表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かみがみ拾遺譚~掉尾の物語~  作者: 真上犬太
掉尾の三、ブルー・テスタメント
21/24

6、ヒーロー

 岩倉悠里。

 道場経営者であり、商社勤めの父と二人暮らし。母親は早くに亡くなり、古い剣術流派を受け継ぐ家に生まれた以外は、特筆するべきところはない青年。

 そんな彼が、異世界において最高の地位に就いた神に選ばれ、世界を救うことを嘱望された。


「"英傑神"シアルカ、それが俺を呼んだ神の名前です」

「ずいぶんシンプルだね。英傑、つまり英雄の神様ってことか」

「実際、遊戯では高い勝率を誇ったそうです。僅差で"愛乱の君"の方が上だったらしいですけど」


 愚直な武神たちや皮算用が過ぎた知恵の神より、世界を魅了し手玉を取る女神の方がゲームに強いというのも、なかなか皮肉な話だ。

 とはいえ、声望も実力も、折り紙付きな神であったことは確からしい。


「俺は仲間たちと一緒に、魔王を倒すために戦っていた、つもりでした」

「つもり?」

「……魔王は、俺達を罠にはめたんです。世界そのものを、勇者を殺すための仕掛けに変えて」


 それは、魔王と呼ばれる魔界の代表者がお膳立てした『ゲームのような勇者の冒険』というお題目。

 

「俺を妨害する魔物や危険な罠、陰謀によって苦しめられた人たち、その土地を支配していた『中ボス』に至るまで、俺たちの実力や行動を管理するため、仕組まれたイベントでした」

「わからないな、そんなことをして、何の意味が?」

「こちらの実力を、想定内に収めるためです。偽りの満足感を与え、いざ魔王と対峙する時になって、段違いの力でひねりつぶすために」


 それは壮大な『八百長』であり、接待だった。

 ぎりぎり勝てるようなハードルを用意して、最後の最後ですべてを回収する。カジノの胴元のように。


「しかし、そんなに簡単にいくかな? カードゲームとは違って、殺し合いをしてたんだろう?」

「……魔王は、地球の科学を学んで、異世界の人間に対応できない、現代兵器を導入していました。戦車や自動小銃、毒ガスや……核兵器を」


 一気に酔いが醒める。

 話をすでに聞いていたはずの辻も、嫌そうに顔をしかめていた。


「ちまちまチャンバラごっこや、個人の魔法で超人バトルもどきをやってるところへ、無慈悲に核爆弾を落とすつもりだったのか」

「魔法を利用して、レールガンまで実用してましたからね。さすがに、驚きました」

「…………」


 なんだろう。

 青年の言葉になにかが引っかかる。その疑問を、信二は口にしていた。


「ねえ、岩倉君。質問いいかな」

「はい」

「その魔王、どうやってこっちの情報を知ったんだろうね?」

「……来ていた、らしいですよ。部下が、地球に」


 全身の毛穴が開く思いがした。

 早朝の東北自動車道、謎の戦闘集団が所持していた戦車や重火器。その出どころの最有力と思しき存在が、まさかこんなとことで。


「来ていた、のはいいとして、らしいってのは?」

「残党狩りをやったんです。シアルカと、辻さんの召喚主だった"闘神"ルシャーバ、それから竜神の部下の人が、こっちに来て」

「それはいつ頃のこと?」

「二年前、ですね」

 

 だが、その時の成果は芳しくなかったらしい。

 いくつかの大規模な拠点などは潰せたが、そこに従事していた人員は、後を追うことができなかった。


「ただ、拠点だった異世界の魔王城は完全に機能を停止して、こっちにいる魔物たちも、どこにも行けないだろうと。異常があったら、すぐに駆け付けるとは言ってました」

「分かった。ありがとう」

「ところで、小谷野さん」


 口元にジョッキを当てながら、格闘家はこちらをにらんだ。


「あんた、そういう仕事の人かい」

「……どうしたんですか、いったい」

「俺の経歴は調べてんだろ。地下格闘技、ごろつきの番犬、要人の警護。そういう積み重ねでさ、わかるんだ」


 こちらの内臓をえぐるような、素人の自分でもわかる、強烈な殺気。


「すみません。帰ってから割と早いうちに話は通してあるんです。あなたみたいな人が探りに来たら、連絡を取り合うようにって」


 青年の目も、明らかにそれまでとは違う。

 目の前の格闘家と同じか、それ以上のすごみが、発散されている。


「向こうの体験に関しちゃ、隠すつもりはねえんだ。誰が聞いても、バカな妄想か与太話だからな」

「でも、そこに真実を見出して、何かの利益を得ようと干渉してくる人が、出るかもしれない。そのために準備していました」


 なんの冗談だ、これは。

 だとすれば、今までインタビューしてきた全員が、見た目通りの人間ではなかったというのか。


「まあ、このことを知ってるのは、一部の人間だけだがな。知らずにあんたのインタビューを受けたやつもいるだろうさ」

「別に、何処の所属とかは言わなくていいですよ。おじさんの伝手で、裏を取る方法もありますから」


 確かに、岩倉悠里には父方の叔父がいたはずだ。

 だが、その経歴は大学卒業後から、一切たどれなくなっていた。そいつがどんな存在であれ、絶対にまっとうな人間じゃない。

 政府関係の工作員カバーか。もっと別の。


「俺たちの要求はひとつです。このまま、そっとしておいてください」


 答えない、いや、答えられない。

 言葉に窮してしまった段階で、あらゆる言いつくろいは無駄になる。


「あんたも聞いてるだろうが、神様は完全に、この世界から手を引くそうだ。神々の遊戯が終わって、勇者を召喚する必要もなくなったからな」

「地球に戻って来れば、俺たちには何の力もない。俺たちが脅されたり、拷問されたりしても、神様が助けに来ることもない」

「……それを、みんなが信じるかな」


 その問いかけに、二人は沈黙した。

 世の中の権力構造というのは、基本的に傲慢で分からず屋だ。信二が集めた資料がどこに提出されるにせよ、確実に上は、彼らの身柄の確保に移るだろう。


「この前の『怪獣』騒ぎ、知らないわけじゃないだろ? 詳しくは言えないが、君たちの存在は、確実に注目を集めてるんだ」

「解決したそうですよ。紛れ込んだ魔界の生物は駆除され、卵も除去されたそうです」


 それは絶望的な、確定情報だった。

 この場にいる者だけが理解し、ここにいない誰もが、絶対に納得できない類の。


「魔王軍の残党も掃討、地球へ干渉する方法は取り除かれた。今後は警戒を強め、一切の出入りを封じるそうです」

「それを、世間的に証明する方法は?」

「ないですね。すみません」

「……いい加減にしてくれ」


 訳知り顔の二人に、信二は鈍い怒りがこみあげていた。


「ここは地球だ。異世界じゃない。君らの一存で化け物をどうにかしたからって、済む問題じゃないんだぞ!」

「それじゃ、どうすれば納得してもらえますか?」

「神様とやらを、ここに呼んでもらおうか」


 ここまで付き合ってきたが、限界だ。

 神の勇者、魔界の怪物、そんなものに引っ掻き回されて、何も知らされないまま解決したと言われて、納得させられるなんて。


「そもそも、これは明らかな侵略だろ! 神だか超越者だか何だか知らないが、勝手に地球人を徴兵して、代理戦争の駒にする権利があるってのか!?」

「あー、わかるわかる。そいつはご立腹でもしゃーないな」


 それは前の二人の、どちらでもない声。

 気が付けば白い割烹着を付けた、とんでもなく太った、浅黒い男が立っていた。

 その手に持った大皿には、豚肉のローストが盛り上げられている。


「まあ、これでも食って落ち着きなよ。オレのおごりだ。めったにないぜー」

「……あ、あんたは?」

「お前が注文したんだろ? 神様一丁特盛で、ってな」


 その言葉が合図だったように、それまでカウンターや座卓に座っていた他の客たちが、一斉に店から出ていく。

 前に座っていた二人も、腰を上げた。


「ちょ、な、なにを」

「俺たちの言葉で納得いかないんだ。それなら、当事者同士・・・・・で話し合うしかないだろ」

「それじゃ、後はお任せします、グラウムさん」

「あいよー。任されたー」


 あっという間に、信二は一人残される。

 デブ男は笑いながら、対面に座って頬杖を突き、尋ねてきた。


「で、どしたん? 話聞こうか?」


 遅まきながら、気が付いた。

 これは罠、自分を取り込んで、始末するための。膝が震え、震えながら、それでも靴をつっかけて出口へ走る。


「無駄だよ」


 からりの戸を開けて、その向こうに広がっていたのは、店だった。

 出口が、入り口になっている。

 その奥まった四人掛けの座卓に座り、丸い背中が振り返る。


「お前、"喪蓋"の舌に乗っといて、逃げ出せっと思ってんのか?」


 にたり、と笑った顔が、裂けた。

 顔の輪郭、体の輪郭がゆがんで膨張し、肉の塊のように変わる。

 それは写真で見た、Aと呼ばれた個体そのもの。


「あ、あ、あっ、ああ、あぁあ、ああああ!」


 気が付くと、周囲の景色は暗く、湿った空洞と化している。

 生臭く、温かい。

 ねばつく地面と思っていたのは、唾液がたっぷりとあふれた巨大な舌だ。

 飲み込まれていた、巨大な口の中に。 


「や、やめ、やめ、やめっ!」

『聞けねーな。どうもこのところ、オレの威厳? つーか尊厳が、盛大に破壊されてる感じで、取り戻しときたくてよ』


 異様に健康的なピンク色の舌先が、ぞろりと、信二を舐め上げる。

 不快で、おぞましく、恐ろしい感触。

 しかも、自分の服どころか、手足や体さえも、溶けだしていた。


「あ、あああああああああああ!?」

『オマエだけじゃねえ、神去の人間どもはな、神を舐めすぎてんだわ』


 膝が砕け、太ももが失われ、地べたに這いつくばる。

 溶けた『信二だったもの』が、肉厚な喉の奥へ流れ去っていく。


『事情説明? 社会への忖度? 国家のしがらみ? 知るかぁんなモン!』 


 失われていく。

 信二だったものが、昏い孔に吸い込まれて消えていく。

 必死に抱きしめても、貪欲な舌が、喉が、何もかもを奪い去っていく。


『いいか、よく刻んどけ。これが神だ』


 肉がそぎ落とされ、体液が奪われ、骨が微塵になっていく。

 記憶が、過去が、思い出が、自分を構成するなにもかもが、奪われる。


『神は傲慢なんじゃねえ。傲慢に等しい力を振るう者を、神と呼ぶんだよ』


 その言葉を最後に、すべてが暗闇に消え――



「――!?」


 信二は、目を覚ました。

 昼下がりの事務所、そのソファーの上で。

 夢、とは思えない現実感。そして、自分の部屋なのに、現実感がない。


「おはようございます」


 いつの間にか、パソコンデスクに座っていた男が、醒めた声であいさつする。

 スーツ姿の、冷酷な無表情のまま。


「では、お望み通り説明しましょうか」


 ブラインド越しに光を背負い、影になった顔。

 その両目に宿る、金色の異常な虹彩が、輝いた。


「今回の事件のあらましを」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ