1.2回目の異世界召喚(1)
2章が完成したので連載再開です。
1章を経た由亞なので性格が少し変わっていたり変わらない部分もあったりって感じです。
「はぁ。ふぁいあく」
時刻は7時半。私は睡魔と格闘しながら手首に包帯を巻いていた。
なにが悲しくてこんな中二病みたいなことをしなくてはいけないのか。
「はぁ」
ため息はすでに100回を越えている。
結局、謎のタトゥーは消えなかった。努力の果てに得たものは眠気と肌荒れと精神的疲労の不要三点セットだ。
「ほんと、なんなのよこれ…」
包帯の下に隠れたタトゥーを睨む。
昨日までの私ならきっとこのタトゥーを喜んでいた。
身に覚えのない謎の模様は物語に登場する主人公に現われがちだ。ついに私は自分だけの「特別」を得られるかもしれない!と。
だが実際は全くうれしくなかった。むしろ要らない。消えて欲しい。自分でも不思議に思う。
「まぁ見つかったら先生に怒られるし。うれしいわけがないか。はぁ」
「な~に朝からため息ついて…あらぁ? 秘められし力にでも目覚めた?」
「…む」
そんなとき頭上で聞こえたのはガサついた声。
わざわざ顔を上げなくてもわかる。
「違うよ。母さんはまたオールでカラオケ?」
「そ。歌ってストレス発散しないとやってらんないからね~」
「で、一睡もしないで学校でしょ。体壊すよ」
「うるっせー。好きに生きさせろ~」
ギャハハという笑い声が遠のいていきドアが閉る音がする。出勤したのだろう。いてもうるさいだけなので出て行ってくれて感謝しかない。
あれで日中は教師をしているのだから、我が母ながら化け物だ。
「まあ、由亞さん! お怪我をしたのですか!?」
「お、お母様…」
だけどお母様は適当にはあしらえない。
新たに現われた声に顔を上げれば案の定、おっとり美人な顔が真っ青になっていた。
「えっと、怪我はしてないよ。…ちょっと秘められし力が目覚めたというか」
タトゥーのことを話せばお母様は卒倒しかねない。不服だが母さんの中二病説にのっかる。
しかし私は箱入りお母様の純真さを舐めていた。
「そ、そんな…。今日は終業式ですよね。午後は一緒にお祓いに行きましょう!」
「……。」
お祓いなんて行ったところで神主さんが困るだけだ。どうにか誤魔化そうと目を泳がせれば、つけっぱなしのテレビが目に入る。
「…えっと。あの女優さん、また結婚したんだね。旦那さん6人めだっけ…」
「そうですねぇ、多重婚の主流は3対1ですから。珍しいかもしれません」
「ですよね。あ、もうこんな時間。学校行かなくちゃ」
「あ! 由亞さんっ」
「いってきます~」
リュックを背負って逃げるように家を出る。
罪悪感がチクりと胸を刺したのはお祓い話から逃げたのも理由の一つだけど、お母様本人から逃げた気持ちもあるからだ。
うちは近頃珍しい一夫一妻の家庭だった。そこについこの間お母様が増えた。別に彼女のことは嫌いではないけど正直慣れなくて今日のように逃げることは多々ある。
「はぁ。ダメだな、私」
こんなだから私は「特別」になれない。蓮なんてお母様とすぐに打ち解けたのに。
鬱々とそんなことを思っていたからだろうか。
「おっはよ~」
「わっ」
目の前に突然大きな手が現われた。条件反射でハイタッチをすれば楽しげな笑い声が降ってくる。
…こんなことをしてくるのは彼しかいない。
「蓮……」
思った通り。そこには人懐こい子犬の顔で笑う蓮がいた。
「あはは。朝から眉間に皺が寄ってるぞ~」
「つつかないで。誰のせいだと…」
「俺!」
「はぁ」
これ見よがしにため息をついて見せれば、蓮が冷たいよぉと瞳を潤ませる。
「っふふ」
「っ!」
それがおかしくてつい笑っていて、…そんな自分に驚いた。
私の心は今、驚くほどに穏やかだった。
蓮は「特別」で、私は彼に依存している。嫉妬も羨望も憧憬も感情の全てを蓮と恵に向けていた。その後ろめたさから彼と話すときはいつも心が荒んでいたのに、今はこの「普通」の「友達」のやり取りを楽しんでいた。むしろ望んでいる…?
なぜだろう。思った瞬間、チリッと左手首が痛んだ。
「痛っ」
「お~」
反射的に手首を押さえれば、全く同じタイミングで蓮も自分の右手首を押さえていた。押さえる左手の隙間からは瑠璃色のリストバンドが見える。
「…リストバンド、珍しいね」
なんとなく質問していた。
昔は圧迫される感じが嫌だと言ってつけなかったのに、心境の変化だろうか。
「もしかして彼女からのプレゼン…ぅ」
そしたら言い終える前に額をはじかれた。
非難を隠さず睨むが加害者はシクシク嘘泣き中。泣きたいのはこっちですけど。
「悲しいことに俺は年齢=彼女いない歴なんですぅ。いじめないでくださいー」
「だとしてもデコピンはひどい。痛かった」
「えーん。…まあ由亞になら話してもいいかぁ」
「いや、急になんの話?」
「これ見て」
「…?」
目の前に突き出されたのは蓮の右手だ。
話の流れがまるでわからない。日に焼けた褐色の腕は筋肉質で男らしいと思うが、だからなんだという話だ。
目で訴えれば蓮がウインクと共にリストバンドを外した。
そんな彼の右手首には白いツタのタトゥーが入っていて…
当然、唖然とする。
「…わ、私と同じ」
「え。マジ?」
急いで包帯を取り両手首のタトゥーと手の甲の「1」を見せる。
さすがに予想外だったのか蓮が瞠目する。
「…手の甲の「1」は俺もあるよ」
「あ…」
そういえば蓮は右手の甲に大きな絆創膏を貼っていた。怪我をしたとばかり思っていたが、あれでタトゥーを隠していたのだ。
「リストバンドと絆創膏。…すごい。私は考えつかなかった」
「うん、俺も包帯は盲点だったよ。とうとう由亞が中二病に目覚めたかーって思っただけで全く…あたた」
こういうところが蓮は「特別」だとこじつけのように思っていれば真顔で馬鹿にされたので普通に自己嫌悪より怒りが勝った。
「もー。無言で髪引っ張るなよぉ。腕引っ張ってくるから期待したのに俺を屈ませるためだったとか。心が傷ついたー。責任取れー」
「蓮も朝起きたらタトゥーがあったの? 洗っても取れなかった?」
「うわ。今度は由亞が無視する番ってこと? まあ俺もやられたらやり返す方だけどさ~」
「いいから答えて」
「そうだよ。朝起きたら身に覚えのないタトゥーがあってなにをやっても取れませんでした~」
いったいどういうことだろう。
蓮は私と全く同じだった。…まあ正確には色が違うし私はタトゥーが一つ多いけど、それ以外は同じだ。
「これ、なんだと思う?」
「さぁね~。さすがの俺もわかんない」
大げさに肩を下げて、蓮は右腕にリストバンドをつける。
「由亞も包帯巻き直したら? 次曲がったら大通りだよ」
「はっ」
指摘されて気づく。次の角を曲がった先にある大通りはこの時間帯登校中の学生で溢れかえっている。万が一にもクラスメイトにタトゥーを見られれば私の人生は終わりだ。
慌てて包帯を巻く…が、焦れば焦るほどうまくいかないのが私という生き物で……。
「あぁぁ。どうして弛むの~?」
「由亞って不器用だよなぁ」
「うぅぅぅ」
哀れみの視線が痛い。悔しい。
「立ち止まれば成功するもん」
「かわいい言い訳だね~。ん? なんで俺に包帯を押しつけるのかな~?」
「バスケットボール部エースの底力を見せて」
「あはは。今日の由亞を見てると昔を思い出すよ。好・き☆」
「鳥肌が立った…」
「あはっ。じゃあ鳥肌が消えるまで撫でてあげる」
「いだだ。摩擦で焼けるっ」
そのまま角を曲がるまで私は蓮と「普通」の「友達」のようにふざけあっていた。
それは今までの私では考えられないことで本当に自分でも不思議に思う。私の知らないうちに蓮に向ける感情が変化したとしか思えない。個人的にはうれしい変化だ。
…もちろんそれは勘違いで私は何一つ変わらないのだとすぐに気づくのだが。
「蓮~。おっはよ~」
「おっすー。羽場ぁ」
「おー。おはよ~。2人とも朝から元気だな~」
角を曲がってすぐのことだ。
栗原さんと藤木君――カースト上位組が蓮の元にやってきた。
溢れ出る青春謳歌オーラが眩しい。即座に一歩後退し存在感を消す。だけどそれは失敗に終わった。
「あれ! 月城さんもいる~!? おはっよ~」
「お、はよう。ハハ…」
栗原さんに気づかれた。仲の良い友達のように笑いかけてくるがその目はとても冷めたい。「邪魔」という感情がひしひしと伝わる。胃が痛い。
半歩後退すれば蓮がさりげなく私を背に隠した。
相変わらず気が利く蓮に心の中で感謝する。しかし今回ばかりは悪手だった。
「む? むむむ~? なんだぁ今の動きぃ? 怪しい。さては羽場と月城サンって付き合ってる~!?」
「っ!?」
…ゴシップ大好きの藤木君に見られていた。
にやにや笑って実に楽しそうである。顔面に鳥の糞が落ちればいいのに。栗原さんの視線がさらに痛い。
「えっと、違うよ。羽場君とは偶然会っただけ」
「月城さんはこう言ってますが、どうなんですか羽場く~ん!」
「……ぴえん。俺、こういう話苦手なのに。藤木がいじめる。え~ん」
「わわわ。羽場ぁ、嘘泣きするなよ。オレが泣かせたみたいじゃんかー」
「いや、嘘泣きって。ふふっ。まあ蓮は恋人つくらない主義だし、それ以前に月城さんはないか」
3人だけの世界ができあがった瞬間を私は見逃さなかった。
歩く速度を徐々に落とし、輪から抜け、そっと電柱の陰に隠れる。
こっそりと顔を出せば3人は私が消えたことに気づいておらず、和気藹々と学校に向かっていた。蓮もいつも通りに笑っている。
そのことにほっと安堵の息を漏らすと同時に、…やっぱり私は「特別」が欲しいと思ってしまう。
ついさっきまで私と蓮は楽しく登校していたのに、彼の「隣」に私の席はもうない。
歩き出す私は一人きりで、のろのろ動くのは3人に追いつかないようにするため。
蓮の「隣」を我が物顔で歩く彼らを羨ましく思って、私がいなくても楽しそうな蓮に少し拗ねた気持ちになって、そんな自分が嫌でたまらない。距離を取ったのは私なのに。これは仕方がないことなのに。
やっぱり私はなにも変わらない。幼なじみに依存している。早く自分だけの「特別」が欲しい。蓮と恵から卒業したい。
「…危ない」
「わ」
そんなことを思っていれば唐突に腕を引っ張られた。普通に驚いたけど、直後に真横を自転車が通り過ぎていったのでさらに驚いた。一歩でも遅ければ自転車にひかれていた。
だけど私の驚きはさらに更新される。
「ありが…え、めぐ」
「ぼーっとしてる。寝不足」
「え、めぐ…むぐっ」
そこにいたのは不機嫌そうな恵で、助けてくれただけでも驚きなのに朝から珍しく登校していて、その左手にはリストバンドと絆創膏が貼られていて、なぜかミントキャンディーを口に押し込まれて……
「驚きと情報量が供給過多すぎる。なんで私が寝不足だって気づいたの?」
小さくなっていく彼の背中を見つめながら呟くことしかできない。
口の中がスースーする。
とりあえず思うことは、恵もすれ違う人たちから熱い視線を送られていて、そんな恵に助けてもらえて私はうれしくて自慢したくて誇らしくて、そんな自分が嫌で、やっぱり私は「特別」が欲しいということだった。
「はぁ」
考えても仕方がない。
とにかく今は学校に急ごう。
雑念を振り払うように私は歩みを早めた。
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