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砂の国の王子は歪な人形を溺愛する  作者: 音暖
第一章 人形の目覚め
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第五話 相談 

 屋敷に到着してティティユを仕事に戻らせると、アルバートの執務室に向かった。

 ティティユにその力を発揮できる地位を与えれば、敵が多いアルバートを側で支える存在になれるかもしれない。サディクはそのための段取りを考えていた。


 以前から賢い子供だと伝え聞いていた。今日、少しの外出をともにして、サディクにもティティユの異質さがよく分かった。このまま皿洗いの使用人にしておくのはもったいない。


 執務室をノックして、アルバートの返事を待って入室する。アルバートは机で書き物をしているところだった。


「ただいま戻りました。ティティユについて少々ご相談したいことがございまして…お茶をご用意しますのでご休憩がてらお話をいかがでしょうか」

「ああ、そうしよう」


 アルバートはほおっておけば一日中執務机から離れないので、たびたび休憩を促している。もう夕方になろうという時間だが、今日は朝からサディクが外出していたので、アルバートにとっては今日はじめての休憩だろう。


 お茶を濃いめに淹れてミルクを加え、主人が好きな蜂蜜を添えて出した。

 アルバートがソファーにもたれて一息ついたところで、ティティユに関する報告をはじめた。


「新しい義手と義足の注文は滞りなく終えてまいりましたので、ひと月ほどで出来上がるでしょう。今後も身体の成長に合わせて注文をすることになります。

 ご相談というのは、ティティユは文字が読めるようですので、貴族の身分を与えて育ててはいかがか…と」


「お前にしては性急だな。サディクはティティユを使用人にすることにも乗り気じゃなかっただろう、何があった?」


 ティティユが屋敷にきてひと月もたたっていない。しかし貴族の子は生まれた時から様々な教育を受けて育つのだから、引き入れるなら早いほうがいい。


 サディクはアルバートに促されて、ティティユについての所見を話した。


 ティティユの父の仕事は小さな商売で、稼ぎは少なく、母は娼婦で三年前に亡くなっている。この国の王立学院は貴族の子弟のみ入学が許されているので、平民の子に教育を受けさせるには家庭教師を雇うしかないのだが、ティティユの生家ではそれは難しかっただろう。


 加えて、彼ら家族の近所に住まう者たちによると、ティティユは父から自分の姿をさらすことや話すことを禁じられていて、外出時には頭に布を巻き、会話も必要最低限しかなかったという。


 しかしティティユはこの屋敷に来た時から、問題なく意思疎通ができる程度には会話が出来ていたし、他人に怯えることなく適切な距離を保ち、その場にふさわしい行いをしようという意思を感じた。


 その姿はまるで成人女性を相手にしているような感覚にさせた。


 頼れる家族や教師もなくそれらを習得したとすれば、ティティユには並外れた観察眼と、見たもの聞いたことから論理を構築し、行動に繋げられる高度な知性が備わっているのだろう。


 この国の平民の多くはことばの読み書きができない。それは国が貧しく、文字を操れる知性を持った者が生まれてこないからだ。しかし先ほど工房で設計図や見積書を確認しているときも、ティティユはそれを見て理解しているようだった。


 その知性だけでも貴族の子とするのに十分だが、ティティユは人のために怪我も恐れずに獣に立ち向かう勇気と行動力がある。今から育てればきっとアルバートの力になるだろう。


 アルバートはサディクの話をじっと聞いて、何かを考え込んでいるようだった。


「なるほど、サディクがそこまで言うならティティユの力は本物なのだろう。わたしもティティユを味方につけることには賛成だ。しかし貴族にするのは、少し待ったほうがいいだろうな」

「理由をうかがってもよろしいでしょうか」

「ティティユの体の傷を見ただろう。あの歳にして手と足が欠損し、平然と自分を売り渡そうとする。自らを省みずに人を助けると言えば聞こえはいいが、あれは自分の身の危険を勘定に入れていないのだろう」


 サディクは工房で見たティティユの姿を思い出した。採寸を行っていたときに見えた手足だけでも数えきれないほどの傷跡があった。体に合わない安物の義手と義足を無理やり使っていたせいで、結合部の皮膚が赤黒く変色していた。

 きっと来る日も来る日も痛みに耐えて、もはや痛いとも感じないのだろう。本人はまったく気に留めていなかった。


「人に尽くすだけでは潰されて終わりだ。自滅するような者を取り立てるつもりはない。これまで通り使用人として役立ってくれるならそれで充分だ」


 アルバートはそう言ってお茶をすすった。

 この屋敷の使用人として働く限りはアルバートの庇護の下で生きていける。


 サディクはティティユがアルバートを支える者となる未来を想像し、希望を抱いた。しかしティティユには致命的な欠点があったということだ。


「そうですね、かしこまりました」


 サディクはティティユを優秀な使用人に育てるべく、文書室に異動させることにした。ティティユはまだ成長途上なのだから、大切に育てれば花開く瞬間が来るかもしれない。

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