第2章 いきなり宴会
会長、井川の号令でバスが発車すると同時にバスのあちこちから“プシュー”という缶ビールのプルトップを開ける音が鳴り響いた。
早速、バス後方のサロン席を中心に宴会が始まった。
『やれ、やれ!やっぱりこうなるか・・・』
良介が勤める小林商事では数年前まで毎年社員旅行を実施していた。 ところが、景気が下降するとともに、いつの間にか消滅してしまっていた。
井川はその当時、他の系列会社にいたため、こういった旅行を経験したことがなかった。
小林商事に転籍してから、酒の席でそういった話を聞き、是非とも社員旅行を復活させようと立ち上げたのが“たま遊会”だった。
“たま遊会”は井川の一声で、それに志を同じくする社員が集まって出来た会なのである。
まず、当時、幹事を務め、今でも飲み会や社員の誕生日会、ボウリング大会などの“遊び”の企画を自ら立てて実行している良介を幹事に抜擢し経理部の石山を会計、良介と同じ商品開発部の中川を良介の補佐役として副幹事に任命した。
こうして、“たま遊会”の活動が始まった。 そして、この会を“たま遊会”と命名したのは良介だった。
良介は幹事だったので、運転手の後ろの席に座った。 酒を飲めない竹内と江藤も前の方の座席に着いた。
竹山も今回初参加になる。 酒こそ飲めないが、宴会席の連中との会話に絡んでそれなりに宴会に加わった。
江藤はマイペースで車窓の景色を楽しんだり、車内の様子を写真に撮ったりして楽しんでいた。
高速に入ってしばらくは順調に走っていたが、事故現場付近に近付くと次第に渋滞してきた。 しかし、事故発生から数時間たっていたので思ったほどの渋滞ではなく、左手に事故現場を見ながらその場を通り過ぎると再びスムーズに流れ始めた。
そう思った瞬間、後から誰かが叫んだ。
「幹事! 止めてくれ! おしっこ!」
「もう? はやいよ!」
良介はそう思いながらも運転手に次のサービスエリアに入るよう頼んだ。
「まあ、いいや。 俺もちょっと一服したかったところだし・・・」
良介は集合時間を告げてバスから降りると、一応トイレに行き喫煙所に向かった。
すると、井川、秋元、小暮、名取がいた。 今回の14名のメンバーの内、タバコを吸う5人が見事に集まった。 当然宿でもこの5人が同室になる。
「バスに戻ったらお土産代でも稼ぎますか?」
良介が提案すると、小暮が賛成した。
「ビンゴですね。 そう言えば、いて座はこの2日間金運がいいんですよね。 日下部さんがそう言ってたんでボクも占い見ちゃいましたよ」
「前回はボクが一発目とりましたからね」
そう言って名取も良介の提案に賛成した。
「そうか、じゃあ行くか。 俺はちょっとトイレ行ってくるから」
井川はそう言ってトイレの方に歩いて行った。
バスに戻ると程なく他のメンバーも戻ってきた。 たばこを吸ってからトイレに向かった井川だけがなかなか戻ってこなかった。
「さあ、時間だから出発しよう」
井川がまだ戻ってないことを承知で加東が運転手に言った。 運転手は一応バスにいる人数を確認した。
「あと一人ですね」
「またあのおっさんか?」
竹山がそう言うと、運転手は苦笑いしながらトイレの方に目をやった。
そして、悠々と歩いて来る井川の姿を確認し、運転席に着いた。 すると、井川はバスの前を通り過ぎ、隣のバスに乗ろうとしている。
「おい、おい、おっさんどこ行くんだ?」
窓から様子をうかがっていた加東がそう言って窓を開けると井川に向って叫んだ。
「ダメだよ。 よその女の子に着いて行っちゃあ」
その声にハッとした井川は慌てて引き返してきた。
「いや~、悪い悪い! つい可愛子ちゃんがいたから。 みんな揃ってるか? 点呼!」
「もうお揃いです」
井川は運転手にそう言われ、ちらっと運転手の方を見ながらすごすごと席に戻っていった。




