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かみがみ拾遺譚~掉尾の物語~  作者: 真上犬太
掉尾の一、拾い集める者
2/18

1、三度死んだ村

――降臨歴20年。

魔王討伐より二十年後。

モラニア大陸中央部、三国境界線の街道。



 初夏の風が、川沿いの道を吹き渡っていく。

 綺麗に整えられた日よけの樹林が、心地よい影を落としているためか、触れる大気は心地よく涼やかだった。

 輝くような日差しに川面が照り映え、こずえの向こうで閃く。進んでいく石畳の道は堅牢で、刻むようなブーツの、心地よいリズムを乱すこともない。


「毎度思うのですが」


 だが、そんな風光明媚でのどかな光景の中で、傍らを歩く従者は不平を漏らした。


「いい加減、馬をお使いいただけませんか?」

「そしてわたしも、言ったはずだよね」


 口元を緩ませて、彼女は告げる。

 ネコ科の生き物そっくりの口元で。


「これはわたしの趣味であって、カーヤが合わせる必要はないんだって」

「いいですか、この際だから、はっきりと申し上げておきます」


 こちらを追い越し、倍ほどもある上から、赤毛の女性は眉間にしわを寄せて告げた。


「四大陸魔術師連盟に、その人ありと言われた大魔導士様を、あろうことか徒歩で大陸横断させる自体、天下に示しがつかないと言っているんです!」

「"勲章なんぞ貰うもんじゃねえ"」

「は?」

「お師匠様の言葉。これだけは、ちゃんと言うことを聞いておくべきだったなって」

 

 身に着けた緑のケープ越しに肩をすくめ、黒い猫顔をした少女は苦笑する。

 それから、鱗の生えた獣のような手で、困り顔の従者の腕を、そっと叩いた。


「ごめんね、カーヤ。でも、これだけは譲れないから」

「海路以外はすべて、可能な限り自分の足で歩きたい……はい、分かっております」

「もしかして、疲れたの?」

「騎士の体を舐めないでください。この程度の徒歩による行軍、教練に比べればなんということも。ただ」


 その顔は疲れというより、飽きた、と言わんばかりの嫌悪に満ちていた。


「どこまで行っても似たような景色ばかり。これなら、ケデナの山の方がまだ見ごたえがありますよ」

「そうかな」


 軽く歩幅を広げ、大回りしながら街道を進んでいく。

 簡素な革鎧に、指先ほどの銀円を首から下げ、薄紫の旅行用ズボンと、茶色のブーツ。

 そして片手には、磨き上げられた樫の杖。

 旅慣れた魔術師の、ごくありふれた装いだった。

 だが、その衣装で隠されていない部分は、人のそれではない。

 獣の顔立ち、竜を思わせる腕、瞳の竜眼。

 この世界のどこを探しても、同一の種族は存在しない。


「カーヤはもっと、世界に関心を持つべきだと思うよ」

「……申し訳ありません。あたし――私にとっては、木は木であり、草は草です」

「そっか」


 従者の説得を諦めると、彼女は走り出す。


「え……ちょ、待っ、待ってくださいイフ様!?」

「競争しよう! 小さい頃、一杯やったよね?」

「か、勘弁してください! いったい何年前の話だと……イフ様ぁっ!」


 跳ねるような速度で、緑の続く街道を走る。その動きはしなやかで、軽鎧をがちゃがちゃと鳴らして追ってくる女騎士を、みるみる引きはがしていく。

 やがて、その視界の先、森と山に挟まれるように生えた集落が見える。


「ほら、もう退屈じゃないでしょ?」

「……っは、はぁっ、ほ……ホントに、次やったら怒るよ! イフ姉っ!」

「そうそう。二人だけの時は、敬語はやめてって、頼んだでしょ?」

「……じゃあ、今度からそっちも、ちゃんと馬に乗ってよね」


 さあ、どうしてくれよう。

 イフは満面に笑い、あえて返事をしない。

 歩むごとに目の前に広がっていく村の景色を、目に焼き付けていく。

 それは、どこにでもあるような、小さな村。


「宿なんてあるんですかね、えらく小さいですけど」

「あるはずだよ」


 その村には、ほんの少しだけ平凡の枠をはみ出したものがあった。

 白い花をつけた、果樹園が広がっている。


「リンドル。それがあの村の名前」


 三の災禍の村。

 それが、その村の不名誉な、二つ名だった。



 村は来客に沸き立った。

 無論、奇異の目を向けるものあったが、イフが持参した薬草や病気の治療、カーヤの心づけや親書を経て、鳴りを潜めた。

 ささやかな宴が張られ、かがり火ではなく、イフ自身が灯した月光を思わせる魔法が、夜空に掲げられると、囁くような言葉が漏れた。


「ケイタ殿を、思い出すな」


 それは三十を半ばすぎたほどの、若すぎる村長の言葉だった。


「"病葉を摘む指"、カニラ・ファラーダの勇者、ですね?」

「ええ……この村は、あの勇者殿を、改めて祭ることにしました。そして、それを遣わしてくださった、かの女神もです」


 そう言って指さした先、村の会堂の前にある祠があった。

 薬草の束を抱えた、薄絹の女神像。その前には、色とりどりの花と、この村の名物であるリンゴの枝が備えてあった。

 その傍らに、平板な顔立ちの青年の像が建てられていた。


「魔王が倒される直前、この村は、ヤマウニのもたらした病毒によって死の淵にあった。それを救ってくださったのが、不思議な青い竜と、"病葉を摘む指"だったのです」

「それにしては、社殿もなければ、神官らしい姿も見えないが?」

「社殿はまだですが、ガイ・ストラウムへ修行に出ていた者が、正式な神官位を授かって来年戻ってまいります。その時に正式な祭礼を」


 イフは眉根を寄せ、それから尋ねた。


「村長、私は今、ある重要な仕事をしています」

「ほう……それは?」

「かの魔王の悪行を記し、それを払うために尽力した、未だ名の知れぬ勇者たちの、足跡を記した評伝です」

「つまり、この村の、勇者を?」

「ええ」


 村人たちの顔が、少なからずほころんだ。

 あるものは、語られる前に勇者の姿や振る舞いを伝え出し、別の者は、その後にやってきた"知見者"の悪行をあげつらってきた。


「ケイタ……いや、勇者ケイタの物語を、どうかその書物にお納めください、イフ様」

「そのつもりです。そのために、しばらく村での滞在を許していただけますか?」

「もちろんですとも!」


 やがて宴は盛り上がりのうちに閉じられ、二人は用意された宿屋の、もっとも上等な部屋に案内された。

 

「まさかこんな村に、ここまで上等な部屋があるなんて。もしかしてイフ姉、来たことがあったとか?」

「違うよ。あの人から聞いたの。この村が一度、滅んだ話も」

「――三の災厄の村、だっけ。街道沿いにあるのに、やけに辺鄙なのも、その通り名のせいなんでしょ?」


 イフは頷き、窮屈な旅装を解く。

 それから、夜着を荷物から取り出し、着替えた。カーヤの方はいつも通り、鎧と上着を脱ぎすて、下着姿でベッドに転がっていた。


「この村は、三度滅びに瀕した。一度目は魔王軍によって、二度目は"知見者"の徴発とその軍の崩壊によって、三度目が」

「あのクソ魔王の攻撃によって、だよね」

「うん」


 魔王の襲撃によって村を焼かれたカーヤにとって、それはやり場のない憎悪だった。

 人前では見せることはない、それでも子供のころから彼女を知っているイフにとって、それは決して癒えない傷のように見えた。


「そういえば、イフ姉」

「なに?」

「なんでそんな不機嫌そうなの」


 まるで子供のように、足をばたつかせるカーヤは、子供のころそっくりだ。

 いつの間にか、こちらの背丈を追い越し、大人の振る舞いを身に着けたが、こういうところは変わらない。


「怒ってたつもりはないんだけど、どうして?」

「"病葉を摘む指"の話の時、変な顔してたから」


 本当に、この子はよく見ている。

 イフは笑い、それから疑問を口にした。


「そうだね、カーヤ。怒っているのとは違うけど、不審に思ったの」

「どうして?」

「三度目の災厄の時、"病葉を摘む指"は、封印されていた。降臨できるわけがない」


 その敗北のことも、イフは知っていた。それを知る者から直接聞いているからだ。


「その時、地上に直接干渉できた神は、たった二つ柱しかいない」

「……"英傑神"さまと」

「そうだよ。私たちは知っている。ケデナでは誰も口にしようとしない、あの女神」


 自分たちも、あえて口にしようとは思わない。それでも、決して忘れられない、一つ柱の女神のことを。


「もう寝ようよ。明日は、村の人たちに聞き取りをしないとね」

「……協力できそうもないから、暇つぶししてても?」

「それなら、村はずれにあったって言う、魔王の迷宮跡を見てきてくれる?」

つかまつりました。偉大なる大魔導士、イフ・アルキドルーガ様の下命、果たしてご覧に入れましょう」


 二人で笑い、そのまま寝床に入る。

 そして目を閉じながら、イフは祈りをささげた。


「おやすみなさい、ユーリ」

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