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かみがみ拾遺譚~掉尾の物語~  作者: 真上犬太
掉尾の一、拾い集める者
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8、平穏な道

 いら立ちしかなった。

 こんな無駄をしなくてはならない、こんな愚かな真似をしなくてはならない。

 その原因を、憎まずにいられなかった。


「閣下、手配りが、滞りなく完了いたしました」


 側仕えのものが囁くように告げ、いら立ちを吐き出して、理解したことを告げる。

 それから、その背後に侍っている黒い影を見た。

 薄気味の悪い、顔も見せないもの。

 いや、そもそもそいつに『顔』はなかった。

 無貌の、白い仮面。


「失態は許さんぞ。次こそは」

『かしこまりました』


 ひずんだ声が、仮面越しに答える。

 ここには、こいつと側仕えの者しかいない。屋敷の奥まった場所、私室の陰に隠れた密会用の部屋だ。

 それでも、こんな存在を迎え入れている自分に、腹が立った。


「犬一匹に芸を仕込むのに、十年はかかる。次の十年を、あの愚かな女王が待てるとは思えん。いや、待つ間もなく、退位してもらわねばならん」


 だからこそ、あの忌々しい調印式は阻止しなくてはならない。

 

「下がれ。吉報以外持ち帰るな」

『では』


 下郎が消えると、彼は少し気を緩め、それから部下に振り返った。


「エファレアからの客人は」

「もう間もなくと」

「いい加減、この国にも、ふさわしい箔が必要だ。丁重にお出迎えせよ」


 女王は頑なで、奇矯な考えを振り回して、この国を壟断して来た。

 いい加減、その報いを受けるべき時だ。


「フルグリットの女狐め、貴様の治世もこれきりと知れ」


 長い間、育てた憎悪を吐き出す。

 それは見えない毒霧のように、陰々として、狭い部屋に満ちわたっていった。



 仕立てられた馬車は、コボルトを乗せるものとしては、確実に上等な代物だった。

 屋根付きの車両は、内部に柔らかな座席が作られ、体の弱ったユネリのために、急ごしらえの寝床さえ整えていた。


「加減はどうだ?」


 尋ねるカーヤに、村長の青年は緊張した顔で頷く。ユネリの方も、寝床で目をつぶり、小声で安楽であると告げてきた。

 いつも一緒だった、イフの姿はここにはない。

 彼女は別行動をとるために、出発の前日から姿を消している。


「――何か異常はあるか?」


 窓から顔を出し、御者台に声を掛ける。手綱を握った兵士は、周囲の森林をゆっくりと見回して、返答する。


「問題ありません。もうしばらくすると、川岸につきます。そこで昼餉ひるげということになっていましたが、どうされますか?」

「到着に遅れは出ないか?」

「ここまで順調でしたので、問題はないかと」


 カーヤは客人の二人を確認し、頷く。

 たった一日程度の旅程だが、それでも慣れない行為には疲労が付きまとう。特に、体に負担を掛けられない者を連れている。


「よし、休憩にしよう。予定通りで頼む」


 そのまま、馬車は川岸近くに止まり、護衛の騎士たちが警護のため斥候として放たれていく。その間、カーヤは自ら昼の用意を始めた。

 干し肉と野草、それからあらかじめ練っておいてもらった百合根の団子を、中に入れる。

 馴染みのない料理だったが、村長の助言で、どうにか形にできた。


「ほら、ばあちゃ、飯だ」


 すでに口も萎えかけているため、団子ではなく、堅パンを浸した汁を与えている。それでも彼女は、しきりに団子を欲しいと言った。


「……村長、私のを」

「駄目だ。ばあちゃ、もう、食い切れん。でかい塊、喉、詰まらす」

「では、なるたけ小さくしては?」


 提案しつつ、カーヤは丁寧に団子を切りつぶして、指先ほどの大きさにした。

 それから、匙に乗せて、口元に運んでやる。


「んまい……うまいなあ」


 村長は短く礼を言い、小さな塊を食べさせることに終始した。

 食事の間、変事は起こらなかった。



「ところで、紫の騎士殿は、なぜこの地に?」


 午後の道行は、カーヤが打綱を取ることにした。守りの騎士たちの負担を減らしたかったのもあるし、馬車の中が退屈だったのもある。

 フルグリットの騎士たちは、思いのほか気のいい連中ばかりだった。


「昔、魔王軍との戦いの折、アクスル卿と知り合う機会がありまして。その折に、貴国の美しさや歴史ある建物の話を聞き、いつかこの目にしたいと」

「魔王軍……まさか、その、従軍経験が?」

「いえ。私は焼け出された孤児で、勇者軍の詰める砦に、保護されていたのです」


 それから問わず語りに、その当時のことを思い出せる限り話して聞かせた。


「アクスル卿も、あの恐ろしい戦いを生き延びたことを、よく話してくださいました。空を舞う魔王の居城。銀の太矢にて敵地に乗り込んでいった、勇者とその仲間たち」

「私の養父の友人、プフリア卿も、その時のことをよく話してくださいました」

「そして魔王は倒され……」

 

 そこまで口にして、騎士はけげんな顔をした。


「そうです。物語はいつもここで終わるのです。無論、それで全てのはず、なのですが」

「カーヤ殿……その、詩に語られた勇者ユーリは……その後どうなされたのですか?」


 その問いかけに、女騎士は目を閉じ、ほろ苦く笑った。


「彼の勇者は帰還された。『神去』あるいは『チキュウ』と呼ばれる、彼らの世界に」

「……話には聞いていましたが、まさか本当にそのようなことが」

「当時はまだ幼く、これも伝聞をそのまま口にしているだけ。質問はご容赦ください」


 それに、自分にとって件の勇者などは、どうでもよかった。

 最後に残された『二人の勇者』。

 そのうちの一人、生き残った彼の存在を、語る者はいなくなっていた。

 魔王軍との戦いでは、それでも親しい者として、語る口もあったはずなのに。


『その名は、もう口にするな。道は永久に、分かたれたのだ』


 父親は、絶望と諦観の狭間で告げた。


『これは彼らが望んだ事でもある。私から言えることは、それだけだ』


 騎士団総領は、余りにも冷たい顔で、若き騎士の抗議をはねつけた。

 エルフの古老も、ドワーフの長老たちも、誰もが口をつぐんだ。

 その中で、ただ一人。


『大丈夫。わたしが覚えてる。わたしは忘れないよ。だから』


 異形の魔術師、姉妹同然に接してくれた彼女だけは、違っていた。


『いつか探しに行こう。わたしたちが知っている、優しい彼の、旅の足跡を』

 

 約束通り、カーヤはイフに導かれて、この地にやってきた。

 藪に覆われ、草に消えかかったか細い道をたどるように。


「騎士殿、そろそろ谷に差し掛かります。ここからは御者を変わりますので」

「はい。警戒はこちらで」


 物思いから覚めると、カーヤは馬車から降り、次第に狭くなっていく峡谷への入り口を進んでいく。

 その時、近くの崖から、鳥たちが羽ばたき、一同は身構えた。


「……異常はない、ようですね」

「そうですね」


 結局、緊張を強いる出来事はそれだけだった。

 馬車は峡谷を通り過ぎ、無事に先を急いだ。



 ゆっくりと日が陰り、長い道の果てに、ガイ・ストラウムの都の輪郭が見え始めた。

 王都への入城は、明日に予定されている。

 一行は途中の村で宿を取り、明日に備えることになっていた。


「皆様、ご苦労様でした。モラニアの女王は良き人材に恵まれておられる」


 酒杯を掲げてカーヤが告げると、彼らは笑顔で応じ、やや渋い顔で付け加えた。


「とはいえ、我らにできるのはここまで。エファレアより来た『主家』づらの連中には、力が及びません」


 元々、モラニア三国は、エファレア本土の王統の末裔であり、今は独立しているが、名目上の主家として、何かと圧を掛けてきていた。

 今回、入場が明日に予定されているのも、調印式の後見人として、エファレアやってきた使者を迎賓しているからだ。


「リィル女王も難儀なことですね。王政派と大陸派の仲立ちとは」

「ええ。いい加減、大陸の連中にはうんざりですよ。この調子では『駐屯税』まで復活させられかねん」

「我々は立派な大人だ。いつまでも『貴族の三男坊』扱いでは、腹に据えかねるというものだ、まったく」

 

 女王の政治基盤は、そうした大陸の権力から離脱したい貴族たちに支えられている。

 対する大陸派は、エファレアという広大な土地から得られる穀類を背景に、経済支配をもくろんでいた。


「そういえば、今回のコボルト融和に対する後見人、という態度は名目上で、例の教会勢力を送り込む口実にするとか」

「ああ、例のカード魔術を盾に、国教として認めろという奴か。"愛乱教派"どもめ……」


 現在、この世界でもっとも強固な信仰の基盤を持つのは、"愛乱の君"の信徒たちだ。

 魔王討伐後、新たな遊戯の形として提案された、『決闘デュエル』。

 その決闘に使われるカードは、この星における新たな力だった。

 教会はカードの製造、売買をその手に握り、実質上の支配者として、勢力を伸ばしつつあった。


「すでにエファレアの連中も、抱き込まれていると聞く。女王はなんとしても、連中の勢いを削いでおきたい形だ」

「他の神の信仰を立てることで、連中に牽制する国も多いと聞くが……女王は多神の在り様を認めているからな」


 実際、ガイ・ストラウムにはいくつもの神殿が立ち、それぞれが独立した身分を許されている。カニラ・ファラーダの社殿も、そういう神殿のひとつだった。


「さて、そろそろ見回りの交代だな」

「では私も」

「いやいや、紫の騎士殿はおやすみください。明日の調印式が本番ですので」

「そうだよ。今日はわたしの分まで、がんばってくれたんでしょ」


 いつの間にか、扉を抜けてイフがやってきていた。二日ぶりに見たが、変わったところは無いようだった。


「イフ姉、そっちは?」

「問題ないよ。世はなべて、こともなしだね」

「……おつかれ」


 その言葉を受けて、彼女はカーヤの隣に座り、頭を預ける。

 そして、何も言わずに、眠り始めた。


「魔術師殿は、お疲れのようですね」

「このまま寝床に運ぶので、後をお願いしても?」

「無論です」


 その身体を抱き上げ、寝室へと運ぶ。

 思う以上に軽い感触に、もう少し食べさせた方がいいかも、と思えた。

 その指先や、服の内側に隠された、決して浅くないが、すでに癒えつつある戦いの痕跡があった。


「本当に、おつかれさま」



 暗い私室で、毒の気配が濃くなった。

 報告を受けて、頭を抱える。

 暗殺に長けたという、裏の者ども。『影以』と呼ばれる連中も含め、数十人掛かりで、事に当たったはずだ。

 それが、一日を待たずに、死滅したという。

 異形とは言え、たった一人の魔術師に。

 ありったけの私財を投じて、確実に神殿に目を付けられるのを覚悟で、横流しされたカードさえ積み上げたというのに。


「いかがされますか」

「……エファレアの、リープス家の力を借りるよりほかあるまい」


 本当は、そんなことに彼らの影響力を使いたくはなかった。今回はあくまで、利権の拡大のための、対等な関係として、連中を招き入れるつもりだった。

 しかし、コボルトの受け入れを阻止させるための口実を用意させるなら、足元を見られるのは必定だった。


「だが、ただ破れるよりはましだ」


 すでに掛け金は上限まで積み上がっている。ここで降りるわけにはいかない。

 まずは忌まわしいコボルトを踏みつぶし、然る後、女王を追い落とす。

 勢い込む男は、自らの選択を省みることができない。

 それが、人生の帳簿を焦げ付かせているということに、気づくこともなかった。


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