表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かみがみ拾遺譚~掉尾の物語~  作者: 真上犬太
掉尾の一、拾い集める者
3/24

2、消された痕跡

「――で、いったん壊されたケイタ様の家を、もう一度建て直したのが、今の村長宅になるってわけです」


 軽薄そうな笑いを浮かべた村の青年は、イフを無遠慮な好奇の目で見続ける。

 気づかないふりをして、村長宅の外観を見るとはなしに眺めた。

 堅牢な丸太で組まれた小屋だ。材木が貴重なケデナでは見られない、モラニアならではの一般的な建築様式。

 その軒先には、リンゴの枝と女神の顔をあしらった、青銅製の飾りが掛けられている。


「あれは、魔よけですか?」

「一度目の災厄の時、女神と契約してリンゴの林に守りの加護を掛けてもらった。そうやって魔物の軍勢から身を守ったそうです。その時から、病気や災難を避けるためにって」

「その女神の、名前は?」

「え? あー、カニラ様、なんじゃないですかね。てか、それ以外いるんですか?」


 イフは記録用の羊皮紙を閉じ、青年を見た。

 とぼけているわけではない、本当に何も知らないのだ。


「これをお伺いするのは酷かもしれませんが、三度目の災難、疫病についてなにか知っていることはありますか?」

「実は俺、その時まだ、赤ん坊だったんですよ。で、死にかけたらしくて。でも、その時青い竜、みたいな人が来て、治療してくれたとかなんとか」 

「その時に、他の神の付き添いがあったことは?」


 青年は、快活そうな顔に不審な影を浮かべて、首を傾げた。


「かあちゃんは何も。この話をする時は、だいたいその、青い竜みたいな女? の人の話になるんで」

「……ありがとうございます。それで、私に何か聞きたいことはありますか?」


 顔を驚きと、羞恥に染めた青年は、もじもじとしながらも、問いかけてきた。


「その顔、どうして、そんな顔、してるんですか?」

「これですか」


 イフは青年の手を取ると、自分の頬に触れさせた。


「う、うえっ!?」

「ごめんなさい。でも、こうしたほうが分かりやすいから」

「な、なにを、ですか?」

「わたしはこうなるよう、望まれて生まれたんです。ただそれだけ」


 それから、彼の手を戻し、微笑んだ。


「尋ねてくれて、ありがとうございます」

「え……いや、なんで?」

「好奇心と憶測だけで距離を取られるより、そうして直接聞いてくれる方が、わたしは嬉しいですから」

「……なんか、すみません。偉い魔術師様に、こんな失礼なこと」


 恐縮した青年は、それから少し姿勢を正して、頭を下げた。


「その、この後、どこか見たいとことか、ありますか」

「じゃあ、そのみんなが隠れたというりんご林を。それと」


 心持ち表情を硬くしながら、イフは告げた。


「過去三度の災厄を生き残った古老の方がいらしたら、その方の所へ」



 その迷宮跡は、すでに朽ちかけていた。

 一応、周囲を守るために築かれた石塁はわずかに残っていたが、入り口は完全に潰されてしまっていた。


「実のところ、この迷宮は、ケイタ様が封じられた後、完全に死にましてね。奥の柱を壊して潰した後、"知見者"のクソ共が埋めて平にしたんで」

「……かの神の軍勢は、この国に広がる『旅の道』を造ったはずだが」

「詐欺師のクソヤロウでさ。あんな奴じゃなくて、ケイタ様がいりゃよかったんだ」


 実のところ、最後の魔王の侵攻に、小神の使徒に過ぎない勇者が、どの程度対応できただろうか。

 魔王という存在に被災したカーヤにとって、案内人の無邪気さが羨ましかった。


「それで、この迷宮は勇者一人で?」

「ああ、なんでも『村で一番の猟犬』を連れてったとかなんとか」

「その猟犬の名前は」

「さあ? 話の主役はケイタ様ですからねえ。犬の名前までは伝えんでしょ」


 道すがら、案内人の男は、聞かれてもいないケイタという勇者の武勇伝を、のべつ幕なしに語っていた。

 突然、村にやって来て、頑迷な人々を説き伏せ、朝晩を共にして村の発展に尽くした。

 村の勇者。みんなに慕われる守りの要。

 そして、魔王軍の災厄に一人抗い、"知見者"という悪辣な神に追い落とされてしまった非業の義士。


「その後の、"知見者"共の振る舞いも含め、あっしらは語っていかなきゃならないんで」

「……村の宿屋は、"知見者"の軍による建築だと聞いたが」

「人の家から、税だの麦だのを取るだけ取って、畑を演習地に変えていった連中をありがたがれって? まあ、ケイタ様をお守りできなかったあっしらが、どの面下げて、と言われりゃ、それまでですけど」


 実のところ、"知見者"の施した施策インフラは、今ではモラニアの商業経済を、根底から支える物流の要だ。しかも、その整備法や必要な資材の計算まで残してあるため、各国はその恩恵を維持するだけでいい。

 だが、その軍勢の拠点とされた村の評判は、著しく悪かった。


「あげく、魔王軍と戦って敗れた上に、魔王の城を取り逃がしてんだ。笑い種ですよ、なにが"知見者"だか」

「……そうだな。ところで、ここに碑でも建てる気はないか?」

「へ、いしぶみ、とは?」

「勇者ケイタの偉業を讃える碑だ。名物の一つもあれば、村にも人が寄り付くだろう」


 途端に、案内人の顔が照り輝いた。


「そりゃ名案だ! なんで思いつかなかったんだ。村に帰ったら、早速みんなに話してみますよ!」


 そのまま、上機嫌の男と共にカーヤは帰途についた。

 同時に、決して顔に出さないまま、自分の上司にして姉が嗅ぎ取った不穏を、遅まきながらに感じていた。



「消えてる」

「というより、消されている、だね」


 小さな灯火だけをつけた部屋の中で、二人は寝床に腰かけて、意識の確認をした。


「あの後、村の生き残りの人に話を聞いたけど、当時は年が若すぎて、ほとんど覚えていないって」

「こっちも同じようなもんだった。こうなると、もっと直接聞いたほうがいいかな」

「……たぶん、無理だと思うよ」


 ため息とともに灯火を吹き消すと、イフはそのまま寝台に横たわった。


「勇者ケイタの迷宮討伐。それは、村を悩ます魔物の迷宮を、討伐すると宣言するところから語られる。でも、そのきっかけについては、あいまいなままなんだよね」

「元々、村の近くにあったから、というのはそうらしいんだけど……勇者が来た当時からあったのに、なんで『魔王軍の侵攻直前に』討伐する必要があったのか」

「ただ、『猟犬』が、その助けになった、という話は聞いたよ。おそらく、彼一人で討ち果たすには難しいという事実が、付け加えさせたんだろうけど」

「その『猟犬』の、名前は?」


 イフは目を閉じる。それから、思い浮かべる。


「語られていない。というより『覚える気がなかった』んだろうね。そして彼らは、勇者ケイタに『負い目』がある」

「"知見者"の策略で、村をだまし取られた……まあ、村そのものは村長のだったから、だまし取られた、ってのもおかしいけどさ」

「その損失を埋め合わせるために、"知見者"を悪とし、魔王軍を害と見て、勇者ケイタと女神カニラを、自分たちの守護者で、悲劇の英雄としたかったの」


 だが、実際の事実には、『異物』が存在した。

 勇者ケイタが、迷宮討伐に急がなければならなかった理由。

 魔王軍がこの小さな村を押しつぶそうとした意味。

 そして、"知見者"の軍が、村を召し上げるきっかけになったこと。


「都合の悪いことは、覆い隠す。そして、本当に覆いきれないものは、なかったことにしたんだね」

「……そんなの、あんまりだろ」

「そうだね。あんまりだよね」


 珍しく、カーヤの顔が苦痛で歪んでいた。

 こらえきれない憤り、その顔はいつもどこかで、ケデナのあちこちで見ていた。

 それでも、平静を取り戻して問いを投げてきた。


「林に掛けられた、守りの加護は?」

「まだ薄れずに残っていたよ。街から戻ってきた神官も驚くと思う。何しろあれは」


 口元を緩めて、イフは語った。


「"平和の女神"と村が結んだ、契約の証なんだから」



 そして、出立の朝。

 村の門前に並んだ人々の顔は、屈託ない笑いだった。


「この度はお立ち寄りくださり、ありがとうございました。本当に、案内などつけなくても、よろしいのですか?」


 村長の申し出に首を振ると、イフは山の方に目をやった。


「ここからは山中を抜けて、アガ・イトラン村へ行く予定ですので」

「『カイトラの古戦場』ですか……あそこは未だ、残念を抱えた亡者がうろつくとか、どうかお気をつけて」

「ありがとうございます。それじゃ行こう、カーヤ」


 そのまま、人々をその場に残し、二人は歩き出す。

 見送る人々の声も、顔もぼんやりとするほどの場所まできて、カーヤは告げた。


「能天気な連中だなぁ」

「ダメだよ、カーヤ。そういう言い方」

「自分たちが、誰と契ったのか忘れて。忘れようとしても、神との契約は絶対なのに」


 息をついて、背後を振り返る。

 すでに道は斜面となって、昼なお暗い山林の奥へと続いている。

 後ろには、盆地の中に小さく固まった、村落と果樹園が見えた。その中で、点々と動く人々に、イフは目を細めた。


「彼女には訂正する機会がいくらでもあったよ。でも、あえてそれをしなかったの」

「癒しの竜蛇、"凍らぬ泉"のメーリウムも、なにも言わなかったんだね」

「たぶん契約のことも、知らないうちに、消してしまうんじゃないかな」


 ケデナにはあまたの神が降臨し、その神殿が建てられている。

 最も支配的なのが"愛乱の君"で、次いで"英傑神"、その次に青の竜蛇神が続く。

 しかし、すべての戦いに決着をつけた女神の名は、誰一人語らない。


「おかしな神様だよね。みんな、自分を崇めて欲しいって言ってるのに」

「そうだね。本当に、変な神様だ」

「でも、あの人は、それを望んでる気がする」


 その神と、言葉を交わしたことのあるカーヤは、穏やかに笑っていた。

 思い出を愛おしむように。


「さあ、いよいよ本格的な山道だよ。がんばろう」

「……なんで、そんなに嬉しそうなの、イフ姉」

「嬉しいに決まってるじゃない」


 石畳で舗装された坂を踏みしめながら、異貌の魔法使いは答えた。


「ここは、私たちが来たかった場所なんだから」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ