7.一寸先は闇
すみません、普通に続き投稿しました<(_ _)>
詳しくは活動報告を読んでいただけると幸いです。
しかも水曜日になっちゃいました。悔しい。
「……蓮、なにしたの?」
「なんのこと?」
蓮が私たちのコテージに帰ってきた。
目を細めて笑う蓮はいつも通りの彼で、憔悴しているようにはまるで見えない。
帰ってきてくれて、また目を合わせて話をしてくれて、うれしいはずなのにうれしくない。
それは蓮がいつも通りの蓮だからだ。
「シャイリーンさんになにかしたでしょ」
「あはっ。さすが由亞、わかっちゃった?」
今、この場に恵はいない。仕事で魔物討伐に行ったのだ。
いなくてよかったと思う。今の蓮は、怖い。
「言っとくけど俺は殺してないよ。彼女は自分の意思で飛び降りた。嘘じゃない」
腕を組んで壁にもたれ掛かりながら世間話のように蓮は笑う。
蓮はいつだって真実しか言わない。
だからこれは本当のことだ。
「じゃあ、蓮はなにをしたの?」
「おしゃべりした。ただそれだけだよ」
会話しただけで自殺するわけがない。
そう言い切れないのは、相手が蓮だからだ。
「どうしてそんなことを…」
「んー。しいていうなら、タイミング?」
軽い調子で蓮が言う。
「知りたかった情報は得られた。彼女はもう用なし。生け贄が必要。あ、ちょうどいいな彼女に死んでもらおうって感じ」
言葉を失った。
そんな、そんな軽い動機でシャイリーンさんは死に追いやられたというの? それも好きな男性に?
自分がもし彼女の立場だったら。そう考えると、とてもじゃないが怒らずにはいられなかった。
「ひどいよ! なんでそんなことができるの!?」
「あはは。由亞が怒り出した」
「笑い事じゃない!」
にこにこと楽しそうに笑う蓮を心の底から理解できない。
わかってる。蓮は私とは考え方が違う。だけど今回ばかりはそれを許してはいけない。
「死んだらもう人は生き返らないんだよ? 自分が何をしたかわかってるの?」
「わかってるよ。常識でしょ? だからなにって感じではあるけど。……あぁでも、この世界で死んだら自分の世界で復活するかもしれないのか。だとしたら生き返る? あはっ。すっごいおもしろい質問だね。ねぇ、由亞。答えを教えて?」
「~っふざけないで!」
「えー。別にふざけてないんだけどなぁ」
蓮は不思議そうに首を傾げる。その姿が幼い頃の彼と重なる。
どうしてわかってくれないの? 昔も彼に同じ事を言った。何度も。何度も。何度も。だけどそれが伝わったことは一度もなくて…。
「ちゃんとバレないようにしたよ? 誰も俺のことを疑ってない。それじゃあダメ?」
「ダメだよ…」
泣きそうになってくる。
そんな私を見て心底理解できないという顔で蓮が肩を下げる。
「俺の手で殺したわけじゃないのに、なんでそう怒るかなぁ」
けれど次の瞬間にはパッと顔が明るくなった。
「あぁ、わかった。死んだから怒るのか。大丈夫だよ、由亞。シャイリーンはまだ生きてるかもしれない」
「…え?」
「落ちてもらう前に穴に石を落としたんだけど一応音は聞こえたんだよね。だから底はある。運が良ければ生きてるよ。地図が正しければそこからゴールに向かうことだってできる」
「よ、よかっ…」
安堵しかけるが、思い直す。
たとえ生きていたとしても彼女は一人きりだ。生け贄の穴はもう塞がって助けに行くことはできない。ペアもいない状態でダンジョン攻略だなんて、無理に決まってる。
「ど、どっちにしても死んじゃうよ!」
「あー、気付いちゃった? でも別に死んでもいいよね。むしろどうして死んだらダメなの? あの場ではどのみち誰かが犠牲にならないと先には進めなかった。由亞が代わりに犠牲になったっていうの? そんなの俺は許さないよ」
「…あ」
こんなときなのに私が犠牲になるのを許さないという蓮に喜びを感じてしまう。
そんな自分が嫌で俯けば、なにか勘違いしたのか蓮の纏う空気が冷ややかなものになる。
「話しもしたくない。俺の顔も見たくないってこと?」
「っ違…」
顔を上げれば、すぐ目の前に蓮がいた。
「ちょっと納得いかないよね~。恵の方がたくさん人を殺してるのに、どうして俺だけが責められるわけ? 不公平じゃない?」
不貞腐れた子犬の顔で蓮が甘えるように私の髪に指を絡める。
その瞳は非難と孤独を訴えていた。
「蓮…」
胸に込み上げたのは罪悪感と庇護欲。
ごめんねと謝って、手を握って、ずっとそばにいてあげたい衝動に駆られる。蓮だって苦しんでいる。子供の頃の記憶を思い出した私にはそれがわかる。でも…
「恵は…自分の罪の重さを、命の重さを知ってる。蓮は違う」
「……。」
相手が蓮だから、それはできなかった。これが他人なら怖いと怯えて距離を取るだけで終わる。
ずっと一緒にいたいと願う彼だから、もう目を背けることをしたくなかった。
「私は蓮と恵が大切で、だから2人が死んだら悲しいし、誰かが2人を殺したならその人を恨んで憎む。それはシャイリーンさんも同じ。彼女のことを大切に思う人は彼女の死を悲しむの」
「へ~。うれしいことを聞いたな。由亞は俺を殺したやつを恨んで憎むくらい俺のことが好きなんだ~。俺も由亞のことが大好きだよ。お前を害するやつは絶対に許さない」
節くれ立った指が頬を撫で端正な顔が近付く…ので顔面を押し戻す。
「そういう雰囲気だっただろ」
「そういう雰囲気じゃない。…蓮、わかってくれた? 自分がされて嫌なことは人にしたらダメなの。だから人を殺しちゃダメ。死ぬように誘導するのもダメ」
「ふ~ん」
真剣に考えているのか蓮の顔は珍しく無表情だった。
それが少し怖くて不安で声が震えてしまったけれど、私は聞いた。
「……蓮は、私が死んだら悲しんでくれるよね?」
「当たり前じゃん」
即答だった。
なんでそんなわかりきったこと聞くわけ?と笑顔で蓮は怒る。うれしくて胸がいっぱいで泣きそうになる。
「病死ならすぐに後を追うし、他殺なら手早く復讐して死ぬから一人にはしないよ」
「いや、そこは生きてほしいけど…」
恵も同じことを言いそうだなと苦笑する。
でも安心した。私の死を悲しむことができる蓮なら、きっと命の重さを理解してくれる。時間がかかってもいつかは必ず。
「少しずつでいいから、わかって。私が死んで蓮が悲しむように他の人も死んだら悲しむ誰かがいる。だから人を殺したらだめなの」
祈るように蓮の手を握りしめる。
だけど返されたのはいつもの蓮の笑顔だった。
「ごめ~ん。たぶんそれは一生わからない」
「え」
「由亞の思考はわかったよ。それが普通の人の考えだっていうのもわかる。でも俺には理解できない。他人の気持ちとか興味ないから。あぁ、安心してよ。別に人を殺す趣味はないから。でも必要があれば俺はなんでもする」
目を細めて蓮は笑う。
蓮は嘘を言わない。言葉通り本当になんでもするのだろう。
口の中がカラカラと乾いてくる。
「…じゃあ、私が蓮を止める」
私と考え方が違う蓮は、怖い。
それでもずっと一緒にいたいと思う気持ちは変わらないから、繋いだままの手に力を込める。
「次、蓮が誰かを殺す前に、私が止める」
強い意思を持って蓮を睨んだつもりだった。
それなのに蓮はうれしそうに幸せそうに笑う。
「え~、絶対にできないよ。シャイリーンのことだって止められなかったじゃん。こんなことすら気づけない由亞には無理だよ」
「それはっ…」
その通りすぎて言葉を続けられない。
「でも私は、蓮に命の重さをわかってほしいのっ。人を殺すことを簡単に考えないでほしい…」
「簡単ねぇ。じゃあ由亞が納得できる理由があればいいの? それなら思いつくよ。さっきも言ったけど生け贄が必要だった。仕方がなかったんだって泣けば満足?」
「っふざけないで…」
また振り出しに戻ってしまった。
そう思って、違うことに気付く。
最初から進んでなんていなかった。私が勘違いしていただけで、蓮には何一つ伝わっていない。
やっぱり私は役立たずで何の力もないのだと思い知らされる。
「なんでシャイリーンの生死にそこまでこだわるのかなぁ。彼女はお前を生け贄にしようとしたのに。別に死んでもいいじゃん。いなくなってせいせいしないの?」
「しないよ! 人が死んで、それなのに…っぅ」
「あ~もう冗談だから泣かないで。はぁ。参ったなぁ。由亞に怒られるだろうなとは思ってたけどここまで拗れるとは」
困り果てたように蓮が呟く。「仲直りするつもりだったのにな」と。
私だって同じだ。蓮と仲直りしたかった。またいつものように過ごしたかった…。
//////////☆
「はぁ」
蓮が戻ってきてから3日が経った。
あの日以来、蓮とは口を利いていない。
「はぁ」
蓮に「命の重さ」をわかってもらいたくて、だけどうまく伝わらなくて、もうどうしたらいいのかわからない。そんな感情が彼との会話を邪魔する。端的に言えば言葉が出てこない。だから結果的に無視してしまう。
「本当に最低…」
そんな自分が嫌でたまらない。
蓮にわかってもらえないのは私の言葉が足りないせいなのに。
「はぁ」
生け贄の件だって、蓮はきっと私を守る為にやったのだ。諸悪の根源は私。それなのに私は善人ぶって蓮を責めて、最悪。
…蓮だけには背負わせない。これは私の罪でもある。だからこそわかって欲しいのに……
「はぁ」
今、コテージには私一人しかいない。
蓮と恵が夜勤の当番だからだ。
だから人の目を気にせずため息ばかりつける。
生け贄の話題が出て以来、私はコテージの中に引きこもっている。蓮の指示だ。また生け贄を必要とする場面があれば、今度こそ私が選ばれるからだ。
しかし一日中ずっとこもってはいられない。日中はダンジョン攻略のために歩みを進めるので当たり前だがコテージは仕舞う。そのときは常に蓮か恵と一緒に行動をしていた。目の前でシャイリーンさんが死んでしまったことは蓮のトラウマとなり仲間の死…特に同郷の私の死を恐れるようになったから、周りもとやかく言わない。だけど私を見る目は冷ややかで「お前が死ねばよかったのに」という空気を痛いほど感じる。
私たちは近いうちにここを去るつもりだ。
目的だった情報収集も満足のいく結果を得られ、ここに留まってもデメリットの方が多いと蓮が判断した。
「生け贄の件があった以上、大人数で動いた方が楽なんだけど。それで由亞が犠牲者に選ばれたら本末転倒だからね」
「あいつら殺す…」
「恵の我慢もそろそろ限界だし、遅くても明後日にはさよならしようか」
夜勤に行く前の2人の会話を思い出し、じんわりと胸が温かくなる。
蓮と恵はいつだって私のことを第一に考えてくれる。それがありがたくて、うれしくて、…申し訳ない。
私はいつだって余裕がなくて自分のことしか考えられない。シャイリーンさんたちに協力して蓮と恵を傷つけたこともそうだし、今蓮と口を利いていないこともそうだ。
「はぁ」
今日何度目かもわからないため息をつく。
コテージの扉が叩かれたのはそんなときだった。
「ユアー! 俺だ、アライアだ!」
誰だろう。
名乗られても声を聞いても誰かわからない。おそらく戦闘チームの人だとは思うが…。
申し訳ないが相手も私の名前を覚えていないし許してもらおう。
「あの、どうかされましたか?」
蓮と恵には人が訪ねてきても無視しろと言われていた。
だけどアライアさんの声はかなり切羽詰まっていて返答せずにはいられなかった。
「蓮と恵が大変なんだ! 魔物に襲われて、致命傷でっ!」
「……。」
怪しい。罠としか思えない。
2人の強さは私が一番知っている。怪我をすることはあっても致命傷を負うことはほぼないと断言できる。
「2人ともお前のことを呼んでる! 会いたいって、っ泣いてるんだ! だから俺と一緒に来てくれよっ」
「え」
だけどその言葉が私から平静を奪った。
脳裏に浮かんだのは恵の顔。由亞ちゃん、会いたい。そう言ってシクシクと涙を流す。
じわりと手に汗がにじむ。
これは、確実に罠だ。行ってはいけない。扉を開けるな。心の中の私が声を大にして叫ぶ。
でももう一人の私が言うのだ。
もし、本当だとしたら? 蓮と恵は死にかけていて私に会いたがっている。それを無視していいの? 後悔しない?
バクバクと心臓の音がうるさい。
2択は本当に嫌いだ。自分の意思で片方を選ばない。それが怖い。だから多数決は多い方に手を上げるし、重要な選択はほとんど人任せ。私の心の安寧を守るための卑怯な方法だ。
だけど、それでも、どうしても選ばなくてはいけないとき。私は、自分が後悔しない道を選ぶ。
「あの、2人はどこに?」
「っありがとう! こっちだ!」
だから私は扉を開けてアライアさんの後をついて行ってしまった。
//////////☆
ゴツゴツとした無骨な道を走る。
外に出てからまだ5分も経っていないはずなのに、もう何時間も走っているような気持ちだった。
…2人ともどうか死なないで。強く強く願う。
もちろん罠である可能性を忘れたわけじゃない。
警戒は常にしていて結界も自分に張っている。
「ユアー! もう少しだからな!」
「…は、はい」
だけど私はアライアさんは嘘をついていないと思い始めていた。
もしこれが私を生け贄にするための罠ならば、コテージの扉を開けた瞬間に私は捕らえられていただろう。でも彼はしなかった。今走っている道もそうだ。今回の野営場所は入り組んでいて広い道から狭い道までたくさんの通路がある。その中でアライアさんは一番広い道を走っていた。罠なら細い道のほうが有利なのに。
罠である可能性が低いのに全くうれしくないのは、アライアさんの言葉が――蓮と恵が死にかけていることが真実になってしまうからだ。
そのことを考えるだけで息が出来なくなる。胸が張り裂けそうになって目の前がぼやける。むしろ罠であってくれと願う。
――蓮、恵。死なないで。
「あそこだ!」
「そ、んな……」
だけど私の願いは無残にも潰える。
アライアさんの指さす先には横たわる2つの影があった。なにも考えられなかった。
足がもつれる。転びそうになりながら走る。
「れ、蓮? め、ぐみ?」
たどり着いたが暗くて2人の顔はよく見えない。
どうか人違いであってほしいっ。祈りながら身を乗り出す。
それが相手の狙いだとは思わずに。
ドンッ
背中に大きな衝撃を感じた。
――転ぶ。
迫る地面に、咄嗟に手をつく。が、
すかっ。
その手は地面をすり抜けた。
「…ぇ」
戸惑う間もなく眼前が闇に染まる。
さっきまでたしかにあった地面は消え、そこに倒れていた蓮と恵の姿すらない。綺麗さっぱりなくなっていた。
罠だ。押された。落とされた。ここは、…生け贄が落ちる穴だ。
そのことを自覚したときにはもう足が地面を離れていた。
「ぃやっ」
死を恐れて体は勝手に動く。がむしゃらにジタバタと。
だから体の向きが変わって落下する私を見届けるアライアさんと目が合った。
「っご、ごめんな」
眉は下がり唇を噛み締める彼は誰よりも辛そうだった。
自分が生き残るために他者を犠牲にする人間の当前の反応だと思う。
だけどその顔には、鮮明な安堵の色もあり…これも当前の反応かとどこか他人事のように納得する。
絶体絶命の状況なのになぜか心は落ちついていた。
アライアさんの顔を見たからかもしれない。
彼を見て、彼の話が嘘だったとわかったから、…蓮と恵は無事だとわかったから。むしろ安堵した。
「よかった…」
ほっと吐いた息は闇に呑まれてアライアさんの顔ももう見えない。遠くに点のような明かりを感じるだけ。自分の姿すら見えない。
このまま私はどうなるんだろう。死ぬ?
「……ハハ」
さすがに心が限界だったみたいだ。
プツンとテレビを消すように、私の意識はそこで途絶えた。




