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かみがみ拾遺譚~掉尾の物語~  作者: 真上犬太
掉尾の一、拾い集める者
8/24

7、あたたかな村

 フルグリット侯家のコボルト居留地は、山を背にした丘陵の土地に定められていた。

 二十年前、この付近は岩と瓦礫の土地であり、とても人の住む場所ではないと見捨てられていた場所だった。

 今や、そこは緑成す牧草が広がる土地となっている。


「奴ら、どんどん土地に手を加えていきましてね。よく働く上に、子だくさんだ。その代わり、入れ替わりも激しいですが」


 案内してくれた兵士は、皮肉とある種の親しみを込めて評した。

 ここで暮らすコボルトの、おもな産業は牧羊だ。牧童にして牧羊犬、というのはなんとも言い難い独特の味があるが、彼らはそれを受け入れているらしい。


「彼らは土地の手入れにも、才覚があったみたいだね」

「いいなあ、この土。ケデナじゃ、こういう土が作りにくいんだ。持って帰りたい」


 馬車から降り、土の吟味をしていたカーヤが、羨ましげにつぶやく。

 魔法による土壌改善は、一時的な効果は認められても、長期的には効果が途切れてしまい、荒れ地に戻ってしまうことがほとんどだ。

 定期的な施肥や土の入れ替えなど、昔ながらのやり方が必要だった。

 

「それにしても、本当にコボルトばかりだね」


 明るい日差しの下、野良で働いている姿が見える。おそらく、自分たちで食べる分の野菜を作っている畑では、雑草取りや、次の作付けのために土を起こしている姿がある。

 牧草を刈り取り、荷車で運ぶ者たち。

 肥料にするために、羊たちの糞を集めていく者たち。

 畑の端では、子供の面倒を見る女たちが敷物に座り、毛玉から糸を紡いでいる。

 その周りではしゃぎ、声を上げ、おもちゃを振り回しては、じゃれ合う子供たち。

 どこかで、誰かが歌っている。

 それに合わせて、また別の誰かが歌う。

 風にそよぐ牧草のささやきと、遠吠えのようなコボルトの声が、相和して流れた。


「……イフ姉」

「うん」

「幸せそうだ」

「……そうだね」


 カーヤは顔をぬぐい、そのまま歩きだしていく。その後について歩くイフは、奇妙なものを見かけた。

 子供たちの遊ぶ辺り、女たちのすぐそばに、二本の棒のようなものを立て掛けたものが置かれていた。

 その下には素焼きの器があり、白っぽい丸いものが盛られている。


「すみません。少し、お話をよろしいですか?」


 糸を紡いでいた手を休めたコボルトの母親は、寄りかかる子供を撫でつつ、頷いた。


「これは農具か何かですか?」

「『ナガユビ』だ」

「……ナガユビ?」

「猟、使う道具。勢子、熊、鹿、追う道具。見習い、使う奴だ」


 長い棒の先には、何かをひっかけるために使う金具があり、一応武器として使えなくはない。とはいえ、コボルトの体格では、気休め程度だろう。

 その下に置かれていたのは、どうやら団子らしい。

 イフの視線に母親は笑い、一つ取って差し出した。


「ほれ」

「い、いただきます」


 すでに表面が乾いていたそれは、とても美味しいとは言えない。とはいえ、独特の味わいがあり、噛んでいくと、小麦のそれとは違うことに気づく。


「これは、何で作っているんですか?」

「百合根。供える。ナガユビに」

「……どうして?」

「知らねえ。ずっとそうだ。ナガユビ、団子、供える」


 それは素朴で、単純な答えだった。

 魔除けか、子供らの安全か、猟の成功かは分からないが、そうした何かを祈り、続けられてきた儀式なのだろう。


「どこのコボルトも、やっているんですか?」

「ああ。森のも、谷向こうも、みなそうだ」

「イフ姉、どうかした?」


 こちらが付いてこないことを心配した友人が、不思議そうな顔を向ける。

 イフは改めて草原と畑を見渡し、休憩場所や作業場に、同じ印を認めた。


「なんでもないよ。さあ、村長の所に行こう」

「ところで、なに食べてたの?」

「食え」


 ぬっと差し出される団子に、カーヤが戸惑い、受け取って口に含む。

 微妙な食感に苦笑しつつ、礼を言って歩きだす。


「美味しかった?」

「出来立てを食べたい」

「思った。わたしも」

「あとね」


 彼女は一瞬、遠い目をして、西の方へ顔を向けた。


「ツチツチ、食べたくなったよ」



 村長の家は、コボルトの集落でもかなり立派な造りになっていた。

 他の家が、開墾時に掘り出した石を基礎に使っているのに対し、こちらは研磨し、形を整えたものを壁に使っている。


「こんにちは。長旅、お疲れ、でしょう」


 おそらく、十代になったばかりの若い雄だ。言葉遣いをできるだけ人に合わせ、長として歓待しようとする意志を見せていた。


「無理はなさらないでください。コボルトの口吻では、共通語は操りにくいはずです」

「……すまん。人、言葉、むつかしい。無礼、許せ」

「そちらの方は?」


 彼のすぐそばで、椅子に腰かけたもう一人のコボルトが、こちらを見ている。毛皮がだいぶよれて、加齢の兆候が見えている。


「ばあちゃ、挨拶だ」

「……ユネリ、よろしく」


 共通語は操りなれていないのだろう。朴訥なコボルト訛りがきつく出ている。


「ばあちゃ、村、拓いた時、ずっとだ。長、少しやった」

「失礼ですが、お歳は?」

「二十と、三。長生き、同じ歳、もういない」


 コボルトの寿命は短いと聞いていたが、その実情を見せつけられ、二人は言葉を継げなかった。

 

『その代わり、入れ替わりも激しいですが』


 おそらく、この村を巡回している兵士も実感しているのだろう。コボルトにとって、世界と関われる時間は、あまりにも短い。


「……その、ユネリさんも、式典に?」

「ああ。ばあちゃ、連れてく。行きたい、言った」

「コボルト……村、造る。頼まれた」


 それは頑ななほどの、強い言葉だった。それで済んだと言わんばかりに、目を閉じてしまう。それから、少し疲れたような息を吐いた。


「治療師や神官には、診せたのですか?」

「ああ。無理だ、言われた。老衰、治す、無理だ」

 

 このことを、女王は知っているのだろうか。いや、おそらく知っているからこそ、この村との契約を急ぎ、コボルトたちの願いを叶えるつもりなのだろう。

 いや、おそらくは『彼』の願いを。


「確実に、貴方は命を狙われます」


 ユネリが下がり、村長と対面したイフは切り出した。

 村長は驚いた様子もなく、頷く。


「市場、行った奴。嫌がらせ、された。最近、ずっと酷い。女王様、守り、出した。でも無理なとこ、一杯ある」

「他の集落はどうですか?」

「村、認められる。俺、最初のとこ。他、まだだ」

「先鞭を付けられれば反対しにくくなる。連中にとっても、正念場ってことか」


 それから、机に地図を広げ、王都までの道を確認していく。おそらく、フルグリット領内を出るまでは安全だ。そこから北上して白麗の都まで、おおよそ一日。

 この辺りは"知見者"の舗装もなく、待ち伏せを受けやすい森や林が点在している。


「しかも、無理をさせられないユネリさんもいるから、道中での荒事は避けたいね」

「こんなことなら、うちの騎士団から人を借りとくんだったな」

「紫の騎士の目から見て、奇襲をするならどこ?」


 すぐにカーヤは、崖沿いの道や両側を森で囲われた土地を指し示す。それに頷き、イフ自身も経験と感性に従って、暗殺ポイントを絞っていく。


「こんなところかな」

「……まさか、この全ての地点に、なんてこと、ないよね?」

「そう願いたいけど、相手の規模次第かな」


 それから、簡単な打ち合わせを行い、二人は村長宅を後にした。

 村の周囲には木で出来た防御柵があり、その周囲を軽装の兵士たちが見回りしている。

 そんな彼らにコボルトの一群が近づいて、何かを差しだしていた。


「……ああ、彼らの夕食か」


 幾分かほっとしたような声で、カーヤが呟く。王都での扱いを見た後で、この村の囲い地を見た時は、少なからず動揺していた。

 兵士たちもコボルトも、いつものこととして受け入れている。給仕をした幾人かは、その場に残って会話を楽しんでいるようだ。


「いい村だね」

「うん。そうだね」

「出発は三日後。その間に、できる限りをしよう」


 紅に染まり、紫の薄絹が空を覆ってく黄昏のひと時。

 二人はもう一度、あたたかな村を見回した。

 それから、振り返らずに、帰途についた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] そういえば魔王が逝去した今、他の魔族はどうなったんだろうなぁ。 争いの元が足りない資源の奪い合いだった以上、そこを何とかしないと結局は次の魔王が出てくるだけだと思うが。 復活した神々…
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