第八話 事後報告
医務室で縄を解いてもらい、汚れた服をはがされると、全身擦り傷だらけだった。何をして出来た傷なのかと聞かれて、腹を殴られて気絶し、倉庫で転げまわったことを正直に話した。
医術士からすすめられて一晩医務室で休むことになり、レビーは「夕飯もってきてあげる」と言って出ていった。ベッドに腰かけて包帯を巻かれていく右腕を見ていると、扉を叩く音がしてアルバートとサディクが入ってきた。
「怪我の具合はどうだ? セシル、ティティユの容態を教えてくれ」
アルバートからセシルと呼ばれた医術士が、腹に打撲と全身に切り傷やあざがあり一晩様子を見ると説明した。
ティティユとファシルが文書室から姿を消したのは夕方頃で、ちょうど席を外していたギュゼは二人がいつもより早く仕事を終えたと考えたらしい。
夕食時になってもティティユが使用人の家に戻っていないことをレビーが気付いて、サディクに連絡し、調理場のみんなで屋敷中を探しまわっていたそうだ。
アルバートは深刻な表情でティティユの顔をのぞきこみ、なにかを確認するように額と頬を撫でた。頬の髪に隠れた部分に切り傷があったようでちょっと痛かった。それを見ていたセシルが消毒の道具を取りに動いた。
「お前はどうして無茶ばかりするんだ」
「アルバート様、たいした怪我ではありません。」
「いいえ大怪我です。」
アルバートとサディクが二人そろって首を振るので、ティティユは自分の体を見下ろして考えた。腕や足を切断したときに比べればまったく大した怪我ではないと思う。
「ティティユ、体が痛むでしょうが、何があったのか詳しく話すことはできますか?あなたはファシルに監禁されていたと聞きましたが、ファシルからはまったく事情を聞き出せていません。」
「痛みはそれほどでもありません、お話できます。」
ティティユはすべてを話した。筆跡からファシルが他の人の名前で文書を作っていると気付き、本人に聞いたこと、その後突然殴られて気絶し、気が付いたら手足を縛られて倉庫にいたこと、そこにファシルが食事を持ってきて、ファシルが自分を遠い町へ追いやろうとしていると分かり、断るとティティユを殺すと言って襲い掛かってきたこと、そしてファシルが〈あの方〉に命令されて動いていたこと。
「二人きりで本人に問い詰めるとは、無謀にもほどがある。危険だとは思わなかったのか」
アルバートは厳しい表情でティティユを見つめている。あのときはまだファシルが何を考えているのかわからなかったし、ファシルが罪を自覚していないならば気づいてもらえればよかったのだ。ティティユは首を振ってこたえた。
「あのときファシルが思い直してくれていたら、彼が罪に問われることはなかったのです。おおやけにすべきではないと思いました」
「それはファシルにとってだろう? お前はお前のことを考えろ」
自分の思う通りに動いたつもりだったので首をかしげると、アルバートとサディクがそろってため息をついた。こうして並んだところを見ると似ている二人だ。
「それよりも、アルバート様、ファシルは〈あの方〉をとても怖がっていた。ファシルを保護する代わりに〈あの方〉の情報を聞き出すほうがよいのではないですか」
「それはファシルの罪がどれほどのものか詳らかにしてからでなければ決められないな。彼が書き換えたという文書の内容による……それにお前はいいのか? どうして自分を殺そうとした相手を助けるような真似をする」
アルバートにはティティユがファシルを庇っているように聞こえたのだろう。
「〈あの人〉とは、きっと人を恐怖心で操れるほど強くて道理が通用しない人なのでしょう。ファシルが捕まったと知られた後に今度はどのような方法でアルバート様のお仕事を妨害してくるかわかりません。」
父に金の取り立てに来ていた乱暴な男たちや、裏から死体の匂いが漂ってくる娼館の主、人を恐怖心で縛る者たちはなんでもする。
「それはそうかもしれないが……」
「主が害される可能性があるなら消しておくのが使用人の務めです」
それを聞いたアルバートは、居住まいを正してティティユに向き合った。
「その言葉、そのまま返すぞ。私はお前たちの生活を保障する。しかしお前を危険な目に合わせてしまった。すまなかった」
「私の怪我は、私がファシルを動揺させたから負ったものです」
「ファシルを雇ったのは私だ……ティティユ、お前は主よりも先に自分を守らないといけない。俺のために自分の何かを我慢したり諦めたりしなくていい、これは命令だ…守れるな?」
変な聞き方だと思った。命令ならば守らねばならない。ティティユはこくりとうなずいた。
「さて、ここからは褒美の話だ。お前の働きに私たちは大変助けられた。何か欲しいものがあるなら聞くぞ」
褒美と聞いて思いつくものは一つしかなかった。
「アイスクリームをいただきたいです」
「……それだけでいいのか。他には何かないか?」
サディクは笑いを堪えているし、アルバートは困り顔になっている。何かおかしいことを言ったのだろうか。
「他には思いつきません」
「欲がないことだ、もう少し考えてみろ。ではゆっくり休むのだぞ。セシル、腹の痕が消えるまで安静にするようここで面倒を見てくれないか」
セシルと少し話したあと、アルバートはサディクを連れて出ていった。痛みはほとんどないのに戦力外通告を受けたことにショックをうけてベッドにもぐりこむと、すぐに眠ってしまった。