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かみがみ拾遺譚~掉尾の物語~  作者: 真上犬太
掉尾の一、拾い集める者
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4、違法な無法者

 ごとごとと、車輪が石畳を踏んで進む音が響いていく。

 馬の蹄鉄が刻むリズムと相和して、穏やかさを一層際立たせていく。

 荷台に座ったイフは、その全てを耳に入れながら、少し不機嫌そうにしていた。


「ご不満ですか、イフ様」


 そんな彼女にあてこするように、同じく荷台に乗ったカーヤが尋ねる。


「別に」

「……好意で出してくださると言われたものですよ。そして、それを承知なさったのは、イフ様です」

「分かってる」


 こちらのやり取りに、御者を務める男は、うす笑いを浮かべて頭を下げた。


「申し訳ありやせん。なにぶんにもこんなものしかなくて。魔法使い様の、お気に召すとは思えませんでしたが、もうしばらくのご辛抱を」

「はい。よしなに、お願いします」


 普段は決して、こんな物言いをする人ではないことは、カーヤも分かっている。

 だからこそ、単純に『徒歩で移動できない』のが、理由ではないはずだ。

 考えてみれば、この馬車を持ってきた男とあった時点から、何かがおかしかったのだ。



「百の勇者の古戦場?」


 リミリスの領内に戻ってきた二人は、街道沿いの宿場町、ラヘンナに入っていた。

 元々、それなりに交易の要衝であった村が、この二十年ですっかり大きくなり、豪商たちの屋敷などが立ち並ぶまでになったという。


「ああ……なんかでかい魔物に百もの勇者が皆殺しの目にあったとか、そういうアレだっけ……」


 街の酒場で聞き込みをしたが、大抵の人々は、胡乱な答えを返すばかりだった。

 中には、


「ああ、知ってる知ってる。折角だから連れてってやろうか」


 などと言ってくる者もいたが。


「では、具体的に、このモラニアの、どの場所か、お教え願いますか」


 そんな、イフの冷徹な質問責めに耐え切れなくなり、皆姿を消していた。


「今回はだいぶ、手厳しくない?」


 果汁を雪解け水で割ったものを飲みつつ、カーヤは尋ねる。

 薄暗い酒場の中で、何かを待つようにして外を見る彼女の目つきは、竜眼のそれと相まって、少し恐ろしいものを含んでいた。


「そうかな」

「そもそも、本当は百の勇者の古戦場、なんて呼び名は無いんでしょ?」

「……うん。ただ、私がそう名付けたいだけ」


 これまで巡ってきた『勇者の痕跡』は、どれも誰かがそのように呼び、自然と伝わっていったものだ。

 だが、次に探すべきと定めたものは、実のところ所在さえ明らかではない。


「一番、正確だったのが、港町ザネジの守護をしていたアヤノという勇者の残した情報。エレファス山脈の中央部ってやつ」

「そして、そこには朽ちたゴーレムの残骸が残っている、はずなの」

「だいたいその辺りに、残ってるはずの残骸、かぁ」


 森の国、モラニア。

 面積の三分の二を森林と山脈が占めるこの土地は、名の知れた山の連なりだけでも、十を超える数がある。

 おそらく、一番可能性があるとすれば、エレファス山脈の名の元になった高峰、エレファス山だ。


「いっそのこと、人手を借りるかする?」

「なるべくならそれは、やりたくないかな」

「でも、そろそろガイ・ストラウムに入らないとまずいよ。期限も近い」


 実のところ、この旅にも目的がある。

 リミリスの王都、白麗の都ガイ・ストラウムにて、女王であるリィル・リミリア・エファレイアと謁見をすることになっていた。

 その治世はすでに十年を超え、モラニア三国初の女王として辣腕を振るう彼女から、知恵を借りたいという親書が届いたのが、一年ほど前の事。


「お忍びってことにはなってるけど、四大陸の魔術師代表として、そしてケデナの意向を伝える者として、ってことを期待されてるんだよ?」

「……ホントに、偉くなるものじゃないね。堅苦しいばかりなんだもの」

「でも、その立場だからできることも――」

「ご婦人方、少々いいですか?」


 それは、野暮ったい胴衣とズボンを身に着けた、顔に険のある男だった。

 テーブルの脇に立ち、こちらと少し距離を置いている。


「ご用件は?」

「この辺りで『百の勇者の古戦場』とやらを、お探しとか」

「はい。なにかご存じなんですか?」

「いいえ、そういう名前の場所に心当たりがない、ということで、気になりまして」


 イフはゆっくりと男に顔を向け、落ち付いた声音で問いただした。


「わたしが嘘か冗談でも言っている、と?」

「いやいや。ですが、見たところあなたは旅行者、モラニアのお生まれでもないようだ」

「……なにが仰りたいんですか?」

「つまり、こうです。あなたはどこかで、その名称を聞いた。しかし、その伝えた人間が勘違いしたか、あるいはほらを吹いていたのではないかと」


 慎重に、こちらの間違いを問いただしてくる男。ある意味誠実だが、どこか試すような雰囲気もあった。


「どうでしょう。その場所の名前ではなく、特徴が何かあれば、それをお聞かせ願えませんか。もしかすると、そこにご案内できるかも」

「…………」


 イフは目を閉じ、それから、頷いた。


「分かりました。それでは、少々長いお話になりますが」



 ほどなくして男は、エレファス山へ向かう荷馬車を手配し、二人を乗せて出発することになった。

 荷馬車自体は珍しくもないが、それなりに手入れが行き届いていて、座席代わりに敷物さえしかれていた。


「手際が良すぎる」


 どこか明後日の方向を向きながら、イフは虚空にささやきを投げる。


「何かの企て、かも」

「そうだとして、こうして乗った意味は?」


 イフは猫のように目を細め、往く手に顔を向けた。

 次第に森林が濃くなり、舗装されていた道が途切れてしまう。ここから先は、木を伐る杣人そまびとのための林道だ。


「すみません、ここから先は、徒歩をお願いしたい」

「お手数をおかけします」


 特に不平もなくイフが地面に降り、カーヤがそれに続く。

 男はそのまま、こちらを振り返りつつ、山道を進んでいく。


「実は、少し前に、ケデナのフランさんから、連絡が届いたの」

「惣領から? それで、なんて」

「お嬢さんがた、あれで、いいんですかね?」


 男が指さす先、それは林の中に唐突に姿を現した。

 真っ黒な、岩のような塊が、盛り上がっている。

 なだらかな斜面と、昼でもどこか陰りのある、うっそうと茂った木々。

 イフは目を凝らして、その黒い塊の正体に思いを凝らした。


「……うん、間違いない。ミスリルゴーレムの、残骸だよ」


 竜眼が捉えたのは、外装である硬銀が完全にはがされ、内部の軟銀がむき出しになったものだ。おそらく、手ごろなミスリル銀山のように扱われ、その採掘が終わった結果、こうして放置されたのだろう。


「すごいよ、これ。この状態でもまだ、魔力の循環を残している。もちろん、コアが断ち割られているから、ゴーレムとしては完全に死んでいるけど」


 その指が、ゴーレムに付けられた『傷痕』をたどる。

 頭頂部付近から、胸元を通って下半身まで。斬ったというより、突き刺して重さと切れ味に任せて断ち割ったというべきだろう。


「そうか。本当にあの人は、こんなことをやってのけたんだ」

「もしかして、イフ姉。これを殺したのって――」

「さてお嬢さん方、名所は十分堪能してくれたかな」


 背後からかかる声に、二人はゆっくりと振り返る。

 その時点で杖が構えられ、剣が抜き放たれていたが、御者役の男は、嘲笑うような形に口元を歪めた。


「四大陸の魔術士の頂点、というから、多少は警戒してたんだが、所詮は時代遅れの骨董品ってわけだ」

「賊か」

「おっと、騎士様。動かないでくれよ。いや、動いてもいい。結局殺すんでな」


 男が口上を述べている間に、山林に隠れていた仲間たちが湧きだしてくる。その数は十名を少し超えていた。


「イフ姉、総領からの連絡って、これのこと?」

「そうだよ。リミリス王家に不穏な動きあり、注意されたし。さすが、ケデナの密偵は情報が正確だ」

「…………」


 男は口をつぐみ、明らかに殺気を放つ。

 周囲の連中も身構え、


詠唱キャスト――《電撃》!」


 虚空に散らばった無数の『カード』が閃光を迸らせ、二人の影を焼き尽くした。

 

「良かった、ちゃんと機能してくれた。師匠には感謝しないと」


 そのはずの場に、銀色の殻が一つ、唐突に現れていた。 


「お、お前たち、そのカード、どこで!?」

詠唱キャスト――《破術の矢》」


 男がかざした紙切れが輝き、銀色の殻が粉砕される。その瞬間、二人は全速力でその場から逃げ出していた。


「逃がすな! 畳みかけろ!」


 男たちがその後を追い、手にしたカードで雷を降らして迫撃してくる。


「ま、まさかアイツら、『デュエリスト』なのか!?」

「違う。もしそうなら、神殿公認のデッキホルダーを付けているはず。おそらく、単にカードを手渡されただけの人たちかな」

「最近、神殿からカードの流出が問題になっているとは聞いてたけど、うわっ!?」


 二人の間を裂くように光の一撃が炸裂し、別々に地面を転がる。それぞれを十人前後の刺客が囲い、完全に分断される形になっていた。


「どうした、魔法使いさんよ。折角だ、何か魔法でも唱えちゃどうだい?」


 そう語る男の手には、緑の枠で囲われたカードが握られている。


「もちろん、そんなものは片っ端から、こいつで打ち消してやるがな」

「《呪文破砕》レアリティはアンコモン。効果は対象の呪文を打ち消す、ですね」

「よくお勉強してらっしゃる。その癖、カードは持っていない」

「もちろん」


 くすりと笑うと、イフはその目に、あからさまな嘲りを浮かべた。


「"あんなまがい物に頼ると魂が腐る"。師匠に言われたことは、守ってるんですよ」

「くだらないな。お前らみたいな骨董の魔法使いは、今や薬屋の真似事をするか、街の明かりを灯すぐらいの便利屋だってのに」

「確かにそうですね。四大陸魔術師連盟も、神殿から発行される『カード』に、その地位を脅かされている」


 こちらが会話に乗ってきているのを見て、男の目端に安堵が匂った。

 囲っている男たちも、伺うばかりで一切攻める気配がなかった。


「でも、無敵の『カード』魔法にも、欠点はあります」

「それは?」

「リキャストタイム。デュエリスト以外に使用する際、カードには再使用のために、いくらか時間を置かなくてはならない制約がある。そうですよね」


 男は、イフの発言を聞いて、爆笑した。


「そこまで分かっていながら、俺と呑気におしゃべりしたってのか!? 大した度胸なのか、それとも観念したってところか?」

「どちらでもありませんよ――カーヤ」


 異形の魔法使いは、笑顔で友人の顔を見た。


「わたしが全力で戦うから、全力で逃げて」

「了解」

「――殺せ!」


 暗殺者たちのカードに光沢が戻り、電撃が降り注ぐ。

 その光の中、騎士が逃げ走り、魔法使いのローブが輪郭を失っていく。


「頭! 騎士の女が!」

「なに!?」


 麓へ走っていく背中を、銀色の半球が守っている。あれは魔法の道具のはずだ、破壊のためのカードを使えば簡単に。


「謳え、諸元より湧きいずる聲」


 それは唐突に、姿を現していた。

 確かに雷撃で焼けていたはずの魔法使いは、全く無傷のまま同じ場所にたたずむ。

 その身にまとっていた、緑のケープが銀色に染まり、形が変わっていく。


「我が魂魄に刻まれし、猛き竜の爪痕に依りて、顕現せよ――」


 その右手に握られているのは、先ほどまでの木の杖ではない。

 銀色に輝く、細く長い槍の柄のような杖。


「――小さき竜の牙エストラゴン


 だしぬけに、虚空へ銀の穂先が顕れた。

 女の体を守るように、ひとつ、ふたつ、みっつの穂先が、緩やかに旋回する。


「さて、四大陸の魔術師、その頂点と言われるわたしの力が、どんなものか」


 指揮する将軍のように杖を掲げて、イフは宣言した。


「とくと、ご覧になっていただけますか?」


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