10.情報収集
「由亞さん、邪魔です」
「は、はい。すみません」
魔物の群れがキースさんの剣と風魔法によって散っていく。私は返り血すら飛んでこない安全圏からそれを眺める。
これが私の日常になっていた。…まあ日常というほど時間が経過したわけでもないのだが。
幸か不幸か、私はキースさんと共に行動していた。
「キース」とは私を助けてくれた怖い美形男性の名前である。
彼が満足するまで川に沈められた後、恐る恐る尋ねたら教えてくれた。
彼はベスティエという世界から召喚された人間で、私と同じようにダンジョンを全て攻略しなければ元の世界には帰さないと脅されたそうだ。
そうして黄土色の第一ダンジョンをクリアし、第二ダンジョンに挑んでいたところを生け贄として突き落とされ今に至ると。
彼の右手の甲にも「1」の数字があった。
「大変でしたね…」
「いえ、別に。想定の範囲内です。あれはいつも私を殺そうとしてきますし」
「そ、そうなんですねー」
よくわからないが本人は全く気にしていないらしい。
キースさん曰く、この場所からでも最上階にはたどり着けるそうで、だから問題はないのだとか。
キースさんの風魔法でわかるらしい。
「風とは空気の流れです。建物も障害物も魔物も人も空気に触れてさえいれば、どこになにが誰がいるのか大体はわかります」
「すごいですね」
「心にもない世辞は不要です。説明したのはただの義理です。あなたは女性ですから話の半分も理解できないでしょう?」
「ハ、ハハ…」
だけどさすがのキースさんも魔力が切れた状態で先に進むには限界があったようで、襲ってくる魔物と戦う日々を過ごしていたそうだ。そんなときに私と出会ったのだとか。
「あなたは友人の蓮さんと恵さんに再会したい。私は次のダンジョンに進みたい。利害は一致しています。私があなたを守り友人と再会させましょう。代わりにあなたは魔力を提供しなさい」
「は、はい。ありがとうございます…」
「共に行動するからには身の程をわきまえてくださいね」
「身の程?」
「わからないのですか? ほんとうに知能が低いですね。弱いのだからでしゃばるなという意味です。常に私の後ろを歩き、指示を仰ぎ、命令を聞く。理解できましたか?」
「は、はいぃ」
こうして今に至るわけだ。
正直に言うと、すごく人を変えて欲しい。キースさんは私が最も苦手とし最も関わりたくないタイプの人間だった。怖い。怖すぎる。
命の恩人で今も私を守ってくれている人に対してとても失礼なことを言っていると思う。そんな自分は本当に恩知らずで我儘で最悪な嫌なやつだと思う。
だけどそれくらい無理なのだ。メンタルが壊される。例を出すと、
「私が理解できる言葉で話してください」
「あなたとの会話は時間の無駄です」
「なぜこんなこともわからないのですか」
「非効率的です」
などとことあるごとにこちらの精神を削ってくるのだ。私は自分が無価値で無力な誰の役にも立てない人間だと自覚しているからまだ耐えられるが、普通の人なら泣いてると思う。
しかもキースさんは緑ワニ2と違って悪意がない。それがさらにダメージを大きくする。彼は思っていることをただ口に出しているだけ。素直な本心が辛辣で酷評なので辛いのだ。蓮と恵に会いたい。
「…あの、キースさんの世界はどういう世界なんですか?」
「はい?」
だけど蓮と恵に再会するためにも私は頑張る。
キースさんの精神破壊攻撃に耐えて、彼からなんらかの情報を得る。
だって蓮が情報収集が大事だと言っていたから。
「わ、私の世界は、男性と女性がいて、大人は会社っていう場所で働いていて。あ、でも全員がそうではなくて食べ物を売っている人もいます。子供に勉強を教える人も。あと…あの、説明が下手ですみません」
「自覚していたんですね」
「ハハ。すみません…」
話を聞きたいならまずは自分のことを話すべきかと思い説明したのだが、全く上手くいかない。いつものようにグサリと心を刺される。…その通りのお言葉なのが辛い。
とりあえず愛想笑いで悲しみを誤魔化せば、キースさんに面倒くさげにため息をつかれる。辛い。
「…時間が勿体ないので歩きながら話します」
「え」
しかし意外なことに彼は話にのってくれるようだった。
思わず顔を見れば、感情を読み取れない綺麗な翠眼と目が合う。
「まあ、あなたの知能では理解できないでしょうけど」
「あ、ありがとうございます!」
「別に」
無表情に歩き出すキースさんの後を追う。
「私の世界にも男と女がいますよ、まあどの世界もいるでしょうけど」
「う。すみません…」
「これも当たり前のことですが、男は魔物を討伐し、女は家を守ります」
「え。…キースさんの世界には魔物がいるんですか?」
思わず聞けば、キースさんは不可解そうに右眉を上げる。
「あなたの世界にはいないんですか? 私たちを襲ってくる魔物と全く同じですよ」
「いませんよ!?」
「……さすがのあなたも常識くらいは理解できますよね。本当にいないんですか?」
「い、いません」
「そんな世界もあるのですね…」
驚いたようにキースさんが呟く。
だけど私も驚いていた。
キースさんの世界にいる魔物と全く同じ魔物がこのダンジョンにいる。これは果たして偶然なのだろうか。
とりあえず、キースさんが魔法なしでも魔物と渡り合える理由がわかって納得したけど。
「…キースさんの世界には魔法もあるんですか?」
「あるわけがないでしょう」
魔法はないらしい。冷たい目で見られた。
情報収集って難しい。
それはとある戦闘後のこと。
「チッ」
キースさんが魔物の返り血を浴びた。
白いシャツが赤黒く染まっている。
キースさんのことだから不衛生ですと川に飛び込むのだろう。そう思っていたから豪快に服を脱いだのでひっくり返った。
「ぎゃっ!?」
「色気のない悲鳴ですね。そんなでは将来…ちょっと由亞さん、聞いてます?」
私は彼の上半身から目が離せなかった。
戦うために鍛え上げられた男らしく荒々しい肉体美がそこにはあった。
人様の裸をじろじろ見るなんてすごく変態だし失礼だし最低だと思うが、それでも見とれてしまうほどに彼の肉体は美しかった。
「…子供はなぜか筋肉が好きですよね。触りますか?」
面倒くさそうにキースさんが腕を差し出してくる。
近所の子供に頻繁に頼まれるのかもしれない。
「いえ、あの、大丈夫です。子供といえる年齢でもないので…ハハ」
今更ながら恥ずかしくなってきた。ほんといい年して私はなにしてるんだ。
遠慮すればキースさんが不可解そうに右眉を上げる。
「10歳前後は子供でしょう。大人ぶりたい年頃ですか」
……ん?
「一応、17なので。どちらかといえば、大人です」
「……は?」
キースさんが固まった。
私のことを子供だと思っていたらしい。みるみると眉間に皺がよる。
「…私は24です」
「そ、そうなんですね…ひぇ」
二の腕を掴まれた。
むにむにと無縁慮にもみながら肘から腕、手首、指先までなにかを確かめるように触れられる。それが終わったら腰を両手でガッと掴まれる。
「うひっ」
「こんなに小さいのに…」
わさわさと腰やら腹やらを触る手は純粋に不思議そうでいかがわしさの欠片もない。が、普通に怖い。とても怖い。冷や汗がだらだらだ。
「生きている世界の違いでしょうか」
硬直する私に気付いたのかはたまた満足したのか、キースさんは川に服を洗いに行った。
さらに蓮と恵に会いたくなった。




