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かみがみ拾遺譚~掉尾の物語~  作者: 真上犬太
掉尾の三、ブルー・テスタメント
16/24

1、ルーザーズ

 そこは、市営の公民館で貸し出している会議室の一つだった。

 受付近くの壁に置かれたホワイトボード。そこに使用者や団体名、目的が書き込まれている。

 利用時間は三時間。団体名は、


「ファンタジー創作研究会、ね」


 開始時間直前に訪れたロビーには、人影はひとつしかない。

 長い黒髪とベージュのハーフジャケットにスカート。落ち着いた感じの着こなしの、大学生ぐらいの女性だ。


「えぇっと、貴方が、代表の篠原綾乃しのはらあやのさん?」

「あ、小谷野さんですか?」

「はい。今回はありがとうございます」


 名刺を差し出すと、彼女は両手で受け取る。内容を改めて、頷いた。


「その……メールでもご説明しましたが、私たちはあくまで、同好の士、という感じの集まりなんです。ですので」

「分かってます。皆さんの名前は出さない、記事にする前には必ず、篠原さんに原稿をお見せします」


 名刺にはライターと肩書が記されている。

 情報収集の時に使うものであり、表向きにはこの身分で通すことにしていた。


「綾乃さん! もう時間だよ!」


 二階へ続く階段から、背の高い青年が声をかけてくる。その人物に頷いて見せると、彼女は笑顔で信二をいざなった。


「それじゃ、行きましょう」

「はい」


 案内された会議室には十列ほどの長テーブルがあり、三十人ほどの席についていた。

 すでに演壇の背後にあるホワイトボードには、今回のテーマらしいタイトルが書き添えられていた。


『検証――モラニアにおける文化と産業について』


 信二は集団に軽く頭を下げ、一番後ろの列に座る。

 この場にいるのはすべて自分よりも年下で、場違い感がぬぐえない。

 その上、全員『異世界の勇者』を名乗る連中だと思うと、今すぐに帰りたいという気持ちでいっぱいだった。


「今日も、お集まりいただきありがとうございます。それでは、前回のまとめと、今回の議題についてご説明します」


 この集まりの主催者でもある篠原綾乃は、よく通る声で司会進行を務めている。その隣でこまごまと世話を焼いているのは、遠山文則とおやまふみのり

 どちらも大学一年で、明らかに『付き合っている』のが見て取れた。


「前回、皆さんの守護神と神器についてお伺いしましたが、その時にいただいた情報を利用して、神々の相関関係をまとめてみました」


 お前は何を言っているんだ、という言葉が出そうになるのを、何とかこらえる。

 一応、自分にも配られたコピー用紙には、よくわからない、というか、あまり関わり合いたくない情報が、つらつらと書かれていた。


「私の召喚者である"波濤の織り手"と、遠山さんの"覇者の威風"は、明らかなライバル関係でしたが、その派閥に関して、いろいろと面白いことが分かったように思います」

「たいていの神様は本業とは別に、戦争の神様的役割をやってるっぽいんだよな。むしろ戦争を本業にしてるのがレアっぽいってさ」


 そんな概略を語る二人に、会場の連中が手を上げて意見を述べ始める。


「そういや、オレの神様もそんな感じだったな。なんだっけ、麦を育てる魔法とか教えてくれた。使えねーから使わなかったけど」


「うちの神様、ハタオリ? とかってゆってた。ハタオリってなに?」


「むしろ、うちみたいに薬とか癒し専門の神様自体、参加することが少ないって。たいていは伴神みたいな立場にいるそうだよ」


 どうやらこの連中、自分たちが『異世界の勇者』だったと、本気で思っているようだ。

 はっきり言って何かのカルトすれすれのやり取りを聞き流しつつ、信二は友人の苦々し気な仕事依頼を思い出していた。



『ここ十年、ネット上のコミュニティに、妙な派閥、のようなものが確認されるようになった』


 SNSやグループチャットなどのやり取りを、プリントアウトしてきたもの。

 そこには『自分が異世界の勇者だった』と主張する、一連の書き込みがあった。 


『本来なら子供の妄想、中二病の一言で済ませてもよかったんだがな』

『そんな簡単な話か? この手の妄想が、終末思想こじらせた自殺カルトや、新手の自己啓発セミナーに化けるのも、よくある話だぞ』

『そっちは『うち』の管轄じゃない。問題は、こいつらの発言がある種の『共通認識』の下で、整然としていること。そして』


 苦り切った顔で、友人は懸念を吐き出した。


『こいつらの言っている『神』が、例の『獣人』と繋がるかもしれない、ってことだ』



 一通りのディスカッションが終わると、元勇者の連中はいくつかのグループに分かれ、議題である『異世界の産業』についての情報を出し合っていた。

 主催者である篠原綾乃は、この会合を『同窓会』と称していた。


『同窓会ですか? その、異世界で冒険した者同士?』

『そうですね。同時に、残念会のようなものでもあるんです』


 それは数度のメールのやり取りの後、チャットで尋ねた時のやり取りだった。


『皆さん、その、勇者として、冒険に出て、魔王を倒す、って感じだったんですか?』

『その道半ばで全滅してしまったんです。情けないお話ですけど』

『魔王が強すぎた?』


 彼女は、文章からでもわかるほど、痛烈な皮肉を込めて事実を語った。


『神々の権力闘争。身内争いで、足を引っ張り合った結果です。そういうのって、たとえ異世界でも変わらないんだと、思い知りました』


 結局、その一言が、このグループディスカッションへ参加する後押しになった。

 似たような集団が、身内ノリや特権意識をこじらせたろくでなしに堕していく中、ここの空気は比較的ましに思えた。

 信二は、ひと段落ついたらしいグループに近づき、一人の青年に尋ねる。


「ちょっと話を聞かせてもらっても?」

「は、はい。なんでしょう」

「その……勇者って、具体的にはどんなことをやってたんだい?」


 彼は肩をすくめ、それから自分の提出する予定だった用紙を、信二に見せた。


「……リンゴの品種改良、農政改革、新しい商品としての酒類の醸造?」

「僕、はっきり言って、意気地なしだったんで。戦闘じゃなくて、一つの村で内政チートをしようと思ってたんです」

「内政、チート?」


 信二にとって、世間で流行った異世界ファンタジーは興味の外だ。

 お膳立てされた成功譚、甘ったれたガキの妄想、所詮は現実に居場所のない、オタク連中向けの飴玉としか思えなかった。


「簡単に言えば、神様の力を借りて、その世界にない文明や情報を利用して、現地の人にマウントする話です」

「……なるほどね」

「そんなもの、何の役にも立たないって、すぐに思い知らされましたけど」


 気弱そうに見えた青年の顔は、驚くほど引き締まっていた。それから、何かを思い出すように両手を握る。

 意外にも、その手は鍛えられて、筋張っていた。


「魔王軍の侵攻で、村は壊滅。その後、別の神様の軍隊に接収されて、僕とカニラ――召喚してくれた女神様ともども、追い出されました」

「よりチートな神様には叶わなかったと。篠原さんも言ってたよ、神様たちは権力争いに夢中で、人間なんて気にも留めてなかったって」

「そうでも、ないですよ。みんながみんな、そういうわけじゃなかった」


 信二は反射的にメモ帳とボイスレコーダーを取り出す。

 それまでの先入観的なものが、篠原綾乃と目の前の青年の言葉で、きれいに拭われた。


「え、な、なんですか!? ぼ、僕のことなんて、聞いても面白くない、と思います」

「それはこっちで判断します。大丈夫、全部オフレコ、素性も、漏らしませんから」


 思いつく限り、聞くべき要点を書きだし、問いかける。


「念のため、名前を聞かせてもらっても?」

三枝圭太さえぐさけいた、です」


 そして、元勇者たちへのインタビューという、奇妙な仕事が、幕を開けた。



 信二の事務所は西東京の一角、都心へのアクセスがぎりぎり一時間を超えない土地に地所を定めていた。

 一人暮らしを始めてから、大体その距離感でねぐらを選んでいる。

 理由は利便性と、自分の機嫌を損ねない人口密度を担保できるからだ。


「……異世界の勇者か」


 もちろん、あの集団の言葉をうのみにするつもりはない。だが、篠原綾乃のグループ以外からリサーチした内容も、大枠では一致していた。

 神々の遊戯、そう呼ばれる神と勇者の代理戦争。

 魔王が征服した異世界を、日本から召喚された少年少女、あるいは中年たちを勇者に仕立て上げてぶつけるという悪趣味なゲームだ。


『なんで日本人だけなんだい?』

『あー、なんかねー、日本が一番いいんだって。いい加減で、ちゃんとカミサマ信じてないからー』

『いきなり悪魔呼びされてめんどくさいから、外国の人間は使いたくねーって、愚痴こぼされたよ』


 驚くほど納得の理由だ。

 かたやゲームのコマや鉄砲玉として使いたい神。

 他方、無制限のチート能力を与えられ、異世界で承認欲求を満たしたい連中。

 召喚する神も、呼ばれる勇者も、どちらもドライに付き合えるという意味では、現代日本人ほど使いやすい人材もあるまい。


「とはいえ、随分イメージとは違うもんだな」


 神々の遊戯に呼ばれる勇者たちに、共通する点はない。もちろん、神と称する胡散臭い奴の頼みを聞ける程度には『おめでたい』という部分は同じだが。

 特殊な背景や、目立った奇行、周辺環境の問題も、特に見られなかった。

 一応、神を名乗る存在だからか、犯罪者や性格破綻者は選定しないということだろう。


『ところで、そのチート能力とやらは、こっちでは?』

『使えないっすよ。そもそも、俺の武器は向こうのバトルで壊れちゃったし』

『能力って言うより、現物支給なのかい?』

『そこは少し、説明が必要ですね』


 そう言いつつ、篠原綾乃は連中の力の背景を語った。

 神器じんぎ神規しんき、勇者に与えられる能力。

 いわゆる魔法の武器や道具、そういうものを神器と呼び、たいていの勇者が持っているのもそれだったという。


『あとで知ったんスけど、あれカミサマにもランク? みたいのがあってぇ』

『それに見合った能力しかもらえないんだわ。マジ使えねー』

『信者や領地の数で決まるそうです。ここにいるみんなの神様は『小神』って呼ばれる、いわば下っ端なんですよ』


 そう締めくくったのは三枝圭太。彼自身は魔法を使う能力を授けられ、それで村の用心棒をしつつ、農業に関する現代知識を使う気だったらしい。

 そんな概要をまとめつつ、信二はふと、気づいたことがあった。


『君らは、いつ頃、どういうきっかけで帰ってきたんだい?』


 それまで友好的だった連中の空気が、少しだけ悪くなった。

 あるものは不機嫌そうにそっぽを向き、またある者は腫物でも触るように、首や顔をそっとさすった。


『あるレアモンスター狩りに参加して、討伐失敗した、って感じっすよ』 

『私の召喚主である"波濤の織り手"と文則さんの"覇者の威風"、その二つ柱が音頭を取って、百人の勇者を集めて行われました。そして、敗北したんです』

『僕は参加してなかったんですけど、相当すごい戦いだったそうですよ』


 言葉だけではピンとこなかったが、その経験があるからこそ、こちらに帰って来てからも集まって、当時を懐かしむということもする気になったんだろう。

 そして信二は、当然の疑問を口にした。


『で、その討伐対象ってのは? 魔王の腹心とか?』


 笑い、ため息、憤慨、なぜか称賛。

 彼らを代表するように、口を開いたのは気弱そうな青年だった。


『コボルトのシェート。最弱の神に選ばれた、最弱の魔物です』

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