表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かみがみ拾遺譚~掉尾の物語~  作者: 真上犬太
掉尾の三、ブルー・テスタメント
19/24

4、サラリーマン

 狭い一帯に押し込められた狭小の店舗。それが、ゴールデン街の特徴だ。

 普通の飲み屋から居酒屋、コンセプトバー、オーセンティックなサービスを提供する店など。ある意味『酒』にまつわる常設の博覧会場と言えた。

 そのエキゾチックさに惹かれて、海外の観光客も出入りするようになり、国際色は豊かだった。

 信二の行きつけには、店先に英語で『Private rental(貸し切り)』と記されていた。


「いいんですか? 入っても」

「建前みたいなもんですよ。読めない人間(・・・・・・)だけが入れる仕組みです」

「ああ、なるほど」


 もちろん、この仕組みをすり抜けるタイプもいるが、その時は『書いてあること』をそのまま告げればいい。

 これをどう捉えるかは人によるが、この街は『現地民のための場所』であり、店がサービスを提供する人間を選ぶ権利は、憲法でも保障されている。

 看板の効果なのか、バーカウンターが大半を占める一畳半の店には、自分たち以外の客はいなかった。


「ハイボール」

「ジントニックで」

「なにか、お好みはありますか?」

 

 首藤氏も信二も、お勧めに従うタイプの人間だった。

 琥珀と無色透明のドリンクが提供され、互いが酒杯を上げる。


「おつかれさんです」

「そっちも、おつかれさま」


 口を湿し終えると、信二は告げた。


「いろいろ回ってきましたよ。勇者サークル」

「今度は誰の依頼ですか、探偵さん」

「守秘義務。そこは勘弁してください」


 相手は笑おうとしたが、うまくいかなかった。酒をあおり、絞り出すように告げる。


「正直、その話は、思い出したくないんで」

「どういうことですか?」

「あの会社が、あんな風になったのは、俺のせいだ」


 実のところ、信二と首藤氏が会うのはこれが初めてではなかった。

 別件、正確には本来の仕事である、探偵業の調査対象だった。


「まさか、神様がなにか?」

「俺の仕上げたって言われてるシステム改修。あれは、手付金代わりに、神様が直してくれたものなんですよ」


 今はすでにない、ITエンジニアリングの会社。

 首藤勇実はそこで働いていたが、大口の依頼を一つ片づけた後、退職している。彼の業績は高く評価され、会社はその『実績』を営業に利用した。

 その結果、破綻した。


「正直、全部軽い気持ちだった。あんなシステム、初めからうまくいくわけなかったのに……そのせいで、孝人が」


 それは、彼の後輩であり、つい最近自殺したという社員の名前。

 小倉孝人という、平凡な会社員の死にまつわる事実を、調べてほしいという仕事が、首藤氏とのかかわりの始まりだった。


「そういえば、その小倉さんは? 確か、植物状態だとか」

「死にましたよ。先月の末ぐらいに、連絡が来て」


 怪獣騒ぎの中で死んだ、ありふれた社会の被害者。

 その契機が『先輩社員が勇者になった』という点を除けばだが。


「そういえば、その神様から折り返しの連絡は?」

「……ありました。二年前くらいだったか」

「参加は?」

「やめときました。参加する理由も、無いと思ってたんで」


 その口ぶりは、明らかに後悔をにじませていた。

 だが、その空気がほんの少し、和らいだ。


「あいつの、友達って奴が来て、直接話してくれたんです」

「……もしかして、本永充ですか?」

「小谷野さんに依頼したのも、彼なんでしょ。実は、孝人からも聞かされてて。有名なアーティストだとか」


 なぜか、ポケットから名刺入れを取り出し、手の中でもてあそびながら、彼はいつくしむように告げる。


「孝人から、俺のことを聞いた。いろいろ世話になったけど、また酒飲む約束は果たせなかったと。そのことだけ、謝っておいてほしい、だそうですよ」

「本人から、聞いたんですか?」

「植物状態の病室に、介護の手伝いをしに行ってたらしくて。その時に、そんな風に感じたってことじゃないんですかね」


 そして名刺入れが開かれ、引き出された一枚の紙片を見て、信二は声を上げるのを寸前で、抑えることができた。


「ちょうど、ファミレスでそんな話を聞いてたんだけど、色鉛筆かなんかで、あっという間に描いたんですよ。あいつだと思って、持っていけ、って」


 赤いチョッキを身に着けた、ネズミのような生き物が、スケッチブックを手に何かを描いている姿。


きっとあの世で(・・・・・・・)こんな風に(・・・・・)絵を描いてるから(・・・・・・・・)って」


 おそらく、彼にとっては、死の喪失を慰める程度の、麻酔薬ぐらいの品物だ。

 だが、今の自分にとっては、この世界の秘密を暴露するような、おぞましい真実の書の断片に見えた。

 今すぐ奪い去りたい、その衝動を必死にこらえて、スマホのカメラを構える。


「そ、その、映していっても、構いませんか?」

「どうぞ。さすがに上げるわけには、行かないですけどね」


 シャッター音、フラッシュ。

 手の中に納まった、一匹のネズミの絵。

 そいつは、気の抜けた笑みを浮かべて、視線の先にあるモチーフを眺めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ