3、デュエリスト
関係者三人が集まると聞き、信二はそのイベントの後に、インタビューを申し入れた。
答えは三様の『YES』。
『あいつのこと聞きたいって!? いいぜ! なんでも聞いてくれ!』
『いいですけど、記事にするとか、そういうのは勘弁してください』
『大丈夫です。ああ、でも、門限があるんで、なるはやでお願いしますね』
待ち合わせの場所は秋葉原駅近く。ホビー関連の店舗が集まった複合ビルで行われた、カードゲーム大会だった。
アメリカ初のカードゲーム『wizdom;the glorious』、通称『ウィズ』。
その公式大会に、彼女たちはチームで参加していた。
チーム名は『運命のデュエリスト』。
「発案者はオレね! だって実際、オレたち運命で結ばれた同士だし!」
チームの中で最年少の少年、紫藤伶也。
高校一年生としては、かなり言動が子供っぽいが、パンクロッカーと勘違いしそうなファッションが、なんとも言えないミスマッチ感がある。
「……俺は嫌だって言ったろ。この前のインタビュー記事、行きつけの店に貼ってあって心底キツかったんだぞ」
その隣に立つのは、いかにも平凡そのものの黒髪の青年。
海道俊之、ウィズにおけるトップランカーで、現在二位の地位にある。
「私は結構好きかな。ということで、賛成多数により可決されたわけですねー」
そして、このチームのリーダーであり、日本における一位の成績を誇る三条日美香。
茶色みかかった髪に、野球帽のようなキャップをかぶり、いかにも活動的なズボンにジャケット、ロングシャツという衣装だ。
「それで、今回の戦績は?」
「もちろんばっちり大勝利! ちょっと危ない瞬間もあったけど、会場はめちゃくちゃ盛り上がったし、終わり良ければ総て良しっ!」
「見てるこっちは悲鳴上げたかったけどな。ノータイムで切ってくとか」
「実際に悲鳴上げたのは、対戦相手だったけどね? 『あんのかよ三枚目』って、呻いてたの聞こえたし」
実際、この三人を中心としたチームは、団体と個人戦でも良成績を残し、次に海外で開催される世界大会にも出場を予定していた。
そのまま、あらかじめ予約しておいた焼き肉店に招き、そこでインタビューを始めた。
「どっから話したらいいかな。オレがヴィースに呼ばれたとこから?」
「その、小谷野さんは、勇者のことは?」
「君たちの前に他の子にもインタビューしてるよ。だから、途中は端折っても大丈夫」
だが、三人の事情は、それまでの勇者たちとはだいぶ毛色が違っていた。
「元々は私の召喚主であるマーちゃん、"愛乱の君"マクマトゥーナの神規の力で、勇者候補の補充が行われたことが発端だったんです」
「勇者の、補充?」
「神々の遊戯は基本的に、開始前にエントリーを済ませておかないと、途中参加はできない。それを大神の権限、というかごり押しで可能にしたらしいですね」
三条日美香を召喚したのは四柱神と呼ばれる実力者の一柱で、彼女のデュエリストとしての才能を生かせる『カードゲーム』の神規を展開した。
「マーちゃんは、それまでの不平等な遊戯を嫌ってて、神様も魔界の人たちも、平等に参加して楽しめるゲームを設定したかったって言ってました」
「愛称呼びとは、ずいぶん親しかったんだね」
「神様っぽく、ちゃんと怖いところもあったんですけどね。なんか、いつのまにか、友達みたいな感じの付き合いをしちゃってました」
そのゲーム内ゲームのような状況で三人は知り合い、こちらに帰って来てからチームを組むに至ったらしい。
「てか、びっくりしましたよ。いきなり俺の参加してる大会に来て『オレのこと覚えてるか!?』だったし」
「そのまま大会の決勝とかで会いたかったけどな! オレ、一回戦負けしたし……」
「その後、二人で私のところに来て、面白そうってチームを組んで」
今までのインタビューとは違い、カードゲーマーたちは終始和やかに、異世界での冒険を語ってくれた。
ついでに、育ち盛りの子供らにふさわしい、旺盛な食欲を示しつつ。
「流血を伴わない、番外戦術を極力排したエンタティメント重視のゲーム。その女神さまは、相当やり手のプロデューサーだったようだね」
「ですねー。真剣勝負なんてくだらない、人生は舞台だ、って言ってましたし」
「そういえば、例のコボルト」
「オレのライバルと書いて親友と読む、シェートのことだな!」
どうやら、例のコボルトは順当に勝ち上がってきたらしい。とはいえ、異世界のニンゲンに、カードゲームなどできたんだろうか。
「オレが最初にあいつとデュエルしたんだぜ。でも、全然弱っちくってさー」
「で、こいつが散々チュートリアルみたいなバトルを繰り広げて、気が付けば俺も三条さんも、そいつに負けるほどに育ってたんだよなぁ」
「女神さまとの二人三脚でしたけどね。でも、最後にはちゃんと自分の考えで、カード使ってたし。すごい上達速度だったなー」
ここまでのインタビューで、そのコボルトはひたすら『大物食い』をし続けている。
百人の勇者を下し、魔王軍と組んで勇者軍を攻め滅ぼし、カードゲーム大会でも優勝を引っさらっていく。
「君たち、そのコボルト」
「シェートな」
「……そのシェートが、最後どうなったのかは、知ってるのかい?」
その時、三人の間にわずかな緊張感、のようなものが走った。
すべてを心得た日美香が、代表して意外な一言を告げた。
「すべての勇者に勝って、神々の遊戯を終わらせたそうです」
彼らの緊張が伝わり、信二の背筋もしびれさせる。
聞くべきことを簡潔に、絞って尋ねる。
「その情報は、どこから?」
「私たち、もう一回、あの世界に呼ばれてるんです」
「……なんだって」
今までの勇者たちからは聞けなかった、驚くべき事実。だが、彼らはこれを打ち明けたがっていない感じだった。
つまり、
「特別措置、ということかい? 君たちデュエリストだけの」
「神々の遊戯はシェート君が壊してしまった。それに代わるものとして、マーちゃんのデュエルを、新しいゲームにしようとしたんです。そのインビテーショナル枠、ですね」
「でも、新しいデュエル大会、あの一回だけっぽいんだよなぁ」
「クーリ……俺の担当だった女神も、帰り際にそんなことを言ってました。『おひいさまの威光でも頑固な連中はどうしようもない』って」
信二は極めて抑制的に、次の質問を繰り出す。
鉱脈を掘り当てた、そんな実感を悟られないように。
「向こうからの干渉は、それっきり?」
「そうですね。残念ですけど」
「神去って、向こうの神様は地球のことを、そう呼ぶんですけど。俺たちの星って、あいつらには毒らしいんですよ」
「……詳しく、お願いできるかな」
結局、二時間にも及ぶインタビューで分かったのは、神という存在がいいように地球の状況を扱っていること。
そして、自分たちは連中から『忌子』とみなされているということだった。
「ごちそうさまでした」
「ホント美味かったー。ありがと小谷野さん」
「それで、この話は、なんか雑誌とかに載ったりは……」
「大丈夫。そういうのはないから。あったとしても匿名にしておくし」
とはいえ、このことを『報告』すれば、彼らの人生はこれまでとは違う意味を持つことになるだろう。
そんなことはおくびにも出さず、挨拶をして別れる。
「異世界からの侵略行為……と言うには、難しい話だな」
スマホで時刻を確認し、足を速める。
電車を乗り継ぎ、新宿方面へ。
その間にも、思考はめまぐるしく動いていく。
「神を名乗る存在の干渉、異世界の代理戦争、転移中の人間はこちらでは『いない』ものとされる……か」
『晦魄って言って、地球の歴史から、無いものとして扱われるらしいです』
『神様に気に入られた勇者の中には、そのまま異世界に移り住んで、帰ってこない奴もいるんだってさー』
『私も誘われましたけど……いろいろあるんで、断っちゃいました』
三条日美香たちの証言を信頼するなら、神々の遊戯とやらは『終わった』らしい。
では、あの『怪獣』と『獣人』は何だ?
やがて電車は、日本最大のハブ駅に停車し、待ち合わせの場所へと向かう。
「こんばんは、お疲れ様です」
信二が声をかけると、西口前の広場でたたずんでいた背広姿が振り返る。
「お疲れ様です、小谷野さん」
少し疲れたような顔の中年男性。目元に疲れがあるのは、単なる労働によるもの、というわけではない。
「どこ行きます?」
「俺の行きつけでよければ、そこで」
連れだって歩き出し、彼は居心地悪そうに笑った。
「まさか、あんたにまた会うとは思ってませんでしたよ」
「俺もです。っていうか、異世界の勇者、ですか?」
満面の苦笑を浮かべて背広の男――首藤勇実は、首を振った。
「あんまり言わないでくださいよ。恥ずかしいんで」
そんな中年二人が連れだって向かった場所。
新宿二丁目のはずれ、ゴールデン街の一角が、夜のインタビュー会場だった。