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かみがみ拾遺譚~掉尾の物語~  作者: 真上犬太
掉尾の二、青き嵐の冒険
13/24

荒(すさ)ぶ雷の王(前編)

 破滅は、唐突にやってきた。

 いつものように、朝日と共に目を覚まし、畑に出ようとした矢先。

 紫に染まり始めた空に、巨大な塊が浮かんでいた。


「なんだ、ありゃ」

「またぞろ、どっかの魔法使いの出したまぼろしか?」


 同じころに起き出してきた村の者たちが、それを指さしながら、騒いでいた。

 よく見れば、それは山ではなくて、真正面から見た船のようだ。

 それが、一隻、二隻と増えていく。


「お、おい……」

「どんどん増えてくぞ!?」


 増殖はとどまることなく、数えられる規模ではなくなっていく。

 異様な光沢の船は、ついに日の光を覆い尽くすほどに膨れ上がっていた。


「あんなもの、神様からは何も言われてないぞ!?」

「神官様からだって、一言も――」


 みなの言葉と懐疑を、何かが、すりつぶした。

 突風、轟音、白飛びする視界。


「え?」


 気が付けば、体が横たわっていた。

 視界がぼやけ、焦点が定まらない。力が入らない、土の地面に顔を押し付けたまま、見えるだけの部分に目を向けた。


「あ……?」


 村が、消えていた。

 二十棟ほどもあった平屋が、土台のわずかな痕跡を残して吹き飛び、その辺りに不格好なすり鉢状の穴があった。 

 まず思ったのは、魔法。

 だが、こんな威力を出す力など、昔話の中にさえ出てこない。

 あるいは神の奇跡による、天罰。

 そんなはずはない、うちの村は、首都の神殿からお褒めの言葉を貰うほど、信心深いので有名な。


「あ……」


 今度ははっきりと、恐ろしく無慈悲な正確さで、周囲が根こそぎ吹き飛ぶ。

 聞いたこともないような、恐ろしい音が響き渡って、残っていた村の家々が、村長の役宅を含めて、粉砕された。

 石造りの頑丈な家のはずが、小麦粉の山に息でも吹きかけるように、あっさりと。

 やがて、思い出したように、残った残骸から火の手が上がり、かすかな悲鳴が上がり始めた。


「う……だ、だれ、か」


 ひどく耳鳴りがする。

 助けを呼ぼうと声を上げるが、歪んでしわがれて、普段の半分も威勢が出ない。

 空に浮かぶ、山のようなものが、影を落としながら飛び去って行く。

 日が陰り、ようやく、今できることを思い出す。


「かみ、よ……」


 胸に手を当てて、必死に祈りの言葉を口にした。


「どうか、我らを、お救い下さい」


 それから、何とか体を起こし、神殿の方に顔を向けた。


「か、み……よ」


 何もなかった。

 この辺りの村で一番立派で、百年の歴史はあると言われた、村の象徴のような石造りの建物は、無数の黒焦げた穴と砕けた石の残骸に、成り果てていた。


「あ……」


 粉砕したすべてを振り返ることもなく、巨大な暴力の塊は去っていった。

 その村で最も平凡で、最も素朴な農夫は、思い知った。

 世の終わりとは、驚くほど唐突に、始まるのだと。



 汎世界の中心、あらゆる世界の交点に『合議の間』と呼ばれる『座』がある。

 降り注ぐ光、四方に諸世界へ通じる門、緑成す庭園、神々の集う東屋、あらゆるものが穏やかさと慰撫を目的として設えられた空間だ。

 星々を治める神の、交流と交渉のために設けられた『座』は、いつになく緊張した空気を漂わせていた。


「……まさか、ここまでとは」


 どこかの一つ柱が、気後れしたようにつぶやく。

 天地を貫くような水の幕に投影されるのは、汎世界のどこかに存在する星の光景だ。

 緑成す平野と点在する森林があり、その合間に石造りの村や町であったはずの場所は、今や過去のものと成り果てていた。

 地にあるものは等しく、黒々と焦げた痕跡と化し、家は燃えくずれ、あるいは溶けて煙を噴き上げるばかり。

 ところどころ盛り上る塊は、おそらく木か、動物か、あるいは人、であったもの。

 

「いったい、あれは、なんなのだ?」


 誰かの問いに、誰かが答えようとして、口をつぐむ。

 それほど、何とは言い難い異物が、惨劇の大地を飛び進んでいく。

 形は、海原を泳ぐ巨大な魚のようだった。

 あるいは、魚を模した巨大な船と言うべきか。


「軍船、なのだろう。おそらく」

「空飛ぶ軍船など、珍しくはない。問題は、あの数と、その身に秘めた威力だ」


 神々が絶句する映像は、惨劇の幕開けから始まっていた。

 唐突に虚空に現れた、千を超える巨大な金属の軍船。その砲門が一斉に、劫火を吐き散らしていく姿を。

 侵攻された村や町にも、確かに守り手はあった。

 神の加護による防壁、敵を寄せ付けぬ胸壁、あるいはよく鍛えられた騎士や神官たち。

 その一切が、無力だった。

 加護による守りも、魔法による妨害も、ボロ布同然に引き裂かれた。そんな威力の前に肉の身であるものなど、数刻も原形を保っていられるわけがない。


「しかも、千はゆうに超える勢力ぞ。金属でできた飛行軍船を、あそこまで用意できるとは……」

「その上、神秘と魔法の守護を粉砕し、大地のことごとくを焼き払ってみせた。魔の者とは言え、定命の力ではおぼつかぬはず!」

「かつて存在していた『世界喰い』であれば、そのような力を蓄積することも可能であったろうが」

「むしろこれは、御身の領分ではないか? "護民官"殿」


 群衆の中に立つ、一つ柱が問いに答えるべく体を伸長させる。

 それは巨大な機械そのもの。歯車と発条ぜんまいと、電子の目を持つ者。

 自ら創り上げた『機械文明』を信仰し、その結果生まれた『新しき神』。

 "護民官"フェム・ゲユーグル・ベファウ・ルージは、すべてを心得て告げた。


『然様です。あれは、私を生み出した『科学』の精髄。世の理をヒトの目で解析し、聲の領域に近づかんとした文明。その近似の力』

「近似ということは、何か違いが?」

『あれは、いわば合成魔獣キメラです。魔法と科学の合成物と推察されます』


 水の幕に写された映像に、無数の注釈や拡大表示が施される。それは、金属の軍船の材質や、使われた火砲の正式な名称や威力を表したものだ。


「"電磁加速砲レールガン"、"荷電粒子砲"、"ミサイル"、私の星にも配備されているものですが、完全機械作動式であるならば、想定される動力機ジェネレーターと艦艇の規模に不整合が生じます」

「つまり?」

「船足や攻撃を下支えする『人員』と『実際の戦果』が、合わないと言えばお分かりになられますか? 本来なら、一隻の大きさもあの倍は必要となります」


 彼の言葉に、神々は首を傾げ、あるいは得心が言ったとばかりに頷く。

 その中の一つ柱が、不満げに告げた。


「そもそも、そんなことが可能であるなら、とうの昔に神も魔も、あのような代物を作り出しているはずではないか。なぜ、今になって?」

『結論から言えば『労力』に合わないからです』


 水鏡の映像は、一隻の軍船を拡大し、その内部構造を投影してみせる。

 いくつかの部位で『不明』と表示されているが、かなり正確な透視図絵になっていた。


『私の世界で発達した『科学』は、確かに魔法を上回る面が多数あります。個人の資質に左右されず、誰でも利用可能で、力の安定供給を可能とします。ですが』

「貴殿の『科学』は、魔法以上に『正確性』を必要とされ、消費される『素材』も、けた違いになるのだったな」

『はい。実のところ、ある一線を超えると、科学技術は魔法の後塵を拝します。何より、その最高峰である『聲』には、遠く及びません』

「そう卑下したものではあるまい。魔法の素養が無い者にとって、科学の恩恵は計り知れぬ。日常使いであるならばなおのことよ」


 実際、どれ程優れた魔法文明のある世界でも、高度なものになるほど、基礎部分は機械作動式の機構を補助としていた。

 汎世界において、魔法と科学は反するものではなく、足りない部分を補うという形で広まっている。


『あの規模の飛行艦隊を動かす魔力があれば、大規模な殲滅術式に使用するほうが効果的です。反対に、個人の資質に左右される魔法を、艦隊用の動力源にすること自体、科学の意義から外れます』

「では、そんな不合理を行う理由は?」

『仕組みさえ整えれば、短期間で即席の大軍を用意できます。それを用いた、我らへの嫌がらせかと』


 嫌がらせ、という指摘に誰もが顔をしかめた。

 実際、自らの星を攻められた小神は、信者と星を失いかけ、消滅さえしそうな状況になっており、座視するわけにもいかない。


『『科学と魔法の合成』自体、構想としてありふれたものでした。しかし、魔法を能くする者にとって、科学の正確性は手間でしかなく、科学を能くする者にとっては、魔法の不安定さをシステムに組み込むこと自体、否定的だった』

「それを、どこかの馬鹿者が成果として吐き出し、拡散させた」

『"とじめの星の魔王"、その置き土産ですよ』


 今度は、先ほどよりも明確に、神々は嫌悪感を露わにした。

 癒えていない深手の傷を、まさぐられたかのように。


『かの魔王は実に周到でした。"とじめの遊戯"そのものを最終実験場とし、その後の戦局を左右する戦略と戦術を、後の世に残したのですから』

「そんなことはどうでもよい! 問題は、アレにどう対処するかであろうが!」


 神々の集団の中から、髭をたくわえた偉丈夫が進み出る。粗野な武人風の装いをした神は、機械神と顔を合わせた。


「少なくとも、下界の戦力では歯が立たぬ。神々の座にある英雄や小神を差し向けねばならぬ事態だ」

『正確な分析です、"覇者の威風"よ。それで、その選抜は?』

「それを合議するため、我らが集まったのだろうが」


 いら立ちと共に吐き捨てた"覇者の威風"の背後で、悲痛な叫びが上がった。


「どうか、今すぐにでも最強の布陣にて、動いていただきたい!」


 発言者は人型の神格。見目は整ってはいるが、これと言って特徴はなく、感じる神威も高い格を感じさせない。

 いわゆる『小神』と呼ばれる類の一つ柱だ。


「我が星は失陥しっかん目前、信徒の命も風前の灯です。なにとぞ……っ、即断のご裁可を!」

「そうは言うが、あー……貴様、その、なんだ」


 豊かなひげを蓄えた、いかにも武の神然とした男神が、言いよどむ。


「この度の敵の動き、尋常ではないものを感じる。軽々しく動くことは、慎まねば」

「ですが、先兵を迅速に潰してこそ、魔界への掣肘せいちゅうとなるのではありませぬか!? "覇者の威風"よ!」

「戦を知らぬ者が、分を弁えよ」


 明らかに侮蔑を含んだ顔で、"覇者の威風"は萎縮する小神を蔑んだ。


「魔の者がこのような手管を用いるとは、思いもよらぬことであった。そもそも、神の軍を動かすことは、小麦の粉や水を融通するのとは訳が違うぞ」

「……この侵攻に関しては、かねてより"平和の女神"殿が――」

「その銘は口にするな――忌々しい」


 強烈な憎悪が、神々の庭を洗う。誰もが口をつぐみ、わずかな間を置いて、さざ波のようなささやきが大気に流れる。


『"覇者の威風"は、"始まりの遊戯"に加担した件で、かの女神に様々な制約や賦役ふえきを課されたそうだな』

『実兄の"審美の断剣"など、千年もの間、自らの星に封じられたとか』

『"遊戯の破壊者"にして"復仇の鬼神"なりし、"とじめの者"か』

『あれ以来、"闘神"と昵懇じっこんとなり、"愛乱の君"ともつながりを深めておるようだ……権威に取り入るのが上手くなったものよ』

『嫌味の一つも言ってやりたいが、掛け代を返されたとあっては、粗略にも出来ぬしな』


 耳障りな風聞をひとにらみで払い散らし、現状の進行役を買って出るように、偉丈夫の男神はもろ手を挙げた。


「皆の者、これは天を揺るがす一大事であることは間違いない。天にある神の一つ柱として、彼の神の心痛は察して余りあるものだ」


 弁を振るう"覇者の威風"。その姿を見る神々の目は、幾分か冷ややかだった。

 これが少し前、いわゆる"とじめの遊戯"の前であったなら、彼の言葉に賛意を示し、あるいは尻馬に乗ろうとする者もあっただろう。

 その名声は"とじめの遊戯"における、悲惨な敗北で、地に堕ちていた。

 遊戯の勝者であった女神、サリア―シェに破れたのではなく、その同盟者にして、彼自身が小間使いにしていた者に、闇討ちされたことが原因だ。

 それでも、往時の倣いに従って、誰もが彼の言葉に耳を傾ける、かと思われた時。


「その辺でよかろう、"覇者の威風"」


 青い鱗の海生人種を思わせる神格が、不満を隠さないまま進み出る。

 "波濤の織り手"、シディア。

 かつて、表面上は盟友と振舞っていた二つ柱はにらみ合い、今にも争いに発展しようかという気配を放ち始めた。


「卑怯臭いフジツボ風情が、何をしに出てきた――"波濤の織り手"」

「耳障りな胴間声どうまごえに、中身のない長広舌ちょうこうぜつ。"調停者"殿を真似たつもりだろうが、見苦しいばかりよな」

「典雅を解さぬ田舎者め。そのような無粋を抜かすから、お前の下につこうという者が現れんのだ」

「……結論の出ている事実に駄弁を塗りたくるのが、貴様の言う典雅か?」


 青い肌の神は、水鏡の映像を現地のものに戻す。

 それを星の全てが映るように調節し、惨状を明確にした。


「見ての通り、そこの――なにがし神の主星は、すでに手遅れであろう。各地の神殿は焼かれ、統制の取れた国家権力も、ほとんど潰えておる様子」

「で、ですから! 今すぐに」

「なあ、御身よ。頭を働かせてくれ。今、我らが力を合わせたとて、どの程度の救いになるというのだ?」


 それは"覇者の威風"よりも酷薄で、事実に基づく指摘だった。


「我の見たところ、ここにいる神々の有する英傑を、百万ばかり降ろせば、あの軍勢を散らすことも適うだろう」

「であれば、今すぐ!」

「だが、それをして、我らの星の護りはどうする?」


 水鏡に映されるのは、侵攻された星を中心とした勢力図。それは魔の領域との境近くにあり、隣接した地域には他の小神の領土が点在している。


「先ほど"護民官"殿も言っておられただろう。即席に用意できる数合わせと。であれば、あの艦隊と同じものに、我らは備えねばならん」

「……つまり、私の星を、見捨てると?」

「そうではない。まずは小勢にて斥候を出し、敵の陣容を探る。その折に、貴殿の星の民も、いくばくかは救えよう」


 提案を告げられた小神は、助けを求めるように神々の群れを見渡す。

 その悲嘆に対して返されたのは、利己と憐憫のはざまで揺れる、ためらいだけだった。


『見たところ、連中も星の精髄までは穢してはおらぬ様子。であれば、まずは敵を見定めたほうが、奪還の可能性もあろう』

『それに、神の英傑も不滅ではあらぬ。万が一、神殺しの武装など持ち出されれば、こちらの手勢を減らしかねん』

『戦が終わった後であれば、民でも糧秣りょうまつでも融通しよう。ただいまは艱難かんなんに耐え、後の再起を期するが上策ぞ』


 悔し気にうつむいた小神は、それでも決然と顔を上げた。


「皆様の深謀遠慮、承りました。ですが、私が欲するのは今この時の助成。かくなる上はさらに力ある方々に、我が星の危急をお救い下さるよう、願い出るまで!」

「貴様……わざわざ我らを呼び集めておきながら、その物言いか!」

「そもそも、陣容も兵数も戦略も分からぬ敵に、無償で突撃せよなどということ自体、おこがましいとは思わぬか?」


 髭の男神と青い肌の海神に挟まれた小神は、助けを求めるように周囲を見渡す。

 それでも、動く者はいない、そう思われた。


「お待ちくださいませ、"覇者の威風"様」


 神々の群れから、進み出る影がある。

 背は低く、押し出しも弱い、吹けば飛ぶような一つ柱。

 だが、呼び止められた神は、柳眉りゅうびを逆立てて、怒りをあらわにした。


「……よくおめもせず、卑賎な面を俺の前に出せたな、"穢闇えやみの"」

「"黄金の蔵守"、イヴーカスでございます。お間違えくださいますな」


 簡素なローブに身を包んだネズミそっくりの獣神は、穏やかに笑いながら、髭面の神を制した。


「そんな古臭い銘など、今更持ち出してなんになる。そも、今や貴様はあの忌神いみがみの下についているのであろうが。俺に話しかけるな、穢れが移るわ」 

「私については、いかようにおっしゃられても結構。ですが」


 柔和な表情は消え失せ、厳しく、強烈な怒りが、尖った鼻面に威圧が宿った。


「亡き主から頂戴した銘と、今の我が主を蔑みされたること、その一切を許すつもりはありません。お取消しあれ」

「吹き上がったか、臭いネズミ風情が。姦計を弄して我を下した程度で」

「お望みであれば幾度なりとも。御身の武名を泥に塗れさせること、やぶさかではございませんが」


 売り言葉に買い言葉、体格も風体も違う二柱がにらみ合う。

 それを、物見高い連中が取り囲んで眺める間に、更に別の姿が進み出てきた。


「どうも、あの方に感化された神というのは、挑発に弱くなるようですね。貴方には調停役をお任せしたはずですが、"黄金の蔵守"」

「これは失敬。とはいえ、竜種である貴方にそのように言われるのは、いささか不本意ではありますな、"瞋恚焔しんにえん"殿」


 赤い鱗目をざらめかせ、小竜が進み出る。"覇者の威風"はわずかに顔をしかめ、何でもないという風で大げさに手を広げて見せた。


「なるほど、俺の下についていたころとは、だいぶ気風が変わったようだ。威圧に向こうを張れる胆を身に着けたか」

「これも『神々の遊戯』にて、御身に胸を貸していただいたおかげです」

「であれば、だ」


 髭面の神は嫌らしく目を細めて、ネズミの神を眺め降ろした。


「貴様の助勢で、そこな哀れな小神を救ってみるのはどうだ?」

「私が、でございますか?」

「あの忌神の命で、事の成り行きを探りに来たのであろう? "平和の女神"殿であれば、一も二もなく、憐憫を垂れてくださるだろうからな」


 そこで、ネズミの神は、視線を件の小さき神に向けた。

 彼の顔にあったのは、なんとも複雑な顔だった。

 野盗に襲われ、救いを求めようとした相手が、それよりも恐ろしい怪物であったとでもいうような。

 苦笑いし、小神イヴーカスは首を横に振った。


「誠に遺憾ながら、私では、なんの足しにもならぬでしょう」

「はっ。口先だけなのは相も変わらずか。話にならんな」

「ですので、ただいまより"闘神"様に、この一件を、ご注進申し上げてまいります」


 その銘が出た途端、神々の気配が変わった。

 互いを見合わせ、その先の成り行きを不穏に口にしあう。


『一体、何を言っておるのだ、あれは!?』

『敵の先遣隊に過ぎぬ者に、最大勢力を引っ張り出すなどと!』

『あの方が『遊戯』の廃止と、魔界との大戦おおいくさをお望みなのは、天の神であれば誰もが知ること! これ幸いと、神魔の大戦争の先鞭としかねんぞ!?』


「ま、まて! こ、"黄金"の! それは、まずい!」

「はて、何か問題でもございましたか?」

「か、彼の御仁の……武威を持ち出すのは、大げさに過ぎよう!」

「であれば、どのような神であれば、問題がないと思われますかな?」


 その指摘に、髭の神は言葉を詰まらせた。

 大神を出すほどの戦ではない、と言った以上、"闘神"と同格の神を名指すわけにはいかない。

 目の前の小神は、自力での救済は無理だと断言している。

 その上、同輩の神々は皆、視線を逸らし、あるいは素早くこの場から立ち去っていた。


「し、"審美の断剣"はどうだ! あれなどは、常日頃から武名武名と、猪のように鼻を鳴らしておったではないか!」

「彼の神はただいま、自らの星に帰還なされ、向こう千年、お出でにならぬとの、重い誓約を課しておいでです。そのことは、すでに告示されたものと」

「あ、ああっ。そ、そうだったな。であれば、そこな竜種、貴様が行けばよい! 貴様であれば、魔物の身内争いとでも片付けられよう!」


 いきなり話を振られ、赤い竜はいかにも面倒だ、と言わんばかりの顔で吐き捨てた。


「真っ平御免ですね」

「な、なんだと!? 貴様、それでも天の」

「私が仕えるのは、"斯界の彷徨者"、エルム・オゥドのみ。そもそも、なぜ私が、貴方のような『格下の神(・・・・)』に、命令を受けねばならないのですか?」


 完全に面子を潰され、絶句する"覇者の威風"。だが、それ以上の言葉を口にすることも出来ず、目の前の小さな神を睨みつけるばかりだった。

 そこで素早く、ネズミの神が言い募る。


「皆様大分お困りですな。"闘神"様への注進を止められ、他の武神様方は奥ゆかしく名乗りを辞退された。この上は"英傑神"――」

「それだけは、ならんぞ」


 それまでうろたえていた"覇者の威風"は、驚くほどの冷たい表情で、断言した。


「彼の神のことは、口にするな。おぞましい限りだ」

「……失礼を。であれば」

「"愛乱の君"は……その、わかるであろう。言わせるな」

「あ、はい」


 そんな、ダメ出しの応酬を見て、赤い竜は深々とため息をついた。


「それで、あなた方は結局、哀れな小神を見捨てるということでよろしいでしょうか?」

「そ……それは」

「この件は一切見なかった、我々は知らない、辺境の小さな星など一つ失ったところで、自分には何の関係もない、そういう事なのですね?」


 話題の中心に押し上げられた小神は、今にも消えそうなほどに縮こまっていた。

 そして神々の、憐憫と保身の間で揺れ動く視線に嬲られていた。


「いかがでしょう、"覇者の威風"よ。この一件、すべて私にお任せいただけませんか?」


 その不穏な空気を破ったのは、ネズミの一言だった。

 

「昔のよしみで、皆様の汚れ仕事をきれいさっぱり、飲み干してごらんにいれましょう」

「……俺に恩を着せるつもりか」

「まさか。そもそも私は、二度と貴方にお仕えするつもりはございませんし、関わり合いになろうとも思っておりません。ですが」


 背筋を伸ばし、小さな体をしゃんと立たせて、"黄金の蔵守"は告げた。


「有象無象の神々の思惑に翻弄される、力無きものを見るのは忍びない。それが我が主である"平和の女神"のご意志ですので」

「ならば勝手に」

「いいえ。ここで、皆様の銘において、宣誓を掛けていただきます」


 石板を取り出して虚空に掲げ、それを突き出す。


「皆様の名代として、"平和の女神"サリア―シェ・シェス・スーイーラに、一切の解決をゆだねると」


 神々は紛糾したが、結局、多数の意見を以て合意に達した。

 "覇者の威風"は憤然とその場を去ったが、野次馬たちは事の成り行きを見守るべく、訴えに出てきた小神と、彼に助勢した二つ柱を見つめている。


「……なぜ、貴方が。いえ……あの方が、私などを?」

「先ほど申しあげたとおりですよ。我が主は、今の天界を良しとしておられませんので」

「私は、あの方を侮辱し、忌み嫌ったというのに」

「そういう愁嘆は、後にしていただけますか?」


 赤い小竜は、片手にした小さな板切れを口元に当て、うんざりした顔で告げた。


「後は貴方の承認だけです。民を救いたいのでしょう?」

「その志に……感謝を。どうか、我が民をお助けください」

「了解。『クライアントからGOが出た。仕事にかかりなさい』」


『やっとかよ! ほんと、カミサマってのはこれだから!』


 響き渡る罵倒とともに水鏡の景色が変わり、一つの光景が映し出された。

 空を埋め尽くす、巨大な金属の船の群れ。

 その下に、土台さえ砕け散った胸壁や、焼け野原になった畑、すりつぶされて原型さえ留めていない集落。

 そんな光景に、何者かが向き合っていた。


『おい、ここのカミサマ! 聞いてっか!?』

「な、あ、ああ」

『次からはもっと早く言ってこい! 死ぬのはお前じゃなくて、星に生きてる人間なんだからな!?』

「その意見はもっともだが、今は仕事に集中しろ」


 崩れかけた神殿を守るように、進み出る者。

 その姿はあまりも小さく、頼りなげに見えた。 

 小さな翼を背負った、蒼い仔竜。


「ま、まさか、貴方の言う、助勢とは……」

「ええ。あれこそ、我ら竜洞の秘密兵器にして、最強の神竜――」


 明らかに、絶望的な戦力差しか感じない光景に、竜洞の管理者"瞋恚焔しんにえん"のソーライアは、力強く宣言した。


「――"青天の霹靂"、フィアクゥルです」



 空の彼方からやってきたそれは、くろがねの船と呼ばれ、恐れられた。

 まるで、煙か沸き立つ雲のように、敵は侵攻を開始していた。

 これまで一度も目にしたことのない、異様なそれらは、村や町を焼き、人を容易く焼き殺した。

 騎士団、神官戦士、あるいは熟達の魔法使い達が、何の抵抗も出来ずにすりつぶされ、人々は逃げ惑うしかなかった。


「神は……なにをしておられるのか」


 薄暗い神殿の中、集まった避難民の中から、そんな声が漏れる。

 少し前なら、その不遜を咎める言葉もあったが、今や誰もが不満と、失望を隠そうともしていなかった。


「あ、案ずるな。神は、我らをお見捨てにはならない。故にこうして、我らも命を保っていられるのだ」


 そう言う神官の声も、本気でそれを信じているとは思えない。癒し手でもある彼の力自体、以前に比べて効力が落ちているのは、誰の目にも明らかだった。


「おーい、みんな! 何とか食料かき集めて来たぞ!」


 その時、誰かが入り口に立って、声を上げていた。

 人足に連れて行った男手と一緒に、両手に抱えた袋を掲げて見せるのは、黒髪の青年だった。


「お、おお! よく無事で!」

「いきなり全部食おうとすんなよ! 水も汲んでこられたから、スープやおかゆにして、みんなにいきわたるようにな!」


 簡素な鎧と腰の剣、顔立ちはまだ若く、幼いとさえ言える平板さだが、彼はこの避難所の支えになっていた。


「感謝を、コウジ殿。貴方が居なければ、我々の命数はとうに尽きていた」

「……アンタこそ、こんな状況でよくやってるよ。俺はその手助けをしてるだけさ」

「貴方のような方がいるから、私も信心を失わないでいられるのだ、重ねて感謝を」


 青年は笑顔と言うには苦い顔で頷き、そのまま人々のまとめに戻っていく。

 彼は、異様な敵に逃げ惑う自分たちの前に、唐突に姿を現した。

 地上に降りた、不気味な服装の敵が放つ『火箭』から逃げるすべを伝え、危険を承知で斥候役や食料の回収などを、進んで受け持ってくれている。


『もしや、貴方は我が神からの御使いでは?』

『違うよ。通りすがりのお節介、ってやつさ』


 だが、それでも状況は悪くなる一方だ。

 神託はなく、降臨もなく、神からの言葉も威光も届かない。

 もし、ここでコウジさえ失ってしまったら。


「神よ……どうか憐れみを、我らをお救い下さい……」


 短く祈りを上げると、神官は運び込まれた傷病者への介護を再開した。



「だから、このままじゃ持たないって言ってんだよ!」


 押し殺した声、それでも抑えられない怒りに満ちた声が、神殿の隅の大木あたりから聞こえた。

 外に焚き付けを取りに来た少年は、不思議に思いながらそちらに近づいていく。


「面子だの勢力争いだの、守るべきものが無くなったら意味ないだろ!」


 そこにあったのは、みんなを助けてくれる青年が、はじめて見せる激怒の顔だった。


「予想以上に侵攻速度が速い! 今手を打たないと全滅するぞ!」

「ぜん、めつ?」


 思わず問い返した言葉に、青年はこちらに気が付いて、何か板のような物を懐にしまった。


「あ、ど、どうした? ごめん、ちょっと休憩してて」

「僕たち、全滅するの?」

「……っ」


 青年は顔をしかめ、それからゆっくりと首を振った。


「大丈夫だ。俺がそんなこと、させやしないから」

「誰と、話してたの?」

「……天のカミサマに『早く俺たちを救ってくれ』って、文句言ってたんだよ」


 それは冗談のつもりだったのだろうか、青年は笑ってこちらの肩を叩いた。


「もうメシ食ったのか?」

「うん。美味しかった、スープに変なの入ってたけど」

「もしかして団子か? うまくなかったか?」

「初めて食べた。おいしかった」

「そっか」


 二人で歩き出し、避難所に戻ろうとした、その時。

 大地を穿つ、強烈な破裂。


「うわぁあああっ!?」


 もう耳慣れてしまった、地を吹き飛ばす轟音。神殿の周りに打ち込まれる暴力が、土煙を巻き上げる。

 体が震えて、立っていられない。


「しっかり、つかまってろ」


 青年の腕がこちらを抱き上げて、素早く神殿へと駆け込む。薄暗い空間に集まった人々は、悲鳴を上げてひざまずき、祈りを捧げていた。


「ああ、コウジ! 無事だったのですか!」

「連中、とうとうここまでやってきた! なんとか逃げないと」

「逃げるったって、どこに行くんだよ!」


 群衆の中から、悲鳴と怒りが沸き起こった。


「この辺りの町も神殿も、みんな焼き尽くされてんだぞ! 一体どこに行けば、あいつらから逃げられるってんだ!」

「だからって、ここにいても――」

「もう、終わりだ」


 うなだれ、力無くうなだれる者がいる。


「神様はもう、俺たちを見てない」

「あんなもんが、我が物顔でのし歩いてるってのに、知らんふりだ」


 絶望を口にし、神を恨む言葉を口にする者がいる。


「なんで、どうしてこんなことに……」

「あたしら、なんの罪でこんな罰を受けているんだい!?」


 理不尽を突きつけられ、被りを振る者たちがいる。


「こうなりゃ、あいつらに従って生き延びるほかねえ」

「だからって、近づこうとしても殺されるだけだ!」


 あるはずもない生存の道を、必死に模索する者がいる。

 その言葉に、神官は無言で唇を噛みしめ、聖印を握り締めている。


「ねえ、コウジ」


 少年は、かたわらの青年を見上げた。


「僕たち、死んじゃうの?」

「――させない」


 青年は踵を返し、神殿の入り口へ向かって歩んでいく。


「コウジ!?」

「自棄を起こしてはいけない! 戻って」

「もっと早く、こうしておけばよかったんだ」


 その顔は怒りと悔悟に溢れた、今にも泣きだしそうな顔だった。


「神なんて知ったことか! 天界と魔界の勢力図とか、なんで俺に関係がある!」


 彼は胸元に下げていた板を、鎧の下から引き出し、


『待ちなさい、この馬鹿者』


 聞いたこともない声が、その動きを制していた。


『余りある暴力を、自分勝手に奮って後悔するのは、こりごりだったのでは?』

「だからって、お前らの内輪もめに、付き合わされるヒトの身にもなれってんだよ!」

『――少し待ちなさい。『後は貴方の承認だけです。民を救いたいのでしょう?』』


 救い、という言葉がその場にいた皆の不平を止める。

 そして、


『クライアントからGOが出た。仕事にかかりなさい』

「やっとかよ! ほんと、カミサマってのはこれだから!」


 不思議な声の主に、黒髪の青年は拳をならし、奮起する。

 それからコウジは振り返り、優しく、悲し気に笑った。


「ごめんな。ホントはもっと早く、こうしたかったんだ。でも、もう大丈夫だから」


 いったい何を、そう思う間もなく彼は外に飛び出していき、姿を変えた。

 

『え……?』


 空から零れ落ちたような、蒼に染まった小さな竜。

 確かに、竜とは世界における最強種だが、それでもあんな小さな体では。

 そんな不安を吹き飛ばすように、竜の聲が高らかに響き渡った。


神竜威鎧エクソドラゴデウス荒ノ雷皇(ライトニングレックス)――全権能起動アクティベイト!」


 嵐が、そこに顕現した。

 仔竜の周囲で大気が逆巻き、稲妻が迸って大地を焦がす。

 白銀の鎧を身にまとい、目前の空に広がる鉄の絶望を前にして、その全てを食い破らんと、身構える姿。

 それはまさしく、晴れた空に鳴り渡る、霹靂へきれき


「行くぜ!」


 青い稲妻が、破滅を撒く者どもへ、まっしぐらに吶喊とっかんした。

色々あって、書きたい場面と思い付いたことがあったので、拾遺譚二作目です。

久しぶりに神々の世界と、そこで暮らすフィーの話。よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
相変わらずあの魔王の仕業か。滅んでも尚、厄介な。 あの魔王なら意識をコンピューターにアップロードしてても驚かんな そしてフィアクゥルは人の姿も取り戻したのか。 まるでバス◯ードの竜◯兵みたいだ
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