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かみがみ拾遺譚~掉尾の物語~  作者: 真上犬太
掉尾の三、ブルー・テスタメント
22/24

7、イモータル

 驚くほどに整った美形。

 癖のないさらさらとした髪。切り揃えられたそれは、燃え立つような紅の色。

 長身で細身ではあるが、鋭い抜身の刀のような、鍛え上げられた結果だとわかる。

 あのデブ男とはまた別の意味で、こいつも超越の存在なのだと、理解した。


「とはいえ、岩倉悠里の語った以上のことは何もありません。お前たちが『A』と呼称した怪獣は、私の同僚です」

「……なんなんだ、おまえら、は」


 体が頼りなく感じていた。

 呼吸のたびに、体から根こそぎ、大切な何かが漏れ出ていくような。

 あの、昏い孔の中に、な、にも、かも、す。いこま、れ、


「まったく」


 いつの間にか、金の目が自分の真正面にあった。

 信二の頬に、相手の手があてがわれ、噛んで含める様に、言葉を続ける。


忘れなさい(・・・・・)、わざわざバケモノの腹の中に戻るなど、馬鹿馬鹿しい」


 途端に、体に熱が戻る。

 心の重さが取り除かれて、奇妙に虚ろな感じがした。

 何度か顔をぬぐい、これまでの情報を頭の中で再構築する。


「Aがおま……あなたの仲間なら、Bの方は?」

「あれは魔界と呼ばれる別位相に生きる存在。現地のありふれた生物です」

「……神様の次は、魔界と来たか」

「魔王がいるなら魔界もある、その程度の理解で十分でしょう」


 乾いた笑いが漏れる。

 これ以上、異常事態に巻き込まれたら、頭がおかしくなりそうだ。


小谷野信二こやのしんじ、三十八歳。フリーランスの探偵業であり、中央省庁に勤める友人、正確には『ある省の出向職員』の依頼を担当する。半民半官の内偵者インスペクターですか」

「そんなカッコいいもんじゃない。友人のよしみで付き合ってるだけ、都合よく使い潰せる、ある種のボランティアだよ」

「国をあげてするべきことを、そういう現場判断で、そこそこ柔軟に回せてしまうのが、この国の不幸なところです」


 超越者の指摘に、信二は苦笑した。

 実のところ、友人の行動も『国家の命令』を逸脱したものだ。上の人間がふわふわと決めかねている『取り返しのつかない破局』を、見えすぎる中間管理職がつじつまを合わせようともがく。

 その結果、いびつに『その場しのぎ』ができてしまう。

 それが、日本の実情だ。

 目の前の青年は、そんな無駄で有害な努力を、嗤ったのだ。


「あなたの友人、安納恒之あのうつねゆきも、本来ならしかるべき『省』や『庁』の管理職として差配する方が、よほど健全でしょうに。つまり、防諜専門の部門で」

「アレルギーがあるんだよ、この国には。そう簡単に変えられない」

「あなた方の愚行に興味はない。愚痴以外で、その口を有効に使う気はありますか?」


 自分で振ってきたくせに、そんな感情を飲み下し、答案用紙を提出する。


「地球からさらっていった勇者たちは、ちゃんと戻してるのか?」

「あなた方が扱いかねている、有能な人材の引き抜きです。本人の自由意思による決定を前提にしていますし、帰りたいと言えば帰しています」

「神々の遊戯が終わったというのは本当か?」

「システムの運用に問題があり、機能を停止させています。再起動、再構築の予定もないので、破棄と考えてよいかと」


 国家の頭を飛び越えて、勝手に人間をさらった事実は変わらないが、そんなことを指摘しても無意味だろう。

 過去の事績と問題についてはわかった。次は現在の問題を尋ねる。


「未確認生物B群、あれはなぜここに来た」

「事故です。魔界と地球を結ぶゲートが、予期しない原因によりつながった結果です」

「産卵された卵の行方は?」

「すべて駆除しました。この地球上に、個体Bが再び発生する可能性はありません」

「……それを、社会的に公開し、証明することは、可能か?」


 当事者の証言などはあてにならない。明確な証拠と証明がなければ、無意味だ。

 そんな不満に、青年は笑った。


「取引をする気はありますか、小谷野信二」

「とり、ひき?」

「私たちのメッセンジャーになりなさい。代償に、開示可能な情報を提供します」


 神の御言葉を伝える伝道師。無信心な自分には全く無縁の、不釣り合いな役割。

 こらえきれなくなって、信二は笑い出した。


「こいつは傑作だ。あんたがたの使徒になれって? ぼろ布まとって杖ついて、もろびとよ、いざや神は来たれり、とでもふれまわりゃいいのか?」

「どうやら、諧謔かいぎゃくのセンスは壊滅的なようですね」

「……芸人を目指す気もないんでね。で……具体的にはどうすればいい」


 青年は勝手にパソコンを動かし、何かの文字列をプリントアウトし始める。

 その最初の一枚を突き付けてきた。

 信二の手によって、今回の事件と勇者たちの過去をまとめた、レポートだった。


「これを、あなたの友人の手を介して、各国政府にばらまくこと」

「そ、そんなことをすれば!」

「この世界は沸き立つでしょうね。有象無象が勇者たちに群がり、この日本は、野次馬どもや策謀家、野心家に蹂躙され尽くす」


 神の実在証明、異世界の存在証明、それが妄想としか思えないことでも、無数の状況証拠と、あの『怪獣』が裏書をする。

 何より、少年少女たちが言っていた。


『日本がいいんだって。カミサマをまじめに『信仰してない』から』


 太平戦争以後、世界の様々な思惑と自国の性質によって醸成された『奇妙な価値観』こそが、異世界の神を惹きつけた、供物であると。

 最初はひそやかに、やがては暴力も辞さない手が、この島国を荒らすだろう。


「リスクどころか、デメリットしかない! 日本を焼け野原にするつもりか!?」

「別段、私にとってはどうでもいいことです。これはあくまで、上の命令なので」

「お断りだ! 大体、なんでそんな真似をする!?」

「邪魔なのですよ。あなた方が」


 積みあがっていくプリントアウトを、細やかな手が丁寧に拾い集めていく。

 日本に破滅をもたらす文章を。


「詳細は省きますが、あなた方は生まれながらに『神と悪魔を呪い殺す毒』を生成するように構築されています」

「たしか、そういう話も、あったな」

「あなた方に信仰を向けられた神は、その中に含まれた毒によって死ぬ。ゆえに汎世界、すなわち『地球を除くすべての世界』から、今すぐ消えてほしいと、願われている」


 なんだそれは。

 この地球以外の、すべての世界で。

 知らないうちに忌み子として扱われているなんて。


「神々の遊戯には、いくつかの意義がありました。魔界との戦時協定、神々の序列認定、そして『神去』の有効利用」

「利用って……まさか」

「神去の魂が持つ『毒』の利用。魔王に対して敵意、すなわち『負の信仰』を向けるだけで、魔を滅ぼす兵器として利用できる。あんな馬鹿げた八百長ゲームが成立しえた、本当の理由です」


 脳裏によみがえる、さまざまな勇者たちの顔。

 彼らは自分たちの境涯を、身に降りかかったことを、前向きにとらえていた。

 だが、現実はひどいなんてものじゃない。

 鉄砲玉どころか、毒矢を作るために捕まえられた、極彩色のカエル同然の扱いだった。


「しかし、神々の遊戯は停止し、あなた方には利用価値がなくなり、不良債権どころか汚染物質を垂れ流す忌地に逆戻りした」

「……やめろ」

「その上、今回の一件であなた方は『外』を意識してしまった。万が一、あなた方の信仰どくが漏れ出したら? あるいは神々の遊戯でした様に、魔界の者共がそれを利用しようとしたら?」

「やめろ」

「であれば、神をあがめず、あがめられない哀れな者どもには、自滅してもらえばいい。そのために『真実』を知らしめる」

「やめろ!」


 信二の手が、まとめられた資料を叩き落す。

 紙切れが部屋中にぶちまけられ、時間を巻き戻したように、青年の手に戻る。


「この世界には互いを滅ぼしうる兵器が貯蔵され、人々は自己矛盾を解決できないまま、目先の利益どころか、目先の感情を優先して、最後の一押しを待っている状態です。利用しない手はない」

「それを、救うのが、導くのが、神じゃないのか?」

神よ何処に行かれるかクォ・ヴァディス・ドミネ? 残念ながら私も天界のものどもも、あなたがたの神(・・・・・・・)では、ありません(・・・・・)


 何も通じない、何を言っても、すげなくかわされる。

 今まで、信二にとって神とは遠く、何の影響もない戯言の一つでしかなかった。

 だが、神にとっても、それは同じことだった。

 この地球上に生きる人々の、あらゆる願いも祈りも、日々の営みも、異星異界の存在にとっては、どうでもいい代物だった。


「俺に、死刑執行人になれってのか」

「ドミノの最初の一触れです。世界崩壊の引き金を引くチャンス、人々が欲してやまない『なぜ滅んだ?』という問いへの、決定的な答えを持てる。またとない機会では?」


 最後の一枚が印刷され、丁寧にファイリングされ、体裁が整えられてく。

 世界はともかく、日本という国を、確実に崩壊させる文書が。

 

「あなたが断るなら、そうですね、別の人間にお願いしましょうか」

恒之つねゆきか?」

「名義は誰でも。岩倉悠里に頼んでも構わなかったのですがね」


 大ぶりな封筒に、個別に分けられた膨大な紙の束。

 それらをデスクに積み上げ、傲慢な神性は、侮蔑をはらんだ視線で、見下ろす。


「ここまで、十分に楽しんだでしょう? 世界の裏に隠された秘密、それまでの常識を壊す真実、誰も知りえなかった秘儀を、その手でひも解いてきた」

「ただの野次馬根性ってだけじゃない! 俺だって、守るために」

「それで、手に入れた情報で、何が守れるというのですか?」


 信二は目を閉じ、必死に何かを見出そうとした。

 集められた情報に、状況を打開する方法が、なにかないのか。


「なかったことに、するのじゃ、だめなのか」

「アメリカの調査団が到着するのは、来月の末です。そもそも、各国の諜報機関はすでに動いていますが?」

「今から、国内で情報統制を」

「内政干渉の排除と、外部諜報による汚染の浄化。それを主導できる『国益に基づき国民を欺く情報統制組織』を、あとひと月足らずで、でっち上げられるなら」


 神は言っていた。

 日本という国は、ここで死ぬ定めだと。

 なぜ、どうして。


「諜報、防諜という大事を、見ないふりをしてきたツケですよ。それがここで噴出した、それだけです」

「だが、まだ、なんとか、なるはずだ。この情報を上にあげて、対策を」

「その間に、神とかかわった勇者たちが、人知れず拉致されていくでしょう。研究機関に集められた『B』検体を巡って、暗闘も起きます」


 だが、そんなことをしても無駄だ。

 神はこの世界から手を引くと宣言し、こちらからの声には答える気もない。

 それでも、未知の力へのアクセス権を求めて、世界は日本を、隅々まで調べようとするに違いない。

 その先にあるのは。


「であれば、混乱する前に、真実の情報を世界に公開する。それが最善です。たとえその後に、世界が混沌と化そうとも」

「連中が信じるか!? それを足掛かりに、結局は他の国々の圧力が」

「それは国家間の話でしょう? 私が言い渡されたもう一つの使命は、各勇者たちのその後を守ること」


 神の意志は、図りがたし。

 青年は淡々と、自分の目標を述べていく。


「個人のプライバシーはわずかに損なわれますが、全世界が知りうる情報であれば、うかつに手は出せない。ダメ押しに、何人かの志願者を調査に協力させ、元勇者はただの人間に過ぎないという、事実を見せつけます。それで、おおむねは納得するでしょう」

「Bの卵と異世界移動については?」

「こちらで、すべての産卵場所の情報を出します。あとひと月以内であれば、残渣の調査が可能でしょう。必要な検査試薬の合成式もお渡ししますよ。異世界移動については」


 告げる声は、監獄の統率者のような響きを持っていた。

 陰々と、永遠の縛につく罪人を、断じる様に。


「この星の人々が死に絶えるまで、永遠に封鎖を続ける。それが『我々の総意』です。諦めなさい」



 言うだけ言って、神は去っていった。

 空虚が支配する事務所で、信二はへたばっていた。


『例え一瞬、元勇者の連中が守られたからって、日本が崩れれば、同じことだぞ!』

『人知れず非道に身柄を拘束されるのと、あわよくば自分の意志で活路を見いだせる状況なら、どちらを選びますか? そもそも』


 それは明らかな、怒り。

 信二と、信二を通して透かし見た、ふがいない日本という国への。


『あなた方がしっかりしていれば、防げたはずのこと。神を呪う前に、自らの愚かしさを顧みなさい』


 書類を収めた封筒は、現実の物として残り続けている。

 パソコンにもデータとして収まり、いつでも世界に向けて発信できる状況だ。

 なんのフェイルセーフもなく、核兵器のボタンが、しょぼくれた、うだつの上がらない探偵事務所に装備されてしまった。

 しかも、消費期限付きで。


「……もしもし、恒之か」


 抱えられるわけがなかった。

 見て見ぬふりをして、それが自分のせいだと、明確にわかる『なにか』が起こってしまえば、とても耐えられない。

 

「今から丸一日、お前の時間をくれ」


 それが、小谷野信二の出した結論だった。

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― 新着の感想 ―
今回も面白かったです。 ブルー・テスタメント、7話まで読了致しました。 まあ、諜報員さんの……勇者君たちへの……筋違いな怒りと要求には不満があったので……。 同じ事をされるのは……ある意味ではありで…
ソールは基本人を追い詰める体でなんやかんやしっかり助言してくれる性格なので、今回も何かしら希望は残してくれているとは思うんですが、普通に聞いてるだけだと完全に詰まされた感すごいっすね……。 というか私…
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