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かみがみ拾遺譚~掉尾の物語~  作者: 真上犬太
掉尾の二、青き嵐の冒険
14/24

荒(すさ)ぶ雷の王(後編)

 まったく、思わぬ拾い物だ。

 艦橋ブリッジの司令官席に座った魔神は、目の前に広がる光景に、嗤った。

 本来、このような中規模の星を攻め落とすには、百万単位の軍勢を率いる必要があり、それも、一つの城や砦を、盤上遊戯の駒を落とすように攻めなければならなかった。


「アガド様! 神殿への攻撃準備、整いました! あそこを落とせば、この星の神威も完全に排除できます!」


 状況を報告する下級魔に、鷹揚に頷く。

 この『航空艦隊』を使えば、ものの一週間ほどで、一つの星に掛けられた神の威光を断ち切ることができるのだ。


「我が世の春が来た、というところか」


 嗤い、心躍る気分で、神に仕える人共の無様を、眺め降ろした。

 こちらの軍勢に手も足も出ず、砕け、ちぎれ、焼け焦げているヒトとモノ。

 侵攻のきっかけは、妙なゴブリンどもから提出された『世界の勢力図を変える至宝』という触れ込みの、技術と軍法の指南書だ。


『実地での検証は済んでおります。あとはこれを、いかに発展させるかです』


 実のところ、魔界によくある『詐欺の手口(うりもんく)』かと思っていた。

 古より伝わる異邦の魔術体系、発展が暴走した科学技術の負の遺産、あるいは魔神さえ手を出すことを控える、世界を歪める強力な呪詛。

 大抵は、取るに足らないガラクタに過ぎなかった。

 そもそも、魔界屈指の実力者たちであれば、そんな小手先に頼る必要はない。

 だが、


『……その者の言っていることは、真実だ。無論、手直しは必要だが』


 それは、自分の治める星に流れ着いた『食客しょっかく』の助言。最近、零落してきた神の一つ柱は、忌々しそうに評した。


『天下を取る、まではないだろうが、神々に対する嫌がらせには十分だ。なにより、貴殿の勢力を伸ばす一助となろう』


 正直、ここ千有余年の魔界は、うんざりするような停滞が続いていた。

『神々の遊戯』なる、面倒な約定が、自由な略奪と暴力を禁じていたからだ。

 無論、それをすり抜ける手はいくらでもあったが、小物の魔族ならいざ知らず、自分とてそれなりに勢力を持つ魔神の一柱。実力と誇りに掛けて、死肉漁りの真似事など、御免だった。

 これまでの無聊ぶりょうを慰め、神々の領土をつまみ食い。

 なにより、己の権勢を守るため『神々の遊戯』を事実無根にしたまま機を伺う、高位の連中への意趣返しにもなる。


「神殿を破壊しろ。その後、俺が直々にこの星を染め上げてやる」


 後は生き残った人共を、勝利の席で味わうとしよう。

 そんな心算に、奇妙な横やりが入った。

 崩れかけた神殿の前に、閃光が走っている。

 何かの儀式魔法か、あるいは遅まきながら自分の星に帰還した、主神の降臨か。


「今更、なにを――」


 嘲りを断つように、青い稲妻が虚空を切り裂いた。

 遅れて、船全体を揺さぶる重い衝撃。

 何が起こった。その答えは、画面にはっきりと映っていた。


「先行した……一番艦、げ、撃沈、されました」


 艦隊の最前列に並べたうちの一隻。

 堅牢そのものの威容を誇っていた金属の塊が、爆炎を上げながら真っ二つに裂壊、破片を撒き散らしながら墜落していく。


「何が起こった!? 明らかにこの星の者の力ではない! どこぞの神格が乗り込んできたか!?」

「わ、わかりません! 現在、空域を走査して――に、二番艦が!?」


 ふたたび、青い閃光が奔り、巨大な艦艇が爆発四散していく。

 うろたえている場合ではない。己に備わった感覚を周囲の空域に展開し、あらゆる異常を全身で感得しようとした。


「な、なんだ、この、空全体が喚くような『聲』は!?」


 明らかに、何らかの竜種による襲撃を示す痕跡。

 だが、それでは全く、理屈に合わない。


「齢千年を経た地竜か、噂に聞く天の『四竜』でもなければ、出せぬ代物だぞ!?」

「で、ですが、そのような存在は確認できません! 姿が、どこにもないのです!」


 姿消しを行っているのであれば、聲の響きでそれと知ることができる。

 あるいは、目にも止まらぬ速さで動いたとして、巨躯きょくが生み出す風の動きを隠すことなどできはしない。

 そのはず、なのに。


「三番艦、撃沈されました! ですが、これを!」


 観測を行っていた者が、感知した敵影を画面に投影する。

 それを見た誰もが、驚愕に目を見開いた。


「こ……仔竜、だと!?」


 おそらく、生まれて十年そこらしか経っていない、小さな体。その全身に、不思議な光沢の鎧をまとっている。

 こんなものが、襲撃者の正体だとでもいうのか。


「だが、姿を捉えたなら問題はない! 観測班、この仔竜に『標的』の呪詛を掛けろ! 艦載機を全機発進、跡形もなく粉砕してやれ!」


 その指示の間にも、別の艦がへし折れ、炎を上げて砕け散っていく。

 司令官である魔神は、歯ぎしりながら更なる命令を叫んだ。


「他の地域に回したすべての艦を呼び集めろ! 敵は竜種だ、一切の油断も躊躇もなく、全力で殲滅せよ!」



 蒼い仔竜が、五隻目の戦艦を食い破ったところで、敵の動きに変化が生じた。

 船底や上部甲板が解放され、十字型の機体が、次々と空へと上がってくる。

 それは、卵を抱えた親から孵化した、小魚のようにも思えた。


「『サンダーボルト01』よりコマンドポストへ。連中、いよいよ本気になったみたいだな。艦載機がうじゃうじゃ出て来た」

『コマンドポストりょーかい。んで、新しい装備の使い心地はどうだ、フィー?』


 上空三千メートルの位置から敵を見下ろし、蒼い仔竜は静かにたたずむ。

 白金と青を基調にした鎧を軽く撫で、体のあちこちについた『楔型』に目を走らせた。

 それは槍の穂先とよく似ていたが、根元の部分に小さな楔が八つ、反対向きに付けられている。


「前とは比べものにならないよ。出力も性能も、十倍近く上がってるんじゃ?」

『認識を訂正。荒ノ雷皇(ライトニングレックス)嵐ノ纏(ストームコーザー)との出力比、千倍以上』

『千倍はフカしすぎじゃねーか? でも、そいつはお前の正式な神器だ。デチューン前提のシステムとは、訳が違うぜ』


 そんな感想を交わし合う間に、鎧の表面や顔の一部に、黒いしみのようなしゅの塊がへばりつく。


『あーっと、それは落とすな。標的の呪詛だから、そのまま引っ付けとけ』

『地上への流れ弾、低減。避難民、安全確保』

「こっちに来るとき、神殿丸ごと結界しといたけど、念のためか」

 

 空を震わす轟音が、大潮のようにせり上がってくる。

 ジェット推進の噴流と、音速を超える衝撃波を後に引き、流線型の戦闘機が小さな蒼い姿へと、突き進む。


『機体のデザインラインは、地球の航空機ベースか。変形して、ロボになったりとかしねーかなぁ』

『フィー、今回の任務、復唱を』

「敵の威力偵察、技術レベルの確認、そして」


 何かを払うように、フィアクゥルは右手を横に広げる。

 呼応して、鎧を飾っていた八機の『楔』が外れ、虚空に展開した。


「『エストラゴン・エクレール』の最終試験な!」


 仔竜の宣言をかき消すように、鋼の機体が一斉に機銃を斉射する。

 それは巨大な翅を持つ、蜂の羽ばたきにも似た唸り。

 展開された防護壁の表面で、無数の熱と衝撃が爆ぜ散り、


「行け、エストラゴン!」


 立ち込めた白煙を切り裂き、飛翔する八つの輝きが、数十機の戦闘機と交錯する。

 わずかに間を置いて、仔竜の背後で無数の爆炎が花開いた。

 砕けた金属の翼や部品が、残骸となって地上に降り注いでいくが、敵を打ち砕いた白金の楔には傷どころか、汚れ一つない。

 

『マスター、交戦報告を。エストラゴン全機、敵性体を迎撃。突撃形態アサルトモードにて安定稼働中です。撃破数は二十三』


 それは、フィアクゥルの鎧背面についた、盛り上がった部分から届く音声。

 無機質で平板な、感情を感じない知性のガイドだ。 


『おっ、そっちのサポートもしっかり働いてんな? それじゃ、オレらはモニターに回るから、新しい相棒と親睦深めとけ』

『『ドラゴデウス』、ナビゲーション担当、よろしく』

了解コピー


 そのやりとりの間に、仔竜の周囲で無数の航空機が旋回し、包囲を完成させていた。

 操縦席に就くのは、人でも魔物でもない、無貌の人形たち。


『呪術による疑似知性を植え付けた、"パペッティア"と呼ばれる模造生命の一種です』

「万が一、自我に目覚めたりとかは?」

否定ネガティブ。原始的な機構による粗製品であり、そこまでの複雑性を持ちえる可能性は皆無です』

「なら、気兼ねなくやらせてもらうぜ! 『エストラゴン』――神竜分霊形態インカーネイションモード!」


 聲が響き、八つの『楔』が、瞬く間に別の姿に転じる。

 それは、本体とまったく遜色ない『八体のフィアクゥル』。


『全機、インカーネイションモードへ移行。『ドラゴデウス』とのリンクを確立、制御下に入りました』


 今や、フィアクゥルたちの周囲には、敵影しか存在していなかった。

 球状の包囲陣を布き、空を黒々と覆い尽くす戦闘機の群れ。

 敵の壁の向こうに、続々と集まる巨大な戦艦。

 その全てを前にして、仔竜は不敵に笑った。


「全員、派手にぶちかませ!」


 叫びと共に、あらゆる閉塞を引き裂く嵐が、吹き荒れた。



 天の庭に集まった神々は、水鏡に映し出される光景に、目を奪われていく。

 物見高い連中は、揶揄を引っ込めて真顔になった。

 戦の心得があるものは、戦慄を隠さなかった。

 そして、自らの星の救援を願った小さき神は、映像に釘付けとなっていた。


「なんなのだ、あの聲は……?」


 呆然と呟く獣身の女神。

 蒼い仔竜が八つ身に分かれ、その上雷撃を纏って、鋼の飛行機械を切り裂きながら突き進む。

 彼女は、とある縁からフィアクゥルと対面する機会があった。その時の姿と重ねても、目の前の実力は想像を超えている。


「我が勇者を下した時以上の力……成長著しい、などという言葉では説明がつかぬ」

『"とじめの遊戯"、最終戦における、竜洞の活躍はご覧になられましたか?』

「見た。が、その時と比しても、まるで別物だ」


 傍らにやってきた"機械神"は、映像を九か所に分けて、それぞれの『仔竜』の動きを取り上げて見せる。

 八頭の仔竜は、それぞれ八つの『楔』と展開し、空を縦横に駆け巡る。

 音を超える速度で、飛翔する飛行機械を軽々と追い越し、手にした刃を走らせ、形成した砲門から焼灼の光を放ち、あるいは自らを砲弾に変えて突き破った。


「すべての聲に遜色がない。あの仔竜が八頭、いや九頭に分裂でもしたかのようだ」

「その指摘は正確かと、"嵐群の織り部"よ。あれは間違いなく『九頭のフィアクゥル』ですから」


 赤い小竜は、自信と誇りを隠しもせず、自分たちの秘蔵っ子を指さす。


「システム・アヴァターラ。聲を『エストラゴン・エクレール』に投射、共振させ、自らと同質の写し身(アヴァター)を顕現させる。あの一頭それぞれが、フィアクゥルそのものなのです」

「……そんなことをして、魂魄に影響はないのか?」

『本来なら聲が干渉し合い、本人の自我や存在証明さえ危うくなります。それを処理するのが、本体の背中に搭載された、疑似神格『ドラゴデウス』です』


 黒々と空を覆っていた飛行機械が、瞬く間に食い破られていく。

 蚊柱のような敵機の幕の向こうから、千を超える数の戦船が、船首を並べて砲を開く。

 本来なら、砂粒を巨人の指でつまむような、正気を疑うような行為。

 それでも敵が、正確に目の前の脅威を判定した結果だ。


『エストラゴン全機集結っ!』


 全艦隊の砲門が、暴力を吐き出す。

 音を超える速度の砲弾、仔竜の体を幾億度でも粉々にできる爆発、光に等しい速度で投射される弾丸。

 それは熱と破壊の波。高位の神格でなければ、遮ることさえ不可能な威力。

 わずか九つの点が、破壊の津波に向かい、横並びで整列した。


凍月驟雨とうげつしゅうう――』


 仔竜は、怯えも見せず、ただ静かに、聲を震わせた。


『――破陣不可説転はじんふかせつてん!』


 空が、銀の光で満ちた。

 仔竜の背後に顕れる、天地の全てをまばゆく覆い尽くす光の海。

 そこから滴った、無数の雫が、襲い掛かるすべてを迎撃していく。

 叩きつけ合う暴力と暴力、それは互いの中間点で拮抗し、蒼空を赤の色に染め、大地を紅蓮に沸騰させた。


『投射物の迎撃成功率、98.7%。期待値以上ですね、"瞋恚焔しんにえん"殿』

「デモンストレーションとしても十分です。改めて開発協力に感謝を、"護民官"殿」


 激突が終息すると、仔竜と艦隊の周囲は星の命が始まったころのような、焦熱に荒れ果てた大地が広がっていた。

 依然として艦隊は宙に陣取っているが、第二波の激突をためらう気配があった。

 対する仔竜は、落ち着いた様子で水鏡越しに尋ねてきた。


『ソール、とりあえずやり合った感想、いいか?』

「いいだろう」

『技術全体が、"魔王"の時よりだいぶ洗練されてる。"護民官"さんのとこの武装には及ばないけど、ちゃんとした研究で、ブラッシュアップしたんじゃないかな』

『私もそのように算定しました。おそらく魔族側に、大規模な工廠が存在するでしょう。資源さえあれば、量産も可能かと』


 そのやりとりに、神々は呆然とし、あるいは苦々しい呻きを上げた。


「これまでの魔族は極めて個人の武勇に頼るところが大きかった。それで神側と互角であったし、神側は組織力の面で、それをわずかに上回った」

『それがあったから、"神々の遊戯"なんて話が成立したんだろ? でも、これからはそういはいかない』

「い……今から、"愛乱の君"の代案を前提に、連中と交渉をするというのは?」


 おそらく、自らの武勇に自信のない小神の一つ柱が、苦し気に提案する。

 相手の弱り顔を、心底馬鹿にしたように眺めて、赤い小竜は告げた。


「貴方たちは、何もかも遅すぎたのです。"愛乱の君"主導の遊戯を受け入れず、"闘神"の積極侵攻による秩序の再構築を忌避し、"平和の女神"の警告を無視した」

『その上、『唯一神』概念への嫌悪から"英傑神"を遠ざけ、"知見者"の魔界堕ちを座視してしまいました』


 小竜と機械神の指摘に、反論は何もなかった。

 この場に現れていない神々は、合議の名の下に、居並ぶ小神たちが『遠ざけた』。

 天を治める唯一絶対の『王』を定めない。

 領土の多寡、神威の強弱はあれど、神は皆等しい存在であるという約定の下で。


『そうやって、アンタたちは好きなだけ、悩んでりゃいいさ。自分の番になって、助けてくださいって言っても、遅いけどな』


 嘲りを隠しもしない蒼い仔竜は、後退を始める戦船を睨んでいた。

 それから、八体の分け身の後方へ位置取り、問いかける。


『好き勝手した連中だ、百万倍にして返してもいいよな?』

「思い知らせてやりなさい。あんなガラクタなど、竜種には一切通じないと、骨身に染みるまで」

「え……お、お待ちをっ!? い、いったいなにを!?」


 星の主である小神がうろたえるのも気にせず、水鏡の向こうの蒼い仔竜は、聲を韻に乗せて、うたった。


『エストラゴン・エクレール! 全機『アナイアレーションモード』っ!』


 八体の仔竜たちが、両腕を前につきだす。

 その先に、八つの楔が集い、巨大な物体を構築していく。

 それは竜のあぎとを模した砲門。


『『ドラゴデウス』、竜聲光翼ドラゴニックドライブ展開!』

了解コピー共鳴増幅レゾナンス開始スタート充填チャージまで九十秒』


 仔竜の背中に、巨大な光の翼が形成されていく。

 天に耀く太陽にも等しい、熱と力が宿った代物が、空に伸び広がった。

 

『チャージ完了――撃てます』

蒼き雷霆の咆哮ボルト・フロム・ザ・ブルー――』


 仔竜が、聲高らかに叫ぶ。

 その威容を、その身からあふれ出る神威を、下される絶対的な権能を、

 敵も味方も傍観者も、等しく凝視した瞬間。


『――星貫く煌竜の聲ノヴァ・アナイアレーション!』


 初めに、大気が痛みに絶叫し、裂けた。

 竜の顎から放たれた力によって、元が何であったかさえ忘れるほどの、細かな粒にすりつぶされ、その悲鳴に世界が戦慄わなないた。

 溶けた大地が水の如く蒸発し、その下の層がめくれ上がり、溶けて蒸発する。

 破壊をもたらす光の帯は、天の色を変え、星とそらの分け隔てが暴かれ、昼でありながら、夜闇のように星が顔を覗かせる。

 その突き進む先、密集していた鋼の軍船は、更に悲惨な命運を辿った。


 表面の装甲は、紙どころか砂山の脆さではがれた。

 竜骨が暴かれて消散し、中に入っていた肉と金属、一切の隔てなく焼尽されていく。

 必死に出力を上げるものの、破滅に煽られ互いをぶつけ合い、まともに動くこともできずに砕けて落ちた。

 中央に坐していた旗艦はわずかな間、形を保っていた。

 それでも、灼熱の中の雪のように、跡形もなく消えた。

 

「ああ……」


 星の主神が、悲嘆をうめき、そこでようやく神々は、水鏡に映る景色を認識した。

 見渡す限りに、溶けて泡立つ大地と、不安定な虹の七色に荒れ果てた空。

 そんな光景が見渡す限り、おおよそ地の果てまで続いている。

 絶滅、文字通りの光景が出現していた。


『周辺走査、完了。魔神相当の存在による転移を確認。それ以外、敵の生命反応、無し』

「避難民のいる神殿は?」

『全員生存。ただし、大気層の暴露によって降り注いだ、宇宙線の除染が必要です』

「そっちは星のカミサマに任せようぜ。もう、安全になったからな」


 砲身と化していた仔竜の化身が楔に戻り、鎧姿の青い神竜は息をついた。


『ってわけで、俺の仕事は完了だ。もう戻っていいか?』

「敵の残骸があれば、そこから情報を得ておきたい、調査終了後に帰還しなさい」

『了解。んじゃ、またあとでな』


 事態の収束を見届けて、赤い小竜が水鏡を消す。

 それから、驚きと苦渋を浮かべる神々を、なぶるように見回した。


「以上が、我ら竜洞に加わった、新たな神の一つ柱。その力の一端です」


 羨望、嫉妬、警戒、あるいは恐怖。

 その全てをかいくぐるように、進み出たのは青い肌を持つ海洋神だった。


「それで、貴様ら竜洞は何を望む。あんな、破壊の化身のような力を見せつけて」

「私たちからは、特には何も」

「欲望の権化たる竜種が、見返りも求めず憐憫を垂れたとでも?」

「此度は、我が仔竜が望んだこと。そして、かの女神への借りを清算したまでです」


 その言葉の後を追うように、ネズミの神が進み出る。


「すべては貴方様がたが忌避し、耳を貸そうとなさらなかった、我らが主の提案によるものですよ」

「この救援で恩に着せ、己の権勢を伸ばそうとでも?」

「――私はただ、皆様方と話す機会を持ちたいと、望んでいるだけです」


 背後から掛った声に、神々が振り返る。

 "平和の女神"サリア―シェは、苦く、柔らかく微笑んで進み出た。


「魔の者の跳梁は、明らかとなりました。今は、天が割れている場合ではありませぬ。早急に、先々のことを討議するべきかと」

「貴様がその音頭を取るつもりか」

「必要とあれば」

「たかだか、一度の勝利にて、注目を浴びたに過ぎん貴様が?」


 "平和の女神"は、形をあらため、会衆を見回した。

 わずかに間を置き、宣言した。


「これより私、サリア―シェ・シェス・スーイーラは、今は亡き養父バルフィクードの後継として、"調停者"の銘を名乗らせていただきます」


 女神の持ちだした銘は、天に置いて重い意味を持っていた。

 長きにわたり、神々をまとめた立役者、"調停者"バルフィクード。

 その神の消滅により天は乱れ、"神々の遊戯"は"調停者"の銘を継ぐものを決めるという建前で続けられていたという経緯がある。

 紛糾する神々と、その最前列に立つ青い鱗の海洋神は、声を荒げた。


「思い上がりも甚だしい! そもそも、貴様の勝利自体、偶然に偶然を重ねた――」

「見苦しいぞ、"波濤の織り手"よ。貴様とて、武を能くする戦神の一つ柱だろうが」


 強烈な威圧を伴って女神の後ろに立つ姿に、それ以上の追及が止まる。

 赤銅の肌に竜を思わせる尾を持つ者、闘神"ルシャーバは連れてきた配下の者を使い、会衆を女神から遠ざけた。


「俺はサリアの側につく。合議ですべてを進めるのは構わんが、まとめ役もない水掛け論など、惰眠を貪るのに等しいからな」

「その女神は、魔界の者どもに対しても、不戦を掲げております! 貴殿の望みは」

「別に戦など、やる気になればいつなりともできよう。今の俺は、愛しの女神の頼みを聞く方が重要でな」


 無骨な男はからりと笑い、その前に立つ女神は、なんとも言えない表情を浮かべ、なぜか足元の赤い小竜は、心底まずいものでも食ったような顔をした。


「そのネタ、いつまで引っ張る気? 正直、見てるこっちが恥ずかしくなるから、止めて欲しいんですけどー」


 真紅のドレスを身にまとい、靴音も高く進み出るのは"愛乱の君"。偉丈夫の隣に立って、目の前の女神に声を掛けた。


「高い理想も、相手の目線に合わせる姿勢も大事だけど、自分を認めさせる権力と、ちょっとのサディズムをくわえるのも大事よね。サーちゃん?」

「私の場合は、嗜虐心を抜いた形を望んでいますので、ご期待には添いかねますが」

「"愛乱の君"! 貴方の方針は、ご自身の遊戯を敷衍ふえんされることのはず!」


 手にした扇をざらめかせ、美貌と篭絡の女神は、毒花のような笑みを浮かべた。


「そういう貴方は、私の舞踏会に、一度でもお出でくださったことがありまして?」

「あ……あれは、余りにも、御身に有利すぎるゆえ……」

「そんな性根だから、いつも誰かに出し抜かれるんでしょ。腑抜けはお呼びじゃないわ、お下がりなさいな」


 天界における実力者二人が背後につき、引き潮のように青い神が群衆に消える。

 神々が静まった頃合いを見計らい、"平和の女神"は中心に進み出た。


「早速ですが、皆様のお知恵を借りるべく、合議を始めたいと思います」


 それまでの簡素な衣から、戦女神を思わせる軽い鎧を身に着けた姿に変わると、サリア―シェは宣言した。


「とこしえの平穏と、星と民の安らぎのために」



 おそらく、その戦艦が原型をとどめていたのは、陣の最後尾にいたからだろう。

 フィアクゥルが降り立った時には、破壊の熱もほとんど冷えて、防御なしでも近づける状態になっていた。


「グラウム、現場についたぞ。っても、ここまでくる間に見てきたのと、あんまり変わんないだろうけどな」

『ああ、だいたい魔界で取れる鉱物やらが原材料だなー。ところどころ『結晶』も使ってたのが気になっけど』

「結晶?」


 仔竜は足元に転がった、小さな破片を取り上げる。

 それはガラスとも、水晶とも思える、奇妙な光沢の石、に見えた。


「うわっ、なんだこれ!? 物質でさえないじゃんか……気持ち悪い『聲』してんなぁ」

『世界に満ちる聲や思念が、魔界の底の底に溜まって、圧縮されたもんだからな。製錬すればエネルギー源やら魔法の道具として使えるんだが……好んで使う奴はいねーよ』

「何か理由があるのか?」

『まず、そいつが取れるほどの底ってのは、オレの出身地じもとなんだ。魔界でも屈指の激ヤバ危険地帯さ』


 黒竜グラウム――魔界出身の魔竜――は、意味ありげに笑った。


『その結晶、周囲の生物や物質を歪めるんだ。魔界の連中だってウカツには触らない。いわば魔界産の放射性物質みたいなもんさ』

「あー、なんかわかるわ。聲聞くだけで角がキツイもん」

『たぶん、戦艦の補助動力に使ってたんだろ。メインに使ってたら、今頃は肉と金属の混じったグロエネミーと戦ってたかもなー』

「ぐえー、俺そういうのパス。グラウムが喰ってくれ」


 そんな雑談をしつつ現場を見ていたフィーは、比較的まともに残っていた艦内設備を発見していた。

 構造からすれば機関部らしいそこを開けると、仔竜は顔をしかめた。


「おい『ドラゴデウス』、敵は呪術製のゴーレムだけじゃなかったか?」

否定ネガティブ。それは敵戦闘機がそのように構築されていただけです。機関室などの構造解析の前に、マスターが交戦状態に入られました』

『言われてやんの。……そいつらも結局、戦争に駆り出された魔界の住民だ、妙な仏心出しても、お前が辛くなるだけだぞ』

「……分かってるよ」


 それは、半透明なシリンダーに収められた、人型の生き物だった。

 船の機構を動かすため、魔力を抽出するためだけに使われた生体電池だ。

 軽く聲を放って、それが雷のみを生み出すように構築されていることに気づく。


『マスター、この船に使われている機構、極めて粗雑で初歩的ですが、私と同じシステムであると推論します』

「雷を発電システムとして使うってことか。それにしても……なんだか、妙な感じだな」

『どした?』

「この、中に入ってる連中、なんだけどさ」


 密生した獣毛が全身を覆う、獣人種族のようだったが、統一感が全く感じられない。

 

「これを見た時、魔界の奴らが――コボルトを電池代わりにしたって、思ったんだ」

否定ネガティブ。シリンダー内で使用された獣人型種族、その全てをスキャンしましたが、コボルトと見なされる特徴を持つ者は皆無です』

『『ドラゴデウス』、映像撮ってこっちに送れ』


 映像を送信されたグラウムは、ややあって答えを告げてきた。


『こりゃ模造人モックレイスだ。コボルトどころか、まともな獣人種族でもねーよ』

模造人モックレイス、って?」

『前に話したろ、サリアの星にかくまわれた『世界喰い』、あれを魔界の錬金術師が人工的に再現しようとしたって』


 解説を聞きながら、仔竜は機関室の壁と天井を吹き飛ばし、シリンダーの中の死者を外に運び出していく。

 その姿は、オオカミやイヌの形をしたものや、ネコ、ネズミ、トリなどに混じり、カピバラやウシなど、嫌な意味でバリエーションに富んでいた。


『その錬金術師の正体が、魔界に堕ちた忌神バラル。そして、製作された『世界喰い』の模造品に宿ったのが』

「"魔王"だったんだろ。で、その話と模造人とはどうつながるんだ?」

模造人モックレイスはその名の通り、『ヒトの模造品』だ。"神々の遊戯"以降、魔界の連中は、思うようにヒト種族を食えなくなった』


 神と魔の約定は、いわば呪いのようなものだった。

 遊戯に選ばれた場所以外の侵略を、強力な力によって禁じられた魔界の住民は、急速な『ヒト種族不足』に陥った。 


『そこで『ヒトによく似ちゃいるが、どんなヒト種族でもない存在』として、広く出回ったのが、模造人モックレイスなのさ』

「もしかして、『世界喰い』を造る片手間に?」

『バラルが始めたのか、"魔王"が売名とコネづくりに売り出したのか、今となっちゃ分からねーけどな』


 だいたい三十名ほどの死体を、深く掘った穴に横たえる。

 よく見れば、ところどころ虐待を受けたらしい痕跡があり、栄養状況も最悪だったのが分かるほど、やせ細っていた。


吸血魔ブラッドサッカー魂食い(ソウルイーター)を中心に、結構ニーズを満たしてたみてーだぜ。血抜きや魂抜きをしたら、人肉・・として売却されたってさ』

「コボルトと、同じか」

『よりヒデエ扱いだよ。コボルトは一応種族だが、そいつらは模造品モック、意識や魂があっても、所詮は『ヒト風味の食材』だからな』


 深々とため息をつき、仔竜は躯に土をかけて、埋葬を済ませた。

 魔界に生きる者たちの中には、ヒトを喰らうことでしか、生きられない者がいることも知っている。

 神々が信仰を『食っている』のも知ったし、そういう循環の輪から離れられるのが、竜種であることも理解していた。

 それでも、


「なんとか、ならないのか?」

『気休めかもだが、犠牲の数は、今後増えることはねーだろうな』

「なんでそう言える?」

『"魔王"が"とじめの遊戯"に出る時、製造工場をぶっ壊したからだよ。それに、遊戯が事実上無効化してる現状だ。わざわざ『もどき食材』なんて、好んで食う奴なんているかって話さ』


 それでも、こうして『生ける電池』として使われ、模造の命たちは急速に数を減らしていくだろう。

 他人から『食い物』にされるための命。その事実は、華々しい戦果の高揚を、すっかり冷ましてしまっていた。


『そんな顔すんなって。連中だって結構したたかだからな。買われた先から逃げだして、魔界のあちこちで隠れ住んでるってよ』

「いつ捕まって、食い殺されるかもしれないって、怯えながら?」

『おい、"青天の霹靂"。先輩として忠告してやる』


 それは普段のものとは程遠い、強い言葉。


『憐れみで世界と向き合うな。そいつがどんなに理不尽に生まれて、無慈悲に殺されるとしてもだ』

「でも、俺は」

『あれはお前が、あいつ(・・・)と同じ目線に立ったからできたことだ。力のあるものが、力を持たない誰かを憐れむなんて、傲慢以上にたちが悪いモンだぞ』


 言わんとしていることは分かるが、納得もできない。

 揺れる気持ちを抱えたまま、仔竜は空に舞い上がる。


『お前はもう、誰とも同じ立場になることはできねーんだ。それが、ドラゴンなんだよ』

「……連中の兵器工場を壊せば、少しは模造人モックレイスたちの助けになるかな」

『それでお前の気が済むなら、好きにすりゃいいさ。それに』


 黒い魔竜は、皮肉な笑いを漏らした。


『どうせ次の仕事は、魔界への偵察任務だろうからな』



というわけで、短いですが拾遺譚フィーの話、ここでいったんお開きです。

結局、一番最後の部分を描きたかっただけという。別途連載の「れ・れ・れ」とクロスする部分です。

あちらの本編に、彼らが出てくるかは、今はまだ語りません。

それでは、また別の新作でお会いしましょう。

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れ・れ・れを読んだ時、塔の攻略者の末路はろくなものじゃ無いだろうなとは思っていたが…… よそうより早く出てきた
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