第9章 佐野アウトレットが佐野ラーメン
2日目の行程は、佐野アウトレットでショッピングと昼食を取った後は東京に戻るのみ。 若い女の子でもいるのならショッピングも有りだが、こんな酔っ払いばかりで行って何をするんだろう・・・
ホテルを出ると、バスの脇にお約束の地元農家のおばちゃんの姿があった。 自家栽培の野菜を売っているのだ。 ホテルでお世話になった仲居さんが「買ってあげて下さい」と言うので井川をはじめ何人かが舞茸などの名産品を買って行った。
マイペースでわがままな井川だが、こういう所は妙に義理難い。
バスに乗ると、一路佐野へ向かってホテルを後にした。 今日も天気は最高にいい。 走りだして間もなくすると、井川のわがままが始まった。
「いけねえ!氷貰ってくるのを忘れたよ。 日下部!氷買って来い」
良介は仕方なくバスの運転手にコンビニがあったら泊まってくれるように頼んだ。 すぐにコンビニが見つかると、良介はバスを降りて氷を買いに走った。
「この氷は高いですよ」
「OK!これど思う存分飲めるぞ」
バスが関越から北関東自動車道に入るとすぐに停車命令が出た。
「えっ? 早すぎない?」
バスの運転手に次のサービスエリアに止まるようお願いすると、運転手は高速を降りて一般道に入るとしばらくトイレに行けないのでちょうどいいでしょうと快く応じてくれた。
再びバスが走り出すと、井川から今度は昼食についての注文が出た。
「せっかく佐野い行くなら佐野ラーメンが食いたいなあ」
すると、宇都宮にいる竹山と、佐野が地元の山瀬が佐野ラーメンならうまいところを知っているといった。 元西武ライオンズの小関選手の父親がやっているラーメン屋で“万里”がいいというのだ。 駐車場もあるというので、井川はすっかりそこへ行く気になっている。 そうなると行動が早いのもせっかちなおじさんの特徴で、山瀬が前の席まで来て道案内を買って出た。
突然の予定変更に、運転手は「えっ?アウトレットには行かないんですか?」とうろたえた。 しかし、1日付き合ってこういう行動にも慣れていたせいで臨機応変に対応してくれた。
「そうと決まったら、ラーメン代を稼ぎますか」
良介が提案すると、「待ってました」とばかりに全員手を挙げた。 さすがにこの日は宴会席から最前列の席に移って休んでいた八田も目を覚ましビンゴカードを購入した。
「よし!じゃあ、これで当ったヤツは運転手さんのラーメン代を持つんだぞ」
井川がそう言うと、間髪入れずに運転手が開けんだ。
「ごちそうさまです!」
結局、木暮が現金をゲットして運転手の分までラーメン代を出すことになったが、それでも、充分に儲けがあった。
さすがに有名店だけあって、開店前だというのに既に並んでいる人がいる。 駐車場にバスを止めると、運転手を含めた15人の団体が並んだものだから、あっという間に長蛇の列になった。 まだ、店員さえ見せに来ておらず、店の中は本当に営業しているのかさえ怪しいように真っ暗だった。
並んでいる間に井川はタバコを吸いながら、店の中を観察している。 外見が意外とおんぼろで小さな店だったので全員入れるのかどうかが不安だったらしい。 そうこうしているうちに店員が店のドアを開けて客を中に招き入れた。
店の女将も、良介達の団体を認識していたようで、先い並んでいた客を適当に散らすと、小林商事の酔っ払い御一行様を座敷の席に誘導してくれた。
席に着くや否や、井川はラーメンが出来るまで時間がかかるだろうと後ろに並んでいる客をかき分けてタバコを吸いに店の外に出て行った。
最初の10人分のラーメンができた頃、井川が店に戻ると並んでいる客に「順番守れ」などと文句を言われながらも「順番なら俺の方が先だ」と言わんばかりに順番待ちの客をかき分けて座敷に上がり込んできた。
「は~ら、言ったとおりじゃないか」
今朝の朝食が8時だったことを考えると11時の時点で腹が減っているわけもなく、いくら有名店のラーメンだとは言え、食欲が出るのかというのに“?マーク”が付いたのは良介だけではなかった。 良介自身、いや、小林商事の社員は九州の出身者が多かったので、基本的にはとんこつラーメンをラーメンの王道と確信している連中が多かった。 しょうゆベースのラーメンなど、鼻からバカにしている面々だけに、「佐野ラーメンがナンボのもんじゃ」的な感覚だった。
ところが、実際に食べてみると、これが途方もなく美味いのだ。 特に、とろけるようなチャーシューはまさに絶品だった。 良介はスープまで一滴残らず飲み干すほど一気にたいらげた。 「腹いっぱいだから食えねえよ」と言っていた連中のほとんどが完食するほど美味いラーメンだった。
ラーメンを食べ終わったのがまだ11時をちょっと過ぎた頃。 それじゃあ、今からアウトレットに行くかというと、それも気乗りしない。 運転手が言うには、今日はバーゲンセールをやっているらしく、アウトレット渋滞が半端じゃないかもしれないというのだ。
それを聞いたら益々行く気がしなくなった。
「山瀬さん、佐野大社ってここから近いのかい?」
井川が得意の気まぐれで佐野が地元の山瀬に聞いた。
「ああ、車なら10分くらいで行けるかな・・・」
「よしっ! じゃあ、佐野大社に行くぞ!」
「佐野大社じゃなくて、佐野厄除け大師ね」
「おう!大社か大師か知らねえけどそこ行くぞ」
こうして佐野アウトレットの予定が佐野ラーメンから厄除け大師に変更になってしまった。




