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かみがみ拾遺譚~掉尾の物語~  作者: 真上犬太
掉尾の三、ブルー・テスタメント
17/24

2、プロゲーマー

 スーツ姿の記者たちの間に挟まるようにして、信二は待合室で結果を待っていた。

 生まれて初めて入る『勝負』の世界。

 襖で仕切られた部屋の向こうから、成すべきことを終えて出てくる顔がある。その背景にあるのは、九×九マスの木でできた遊戯盤。

 将棋の昇段試験、その最難関ともいえる三段リーグ。半年にもわたるリーグ戦を行い、上位四名のみを『四段プロ』へと変える、文字通りの登竜門だ。


「長いな……」


 そんな信二の呟きに『先輩記者』がたは笑う。こんなものは、よくあることだと。

 いつの間にか窓の外は夕暮れに近づき、対局者たちは姿を消していく。

 残すは三組。

 やがて一組が一緒に場を去り、残された片方はいわゆる『感想戦』をしていた。

 そして、


「――ありません」


 絞り出すような声。

 自ら敗北を告げた男性は、盤面から顔を上げて、一瞬泣き出しそうな表情をしたが、それでも対戦相手に問いかけた。


「銀を取らなかったのは、ここまで見えてたからかい?」

「そう、ですね。多分、香車を振ってくるんじゃないかとは、思ってたんで」


 驚くことに、二人の手はあっという間にニ十手も前の盤面を再現し、互いの戦術を再考し続けた。

 だが、次第に男性からの指摘は消極的になり、苦く笑った。


「おめでとう、康晴やすはるくん」

「ありがとうございます」


 男性は対局者と進行役に挨拶をし、足早に去っていく。その後を追うようにやってくる青年を、記者たちが待ち構えていた。


「葉沼康晴四段(・・)。おめでとうございます」

「……ありがとうございます。正式に発表されていないし、まだ三段で」


 葉沼康晴、十九歳。奨励会所属のアマチュア棋士。

 いや、たった今、プロになった青年。

 彼もまた『異世界の勇者』だという話を聞いていた。情報元は、この前話を聞いた三枝圭太だ。

 二十歳にも満たない年齢で、プロの世界を目指してしのぎを削る。そういう人間が異世界の勇者なんかをやる気になった経緯は、正直興味があった。

 将棋関係のインタビューが一通り終わり、帰り支度を始めた彼に、信二は機嫌をうかがうように近づいた。


「葉沼さん、時間、いただいてもよろしいですか?」

「えっと、貴方は?」

「メールお送りした小谷野です」


 彼は目を丸くし、それからほろ苦く笑った。


「篠原さんからも連絡貰ってます。試験終わった後なんで、今日は勘弁してもらえませんか?」

「もちろん。今回は顔見世程度のご挨拶なんで。とはいえ、これからはもっと忙しくなるでしょうから、できれば早めにお話を聞かせてもらえないですか?」


 彼は快く承知して、数日後の休日に待ち合わせを約束した。

 

「お疲れ様です」


 十時過ぎ、涼しい大気に満ちたファミリーレストラン。

 彼はうっすらと汗をかきつつ、四人掛けの座席に向き合って座る。

 窓の外は梅雨の合間の晴れ間。というには夏のような日差しが降り注ぐ、なんとも言えない暑さが支配していた。


「来てくれてありがとう。何でも好きなもの頼んでよ」

「俺も一応、プロですから、割り勘で」

「こっちが申し入れた取材だし、プロ棋士におごる機会は逃したくないから。遠慮なく」


 そんなことを語りつつ、メモ用紙や録音機材を引き出し、取材の体裁を整える。

 合間に、やってきた配膳ロボから、軽食を受け取りつつ尋ねた。


「篠原さんたちのサークルにも顔を出させてもらったから、大体の話は聞いてる。君を呼んだってのは、いわゆる有力者的な神様だったんだって?」

「そう、ですね」


 彼はブラックコーヒーに口をつけ、なんとも言えない表情で告げた。


「"知見者"フルカムト、はっきり言っていけ好かない神でした」

「なるほど。だいぶ苦労したんだね」

「ただ、実力は本物でしたし、俺も、恩みたいなものがあります」


 意外な回答に先を促す。

 語られたのは、彼が異世界でたどった、数奇な運命についてだった。


「俺たち異世界の勇者は、自分の希望やアイデアを神々に提出し、それを神の力で加護の形に変換してもらえます。その結果生まれるのが、神器や神規です」

「弱い神様は魔法の道具やちょっとした能力を与えるだけ、と聞いたけど。君のは?」

「現実世界に、リアルタイムストラテジーのゲームシステムを適用する、っていって、わかりますか?」


 彼の神が与えた能力は、世界を一種の戦略シミュレーションゲームとして扱えるようにしたものだった。

 雇った兵士には、経験値を得てレベルアップする能力を、彼自身には好きな時点で、それまでの行動を『セーブ』し、『ロード』してやり直す力が与えられていた。


「セーブスロットはひとつだけでしたが、何度でも現実を巻き戻して、やり直すことができました」

「……いよいよ、とんでもないことになってきたな。そんなの無敵じゃないか」

「ただ、俺の中にはその時の経験と一緒に、過去の記憶も残るんで、大変でしたけど」


 単なる作り話、としては真に迫りすぎた言葉。

 彼は幾分か遠い目をして、興味深いエピソードを語りだした。


「高校一年の時、四段への昇段試験があって、落ちてしまったんです。舞い上がってたんでしょうね、手筋を打ち間違えて」 

「……悪いが、少し調べさせてもらったよ。昇段試験に落ちた直後に、おじいさんが亡くなられたそうだね。そこから二年近く、君は将棋から遠ざかっていた」

「たった一月離れただけで、取り戻すのに半年はかかるとまで言われるのが、棋士の世界です。あの頃の俺は、将棋を捨てる寸前だったと思います」


 だが彼は、二年のブランクをものともせず、見事に返り咲いた。

 その『種と仕掛け』は、意外なものだった。


「"知見者"に、勇者として誘われた後、俺は報酬として指導を受けていました」

「将棋の、かい?」

「古い中国の物語に、仙人に碁を教わって、名人になる話があるそうですね。俺の方は、将棋でしたけど」

「……なるほど」


 実際、彼の将棋は以前とは別人のようだ、と評する声が多かった。今回の昇段審査でも十五戦中十二勝という成績を収めている。

 将棋自体にさほど興味のなかった信二の目から見ても、明らかに異常な結果だ。


「俺は、向こうの世界で大きな罪を犯しました」

「罪、というのは?」

「奇跡の力で人々の意思を捻じ曲げて、神の勇者の名で戦場に送りつけた。そして、最後には魔王軍に敗北した」


 その背に想像もつかない重荷を背負いながら、青年は訥々(とつとつ)と告げた。


「ここではない別の世界でも、神様に命じられたことだとしても、ゲームの駒として命を扱ったことは、忘れられないし、忘れる気もないです」

「君が負けた後、軍隊に従った人たちは?」

「分かりません。一応、敵の将軍に、見逃してくれるようには頼みましたが」


 概要を掴み、こまごまとしたことを聞き終えると、信二は話の締めに、一つ確認をすることにした。


「ところで、君の軍隊が魔王の軍と戦ったのは、モラニアって土地なんだよね?」

「はい。それがなにか?」

「なら、百人の勇者を破ったっていう、コボルトの話は聞いているかい?」


 なぜか彼は笑い、荷物入れから棒状の何かを取り出した。細長い袋から取り出されたのは、棋士の持ち物である扇子だった。


「俺が負けたのが、その魔物ですよ。確か、シェートって名前だったかと」

「……神様の勇者が、魔王の軍に?」

「"知見者"を倒すために、だそうです」 


 彼は見えない『誰か』に突き付ける様に、閉じた扇子を虚空に差し上げた。

 それから、頷く。


「生まれて初めて"シンケン"に戦った。褒められたことじゃないですけど、あの場を経験したおかげで、何かが変わった気がします」


 信二は礼を言い、そのまま彼と別れた。

 手に入れた情報は、まるで現実感がない。その癖、語る青年たちの言葉や表情は、どこまでも実感にあふれていた。


「なんなんだ、この一件は」


 見上げると、空はまた黒雲に覆われ始めていた。

 拭い去れない暑気を泳ぐように、信二は街を歩み去った。


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