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かみがみ拾遺譚~掉尾の物語~  作者: 真上犬太
掉尾の一、拾い集める者
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5、しろがねの聲

 男は、うろたえていた。

 手渡されていたカードは五枚。そして部下に配布していたものも含めれば、十分に魔法使いなど、圧倒できるはずだった。

 それがまったく、見当違いの状況へ行ってしまっている。


「うぎゃああっ!?」

「な、なんだこ、ひぎいっ!」


 虚空を奔る銀色の穂先が、カードを手にした配下の腕を斬り飛ばしていく。破壊の呪文を合わせられる速度じゃない。あれは、対象の魔法道具に対して、視線を合わせられなければ機能しないのだ。


「散れ、散るんだ! いったん態勢を整え」


『烈火繚乱』


 少しひずんだような女魔法使いの声が、穂先から響く。逃げ出そうとしていた部下たちが爆炎でなぎ倒され、やけどを負って悲鳴を上げた。

 瞬きをする間もなく、部下たちは全滅した。


「な……なんなんだ、それは。カード? いや、違う……」


 猫のような顔をした異形の女魔法使いは、静かに杖を構え、こちらを睨んでくる。口調は丁寧だが、こもっている殺気は本物だ。


「こ、これでも喰らえ!」


 魔法道具を砕くカードを投げつけ、その力が手にした杖にぶち当たる。

 効果が発揮され、杖が消え去ったと思った、瞬間。


「な……!?」


 何事もなかったかのように、杖が構えられた。


「《破術の矢》、レアリティはエピック。エファレアの神殿で作られた、オリジナルのカード……そのカードを、貴方のような人が使っているのは、正直、腹立たしいです」

「な、なぜ壊れない!? いや、一度壊したのに!」

「分かりませんか? 力に振り回されて、本質を見ない人にとっては、確かに難しい問題かもしれませんね」


 舐めやがって。

 おそらく、あの魔道具には再生機能か、あるいは核になるものが存在する。もしくは、全体で一つの魔法具かもしれない。

 そして、何より問題なのが、あの穂先だ。


「い、一体、それはどんな魔法なんだ」

「時間稼ぎをしても無駄ですよ。どんなカードを使っても、それより早く、貴方の心臓を射貫きます」

「ち、違う! お、俺だって、元は魔法を志した者だ。知らないことを知ろうとして、悪いことがあるか!?」


 自分は確かに、魔法を探求する者として学院に通っていた。

 しかし、"愛乱の君"が主催するデュエル大会と、そこで配られるカードが、すべてをおかしくしてしまった。

 無詠唱、即時発動、そして威力は絶大。

 天変地異に等しい力を、長きにわたる儀式を要求させる効能を、たった一枚のカードが可能にすると知れた時、魔法の発展はほぼ死に体となった。

 すべてはカードが支配する時代となり、魔法使いや魔術師は、古い魔法を捨てた。

 だが、この女は。


「星が放ち、空が応え、地が木霊させる、諸元を顕す聲。その中で最も強く、偉大なる力である『竜の聲ドラゴンブレス』。それを操るのが、この小さき竜の牙エストラゴンです」

「り、竜種の聲を、扱う魔法具だと!? そんなものが実際に……」


 だが、目の前にあるのは、確かな事実だ。

 目で追えぬほどの飛翔物で敵を切り裂き、あまつさえ魔法の詠唱すら可能にする力。

 それを、こともなげに操ってみせた、異形の女。


「バ……バケモノめ!」

「はい。その通りです。わたしは、バケモノですから」


 静かに告げて、女は笑う。

 だが、分かっていたはずだ。この女と相対し、命を奪えと言ってきた者は、この状況を想定して、あんな強力な一枚を送ってきたのだから。


詠唱キャスト、《霧中の行軍》!」


 カードが霧を生み出し、男は走る。このカードはあらゆる攻撃を封じる。

 あの穂先はこちらに危害を加えられないし、視認できなければ魔法を投げつけることもできないはずだ。


「逃げても無駄ですよ。《霧中の行軍》の効果が切れたとき、エストラゴンの穂先が貴方を貫く」

「果たして、それはどうかな」


 男は、それほど遠ざからなかった。その代わりに、隠し続けてきた切り札を取り出す。


「お前もその魔道具も、すべて壊させてもらう! 顕現しろ《灰燼を食むもの ディハール》!」


 カードを空に放り投げた途端、強烈な圧が世界をなぶった。

 場違いのように顕れた、真紅の鱗を持つ巨竜。その身体から発散される火炎が、周囲の木々もろとも、魔法使いの女と全ての魔道具を粉々に粉砕した。


「は、はは、ははははははは! どうだ! たとえどんな魔道具を使おうが、カードの力はそれを超える! 理不尽にして強力、それこそが神の――」


 言葉はそこまでしか、口にできなかった。

 確かに、女の魔道具はすべて砕けた。しかし、女自身には、傷一つついていない。


「《灰燼を食むもの ディハール》、場に出た時、自分以外の全ての存在を破壊する……そんなものまで、用意されていたんですね」

「な……なぜだ!? さっきから、どうしてお前に、攻撃が当たってない!?」

「では、今度はもっとわかりやすくお見せします。ディハールに攻撃命令を、どうぞ」


 女は巨竜を見ても、怯みもしない。ただ、その目には怒りも嘲りもなく、悲しみと憐憫だけがあった。


「……っ! ディハール! その女を焼き尽くせ!」


 カードによって再現された異国の強力な竜種、そのブレスが口腔内に満ちわたり、


瞬転身フィエンスイニカ


 灼熱の帯が、木々を焼き払いながら女のいた場所を飲み込んだ。

 確かに、飲み込んだはずなのだ。


雷光幻フィアクゥル


 ありえない、そんなはずがないのに。

 白銀に輝きながら、女の姿が、ブレスを吐き出すドラゴンの後頭部の、遥か上に転移していた。

 その背中、首筋を守るように、銀の穂先が貼りついている。


「く、空間転移!? 馬鹿な! それはあくまで仮想理論に過ぎないはず!?」

「授業は終わりです。これ以上、大切な史跡を荒らされたくないので」


 女の装備が、全て元に戻っていく。

 壊された魔道具を一瞬で再生し、虚空をまたいで飛翔し、あらゆる奇跡を無詠唱で行使してのける。万能の才による、暴力だった。


しろがねよ、奔れ」


 異常に気付いたドラゴンが、火を吐くのを止めて振り返る。

 炎の暴虐を、竜眼の女が空から見下ろした。


「蒼き霹靂よ、塞がる万難を貫け」


 女の杖に、二つの穂先が纏いつき、変形していく。

 槍ではない、杖でもない。想像を絶する、紫電をまとった異形の武装へ。


耀けるレイディアント――」


 竜の目が見開かれ、口が開かれる。

 灼熱がこみ上げ、真紅の死が、吹き上がる瞬間。


「――銀竜の咆哮シルバーガン


 耳を潰すような轟音で、空間を断裂させた光が、赤き竜の顔を一瞬で撃ち貫いていた。



 カーヤが現場に戻ったのは、閃光と騒音が収まってすぐの事だった。

 森の中には凄惨な戦いの痕跡が残り、炎で焼かれた森には、黒焦げた木々や、白煙を上げる焦げた大地が広がっている。


「イフ姉!」

「そっちは大丈夫だった?」

「うん。……ほんと、全力で逃げといて、よかったぁ」


 絶句する妹分に、柔らかく笑う。その足元には、がんじがらめにされた、元御者役の男が転がっていた。


「彼は、どこかの教会に突き出すけど、いいよね? カードの不法所持と、強盗傷害で」

「リミリスには……連れて行かない方がいいか、確かに」


 男の顔には、苦痛と憔悴だけがあった。

 捕縛された事実や仲間を潰されたことよりも強く、自分を打ちのめした者への恐怖と、別の何かによって。


「結局……この世をほしいままにするのは、貴様のような天賦の者か、神の奇跡、という事か」

「勘違いしないでください。これはわたしと師匠が、血を吐く思いで創り上げた、ただの技術です」


 斥候に飛ばしていた穂先が戻り、ケープの色が銀から緑に戻る。そして、すべての魔道具が消え去ると、イフは告げた。


「いずれ、わたしだけでなく、すべての魔術を志す者が手にできる、そういう高みを目指して編み上げたもの」

「そんなことが、できると思っているのか」

「ええ。その時こそ、この未完成な魔法技術が、完成したと言えるでしょう」


 男はぐしゃぐしゃに顔を歪めて、吐き捨てた。


「その傲慢を口にできるのが、天才たる所以なんだよ、馬鹿めが」


 その口に縄を噛ませると、カーヤは男を引き立てて歩き出す。

 後についたイフは振り返って、焼け残ったゴーレムを眺めた。


「どうしたの?」

「ここで、彼が暮らしたんだなと思って」

「そうなんだ」

「聞いたことなかったの?」


 友人は笑って、首を振った。


「まだ四歳ぐらいの時だよ。話してもらっても、覚えてられなかったってば」

「そっか。それじゃ、わたしが聞いたこと、色々教えてあげる」

「ありがと」


 それから、振り返らずに森の外へ歩み去っていく。

 誰もいなくなった林は、かすかに白煙を上げていたが、夜気と共に薄れて、消えた。 


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