笑みながら
「ジーナの決めた事だからねぇ、私は反対はしないのだけど・・・」
シルフィーネの言葉が途切れた・・・・ジーナが心配そうに彼女を見る
「・・・日付・・・決まっちゃってるんだよねぇ・・・・」
何やら言いづらそうにシルフィーネは確認をとる。
「そうだが・・・何かあるのか?」
ジーナが質問を返す。
すると、シルフィーネはちょっとモジモジとしながら言葉を返す
「・・・その日は、私・・・予定日なんだよねぇ・・・・」
申し訳なさそうにそう答えた。
一瞬の沈黙があった。
「・・・えっ・・・?・・・何の予定日・・・・」
ジーナは恐る恐る聞き返す。ジーナの中で答えは見つかっているのだが・・・
「・・・その・・・月の予定日が・・・・」
控えめにシルフィーネが答え、ジーナたちを見た。
そこには青ざめたジーナの姿があった。
「そんな!ロタならともかく、あなたがいないとウォルドにどうやって勝てばいいの!!」
「なんだよ!その『ロタならともかく』って!!」
「そのままの意味ね…」
ジーナ、ロタ、カレンが順に口を開いた。
「・・・えっ・・・そうなると日付を変更してもらうとか・・・そんなの・・・・」
ジーナが怪しくブツブツと独り言を言い始める・・・司祭を絡めて構成したスケジュールを変更するわけにはいかないのだ・・・
シルフィーネはジーナの肩に手を置き、
「・・・ま・・・まぁ、とりあえず私を五人目に登録しておいて、ロタとカレンに何とか頑張ってもらいましょうね・・・」
苦笑いしながら、とりあえずの打開策を提案した。
そして・・・とりあえずこちらの五人の出場者は決まった。
アーシャが一人目で二人目がジーナ、そのあとロタ、カレンと続いて最後がシルフィーネという順だ。
「・・・まぁ、どうにかなるでしょ・・・」
シルフィーネは気楽につぶやいた。
冬の終わりを告げる風が辺りに吹いていた。
「ウォルドがジーナにあんなに荒げるとはなぁ・・・」
ジルが本人の前でつぶやいた。
「私も、同感です。」
ミイルスは、はっきりとした口調で同意した。
「・・・・。」
ウォルドは軽く目を閉じて沈黙している。
「アーシャはともかくジーナは大怪我しても諦めずに剣をふるいそうだな・・・」
ニカッとした笑みを浮かべ、ジルがウォルドに恐ろしいことを言った。
ウォルドはその言葉を聞き、「・・・はぁ・・・」と、少々後悔したようなため息をつき続ける。
「・・・俺はだなぁ・・・あいつらに危険なことをしなくてよいと言おうとしただけなんだがなぁ・・・」
「あいつら」とはジーナたちアマゾネスのことだ。
「その結果が決闘になっちゃったんだねぇ・・・。ジーナは、アマゾネスの仕事に誇りを持っているからねぇ・・・」
笑顔のままジルが答える。
「そうなると、突き放すような言い方をチョイスしたのはちょっとまずかったですね・・・」
ミイルスが考え込むように顎に手を当て、言葉を続ける。
「・・・いや・・・もう・・・やめてくれ・・・」
ウォルドは参ったという仕草で右手を顔に抑えつぶやいた。
春にはまだ寒い風があたりに吹いていた・・・・。
二日前
「あと半月ほどになったが、豊作祈願の祭りの警備の件だが…」
ウォルドが隊長会議で議題を出してきた。
春も深まってくると、作物の種まきのシーズンがやってくる。その作物の豊作を願い祈願する。
祈願すれば人が集まり賑やかになり、祭りとなってくる。そんな流れから毎年豊作祈願の祭りが行われるのだ。
「警備の配置の件だが・・・」
淡々と続けられる会議だったが・・・
「何よそれ!」とジーナの声が響いた。
「私たちの仕事が無いじゃない!!」
配置を記した略地図を指さし言葉を続けた。
「そうだな。お前たちはわざわざ人込みで仕事をしてもらうことはない。」
ウォルドは淡々と答えた。
ジーナはカッとなった。アマゾネスが目立てば、募集もしやすく、今後の増員に希望が持てるようになる。しかし、このプランでは目立つどころか、存在さえしているか伝わらない。
「去年までは人員が少なすぎて、人手を回せなかったが、今年はそちらに回せる余力がある。こういうところで目立たないと募集ができない!!」
運営のことを考えるとそういう話だが、なにぶんジーナには近衛隊長としてのプライドがある。国民を守ってこその近衛騎士団なのだ。戦力はともかく、やっと女宮城のみの警備をやってきた去年までとは違い、多少の無理はしたとしても街の救護活動だけでもできるところまで技術も人数もやっと増えてきたところだ。
「それなのに、全員女宮城で待機なんて!」
「お前たちは見世物ではない!」
ウォルドは切って捨てるように言い放った。
「知ってるわよ!!でも、私たちも王宮警備隊の一員なのよ!!国や街のために働くのをなんでとめるのよ!!」
つんざくようなジーナの言葉に耳を抑えながらウォルドは答える
「女宮城の警護も立派な警備隊の仕事だ。お前たちが慣れない街の警護をする必要はない。」
まるで受け付けない対応にジーナも抑えきれなくなってきた。
「邪魔者扱いしないで!!」
ジーナが懇願する表情で怒鳴った。ウォルドはそれに気づき何か言おうとしたとき、ひとりの警備隊長が野次を上げた。
「もういい加減にしろよ!その話で長いこと話が進まねぇ!」
ジーナの目つきが変わりその警備隊長を睨んだ。
「そんなに目立ちたければ決闘でもしてウォルド総隊長でもジル副隊長でも倒せば、否が応でもアマゾネスの株が上がるぜ。・・・・まぁ、勝てたらの話だがな・・・。」
睨まれた警備隊長は、一瞬ひるんだが、気を取り戻しそう言い放った。今度はジーナが躊躇した。
“・・・決闘・・・そんなことをしたって、ウォルドなんかに勝てるはずなんて・・・”
頭の中でグルグルと思考が回った。それを見た警備隊長は、それ見たことか!という仕草をして深く椅子に座りなおした。このまま落ち着けば次の議題に行くだろう・・・安堵した様子でジーナを見た。
・・・・そう・・・・落ち着けば・・・。
ウォルドはその様子を見ていながら、少々考え事をしていた・・・
“ふむ・・・まぁ危険の伴わないことをしなければよいのかも・・・”
「・・・ジーナ・・・それでは救護活動でも・・・・」
言いかけたその時、
「決闘よ!!」
ウォルドに勢いよく指をさし、ジーナの声が木霊した。高を括っていた警備隊長は椅子からずり落ちた。
ウォルドはいきなりのジーナの叫び声にも似た果たし状ともいえる声に言葉を止めた。
そして声のする方向へと改めて視線を合わせた。そこには明らかにおかしい状態のジーナがいた。
目の焦点が合っていない、何よりもウォルドをさした手が、明らかにおかしい震え方をしている。
「・・・ジーナ・・・落ち着け・・・」
ウォルドの落ち着いた声が終わる前に彼女の声が出た
「うるさい!・・・うるさい!・・・うるさい!・・・うるさい!・・・」
四回叫ぶように怒鳴った。
・・・そして・・・場が静まり返った・・・。この場を続けるにはジーナが言葉を発しないといけない雰囲気になった。
・・・心臓が・・・バクバクしている・・・強い鼓動に息が詰まりそうだ・・・。
大きく目を見開いて自分が指さした手に焦点を合わせるのがやっとだった、喉に何かが詰まったかのような息がまともにできない状況下で、ジーナは纏まらない考えを纏めようと必死に考えていた。知らないうちに見開いた目から涙があふれていた。
・・・何をすればよいのか・・・苦しくて何も思いつかない・・・あまりにもつらくて走馬灯のように、この状況には全く関係のない、今までの記憶が頭の中を走り始めた。
“・・・ああ・・・なんで隊長なんか引き受けちまったのかねぇ・・・”
つらさに耐えきれずにそんなことが頭をよぎったその時に、ある言葉を思い出した・・・。
今回と同じく、こらえきれなくなって時に優しく抱かれながら聞いた言葉・・・・・・・
“・・・私はあなたが一生懸命なのは知ってるよ。だから胸を張ってジーナらしくしてくれればいい・・・”
その言葉でハッと我に返った・・・。そして今一度自分の指先を確認した。
“・・・そう・・・よ・・・・わたしは・・・・私よ!”
ウォルドはジーナの目つきが変わったことに気づいた。パニックからは脱したみたいなので少々安堵した。
ジーナというと、その視線を自分の指から、ウォルドに向けなおすと・・・・
「決闘よ!!祈願祭の最終日に、闘技場で!!」
改めて果たし状となる言葉を発した。
「なんだと・・・」
ウォルドはパニックから収まったジーナが決闘を撤回すると踏んでいたので驚きを隠せなかった・・・
「ジーナ・・・お前、何を言っているのかわかっているのか?」
ウォルドが低い声で彼女に質問した。
それを聞いたジーナは大きく深呼吸すると。
「わかっているわ。でも・・・私たちには少ないチャンスなのよ・・・私はアマゾネスが胸を張って選べれる職業として選択されるために・・・・」
この先の言葉はこの状況になってもやはり躊躇した。・・・しかし・・・
「あなたたちと闘う!」と、凛とした表情できっぱりと言い切った。
「わかっているのかと聞いている!!下手をすると怪我どころでは済まないのだぞ!!」
ウォルドが珍しく怒鳴った。この場にいるすべての隊長が戦慄を感じた。
その言葉を受けてもジーナはひるまなかった。
「私は・・・・私は、誇りをもってこの仕事をしている!!」
今までで一番はっきりとした言葉で返した。
一拍おいて、ウォルドは冷静さを取り戻し、机に右手を置いた。
「・・・わかった・・・。」
イラつきを隠せない口調で了承した。そして・・・
「誰か、司祭を呼んで来い。ここまでの儀式となるとちゃんとした手順踏まないとな!」
そういって一人の隊長に司祭を呼びに行かせた。
部屋の中に難しい緊張感が走った・・・・。
「・・・・というわけなのよ!アーシャ。」
ジーナがアーシャに事情を説明した。アーシャはとりあえず聞いていたが、
「うん、いきさつは分かった。・・・しかし、私が聞いているのは、なぜ私が選ばれたのかって事なんだけどねぇ・・・。」
アーシャが淡々とした口調で質問しなおした。
剣技はダメ、体術もダメ、おまけにそれほど体力もない。まさに呼ばれるはずのない筆頭のような自分がなぜこのメンバーに選ばれたのか意味が分からないのだ。
「そうね、それなんだけど、今回決闘の行われる闘技場は結構人が入るの。」
ジーナが説明を始めた。
「ふむふむ・・・」
「私たち四人以外だと、人前に出るの慣れていないから、緊張して動けなくなっちゃうかもしれないじゃない。」
「ふむふむ・・・」
「そこであなたが適任となったわけよ。」
「ふむっ?」
最後のアーシャの返事は疑問形だった・・・。そのあとしばしの沈黙があった。
「は~!!決闘のメンバーは剣技で選びなさいよ!!」
天を仰いだ状態で右手で顔を抑えながら、呆れた言葉をジーナに投げかけた。
「えー、緊張してしまったら剣技どころじゃないでしょ!それなら緊張しない人のほうがまだいいでしょ。」
あっけらかんとした口調でジーナは切り返した。アーシャは右手の隙間からそれを確認すると
「・・・ぷっ・・・」
と笑い始めた。一通り笑うと
「・・・どうせ、それ考えたのシルフィーネでしょ!解ったわ、立派にご要望の一人目をこなしてあげるわ。」
楽しそうにそう答えた。
ジーナは何か不安の一末を感じたが、とりあえず愛想笑いをした。
春の日差しは暖かに周りを照らしていた・・・。