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私が欲しかったのは、怖い「特別」じゃない【ハッピーエンドver】  作者: 味噌野 魚
2章 2人を傷つける感情なら、私は捨てたい
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5.私の過ち



 「れ、蓮!? どういうこと!?」

 「ん? 由亞、おはよう」

 

 急いで掃除を終わらせコテージに戻れば、そこにはいつもと何一つ変わらない光景が広がっていた。ベッドに腰掛けた蓮が私を出迎えて、恵は寝ている――私の平穏。

 だからこそ、それを脅かす噂が怖い。


 「あの話…本当?」

 「話?」

 「シャイリーンさんと付き合ってるって…」


 不安に体が震える。ほんの僅かな沈黙すら怖い。

 だけどそんな私の心配をよそに、蓮はきょとんと目を瞬いてぷっと吹き出した。


 「あははっ。なに? 由亞、信じたの? 付き合ってるわけないじゃん」

 「……ぁ」

 

 ケタケタ笑う蓮を見て、ほっと体の力が抜ける。


 「よ、よかった」


 そのままへなへなと座り込みたいのを我慢して壁にもたれ掛かる。

 安心すればとたん恥ずかしくなる。

 冷静に考えれば蓮が誰かと付き合うなんてあり得ない。それなのに焦って怖くなって馬鹿みたいだ。火照る顔を手で扇ぐ。

 でも…


 「それならどうしてあんな噂が流れたんだろう」


 心の中で思ったはずなのに声に出ていた。

 部屋は静かだから絶対に蓮に聞こえた。恥ずかしい。

 

 「い、今のは独り言だから気にしな…」

 「あ~。俺が告白を断らなかったからじゃない?」

 「…え?」


 だけど蓮が意味のわからないことを言うから、

 恥も安堵も全て消し飛んだ。

 残ったのは言いようのない不安のみ。


 「それってどういう…?」

 「好きって言われて、うれしい。ありがとうって言った」

 「……え、え?」


 平然と語る蓮に頭が混乱し始める。

 整理しよう。蓮はシャイリーンさんに告白された。断らずお礼を言った。でも付き合ってない。そして今、2人が付き合っているという噂が流れている。ちょっと話が繋がらない。


 「どうしてお礼を言ったの? しかもうれしいって、これじゃあ蓮もシャイリーンさんのことが好きみたいに聞こえるよ」

 「でも俺は「好き」って言ってない。向こうは勘違いしてるみたいだけどね~」

 「勘違い?」

 

 蓮は昔からこういうところがある。

 遠回りで複雑ですぐに答えを教えてくれない。私に考えさせようとする。

 そしてそういうときの蓮は、いつだって私に都合の悪いことを告げるのだ。嫌な予感に胸がざわつく。


 「結局、シャイリーンさんの勘違いってことなんだよね? それなら今すぐ訂正しに行かないと…」

 「どうして? 今の方が動かしやすくて楽なのに」


 予感は早々に的中した。


 「動かすって、シャイリーンさんのこと?」


 不穏な言葉に声が震える。

 蓮の瞳が弧を描く。


 「そ。俺達は今情報を集めてるだろ? ここの人たちは警戒心が薄くて結構ペラペラ話してくれるんだけど、恵も言ってたように嘘をつかれている可能性もある。で、シャイリーンだよ。俺のことが好きで俺と両思いだと思って有頂天になっている人なら嘘をつかないだろうし話も聞き出しやすい」


 良いことづくめだよね~と蓮は笑う。

 その無邪気な笑顔にゾッとした。


 つまり蓮は、わざとシャイリーンさんが勘違いするように返事をしたのだ。自分の目的のために。

 それが彼女を傷つける行為だと蓮はたぶん気付いてない。もしかしたらわかっているのかもしれないけど、それでもきっと蓮なら気にしない。それが蓮だから。私にはわかる。わかるけど…

 

 「そんなの、ひどいよっ。人の心を弄ぶなんて間違ってる」

 「……。」


 黙ってなんかいられなかった。

 シャイリーンさんは怖い人だ。正直、鳥糞の落下を願うくらいには苦手だ。

 でも、好きの気持ちを利用されていい人はこの世にいない。もし私がシャイリーンさんの立場だったら――蓮が私とずっと一緒にいたいと思ってくれているのが嘘だとしたら、辛くて悲しくて泣いてしまう。


 「好きな人に利用されたら傷つくんだよ? 今すぐ訂正しに…」

 「それ、おもいっきりブーメランだって気づいてる?」

 「え?」


 蓮はいつものように笑っていた。

 しかしその瞳は私を非難するように冷ややかで、


 「由亞はひどいよね。俺達の好意を知ってるくせに他の女とくっつけようとするんだから」

 「……ぇ」


 冷笑を浮かべた蓮が一歩私に近づく。


 蓮がなにを言っているのか、わからなかった。

 他の女とくっつけるだなんて身に覚えがない。そんなこと私はしない。

 でもこの状況を作り出した事の発端を思い出し、気がついた。

 昨日私はシャイリーンさんに協力した。見方を変えればそれは蓮の指摘通りになる。血の気が引いた。


 「そ、れはっ…違くて……」


 そんなつもりじゃなかった。

 ただ面倒事を2人に押しつけただけのつもりで、交際を後押しする気は全くなかった。むしろ仲良くなったら嫌だと思った。

 …だけどそれを伝えたところで過去は変えられない。言い訳なんて、蓮だって聞きたくないはずだ。

 そう思って言葉を続けなかったのが間違いだった。


 「違わないよ? 彼女達が俺達に向ける好意を知った上で由亞はその背中を後押ししたんだ、確信犯だろ」

 「っ!」


 諭すようでいてその声は私を拒絶していた。


 「由亞は俺達に友情しか求めてないもんね。恋愛感情は迷惑だから恋人(自分の代わり)をあてがおうとしたのかな?」

 「ち、違うよっ」


 気持ちはすぐに変わった。やっぱり本当のことを伝えよう。見苦しく言い訳をして許してもらおう。慌てて口を開く。けど…


 「あのね…」

 「由亞の立場もわかるよ」


 私の言葉を蓮が遮る。

 距離は縮まり続けているのに、心の距離は遠のいていく。

 焦りに涙が出そうになる。


 「共同生活の中で権力者に逆らうことは難しいよね。由亞が仕事を押しつけられて孤立してるって知ってるよ。そんな中でお願いされたら怖いよな~。これ以上辛い目には遭いたくないもんな~。わかるよ、俺は由亞のことが大好きだからさ」

 「れ、蓮。お願い、私の話を聞いて」

 「……それでもさぁ、俺達を選んで欲しかったよ。お願いなんて聞かないで欲しかった」

 「…ぁ」


 気づけば見上げるほど近くにいた蓮の瞳はやっぱり冷ややかで、…だけどそこには深い悲しみがあった。

 その瞬間、言いようのない後悔と罪悪感が胸に押し寄せる。

 

 「っご、ごめん。蓮、ごめんなさいっ」


 自分の過ちの大きさにようやく気付いた。

 私はなんてことをしてしまったのだろう。一番傷つけたくない人を、傷つけてしまった。

 好きな人に利用されたら傷つくなんてどの口が言う。私が真っ先にしてるじゃないか。


 「シャイリーンさんたちとくっつけようだなんて、そんなこと考えてないの。ただ蓮と恵に甘えちゃったの。嫌なこと押しつけただけなの、ごめんなさいっ」

 「甘えちゃったねぇ…俺の気持ちは考えてくれなかったんだ? それとも俺なら傷つかないとでも思った? 異常者だから、思考回路が他の人とは違うからってさ」

 「っ思ってない! 思ってないよっ!」


 必死に蓮にすがりつく。だけど目が合わない、合わせてもらえない。目の前が真っ暗になる。私は、取り返しのつかないことをしてしまったの…?


 「…恵なんて、大変だったんだよ。アイーシャが由亞が協力してくれたのよ~なーんて言うから、由亞ちゃんはそんなことしない!ってキレて向こうは向こうであんな地味でじめじめした女のどこがいいのよ! なんて言うから恵が暴走しかけてさぁ。俺が止めなかったらまた人殺しになってたね~」

 「じゃ、じゃあ恵が今寝てるのは…」

 「俺が殴って気絶させたから」


 慌てて寝ている恵の顔を覗き込む。

 眉を寄せて苦しそうに眠る恵のこめかみは僅かに腫れていた。

 そして頬には涙の跡があった…。

 

 「今は静かになったけど、さっきまでずーっと「由亞ちゃん、嘘だよね。由亞ちゃん…」って言っててマジでうるさかった」

 「っ恵、ごめん。ごめんね」


 謝って許されることではないけど私には謝ることしかできない。

 涙の跡を消すように恵の頬を撫でる。


 「由亞はさ、俺達がどれだけお前のことが好きか知ってるよね。だから俺達なら告白されてもちゃんと断ってくれるって期待したんだろ」

 「ぁ…」


 否定できなかった。その通りだと思ったから。

 もちろんシャイリーンさんたちに話を持ちかけられたときはそんなこと微塵も思っていなかった。だけどきっと無意識のうちに私は期待していた。


 「由亞は卑怯だよ。被害者みたいな顔して平気で人を傷つける」

 「ひゃっ」


 蓮に腕を掴まれた。

 そのことに気づいたときにはもう私の視界は反転していて、少し硬いベッドに背中を打ち付けていた。

 影が落ちる。凪のような眼差しが目の前にあった。


 「ねぇ、シャイリーンと付き合ってないって言ったとき、安心したのはどうして?」

 「…え」

 「答えて」

 「そ、れは…」


 言われるまま必死に考える。蓮が納得できる答えを出せれば許してもらえると思ったから。


 だけど…わからなかった。どれだけ考えても、答えが見つからない。

 どうして私はほっとしたのだろう。恋愛的な意味で蓮のことが好きだから? …違う気がする。今も蓮には友情以上の感情を抱いていない。もちろんそれは恵も同じだ。

 

 「ごめん、なさい。わからない」


 結局答えは出なかった。


 「…そっか」


 こうなることは見越していたようで蓮は私を責めたりしなかった。

 むしろ彼はいつものように目を細めて笑った。


 だから都合良く期待してしまったのだ。

 蓮が許してくれたかもしれないと。そんなわけがないのに。


 「好きだよ、由亞。だけど俺はお前のそういうところが、嫌いだよ」

 「…え」


 蓮の顔が近付く。いつものようにキスされると思った。でも違った。

 唇の端にやわらかいなにかが触れて、すぐに去る。

 

 「じゃあ俺、行くね。しばらくは戻らないから恵と2人で仲良くやるんだよ」


 目と鼻の先にあった蓮の顔も遠のいていく。

 慌てて手を伸ばすけど、その手は空を切るだけで。


 「ま、待って。蓮!」

 「噂は訂正しないよ。でも俺が好きなのは由亞だからそこは勘違いしないでね~」


 蓮は人懐こい子犬の顔で笑うとコテージを出て行ってしまった。

 その日から蓮は私たちのコテージに帰らなくなった。



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