ビタミンME①
幼い頃は世界が狭くって、「知っている人」は家族と幼稚園にいる人だけだった。
大人なんて特にわからなかったから、アトピーを持っている大人なんて想像すらできなかった。
僕みたいに体をボリボリ掻くのは同じすみれ組のヒヨリちゃんだけ。ヒヨリちゃんは目元が真っ赤だから、聞かなくてもそうとわかった。
幼稚園での運動会。リレーの順番待ちをしている園児たちは列になって三角座り。
「次の人準備してくださーい」
僕の前の人が走路につくため立ち上がる。白くて綺麗な足。絵の具ではまだ作れない色。生まれたばかりの不完全さも、生きているが故の傷も、そこには無かった。
僕はこうやって足を畳んでいると、掻きすぎてできた膝裏の傷が汗で滲みる。さらにそこへグラウンドの砂埃が覆い被さる。さらに痒みは増し、さらに傷を広げる。
走り終えた人たちの列を見ると、ヒヨリちゃんが股を少し開いて三角座りをしていた。右手で砂にお絵描きをして、奥の左手はふくらはぎをボリボリと。それからさっきまで筆になっていた指で目を擦った。
体の赤みを見ればとても痛そうだけど、彼女は気にしていない。
アトピーである苦しみを感じながら、肌を掻いてる自分よりはいいかもしれないが、羨ましくはない。
給食の時間。僕の席にはみんなと同じ食べ物が並んだ。後ろの席のヒヨリちゃんは、お米と透明なタッパー。アレルギーが多くて、普通の給食は食べれない。
よくヒヨリちゃんのお手伝いをしている副担任の先生が、タッパーの蓋を開けて、胸元のよだれを拭いてあげていた。
「はーいでは、いただきまーす」
号令を聞いて僕は、前方に視線を戻しスープを飲む。飲めてしまう。魚。食べれてしまう。みかん。食べれてしまう。
まだ人間の頃の記憶があるゾンビ、人間の言葉を覚えて自分の姿に絶望する犬そして僕。




