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私が欲しかったのは、怖い「特別」じゃない【ハッピーエンドver】  作者: 味噌野 魚
1章 私が欲しかったのは、怖い「特別」じゃない
4/26

3.初戦闘 1階~35階

残酷描写ありです




 「お! 石碑が青に光った! わ、すごいすごいっ。頭になんか浮かんでくる。俺、水の魔法が使えるみたい!」

 

 飛び跳ねて喜ぶ蓮を見ながら改めてここは異世界なのだと私は実感していた。


 どういう原理か、窓の外から見えていた塔は学校の玄関を出てすぐ目の前にあった。その為三歩も歩かずに私達は塔の入り口にたどり着いた。

 塔は黄土色の土壁で造られており、巻き貝のようにうねりながら空へと続いていた。その入り口は私達の世界でよく見る自動ドアで出来ており、かなりチグハグ…なはずなのに違和感がなくて、とても気味が悪いと思った。


 そんな自動ドアの近くにはワニの解説通り六角形の石碑があった。


 これに触れれば自分の魔法属性がわかる。

 魔法という言葉にあんなに胸がときめいていたのに、クラスメイト達が死んだ今は全てが怖くて疑わしくて、ワニの言葉を信じていいものかと警戒してしまう。

 そんな私の心中に気づいているのかいないのか、蓮は合図もなしに石碑に触れた。当然私は絶叫したが、惨事は起きることなく石碑は綺麗な青に輝き、蓮が飛び跳ね、今に至る。


 「魔法で体とか綺麗にできないのかなぁ?」

 

 蓮は呑気に自分の体を撫でている。

 私一人が心配して慌てて馬鹿みたいだ。

 そんな不貞腐れた気持ちは蓮の掌から溢れた水を見た瞬間、消え失せた。


 「わ! おぉっ」

 「れ、蓮!?」


 蓮の体がすっぽりと球状の水に包まれてしまった。

 血の気が引いた。

 「魔法の暴走」「大惨事」

 ワニの恐ろしい言葉が脳裏に浮かぶ。

 

 「れ、蓮が死んじゃ…や、やだ! 蓮…っ!?」


 とにかく蓮を助けなければ。すぐさま駆け出し水の球体に手を伸ばす。が、手が触れる寸前でそれは水風船のように弾けた。


 「え……うぎ」


 残された私は勢いのままに蓮に激突するしかなく、分厚い胸板に思いっきり顔面を打ち付ける。


 「あはは。熱烈だなぁ」

 「鼻もげる…でもよかった。生きてる…」


 よろけることなく私を抱き留めた蓮を見ればいつもの笑顔があってほっと安堵する。そこで気づいた。


 「血がなくなってる!」

 「すごいっしょ? 綺麗さっぱり!」


 顔だけではなく、全身くまなく蓮は綺麗になっていた。

 先程の水のおかげ? それなのに制服は全く濡れていない。


 「これが、魔法…すごい」

 「すっごいよな~!」


 ぱちんと小さくハイタッチをして手を繋ぎ飛び跳ねる。

 誰もが一度は憧れた魔法が目の前にある。先程まで警戒していたのが嘘のように胸が高鳴っていた。

 ほんとうに現金な人間だと非難する自分もいるけれど、それでもこの興奮を抑えることは出来ない。

 ドキドキとうるさい胸に手を当てていれば、何かに腕を引っ張られた。

 

 「え、わわ」

 「…次、由亞ちゃんの番」


 蓮と繋いでいた手は離れ、引っ張られるままによたよたと後ずさる。

 尻餅をつきそうになった私を抱き留めたのは恵だった。

 ありがとうとお礼を言いながら自分の腕を引っ張っていたものを見て、瞠目する。


 「これ、植物の蔓?」


 私の腕には綺麗な黄緑色の蔓が巻き付き、今もうねうねと動いていた。

 そんな蔓の一部からは芽が出始めあっという間に成長すると一輪の朝顔になった。私の好きな花だ。とってとってと言わんばかりに目の前で揺れる花を手折れば、蔓はぱちんと光の粉になって消えた。


 「石碑が緑に光った。植物が…僕の魔法」

 「え! これ、恵の魔法なの? すごい!」


 恵は子供の頃、お家の庭の植物を可愛がっていた。水をあげて成長を見守って花や野菜が病気になれば泣いて悲しんだ。早く元気になってとお祈りをしていた。

 そんな恵だから植物の魔法はとても似合う。


 「素敵な魔法だね」

 「……ありがと」


 照れたのか恵はそっぽを向いてしまった。

 昔の恵は照れたらはにかんでいたけれど、成長して少し変わってしまったようだ。それをさみしいと感じるけど、今まで恵に無視されていたから昔に戻ったようにも思えて…少し違う今が、とてもうれしい。


 「恵らしい魔法だね~」


 いつのまにか隣にいた蓮もにこにこと笑顔で朝顔の花を食べていた。

 …朝顔の花を食べる?


 「私の朝顔がない!」

 「お腹すいてたから、食べちゃった」

 「チッ」


 奪われたことに全く気づかなかった。

 だけど思い返してみれば、蓮は子供の頃、気づかないうちにしれっと私のものを奪っていた気がする。気を抜いた私に非があるのかもしれない…と思いかけるが、やはり私は悪くないような…。


 「ほら、由亞も石碑に触って来なよ」

 「え、あ。うん」


 恵に胸ぐらを掴まれながら蓮が私の背中を押す。

 喧嘩にならないか少し心配だが、自分の魔法属性が気になる気持ちの方が強い。

 せめて早く戻ろう。私は足を早めた。


 「…意外と、迫力がある」


 石碑は高さも横幅も私の二倍ほどの大きさだった。手を伸ばせばちょうど石碑の中央辺りに触れる。氷のように冷たい。だけどそう感じたのは最初の数秒だけ。


 「っ!?」


 静電気のような熱を石碑から感じた直後、灰色だったそれが乳白色に輝いた。

 脳裏に浮かんだのは、結界と治癒の言葉。

 これが…私の魔法。


 幼い頃誰もが憧れる魔法。

 魔法を使えるようになれば飛び跳ねて喜ぶのだろうと、人生が何倍も楽しくなるのだろうと思っていた。

 だけど現実は違う。


 ……そんな、困る。


 目の前が真っ暗になった。

 魔法はイメージだと、ワニは言っていた。

 だけど私は、結界も治癒も全く想像がつかない。


 アニメや漫画に出てくるキャラクターが結界や治癒の魔法を使っているのは見たことがある。だけどそれがどういう原理で生成されるのか私は知らない。

 現実的に考えるなら、結界は防弾ガラスのようなものなのだろうか。だけど防弾ガラスだなんて、テレビでその名を聞くだけで詳細も仕組みも全く知らない。

 治癒だってそうだ。傷に閉じろと念じれば塞がる? 私はほぼ怪我をしないし、したとしても傷口を水で洗って放置するのがほとんどで、詳しいことは何一つわからない。


 魔法を使いこなせる気がしない。

 

 「由亞はどんな魔法だった~?」


 だけど石碑が光ったのを2人とも見ている以上、問われることは必然で…


 「…結界と、治癒の魔法。だけど、ごめん。自信が無い…えへへ」


 私は笑顔を貼り付けながら2人に報告する。

 本当は言いたくなかった。

 だけどこれからダンジョン攻略に挑むのに、黙っているわけにはいかない。


 私も、蓮や恵のような魔法だったら、まだうまく想像ができた。扱える自信がある。それなのに、どうしてと思うのは言い訳なのだろうか。


 「えー! すごい! かっこいい! 由亞らしいね」

 「うん」


 2人がどうして納得しているのかわからない。

 私らしいってなんだろう。

 私の魔法に私よりも喜ぶ2人が脳天気に見えて、私の気も知らないでと八つ当たりしたくなって、…そんな自分が嫌で落ち込む。


 「じゃあ魔法もわかったし、さっそくダンジョンに進もうか!」

 「え、え。ちょっと蓮!」

 「チッ」


 蓮は上機嫌で自動ドアを通り、塔の中に入ってしまった。

 心の準備もできてないのに急すぎる。だけどそれが蓮なのでもう諦めて追いかけるしかない。

 それにこのとき、私はわずかに期待していた。

 今は自分に自信が無いけれど、実際に魔法を使わざるを得ない状況に陥れば、私は魔法の才能が開花する。「特別」になれるかもしれない、と。

 

 そんな都合の良い話、あるわけがないのに。




 息が止まった。

 目の前には学校の校舎以上に大きいオオカミがいた。

 威嚇するように唸るオオカミの口からは唾液が絶えることなく流れ落ち、じゅわっと音を立てて床を溶かす。

 硬まって動かなかった体がガタガタと震え始めた。


 塔に入った直後のことだった。

 内部はホテルのエントランスと瓜二つで、中央奥に受付が、右と左にそれぞれ上階に続くエレベターが設置されていた。

 あまりにも想像していたダンジョンと違い、私達はどういうことだと辺りを見まわしていた。

 そんなときに天井からオオカミが落下してきたのだ。


 「わー! 大きい狼だな。これって魔物? 獣だし魔獣って言った方がいいか」


 危機的状況なのに蓮はいつもと変わらない。死が間近に迫っているのに楽しそうに考察できる彼が理解できない。私も恵も震えることしかできないのに。

 

 蓮はともかく、私と恵、オオカミは互いに睨みあう。

 じわりと手に汗がにじみ、怖い、嫌だ、助けてと叫び出しそうになるのをぐっと堪える。

 誰かが動けば、戦いが始まる。誰に言われずとも、それはわかっていた。

 だからじっと黙って震えていたのだが…ずっとそうしていられるはずもなく。


 ウォオオオオオオン


 耳が張り裂けそうなほど大きな唸り声と共に、オオカミが前足をあげた。

 攻撃される。

 それはわかるのに、体が恐怖で動かない。


 「あははっ。2人とも、しっかりしてよ~」


 ドンッと蓮に突き飛ばされたことで、私は間一髪オオカミの攻撃を躱すことが出来た。

 隣では恵も私と同じように尻餅をついていた。


 死にかけた。そのことを自覚した瞬間、尋常ではないほどに体が震え始める。

 

 「じゃあ俺、行ってくるね~」


 それなのに蓮はいつも通り、軽い調子でオオカミに向かって駆け出す。

 そうして彼は魔法で戦い始めてしまった。水を圧縮させたビームのような魔法を上空からいくつも放ち敵の体を貫く。オオカミが前足を振り下ろせば水の短剣を投げ攻撃の軌道を逸らし躱す。…渡り合えている。


 信じられなくて唖然とする。

 どうして? 怖くないの? おかしいよ!? こんなときなのに心の中で蓮を非難してしまう。そんな自分が嫌で、唇を噛む。


 自分に出来ないことをできるからって蓮を責めるのは筋違いだ。蓮が助けてくれなかったら私は死んでいた。この状況の中では適応できなければ死ぬだけ。

 それなのに、そのことがわかっているのに、私の体は震えて、動かない。


 「…由亞ちゃんは、ここにいて」

 「め、恵っ」


 そんな私を労るように微笑み、恵も戦いに向かってしまう。

 恵が魔法の蔦でオオカミの足を拘束し、その間に蓮が水の魔法で攻撃をする。蓮が「ナイス!」と親指を立て、恵が「黙れ」と眉間に皺を寄せる。オオカミの攻撃を躱し、また魔法で拘束する。


 …平然と魔法を扱い戦う恵の手が、ずっと震えていることに私は気づいていた。

 小さい頃は泣いてばかりいた、さっきまで私と同じように震えて動けなかった恵ですら、戦っている。

 それに比べて、私は……


 「~っ」


 震える足に力をこめて立ち上がる。


 自分が情けない。

 2人だけに戦わせて、1人だけ安全な場所にいるなんて耐えられない。蓮と恵の力になりたかった。

 …でも、なによりも、私は2人が死んでしまうことが怖かった。


 だから必死に結界をイメージする。

 2人を絶対に守ってくれる結界をつくる。

 ……それなのに、全然上手くいかない。固い壁や防弾ガラスをイメージするけど形になってくれない。気持ちばかりが焦っていく。


 ドゴォンッドゴォンッ


 私がもたもたしている間も蓮と恵は戦っている。

 地面が揺れて、戦闘の音が大きくなって、それが余計に私を焦らせる。

 2人が死んじゃったらどうしよう。そんな最悪を想定してしまう。早く。早く。早くしないと…


 「っ! 由亞避けろ!」


 だから蓮の焦った声が聞こえるまで、それが自分のすぐ目の前にいることに気づかなかった。


 ウォオオオオオオン


 大きな黒い影が落ちる。

 耳をつんざく唸り声は今までの中で一番大きくて、慌てて顔を上げたときにはもう頭上にオオカミの前足があった。


 「っぃや」


 無意識だった。

 止まって欲しい。これ以上近づかないで欲しい。

 必死に願い掌をオオカミに突き出せば、そこからシャボン玉のような虹色の分厚い壁が出現した。


 結界が成功した。

 やった。よかった。そう安堵したのもつかの間。


 パリンッ


 「……え」


 私の結界は、オオカミの手によっていともたやすく砕けた。

 キラキラと割れてしまった飴のように結界の欠片が宙を舞う中、オオカミの手がどんどん私に迫ってくる。

 驚くことにそれはスローモーションのように見えた。

 ゆっくり、ゆっくりと、オオカミの鋭い爪が近づく。それはとうとう私の鼻先にまで到達し、風圧に髪が舞い上がる。

 迫り来る死の予感に、ぞわっと鳥肌が立つ。

 ああ、そうかと。私はここで死ぬのだと理解した。が、


 「っ由亞ちゃん!」


 ぐんっと胴体を勢いよく引っ張られた。

 瞬間、時間の歩みが元に戻った。


 「うっ」

 「よかった、間に合った…」


 目の前にあるのは硬い胸と白いシャツ。懐かしいこの匂いは恵のものだ。

 震える手が力強く私を抱きしめていた。

 そこで気付く。絶体絶命のあのとき、恵が魔法で助けてくれたのだ。


 「ご、ごめんね」


 幼い頃の泣きながら私に抱きつく恵を思い出して昔と同じように彼の頭を撫でれば、さらに強い力で抱きしめられた。

 懐かしいし、心配してくれてとてもありがたいと思う。

 だけどこうしている間にも蓮は一人で戦っているのだ。早く戦闘に戻らなければならない。

 今の状況を探ろうと恵の肩口から顔を出して、…硬直した。


 「やった~!倒した~!」

 

 さきほどまで私がいた場所を、オオカミの前足がえぐっていた。

 だけどそのオオカミは白目をむいて体中から噴水のように血を噴き出していた。その頭の上で、蓮がうれしそうに飛び跳ねている。

 恵も蓮の喜ぶ声に気づいたのか、体をひねりオオカミを見て、蓮を見て、固まる。


 あの恐ろしいオオカミを倒した。

 そのことにひたすら安堵し、体の力が抜ける…はずなのに、心とは裏腹に体は強ばり続けていた。


 それは戦闘の緊張がまだ解けないというのも理由の一つだし、こんな戦いが今後もあるかもしれないという恐怖からくるものでもある。

 だけどそれだけじゃない。

 私と恵の視線の先には、血の雨が降る中でいつも通りに笑う蓮がいた。先程までの生死を賭けた戦闘を思い出して、私と恵は震えているのに、やはり蓮は変わらない。そんな彼を、すごいなと思うのと同時に、少し怖いと思ってしまったから。


 「…由亞ちゃん、怪我してない?」

 

 これ以上蓮に恐怖を感じたくなくて俯いた。そんな私が怪我をしていると思ったのか、恵の心配そうな声が降ってきた。


 「私は大丈夫。恵の方こそ怪我は…してる!」

 「あぁ」


 恵の白いシャツに血がにじんでいた。慌てて彼の体を見れば右腕がパックリと切れていた。傷は浅いが、怪我をしたことに変わりはない。私がなにもできなかったばかりに、恵が傷ついた。


 「結界張れなくて、ごめん。痛かったよね」

 「痛くない。平気」


 言ってから後悔する。

 こんな風に謝ったら、気を遣うに決まっている。

 怪我をさせたあげく気まで遣わせるなんて、ほんとうに最悪だ。


 「せめて怪我は治させて」

 「うん」


 血がにじむ恵の腕に手をかざし、傷が塞がるように念じる。

 すると掌から乳白色の光が溢れ出した。それはゆっくりと恵の腕を包み始める。

 成功した! 喜びかけて首を横に振る。結界も成功したけど効果はほとんど無かった。まだ気は抜けない。今度こそ確実に成功させなければならない。泣きたくなるような不安をねじ伏せて、私は乳白色の光が消えるまで、塞がれ塞がれと念じ続けた。


 だけど…


 「うそ。傷、塞がってない…」


 恵の腕の傷は血こそ止まったものの、まだ確かに存在していた。かさぶたにすらなっていない、ほんとうに血が止まっただけ。

 そのことに落胆を越えて絶望する。


 「ごめん。ほんとうに、ごめん」

 「平気」


 恵は本当になにも問題なさそうに無表情に告げる。それがかえって私の罪悪感を刺激する。

 だけどきっと、笑顔でお礼を言われたとしても、しっかりしてよと怒られても、なにがあっても私は自分を責めるのだ。そんな自分が大嫌い。

 

 「由亞ちゃん?」

 

 恵が気遣うような、なにか言いたげな顔をしていた。

 胸の奥がじりじりと焼け付くように痛い。何の役にも立てないお荷物のくせに、周りの空気まで暗くするな。


 「こういうのは練習あるのみだよね! たくさん経験を積んで、重傷も一瞬で完治する魔法とか、使えるように頑張るよ!」

 

 笑え、笑えと念じて笑顔を貼り付ける。


 「あはは。由亞がたくさん経験を積むには、俺と恵が怪我しないといけないじゃ~ん」


 そしたらいつの間にか蓮が隣にいて笑っていた。

 いつも通りの彼の存在が、今ばかりはありがたかった。


 「じゃあ今後一生、怪我しないで」

 「えー。無茶言うなよぉ」


 蓮が眉を下げて子犬のように瞳を潤ませる。

 それを見て私は笑う。楽しくないけど。

 恵はそれでも何か言いたそうな顔をしていたけれど、結局私たちに合わせて少しだけ笑ってくれた。


 それから私達はホテルのエントランス…としか思えない塔の内部を探索した。

 魔力補充もかねて3人で手を繋ぎながら移動する。

 私達を襲ってきた大きなオオカミは気づいたら消えていた。

 蓮が言うには、倒した後、徐々に体が光の粒になり、最終的に消滅したのだとか。だけど床にはべったりとオオカミの血が残っていて、どうせ消滅するなら血も消えて欲しかったと思った。


 「うーん、やっぱここ、見た目通りホテルの一階だよなぁ」


 くまなく辺りを探索してわかったことはそれだけだった。

 私も恵も頭を抱え、さすがの蓮も悩ましげに首を傾けている。


 「…まさか、これが本当にダンジョンなの?」

 「洞窟とか想像してた」

 「ほんとそれ!」

 「黙れ。お前に話しかけてない」

 「ひどぉーい」


 よくあるホテルと同じように、この階層には売店やレストランもあった。もちろん形だけなので無人だ。それなのに上階に続く階段はどこにもない。あるのは左右のエレベーターのみ。


 「天井を目指すにはエレベーターに乗るしかないってことだよな~」

 「…気は乗らないけど、仕方ないよね」


 ため息をつけば同意するように蓮が激しく頷く。


 「わかるわ~。ゾンビ映画のあるあるだよな。望んでいない階にエレベーターが止まって、扉が開いたらそこからゾンビがなだれ込んでくる~…いだっ、恵叩くなよぉ」

 「チッ」

 「はぁぁぁ」


 あえて考えないようにしていたのに、蓮のせいでエレベーターに乗るのが余計に怖くなった。

 だけどここでじっとしていたって、ただ時間が過ぎていくだけだ。なぜか入り口はもう開かないし、元の世界に帰るためにも、私達は進むしかない。腹をくくらなければ。


 「…じゃあ、どっちのエレベーターに乗る?」

 「左な気がする!」

 「右とか?」


 見事に意見が分かれた。

 蓮がわくわくした子犬の瞳で、恵はじっと私を見てくる。

 これは確実に私の意見で決まるパターンだ。3人しかいないし、多数決が一番妥当な決め方だとは思うけど…荷が重い。胃がキリキリと痛みはじめ、この場から逃げ出したくなる。

 

 「……じゃんけんで、勝った方のエレベーターに乗るのは、どう?」


 結局私は逃げた。

 蓮と恵が目を合わせて、ほんの少しの間の後で、じゃんけんを始める。蓮は楽しそうに、恵は無表情に。

 私はわくわくとじゃんけんの行方を見守る顔をつくりながら自分を罵った。


 「わーん。負けた~」


 かくして恵が勝利を収め、私達は右のエレベーターに乗った。

 


 そこからは戦闘の連続だった。

 エレベーターには2階~100階までボタンがあり、当然私達は100階を押したのだが、一気に最上階までたどり着けるはずもなく、かなりの頻度でエレベーターは止まった。


 ゾンビ映画のように敵がなだれ込んでくることはない。が、エレベーターは一度止まると、その階層のいわゆるフロアボスと名がつく魔物や魔獣を倒さない限り、再び動き出すことはなかった。私達は戦闘を余儀なくされた。


 その過程で蓮と恵は魔法のコツを掴み、みるみると上達した。あんなに苦戦した大オオカミをいまや秒で倒せる。

 一方の私は相変わらず魔法を使いこなすことが出来ない。


 一応、結界を複数同時に展開したり、二重三重に重ねて張れるようにはなったけれど強度は相変わらずの為ほぼ意味が無い。一瞬だけ時間を稼げる程度。

 治癒魔法は論外。相変わらず止血することしか出来ない。

 私が胸を張って役に立てると言えるのは魔力補充くらいだ。異性なら誰でも出来ることでしか自信を持てない自分が情けない。

 


 「えい!」


 35階。

 蓮が攻撃して恵がサポートをするフロアボスとの戦闘の最中、私も一人で小さな戦いをしていた。


 キシャアーッ


 蛇の舌を持つ角の生えたモルモットの魔物に、バッド(のようなもの)を振り下ろし続ける。


 「っえい、えい!」


 生き物を殴る感覚が気持ち悪い。

 バッドが肉に埋もれて、その奥にある骨をみしみしと砕く。生きているものを自分が壊す。それが、すごく嫌だ。


 だけど手を止めるわけにはいかなくて、私はバッドを振り下ろし続ける。

 魔物はだんだんと力をなくし、抵抗が弱まり、死に近づいていく。その気配をバッド越しに感じるのが、見続けることが、ひどく苦しい。体が震えて、目に涙が溜まって、罪悪感に胸が押しつぶされそうになる。

 殺らなければ、死ぬのは自分だとわかっているけれど、ちっとも慣れないし、慣れたくない。


 モルモットの魔物が動かなくなり、光の粒になって消えるのを見届けてから、その場に蹲る。早く2人の援護をしなければと、大した力にもなれないくせに思うけど、自分の手で魔物を殺した後はいつも震えて動けない。


 嫌だ。苦しい。辛い。


 だけど蓮と恵の方が何倍も辛くて大変だから、泣かないように唇を噛む。


 2人だけに戦わせることに耐えられなくて、私も戦い始めたのは15階からだ。階層が上がるごとにフロアボスは強くなり、ボスの他にも小型の魔物が現われるようになった。小型の魔物をいなしながらのボスとの戦闘は2人の負担になっていた。私の結界は大して役に立たないのだから、戦って2人の負担を少しでも減らしたいと思った。

 

 もちろん蓮も恵も、そんなことしなくていいと言ったが、私が譲らなかった。

 飾ってあったバッドに似ているオブジェを拝借し、弱そうな個体を撲殺する。手当たり次第に倒すわけではなく、蓮と恵に攻撃を加えようと動き、かつ私の結界では防ぎきれない魔物に限り、応戦していた。


 蓮と恵は、すごいなと思う。

 私は弱い魔物を倒すだけで、苦しくて動けなくなる。だけど2人は絶対に立ち止まらない。奪った命の重みに押しつぶされることなく、背負ったまま、戦い続けることが出来るのだ。

 強いな、格好いいなと思う。

 だから2人は「特別」なのだ。…私とは、まるで違う。

 


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