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かみがみ拾遺譚~掉尾の物語~  作者: 真上犬太
掉尾の一、拾い集める者
12/19

11、終わりの向こうへ

 そこは、どう見てもただの草原だった。

 一本の道がその中央を貫き、かなたからこなたへと、人を渡す役目を負っていた。

 二人の旅人が、その中途に立って、辺りを見回していた。


「ほんと、なーんにもないねえ」

「宿の人が言った通りだね。なーんにもない」


 そこはかつて、"知見者"と魔王軍が相対し、魔王軍を打ち破った戦跡、という触れ込みだった。

 だが、特段目立った痕跡はなく、往時のように低木がまばらに生えた、見栄えもしない土地に過ぎなかった。


「これで一通り、"知見者"の戦跡は見て回った、でいいのかな」

「そうだね。さて、ここからが大変だよ」


 猫そっくりの顔を嬉しげに緩めて、イフは相棒に語り聞かせた。


「各地に散らばった『百の勇者』の話を、ひとつひとつ、拾い集めていかないと」

「ほとんど、名も成さなかった人たちばっかりなんでしょ? それって意味なくない?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」


 煙に巻くような言葉にカーヤは顔をしかめ、それでも歩き出した彼女の後に続く。

 その道行の退屈さを紛らわせるように、問いかけた。


「ベルガンダっていう魔将の痕跡は?」

「それも、可能ならね。でも、戦争が終わったころ、不吉だって言われて、ほとんどの砦や支配地は、跡形もなくなってるそうだから」 

「そういえば、昔は良くお話聞かせてもらったね。魔王城の戦い」


 珍しく苦笑し、イフは被りを振った。


「もう言わないよ。簡潔にまとめて、棚の奥にしまっておくから」

「えー、なにそれ! ろくでなしのグリフだって、妙にカッコよく盛られてるのに、イフ姉だけ地味で目立たないのとか、絶対に駄目!」

「……だって、わたしの話なんて、そんなに面白くないし」

「絶対そんなことないって! もー、そういうところは、昔と変わらないんだから」


 正直、目立つのは今でも好きじゃない。

 ユーリやシェートに貰った勇気も、自分のことを語られるという恥ずかしさには、効き目を表してくれることはなかった。

 そんなこちらを察したのか、カーヤは南の山並みに目を向けた。


「村長さんたち、元気でやってるといいね」

「そうだね。そして、大変なのはここからだよ」


 女神の降臨と庇護という、予想だにしなかった事態を経て、コボルトの村は自治を認められた。

 これから先、彼らは人として生き、人としての困難にぶつかっていくことになる。

 それが果たして、幸せであるのかどうかは分からない。


「でも、これからはコボルトとして、言い訳なく生きて行けるんだと思う」

「弱いから搾り取られるわけでもないけど、弱いから大目に見てもらえるわけでもない」

「シェートさんが、最後の戦いで言ってた意味。ようやく、分かったよ」


 思い出す。

 ボロボロに傷つき、死に瀕しながらも、戦い抜いて思いを貫いた姿を。

 そして、自分の終わりの先にさえ、光を求め続けたことも。


「どうして、シェートは、最初から頼んでおかなかったのかな」

「……たぶん、途中で気づいたんだと思うよ」


 空を振り仰ぎ、その蒼さを目に留める。

 モラニアの夏は、包み込むような熱と湿気と、森によって冷やされた、緑の香りのする涼やかさがあった。


「自分たちの力だけでは、どうしようもないことが、あるってことを」

「それなら、その時に、サリア―シェ様に頼めば」

「コボルトのシェート。その名を、その偉業を、容易に使うことはできなかったの」


 彼は自分の力で運命を拓いた。

 しかし、その名はあまりも重く、強くなってしまった。

 ひとたび表に出せば、コボルトたちに無用の重責と、神に認められた叛逆者であるという偏見を、持たせてしまうほどに。


「もしも最初からコボルトが、神に認められた存在と知っていたら、世界の彼らに対する扱いも違ってたと思うよ。もちろん、良くない方向にだけど」

「……そうか。イフ姉も散々、そういう連中に絡まれてたもんね」

「それでも、最後の最後で、コボルトたちだけでは、どうしようもなくなった時、使うために切り札として、用意した」


 どこまでシェート自身が、それを想定していたのかわからない。サリア―シェの振る舞いからすれば、全くの思い付きだったのかもしれない。

 そして、その一撃は間違いなく、大きな獲物を狩り込めた。


「本当に、ただ狩るために、何もかも使い尽くしたんだね」

「あの人はいつも言ってたよ。自分は勇者じゃない、狩人だって」


 目に染みる青さから顔を逸らすと、ふたたび二人は歩き出す。

 だが、妹分の『紫の騎士』は、先ほどとは別の話題を口にした。


「そういえば、イフ姉に質問」

「どうしたの?」

「女王様と別れ際にしてた話、あれってどういう意味?」


 イフはぎゅっと目をつぶり、心持ち足を速めた。蒸し返されたくない問いを振り切るように、ずんずんと先を急ぐ。


『一つ、お伺いしてもよろしいかしら』


 それは女王へのいとまごいの際の、一幕。


『その氏族名。とても奇妙に聞こえるわ。どうして、西方のエルフの言葉と、ドワーフの言葉を、繋げていらっしゃるの?』


 まさか、そんなことを尋ねられるとは。

 いつもなら『二つの種族の和合を祈念して』などと、ごまかしていたのだが。

 彼女は、自分と同じ境涯を持つ人だったから、すぐに気づかれてしまった。


『アルキは西方のエルフ語で『岩』。そしてドルーガはドワーフ語で『宝物庫』あるいは『倉』を意味するはず』

『け、慧眼です。そのとおり、かと』

『昔……私の勇者さまにお伺いしました。彼らの国の氏族名『ミョウジ』は『二つの表意文字』を組み合わせて、表せられることが多いと』


 女王は慈悲深く、それ以上の誰何を止めてくれた。


『どうか貴方の道行が、その名と共に、末永くありますように』


「あれって何なの!? なんで『アルキ』『ドルーガ』に特別な意味があるの!?」

「あー、あー、聞こえなーい、なーにーもーきこえなーい!」


 言いたくない、言えるわけがない。

 こんな形でしか『彼と一緒にいたい』という気持ちを、表せないだなんて。


「ねえってば、ちゃんと説明してよ、イフ姉ってばあっ!」


 騒がしい声が、草原に広がっていく。

 二つの背がもつれ合いながら、彼方の景色へと埋没していく。

 それは夏のある日。

 長い旅路、そのほんの一部の出来事だった。


これにて、拾遺譚その一「イフ編」終了です。

彼女たちの旅はまだ続きますが、これはあくまで「かみがみの拾遺譚」ですので、これ以上は描きません。

さて、次は誰の手による「拾遺」となるでしょうか。

次の更新を、気長にお待ちください。

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