第四話 ご褒美
ティティユが毎日働いている洗い場は、勝手口のそばにあるので、向かいにある家畜小屋や、食材を運んでくる商人たちの様子が良く見えた。
今日運ばれてきた荷物はいつもよりずっと多くて、荷馬車三台分もあった。数日後に開かれる、異国からの客人を招いての宴のために、料理長と執事のサディクがありとあらゆる物を取り寄せているのだ。
「ソナツネギ2キロ、ナツメソウ500グラム……こちらが商品のリストですんでお確かめを」
「……ええ、確かに。」
商人とサディクはリストと届けられた品の数量を照合していた。荷物は木箱や樽、紙、瓶などの様々な形の容器に入れられている。中身は確認しないのか…?と不思議に思っていると、あることに気が付いて咄嗟に「だめだ!」と叫んだ。
今まさに受領証にサインしようとしていたサディクと商人たちは、きょろきょろと辺りを見回して声の主を探し、自分たちの目線の遥か下にいるティティユに気が付いた。
「ティティユ、急に大きな声を出してどうしました?」
「その瓶詰、色が薄いのと濃いのがある。きっと浸かりが甘いか腐りかけなんだ。こっちのスパイスは混ぜ物が入れてあるぞ、香りがおかしい。ちゃんと全部確認したほうがいいよ、サディクさん」
ティティユは荷をいくつか指さして説明する。昔、父と父の商売仲間がよく使っていた詐欺まがいの商品とそっくりなものがそこにあった。ティティユの言葉を聞いた商人たちが顔をこわばらせた。間違いない、彼らは質の悪い品を売りつけようとしていたのだ。
サディクはにわかには信じがたいという顔で、ティティユが指摘した商品を一つ一つ確かめていく。そして調理場にいた料理人を一人を呼ぶと、手分けしてその他の商品もすべて念入りに確認していった。
「これはどういうことでしょう。粗悪品がこれほど混じっているとは」
「…っ、ここ、交易品の値段が上がっちまって、俺たちも仕方なかったんだ。旦那、あんたを騙すつもりはなかった!」
動揺した商人たちはまったく理由にならないことを持ち出して説明しはじめた。サディク含め屋敷の人たちが事の中心においているのは食材の質だ。
第七王子として国賓を招くこともあるアルバート様のお屋敷には、入手できる限り最高品質の食材が届けられなければならない。お屋敷に出入りする商人たちは、己の扱う商品に誇りを持ちその品質を維持できると信頼を得た者だけのはずだった。目の前にいるやつらは、その信頼を利用して王族を騙すという不敬をはたらいたのだ。
「理由があるならば聞きましょう。しかし今後のあなた方との取引については考え直さねばなりません。ポルック、これらの食材と香辛料の仕入れを別の商会に頼みましょう。」
サディクは粗悪品だった品物を書き出して料理長に渡す。
「お、おれたちは、なんも悪いことしてねぇだろ。え…え…えらぶのは、あんたらなんだ」
「おい!黙れ!!」
商人の一人が真っ青な顔でつぶやいたのを聞いて、店主らしき年嵩の男がげんこつで黙らせた。
『何を買うかを選ぶのは買う側、粗悪品をつかまされたならそれは買う側の見る目がなかったせい』その道理が通じるのは、父のように小さな商売で日銭を稼ぐような者たちの間だけだ。
『第七王子の屋敷と取引する商人』は違うルールに従って生きている。それがわからないこの商人たちは、もうここには来ないだろう。
商談用の部屋に連れていかれる商人たちを見ていると、サディクがティティユの前に来て、目線にあわせるように膝を折った。
「ティティユ、よく言ってくれましたね。あなたは物を見る目を持っているようだ、ありがとう」
「たまたま似たような商売を見たことがあったのです……粗悪品だったものは、今から注文をして間に合うのでしょうか」
本当なら今日受け取るはずのものが遅れてしまっても大丈夫なのか、気になって口に出してしまった。しかし杞憂だったようで、サディクは「心配いりませんよ」と微笑むと、悠々と調理場を出ていった。
数日後、ティティユはサディクに連れられて、新しい義手と義足を注文しに行くことになった。二人で乗合車に乗って、町外れにある職人街に向かった。
専門の工房に入ると、職人がティティユの身体をすみずみまで採寸する。
新しい手足は、少しくらいの成長であれば調整できる設計で、さらに水にぬれても変色や腐食が起きにくい木で作ることになった。
サディクに御礼を言うと、「使用人の生活に必要なものは主が用意するものなのです。御礼はいりませんよ」と優しく微笑んだ。
ティティユは、「サディクさんは使用人の中で一番偉い人で、皆に頼りにされているすごい人なのだ」とレビーから聞いていた。
サディクの役割には、みんなに指示を出したり、仕事の調子を管理することが含まれているので、きっと大店の主みたいなものなのだろうが、サディクは料理長よりもずっと若くて、アルバート様と歳が近いように見える。
若ければ侮られそうだが、サディクは偉ぶって怒鳴ったり、叩いて従わせるようなことはしない。そんな風では使用人たちが従わないのではないかと考えて、すぐに違うと分かった。
サディクが皆から頼りにされるのは、サディクがただ屋敷のことに通じているからだけではなく、何かあったときは彼がきっと良い方向に導いてくれるという信頼があるからなのだろう。
サディクの言うことを聞けば良い結果になるとわかっているのだから、反抗する必要がないのだ。
工房からの帰り道、テイティユは生まれてはじめてアイスクリームを食べた。サディクのおごりだ。
しゃりしゃりの冷えたやぎのミルクが甘く口の中に広がって、ひとくち食べるたびに身もだえするくらい美味しかった。それを見ていたサディクがくすくす笑う。
「そこまで喜んでもらえるとは、連れ出して正解でしたね。ティティユ、このアイスクリームは私からあなたへの御礼ですよ。あなたが商人の悪事を見抜いたことは、アルバート様も褒めていらっしゃいました」
「私はサディクさんに使用人の心得を教えてもらったから、それに従っただけです。だから御礼はいらないんじゃない、ですか? サディクさんも食べましょう?」
主を敬い、守ることが使用人の務め ――そう教えてくれたのはサディクだった。
ティティユがそういってアイスクリームを差し出すと、サディクは目をぱちくりさせて、今度は声を上げて笑いだした。
やっぱり私の丁寧語はまだ少し不自然なのかもしれない……。