13.2人を傷つける感情なら、私は捨てたい
『あぁ、第二ダンジョン攻略おめでとうございます。ここがゴールですよ』
あのあと走ったり空を飛んだりを繰り返し、1時間ほどでゴールに到着した。
今回の最上階もまた中世のダンスホールに天井が宇宙の不思議な空間で、宝箱に腰掛ける白ワニに出迎えられた。
「あ、ありがとうございます。あの…正規のルートというか生け贄にならなかった人が通る道はどれですか?」
前回と少し違うのが最上階へ続く扉の数だ。
壁の至る所に扉がありその数は百を超えている。余談だが私たちはキースさんが瞬殺した魔物が持っていた鍵を使い最上階の扉を開けた。
つまりこの扉のどれかに蓮と恵がいるのだが…
『ハッ。聞いたらなんでも教えてもらえると思ってるんですか? 随分とお気楽な頭をしているようですね。ああ違いますね。なんでも教えてくれる人がそばにいたんですね。だから自分の頭では考えることができないのでしょう。哀れですね~同情します~』
「う…」
緑ワニ2と同様に白ワニ2も悪意しかない口撃をしてくる。
そんなワニにキースさんが剣を突きつける。
「無駄話に付き合ってる暇はありません。答えなさい」
『脅し、ですか。君、知的なフリしてかなり脳筋ですよね。大した会話もせずに暴力に訴えるとか、対話力がありませんと告白してるも同然ですよ。哀れですね。これならまだお兄さんの方が話が通じ…ませんね』
「脅迫は時短の為です。あなたの言動は無駄が多いので」
『うっざ。死んで下さ~い』
バチバチと火花が散って会話に入れない。むしろ入りたくないのだが、蓮と恵に再会するためには白ワニ2に教えてもらうしかない。やるしかない。
「お、お願いします。私、どうしても蓮と恵に会いたいんです。こうしている間にも2人が死んじゃったら…私……」
『あ、すみません。泣かれても困ります。そういう泣いてるんだからお願い聞いてくれるよね、みたいなのすっごく嫌いなのでむしろ逆効果ですよ』
「な、泣きたくて泣いてるわけじゃ…」
『あーはいはい、もうなにも言わないで下さい。黙って下さい。不愉快です。気持ち悪いです。苛々します。生理的に無理です』
…白ワニ2とは意外と気が合うかもしれない。
私が今まさに感じている自分の嫌いなところを白ワニ2が代弁してくれるからか、不思議と悲しい気持ちにならなかった。
『え。なんで笑ってるんですか。怖…』
「あの、ありがとうございます。もう泣かないので、教えて下さい」
『なんの感謝ですか、気持ち悪い。いえ、そうじゃなくて。泣きやめば教えるなんて俺は一言も言ってませんから。残念でしたね! 恨むなら頭のできが悪い自分を恨んで下さい』
「腕と足と尻尾、どれがいいですか? 選択肢を与えましょう」
『あ~もう、黙れ脳筋! 最上階に到着してからまだ5分も経ってないですよ! 武力行使に出る時間が早すぎます! もう少し我慢できないんですか!?』
「我慢すれば教えてもらえるんですか? 10分ですか? 7分ですか? 6分ですか?」
『月城さん、なんでそんなにぐいぐい来るんですか。君は常に安全圏にいる被害者ぶった金魚の糞みたいな性格でしょう。急なキャラ変とか寒いのでやめてください。あと地味に待ち時間短くするの腹立ちます』
「蓮と恵に会いたいんです!」
「結婚式には妻の友人も招待したいので、死なれると少し困るんですよ。早く教えなさい」
「『……え?』」
その瞬間、時が止まった。
今までのテンポの良い会話が嘘のように止まった。
キースさんは相変わらずの無表情で、私と白ワニ2だけが固まっている。
時間が勿体ないと思ったのか、キースさんは無言で白ワニ2の尻尾を切り落とした。
『わー!? なんてことするんですか、このキチガイ!』
「キ、キースさん、だめですよ」
「由亞さんはここにきてから身の程をわきまえない言動が多いですね。あなたが無駄口を挟むから話が一向に進みません。友人と再会したくないのですか? したいのでしょう、黙っていなさい」
「う…」
冷たい眼差しに言葉が出ない。
たしかにでしゃばりすぎていた。もう少しで蓮と恵に会えるかもしれないと思ったから、気分が高揚していたのかもしれない。キースさんの言う通りだ。私が黙っていれば今頃蓮と恵に会えていたかもしれないのに。
『うーわ、悪い意味で相性バッチリですね。そういう態度は女性に嫌われますよ。あぁ、月城さんを庇ったわけじゃないので勘違いしないで下さい。一般論の話です』
「彼女は私を愛しているので問題ありません」
「…ん?」
だけどさすがにこれには声が出てしまった。
私がキースさんを愛している? 聞き間違いかとキースさんを見る。いつもと同じ無表情だった。聞き間違いだったようだ。
『いやいや、なに安堵して頷いてるんですか。現実逃避の天才ですか。聞き間違いじゃないですよ』
しかし白ワニ2にばっさりと否定される。同情と呆れの眼差しを向けられながら。
「…ハハ」
ちらりとキースさんを見れば、目が合う。不可解そうに右眉を上げていた。
「あの…白ワニ2さん、蓮と恵のいる扉はどれですか?」
『…往生際悪すぎですよ。この期に及んでまだ逃げるんですか。いっそ尊敬しますが、相手は逃がしてくれなさそうですよ』
「え…痛っ」
気付いたときには腕を掴まれていた。眉間に皺を寄せたキースさんだ。
「あなた、私のことを愛してますよね? なぜ先程、怪訝な顔をしたのですか。意味がわかりません。説明して下さい」
「ひぃぇ…」
そうしてとうとう面と向かって言われてしまった。逃げられない。キースさんが恵化した。
というかなぜそんな勘違いを…。
「いえ、あの…そもそも、キースさんは私のこと、好きじゃないですよね」
「好きですよ。何言ってるんですか」
「ひぃぇぇ…」
初耳ですが~?
とんでもないことになっていた。
なぜ? いつ? あの態度で好き? 頭が混乱する。
「顔色が悪いですね。震えもある。風邪でしょうか」
「あ、いえ、お気になさらず」
「は? あなたは私の妻ですよ、気にします。その体はあなただけのものではありませんし」
「…え?」
「子供は少なくとも2人欲しいですね。今は無理ですが全てのダンジョンを攻略し終えたらすぐにでも」
「ひぃぇぇぇ」
話が飛躍しすぎている。
怖い。理解できない。だけど訂正するのが怖い。だけどだけど、言わなければ。キースさんの誤解を解かなければもっと恐ろしいことになる。
「あの…好きじゃないです」
「は?」
「わ、私…キースさんのこと、恋愛的に好きじゃないです」
相手を刺激しないように静かに、だが確実に告げる。
正直、キースさんのことは嫌いではない。
顔や態度や行動が怖いだけで普通にいい人なのだと思う。しかしこれは決して恋愛感情ではない。発展しても親切なお兄さんで止まる感情だ。
しかしなぜかキースさんはやわらかく笑う。
「あなたも冗談を言うのですね。…ですがその冗談はおもしろくありません」
違った。口角は上がっているけど、目がちっとも笑っていなかった。
だけどここで止まるわけにはいかなかった。幸いにも話は通じている。ならば理解してもらえる。
「じょ、冗談じゃありません。ほ、本当です。ごめんなさ…むぅ!?」
言葉は最後まで続けられなかった。
顎を掴まれたと思った瞬間、キースさんの美麗な顔が目の前にあった。唇には当然のようにしっとりとやわらかいものが触れていた。角度を変えて何度も押しつけられるそれから逃れようと暴れると、咎めるように下唇を噛まれる。
「痛っふぅぁっ…ん」
驚きと痛みに口を開けてしまい、後悔した。
口移しで水を飲ませたときのあの舌が今度は確かな意思を持って口内を蹂躙する。舌先をくすぐるように撫でて突いて、巻きつくように絡みついて離れない。
ぞわぞわと体が痺れて立っていられない。耐えきれずキースさんの胸にもたれかかったところで、ようやくそれは止まった。
「…そんな蕩けた顔をして、私のことが好きじゃない? …由亞さんは本当に冗談がお好きなようですね」
「ひぅ…」
どろどろと熟れた甘い瞳が私を見下ろしていた。
私はこの目を知っている。蓮や恵と同じ瞳。
ほんとうに彼は、私のことが好きなのだ。
どうして私なんかを…?
キースさんが傷ついたように顔を歪めた。
「……なぜ青ざめる。震える。不快です。いつもの愛想笑いでもいいです。笑いなさい。笑え」
「うっ…痛……」
顎を掴む手に力が入り、ミシリと骨が軋む。
「ぁ。す、みませ…」
戸惑ったようにキースさんが力を緩めた、そのときだった。
「くっ!?」
「え…!」
ぐらりとキースさんの体が傾く。
咄嗟に支えようと手を伸ばす。が、その前に背後からぐっと腰を引き寄せられた。――懐かしくて落ち着く匂いした。
それだけで涙が出そうになる。
「由亞、遅くなってごめんね~」
「由亞ちゃん!」
「蓮っ! 恵っ!」
そこには会いたくて会いたくてたまらなかった2人がいた。
我慢なんてできるわけがない。飛びつくように2人に抱きつく。
「ごめん、私…ごめんねっ。会いたかった、よかった生きててっ」
「おぉ~。熱烈だね~」
「由亞ちゃん、無事でよかった」
ぎゅうぅっと抱きしめ返してくれる強い腕が泣きたくなるくらい懐かしくてうれしい。
「……は? 男?」
だけど冷たい苛立ちを含んだ声が現実へ引き戻す。
慌てて振り返れば、床に倒れ込んだキースさんが信じられないとばかりに目を見開いてこちらを見ていた。…蓮と恵は女性だと思っていたようだ。たしかに名前だけ聞けば女性かも。
わざとではないが騙していた罪悪感と、キースさんの好意に対する恐怖と、彼が倒れていることへの疑問とで頭が上手く回らない。わ、私は誰に何を説明すればいいのだろう。
「由亞ちゃん、誰こいつ」
「由亞さん、どういうことですか」
「こんにちは~。俺達は由亞の未来の旦那で~す」
「由亞さんは私の妻です」
「は? 殺す」
悩んでいたら恐ろしいことになっていた。
「いや、3人とも違うから、です」
「あはっ」
「…?」
「は?」
ひぃー。
愉快そうな目と理解できてない目と非難する目に囲まれて辛い。再会の感動は消え、浮気がバレた修羅場のような空気になっている。
困って困って困り果てて、そっと白ワニ2の後ろに隠れる。無言で回し蹴りされた。半泣きで蓮たちの元に戻る。
「えっと、キースさん。この2人は蓮と恵。私の友達です。ハハ…。蓮、恵。この人はキースさん。私の命の恩人で、ここまでずっと守ってくれたの。ハハ…」
シーンと辺りは静まり返る。
3人と1匹の視線が痛い。「そういうことを聞いてるんじゃない」という目が痛い。だけどこれが私の中の真実だ。だけどだけど、これじゃあなにも解決しないのはわかりきっていて…。
「うーん、やっぱ由亞は俺が助けてあげないとダメみたいだね~」
「え…」
「俺がこの場を丸く収めてあげるよ」
そんな中で蓮が頼もしく名乗りを上げる。…目を細めて笑いながら。
正直、丁重にお断りしたい。今の蓮は知りたくない事実を告げるときの顔をしている。
「ねぇ由亞、助けて欲しい?」
「うぅ」
だけどこの場を自力で治められる力なんて、私には当然なく……
「お、お願いします」
「あはは。いいよ~。俺は由亞が大好きだから、ちゃあんと助けてあげる」
嫌な予感しかしないが蓮の解説が始まった。
「まずはキースさんに真実をお伝えしようか」
蓮はにこにこと笑顔で屈んでキースさんに目線を合わせる。
「俺と恵は由亞と付き合ってませんよ。もちろん俺達は由亞のことが大好きだから絶対に結婚するつもりだけど、由亞からは友人以上の感情は向けられていない」
「は? 僕と由亞ちゃんは付き合ってる」
「あいつは無視でお願いします。どうです? 安心しました?」
「……言われずともそれくらいわかります。由亞さんは私のことを愛していますから」
「うっ」
キースさんの視線が痛い。そっと目をそらす。
「あはっ。まあ今は、そういうことでいいですよ。で、本題ですけど。キースさんは俺達が由亞と喧嘩してたのは知ってます? まあ正確には俺と由亞がって感じですけど」
なぜか蓮が喧嘩の話を持ち出した。しかも本題として。
私もキースさんも怪訝に顔を歪める。恵は喧嘩?と身に覚えのない顔をしている。
「…詳細は知りませんが存じています」
「じゃあその詳細を話しますね。由亞が俺と恵に好意のある女性たちの手助けをしたんです」
「ちょ、蓮…!」
「俺と恵を騙してその女性達と引き合わせて…もちろん由亞は俺達の気持ちを知ってます。それなのに他の女とくっつけようとした。あぁ、ほんとうに悲しかったなぁ」
ぐすんと蓮が子犬の顔で目頭を拭う。
ぎ、擬態してるときの顔だ~。
しかし私が蓮を傷つけたのは間違いなく事実なので、なにも言えない。全て私が悪いから。
「あなた最低ですね。悪女じゃないですか」
「ぐふっ」
キースさんの悪意のない本心の非難が刺さる。
しかしこれでキースさんが私を軽蔑して嫌いになってくれるなら…
「ですが私はそんなあなたも愛します。感謝しなさい」
「……ハハ」
どうしてキースさんは私のことが好きなのだろう。謎でしかたない。
「まあそういうわけで俺は由亞に怒ったんですよ。俺達の気持ちを弄ぶなんてひどいよ、俺達すっごく傷ついたよって。そしてら由亞は泣いて謝りました。そんなつもりじゃなかったの、ごめんなさいと」
蓮にとって都合の悪いことは伏せられてるし少し話が違う気もするが、私が2人を傷つけたことには変わりないので甘んじて受け入れる。
…ここで話を切り上げておけがよかったと、後々後悔するとは思わずに。
「でもそのとき、俺は気付いてしまったんです」
にぃっと蓮が目を細めて笑う。
すっごく嫌な予感がした。
「由亞は俺達を試していたんだって。しかも無意識で」
「「「試す?」」」
なぜあなたが驚くとキースさんに睨まれるが、全く身に覚えがないのだ。驚きます。
「由亞は俺と恵のことが大好きなんですよ。あぁ、もちろん友人としてですが。キースさんはご存じですよね? …だから試したかったんです。俺達が由亞以外の女を選ばないか」
「っ!」
キースさんに説明しているはずなのに、蓮の瞳は私をじっと捕らえて離さなかった。
そこで気付く。これはキースさんじゃなくて私に理解せようとしているのだと。
「恥ずかしながら俺は恋愛事には疎くて、告白をしてくれた女性にありがとうってお礼を言ってしまったんです。そうしたらなぜか付き合うみたいな話になってしまって…由亞はすっごく動揺していました」
違う。私は蓮がシャイリーンさんを利用しようとしていたから怒った。そう否定しようとして、論点がズレていることに気付く。
…違う、今しているのは、私が動揺したときの話だ。蓮に事実を確認して嘘だと知って安心したときの話。
「――安心したのはどうして?」蓮に押し倒されたときのことを思い出す。
わからない。知りたい。だけど知ったら、恐ろしいことが起きてしまう気がする。
そう思っているのに、…私は蓮に答えを求めてしまう。
蓮が恍惚と目を細めて笑った。
「由亞は独占欲が強いんですよ。そして、と~っても我儘」
そんな、ばかな。
「そんなこと、ない」
気持ちと同様にちゃんと否定できた。
そのことに安堵すると同時に顔に熱が集まる。独占欲に我儘だなんて、蓮はなにを馬鹿なことを言ってるんだ。
「どうしてそう思うわけ?」
「だって私は…蓮が他の人と仲良くしてても怒らない。恵が私のために私の側を離れるのも仕方がないって思ってる」
蓮が大勢の人に囲まれて求められているのを見ると、裏切られたような拗ねた気持ちになってしまうけど、蓮は人気者だから仕方がないとわかっているし。
人前で恵が私に冷たい態度を取るのも、悲しくて寂しいけど、恵が一番辛いってわかってるから我慢できる。
独占欲も我儘も自分勝手な感情だ。だから仕方がないって我慢できる私は違う。2人の「隣」に私以外の人がいても、仕方がないって思えるから。
「由亞知ってる? 仕方がないって、諦めるときに使う言葉なんだよ」
「…え」
しかし私の安堵を笑顔で壊してくるのが蓮だ。
「本当は嫌だけど、仕方がないって自分に言い聞かせて我慢して諦める。由亞はさぁ、なにが嫌なの?」
「う…ぁ……」
言ってごらんとやさしく笑いかける蓮は悪魔のようだ。
「仕方がない」は私のクセだ。自分を納得させるときに使う言葉。そしてこの言葉を使うのはいつだって蓮と恵に関連することで…
「で、でも私は。2人を束縛したりしないから、独占欲も我儘もないっ」
たしかに私には蓮と恵のことで我慢していることがたくさんあるのかもしれない。だけどそれを2人に強制したことはない。
そんな私に対し、蓮は出来の悪い子に言い聞かせるように苦笑する。
「由亞、独占欲は「欲望」だよ。我儘も「考え方」の一つ。行動に現われようが現われまいが、持っていることにかわりはないんだよ。あとお前、普通に行動に出てるからね?」
「え…」
自分が独占欲が強くて、我儘だなんて、そんなの信じられなくて。しかも行動に出ているなんて全く身に覚えがなくて、怖い。それなのに、
「わからないの? じゃあ俺が教えてあげるよ」
悪魔が甘言を囁くように、微笑む。
「昔からお前は変わらない。学校のクラスメイトや今回ならシャイリーンたち、彼らの元へ行く俺を由亞は追いかけない。だけどいつだって目は雄弁に語っていたよ。どうして私を優先してくれないの?ってさ。最近はそれに「私のことが好きなのにどうして?」が追加されたかな」
「っ!」
身に覚えがないとは言えなかった。
じわじわと顔に熱が集まる。
そんな私を面白がるように蓮は言葉を続ける。
「さっきも言ったけど、シャイリーン達の協力をしたのもそうだよ。無自覚の無意識だろうけど、俺達が彼女達を拒絶するのを見て安心したかったんだ。蓮と恵は私のことが大好きで他の女には興味ないって。だから俺がシャイリーンと付き合ってるって噂を聞いたときは焦った。自分の所有物が奪われるかもしれないと思ったから。それが嘘だと知って安心した。蓮はまだ自分のものだったから。無自覚っていうのが達悪いよね~」
あははと笑う蓮の声は聞きたくないのに頭に入ってくる。
「由亞はさ、男も女も関係なく俺と恵に関わる全ての人間に嫉妬しちゃうんだよ。誰よりも自分が俺と恵の中で最優先の一番大切な人じゃないと嫌なんだ。俺と恵の隣はいつだって自分がいい」
耳を塞ごうとした手は取られて、幸せそうな蓮の笑顔に見つめられる。
「俺達がお前へ向ける感情は見ないふりするくせに、お前は俺達に恋愛感情以上のものを求める。 そんな由亞は独占欲が強くてすっごく我儘だよね。そういうところが好きだよ。無自覚にこっちを振り回すところは嫌いだけど、それも含めてお前が好きだ」
蓮は好きだと言ってくれるけど、私は自分の「独占欲」と「我儘」が怖かった。
「…2人を傷つける感情なら、私は捨てたい」
シャイリーンさんたちに協力したのが私の無意識の欲望の行動なら、とても恐ろしい。もう2人を傷つけたくないのに、また同じことを私はするかもしれないのだ。
だけど蓮はパチパチと瞠目して、幸せそうに吹き出した。
「あはっ。大丈夫だよ、傷ついてもそれが由亞のつけてくれた傷なら俺は愛おしいんだから。まあ腹は立つからお仕置きはするけど」
すりっと猫がすり寄るように蓮の頬が私の頬を擦る。
こんなことをされたのは初めてだけど、それはとても心地よくて心が落ち着く。
「由亞ちゃん、好き」
「わっ」
そこに恵が加わって、ぎゅぅぅうっと抱きしめられる。
たぶん話が終わるのをずっと我慢していたのだ。それが伝わるくらい強い力で抱きしめられた。
「独占欲。僕はうれしい」
「恵…」
「もっといっぱい僕を求めて。僕は由亞ちゃんだけが好き。ずっと好き。誰よりも優先する。由亞ちゃんが僕の世界だから。由亞ちゃん以外はいらない」
「あ、りがと」
それは少し、重すぎる。
だけど嫌だとは思っていなくて、むしろ安心する自分がいて、そんな自分に戸惑う。
蓮が目を細めて笑った。
「というわけで、キースさんわかっていただけましたか?由亞は俺達のことを友人としか思ってないんですけど、このように独占欲と我儘で俺達を傷つけるくらいに俺達のことが大好きなので、キースさんが入る余地はないんです。諦めてくださ~い」
「…あ」
キースさんのことを忘れていた。
キースさんは今も倒れた状態で、眉間に皺を寄せてわなわなと震えていた。キースさんは笑顔以外は無表情か顰めっ面なので今がどんな感情かまるでわからない。けれど、その顔は悲しんでいるように見え…
「そういえば由亞にお仕置きしてなかったな」
「へ…っんむぅぅうう」
などと思っていれば前触れもなく蓮にキスをされる。蓮はいつも本当に唐突で腹が立つ。
非難を込めて髪を引っ張るがさらにキスが深くなっただけだった。
キースさんに噛まれたところを執拗に舐めてきて痛いし、また口の中を蹂躙されて苦しい。それのになんだかふわふわして眠くて、……すごく視線が痛い。おそらくキースさん。こ、怖い。
「っぷは。れ、れん…」
「あはっ。由亞ってば顔がとろんとしてるよ。眠いの? でも「眠い」は間違いだよ、それは「気持ちいい」だから覚えてね? はい、恵どうぞ」
「由亞ちゃん」
「めぐ…んむむむ」
「そのキスはお仕置きだよ。俺と恵が頑張ってたのに、由亞はキースさんと楽しいことしてたでしょ。雰囲気でわかっちゃうんだよね~。だから再会できてうれしいよのキスはまた後でするから、楽しみにしててね」
蓮がなにやら恐ろしいことを言っている気がするが、恵のキスの嵐のせいで聞こえないし頭が回らない。お腹が疼くような甘い痺れが辛い。
「っちゅ。由亞ちゃん、かわいい」
「ひぅ…」
ようやく開放されたときには足腰が震えて一人じゃ立てず、恵に抱き抱えられていた。
このまま気絶してしまいたい。だけど…
「なるほど、私の心を弄んだというわけですか」
ゾッとするような殺気に貫かれ、眠気も痺れもどこかへ消え失せた。
恐る恐る声の主を見ればドロドロとした黒い感情に染まった瞳に刺される。泣きたい。
「も、弄んだわけでは…ないのですが、ご、ごめんなさいっ」
だけど私がキースさんの気持ちに応えられないことは確かなので、誠心誠意謝罪する。どんな誹りも受けるつもりだ。
きっとキースさんも先程の話を聞いて私を軽蔑したに違いない。恋愛感情を向けてくれる幼なじみを友人として独占したい我儘女なんて関わり合いたくもないだろう。
だから私は少し心に余裕があった。
「最低で最悪な私のことは忘れて、キースさんはぜひ新しい恋をしてください!」
なので余計なことを言ってしまった。
『うわー、馬鹿すぎません?』
白ワニ2の呟きが終わったときにはもう目の前にキースさんの腕が迫っていた。
「……へ」
「由亞!」
「由亞ちゃん!」
蓮と恵に腕を引っ張られ、なんとか躱す。
先程まで私がいた場所にキースさんの拳が埋まっていた。
「チッ。大人しく私に捕らえられなさい」
「ひぇ…」
捕らえる威力じゃない。
さすがに蓮と恵も絶句している。
「おっかしいなー。キースさんの体の水分結構奪ったつもりだったんだけど~」
「普通は動けない。なにあいつ、化け物?」
知らぬ間に随分と恐ろしいことを蓮がしていた。
だけどこっちにばかり気を取られてはいられない。
「私だってあなたのような最低最悪の悪女、忘れたいですよ」
「…あわわ」
忌々しげに吐き捨てながらキースさんが飛びかかってくるのだ。
「ですが無理でした」
蓮と恵のおかげでなんとか間一髪で躱せているが、
「キースさん、やめてください。これ以上動いたら死んじゃいますよっ」
これ以上はキースさんの体が限界だと思った。
水分は人間にとってとても大切なものだ。それを蓮は奪ったのだ。絶対に危険な状態だ。ただでさえキースさんは病み上がりなのに。
「由亞ってそういうところがね~」
『最っ悪な女ですね、ほんと』
「由亞ちゃん、やさしい」
三者三様の謎のコメントをもらったが、キースさんの動きがピタリと止まったので私の気持ちは伝わったのだと思う。
キースさんは無表情に私に手を差し出す。
「ならば大人しく捕らえられて下さい」
伝わったけど伝わっていなかった。
「あなたは私の妻です。これは決定事項です。あなたが私を愛するしかないんですよ」
「いえ、あの…」
言い聞かせるような口調にうまく言葉が出ない。条件反射で従ってしまいそうになる。
だけど気持ちがない以上はお断りしなくては互いによくない。
「今なら許しましょう。こちらに来なさい」
「ご、ごめんなさい!」
誠心誠意心を込めて頭を下げる。
パリンッと窓が割れる音がした。
「なぜ拒絶する…」
恐る恐る顔を上げれば、キースさんを中心に銀色の風が巻き起こっていた。
「っなぜ私の気持ちを受け入れない!? なぜ私はあなたにこんなにも焦がれる!? 私は心が乱れて気が狂いそうだというのに、なぜあなたは平然としている!? 私になにをした…答えなさい!」
「ひぃぇぇ」
知らないぃ。怖すぎて首を横に振ることしかできないぃ。
怯えている間にもキースさんの風は増すばかりで鋭い刃となって部屋を破壊していく。
「おい、蓮。あいつ、いつ気絶する」
「うーん、わかんない。体は限界のはずなんだけどね~」
私を守りながら会話する2人の頬や手足にも傷が増え続ける。
どうしたらいいのだろう。私はどれだけ傷ついてもいいけど、蓮と恵が傷つくのは嫌だ。それにキースさんもこのままでは本当に死んでしまう。
「あなたも私と同じように気が狂ってしまえばいいっ」
だけどドロドロと黒く煮詰まった瞳はとても恐ろしくて、体が固まって動けない。うまく声が出ない。頭が回らない。
私はどんな顔をしていたのだろう。キースさんが私を見て目を見張り、傷ついたように顔を歪める。
「なぜそんな目で私を…っその目をやめなさい。やめろ…!」
「ひぅっ」
突風に息が出来ない。体が吹き飛びそうだ。
蓮と恵が私を守るように抱きしめてくれるからどうにか耐えられるけど、怖くて2人の服の裾を掴む。
しかし、それがいけなかった。
「…私のことは拒絶するくせに彼らのことは求める。その男どもを殺せば、あなたは私を選びますか?」
「っ!」
明確な殺意が蓮と恵に向けられたのを感じ取った。
恵が私を背に隠して、蓮が残念そうにため息をつく。
「死んで欲しかったけど、これ以上は待てないか」
剣を振りかざしたキースさんが目の前に現われたのと、蓮が白ワニ2に話しかけたのは同時だった。
「白ワニ2さーん、俺達を元の世界に帰してくださーい」
『やっとですか。ご褒美のお願いは?』
「あー、じゃあ記憶の継続で」
『元の世界に戻ってもここでの記憶を忘れない。ま、君たちなら問題ありませんね。受理します』
振りかざされた剣は私の額すれすれで止まっていた。
恵が切られると思って咄嗟に前に出た私に驚き、キースさんが寸前で止めてくれたのだ。
白んでいく世界でキースさんが私に手を伸ばす。
だけど住む世界が違うからか、キースさんの手は私の腕をすり抜けた。
「由亞ちゃん、危ないことしないで」
「恵…」
反対に恵は私を守るように抱きしめる。
焦がれるような憎むような執着に染まった視線が突き刺さった。
「逃がしませんよ、絶対に。あなたは私の妻です」
白い光に包まれて、もうなにも見えないのに、声だけはしっかりと聞こえた。
//////////☆
夢が途切れて、目が覚める。
最近、こればかりだ…と思ったところで、私は飛び起きた。
スマホの画面をつければ時刻は3時半。日付は終業式当日。
左手首には青のツタの契約印、右手首には緑と灰の契約印があり手の甲には「2」の印があった。
「ゆ、夢じゃない。記憶もある。また時間が戻った!? れ、蓮と恵に会わなきゃ…!」
私は転げるように部屋を出た。




