表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かみがみ拾遺譚~掉尾の物語~  作者: 真上犬太
掉尾の一、拾い集める者
10/24

9、闇の獣は夜明けを目指す

 暗い森を、無数の敵が突き進んでいる。

 茂みの内側に、幹の裏側に、あるいはこずえの上を。

 その全てを知りながら、イフはひたすら駆けた。


「とうとうしびれを切らした、って感じかな」


 守るべき馬車は、何事もなく宿泊地の村に入った。

 いや、何事も起させなかった。

 彼らに危害を与える、与えようとする全てを、人知れず屠りながら、その後を追い続けて行った。

 そして、襲撃者たちは最後の手段に出た。


『各員、カードを使え! 当てることを考えるな! 村を焼き討ちし、賊の仕業と見せかければよい!』


 指示を飛ばすのは白仮面の頭領。その容には見覚えがあり過ぎた。


「魔王が倒れ、四半世紀が過ぎようとしている。それでも、貴方たちは」

『その通りだ! 裏切り者の異形の娘! 貴様が相手であるならば、我らは命と意地を掛けて、この任を果たす!』


 凄絶な覚悟で、それぞれの刺客がカードをかざす。その手に握られたのは、広域を破壊して燃やし尽くす類の呪文だ。


『いかな"青天の霹靂"を模した力とて、我らの攻撃を、すべて防ぎきるなど』

「いいえ」


 イフは上着を解き、手にした銀の杖を収める。

 そして、両手足をむき出しにした。


瞬転身フィエンスイニカ――竜爪牙エースティア

 

 白銀の穂先が手足にまとわれ、竜の手足を思わせる形状に変化する。

 

「切り裂け――瞬動雷斬ブラストレイザー!」


 雷光が、暗い森を疾駆した。

 手にしたカードを繰ることも出来ず、数十人からなる飽和攻撃を企図した行為が、瞬く間に塵になって消失していく。


「だが、隙ありだ!」


 全身を雷と化し、その速度と威力で敵を切り裂く。その力は絶大だったが、神の竜ではないイフでは、十全に機能させることができなかった。

 動きが止まり、硬直した瞬間、影が襲い掛かる。


「ば、ばか、なぁっ」


 鋭い毒の刃が、突き刺さるはずの胸元で止まっている。銀色の穂先、エストラゴンの守りによって。


「よもや貴様、そこまで、かの力を」

「貫け」


 手足から外れた四つの穂先が、相手の体を貫き、顔の面を砕け散らす。

 そこにあったのは、あらゆる地で絶滅したと思われた、ゴブリンの顔だった。


「これで、『影以』も終わりですね。そもそも本体が絶えたのに、影だけが残っているなんて、おかしな話なんですよ」

「……そう、思うか?」


 口元から血を吐き、それでもゴブリンは笑った。


「逆だ、小娘。本体があるから、影が落ちるのでは、無い」

「……どういうこと」

「影が落ちるからこそ、本体に、気づくと、知れ」


 そんな不吉を言い残して、この星でおそらく最後の、魔王軍の勢力は、潰えた。



「つまり、魔王が復活するとか、もうしているとか、そういうこと?」


 白くそびえる王城を見つめ、カーヤは不安そうに尋ねた。

 イフは、ゆっくりと首を振る。


「それは無いと思う。そもそも、あの魔王は、たった一人で神の世界どころか、魔の世界さえ向こうに回した存在だよ。良くも悪くも不世出。それに、『魔王』は一度『復活』しているしね」

「……それじゃ、そのゴブリンの言葉は、単なるハッタリ?」

「分からない。彼らの装備も、士気もそれなりに精強だった。魔王軍の敗残兵たちも、魔界に撤退していたはずなのに」


 どこでそれだけの支援を受けていたのか。人々の間にも、彼らを利用して使いこなそうとした勢力があったのか。


「いずれにせよ、あれだけの動員をし、すべて撃退された彼らに、同じ規模の行動を起こす力はないと思うよ」

「つまり、後は政争の場で、ってことか」


 すでに日は、中天に差し掛かろうとしていた。

 二人は歩き出し、城へと向かう。

 調印式の前に、略式の審問を行うと聞いていた。コボルトが人と生きるに値するかどうかを、見定める場として。 

 

「――では、去年の羊の飼育頭数、並びに生産された毛織物の算出について」


 それは査問という名の、拷問だった。

 貴族たちが席に着き、部屋の奥の座には女王が、すべてを見守るように坐していた。

 その全ての視線が、たった一人のコボルトに突き刺さっている。


「な……っ」


 声を上げようとしたカーヤを制し、イフはたった一人で立ち続けるコボルトを見る。


「村、全体、羊、さんびゃ、三百一。織物……綿玉、入れるか」

「……そうだな。綿玉の出荷、租税とした織物、すべてだ」


 手に持った羊皮紙を手繰り、読み上げていく。おそらく、ここまで幾度となく、自分たちの素行や、商業活動について、あるいは人口の増減などを尋ねられたのだろう。

 しかも、座席もあてがわず、休憩も与えられていないようだった。

 

「……クソ共が。ああやって言い間違いや、言いよどみを突こうって肚か。反吐が出る」

「大丈夫、彼はよく耐えているよ。それに、貴族たちを見て」


 詰問している男は、その顔に少なくない苛立ちを抱えている。それを見る群衆には、同様の感情か、全く別の表情があった。


「これまで、伝聞でしかなかったコボルト村の『盛況ぶり』。彼らの土への才能、勤勉な仕事ぶりを数字で表されて、胸算用が始まっているんだよ」

「……コボルトは金になる、か。そういう方向で攻めるしかなかったのは分かるし、女王様の才覚もすごいけど、ちょっとだけ、悲しいね」

「"損得勘定は最初にするべき挨拶だ"。師匠はそんな風に言ってた。まずは利得、次に駆け引き、然る後に友愛、だって」


 やがて、経済的な擦過を探しあぐねた男は、手元の資料を収めて引き下がる。


「長きにわたる質疑で、皆も疲れたでしょう。ここで一時休会としたいが、よろしいな」


 幾人かが手を上げていたが、女王はそれを黙殺する。それぞれが礼を取って会場を辞していき、こちらに視線を送ると、女王もその場を後にする。

 二人は大急ぎで、中央に残された村長に駆け寄った。


「……つか、れた」

「み、水だ。ゆっくり、落ち付いて飲むんだぞ」


 緊張を解いた村長の体が、ぶるぶると震えていた。自分の両肩に、村だけではなく、すべてのコボルトの未来が掛っているのだ。

 それでも気力を奮い起こし、ここまで持たせてきていた。


「イフ姉、なんとかならないの。こんなこと続けられたら、いくらなんでも」

「……村長、さっきの質問内容を、思い出せますか?」

「う、ああ。出荷したもの、羊、家畜の数、畑の広さ、作ったもの。村の奴の数、冬の蓄え、家の造り、井戸の数。あと、悪い事、した奴、いたか。税金、いくら収めたか」


 人口の推移、耕地面積、水場の保有数、蓄財の状況、生産物流、犯罪発生率、そして納税額。

 おおよそ、村落として運営できているかという、評価に関することだ。思った以上に、極めて公平に判断しようとしている。

 むしろ、競りに出される家畜の値踏み。


「これ、ちょっとまずいかも」

「ど……どうして? あたしが言うのもなんだけど、村としてはかなりの上出来だよ? ケデナだったら領主が行幸して、褒美の一つも出すところだもの」

「そうじゃない。これは『横からさらう』ための下準備だよ」


 問題は、彼らがいかにして、コボルトたちの努力を横取りするかだ。

 暴力的な方法ではなく、この場に居た人間が納得し、女王さえも口出ししにくい状況を用意する。


「そういえば、エファレアからの使者が見えなかったね」

「騎士たちも言ってたけど、連中はあくまで外様だし、今回は神殿絡みの勢力が中心だから、大陸派の威勢を増すように動く程度だろうって」

「そうか……今回の襲撃にカード持ちが手配りできたのも、そのせいかもね」

「やっぱり、暗殺者の話を持ち出したほうがいいんじゃ?」


 イフは立ち上がり、首を振った。


「そうなれば、事実関係の洗い出しを盾に、コボルトの独立も棚上げにされるだけだよ。今切るべきカードじゃない」

「……あたしたちも外様だし、できることはない、のか」

「そうでもないよ」


 笑って、相棒の耳元に口を寄せて囁く。


「……たぶん、あると思うけど。あんなのが助けになるの?」

「"どんなガラクタも足しにはなる"、だって。とは言っても、師匠のガラクタは、部屋を狭くする以外に役立たなかったけど」

「分かった、取ってくる。後は任せたからね」


 相棒に手伝いをお願いすると、イフはコボルトの肩を叩いた。


「ここからは、わたしたちが助けになります。貴方は何があっても、うろたえずにいてください」

「ああ、わかった」


 会議場の扉が開き、三々五々と貴族たちが入ってくる。イフはその場を去り、再びコボルトが、受けて立つように周囲を見回す。

 その会衆の中、イフは焼くような、憎悪の視線を感じた。

 村長を、そしてこちらを、忌々し気に見つめる初老の男性。

 その傍ら、白を基調にした装束に身を包んだ男が一人、立っている。

 その襟元に『愛の果実』と呼ばれる木の実をあしらった紋章があった。あれが例の"愛乱教徒"なのだろう。

 入室して来た人々に場所を開け、イフは静かに、壁際へ身を潜めた。

 そして、質疑は再開された。



「女王陛下、ここで一つ、わたくしから奏上させていただきたい、議がございます」


 それは前の質疑でのやり取りの再確認が終わり、場の空気が緩んだ瞬間、放たれた。

 発言者は先ほどの初老の男。


「ヒュバリス公。して、その議とは?」

「ここまでの質疑、それに対する対応。いかにもそこな犬、いえ、コボルトは見事に『躾けられている』と言って問題はないでしょう」

「改めて申し述べますが、彼らは」

「いいえ、陛下」


 彼は立ち上がり、心の陰剣を引き抜いた。


「それは躾の行き届いた犬に過ぎません。猟犬に自らの檻の鍵を与える飼い主はいない。陛下のお考えは、情に偏り過ぎた気の迷い、そう申し上げておるのです」

「その議論は、結局のところ『我らもまた犬ではないか』という疑念を、質疑する必要があります。そして、自らを省みて悪を矯める悟性こそが」

「……そのような哲人の思想など、持ち出さなくとも、犬めらの性根を明らかにする方法があるとすれば、いかかがされますか」


 会場がざわつき、ヒュバリス公の挑戦的な笑みに視線が集まる。人々の反応を把握した後、冷たい陰謀の徒は、かたわらの白服に前を譲った。


「お初にお目りかかります、女王陛下。わたくしはエムバス・リーパス、"愛乱の君"に仕える者。リプガルト市にて、教導宗主補を拝命しております」


 ずいぶん大物を引っ張り出してきたな。イフはほんの少し、警戒を強めた。

 教導宗主は地方における神殿のトップであり、その補佐を務めるという彼は、事実上の教会運営の頭目だ。

 おそらく、この会議で発言力を務め、あわよくばリミリスでの地位を獲得しようという肚積もりなのだろう。


「して、教導宗主補殿。貴方には、何かご意見があると見受けしましたが」

「ええ。そこな犬の性根を、明らかにする方法をご所望とのことでしたので」


 白い服の男は会議場に進み出て、足下のコボルトを、冷たく見下した。


「汝、魔の塵芥より生まれ出で、光にまろびでたる者。身の証をたてる神はありや?」

「え……あ、その」

「失礼。使者殿に一言、申し上げたきことがあります」


 女王は静かに、場の混乱に一石を投じた。


「コボルトの口の形は、人のそれとは違います。典礼に基づく回答、儀礼に乗っ取った言い回しに関しては、生得の形によって不自由をかこちます。この場は平明なる言葉にて、問いただしを」

「……その時点で、この者らを人と見なすのは、いかがなものかと思いますが。良いでしょう、それも神の恩威だ」


 無礼で侮蔑的な態度。そのまま神に仕える男は、柔らかく噛み砕いた糾弾を吐いた。


「貴様らに祈る神はあるか。そして、その声に応える神はあるか、と聞いたのだ。汚らわしき魔の末裔よ」

「え……」


 人々がざわめき、コボルトの村長がうろたえる。おそらく、そんなことを言われるとは思っていなかったのだろう、彼は言葉を突っ返させながら、うめいた。


「い、いない。コボルト、神様、いのらない」

「つまり、神など信じず、その威光にもくだらない、ということだな」

「ち、違う! 神、いるの、知ってる。でも、俺たち、祈らない。そう、言われた」

「誰に? 貴様らに背信しろと述べたのは誰だ?」


 ひどい誘導だ。コボルトはただ、神に祈らないと言ってるだけだ。神の存在を認めながらも、それに望みを掛けない。

 あの人と、同じように。


「ずっとだ。俺、俺たち、神、魔、どっちも祈らない。生きる、そのため、毎日生きるだけ。神様、いてもいい。でも、頼るの、違うから」

「愚かな。神の恩威あってこそ、我らは日々を過ごせるのだ。それに感謝し、祈りを捧げる事こそ、我らを迷妄から救い、魔の手に落ちぬ道だ」


 彼の世界は、神の祈りによって完結している。

 その導きを期待し、正しい行いを認可してもらい、日々の安心を得るために。


「さて、皆様方。いかがでしょうか。この者の性根が、お判りいただけましたか」


 すべての証明は終わったとばかりに、白服の男は会衆を見渡した。貴族たちは事の推移を興味深げに認め、女王は固く表情を凍らせ、ヒュバリス公は無の表情だ。

 その反応に満足し、神の使徒は告げた。


「少なくとも、この犬めは、神に従わない。であるならば、いつかどこかで、間違いを犯すこともありましょう」

「では宗主補殿。この犬を、どう扱えばよいと思うかな?」

「見たところ、躾は行き届いておるようです。ので、首輪をつけて飼い続けるのが、最も賢いやり方かと」


 なるほど、そういう事か。

 コボルトたちの性根、その生き方を、ヒュバリス公は調べさせていたらしい。その性質を突けば、この結論を導けると。


「神の恩威を受け付けぬなら、神の使徒が管理、調教し続けるのが上策でしょう。家畜を飼う家畜を養うというのも、いささか珍妙ですがね」

「つまり、宗主補殿。貴方はこう仰るのですね。"愛乱の君"の名の下に、コボルトに首輪をつけると」

「それが妥当にして最善と申し上げます、女王陛下。何しろ、連中には祈る神が無い。その庇護を買って出られる、酔狂な神の一つ柱もあれば、話は別ですがね」


 女王は言葉を失い、その目元に、隠しきれない悔しさをにじませる。それは強弁ではあったが、人々の不安と欲への渇望を刺激するのに、十分な論法だった。

 イフは深呼吸した。

 ここからは、師匠が大好きだった大博打だ。

 果たして、自分には彼ほどに、博徒の才があるだろうか。


「お待ちいただきたい」


 議会場の影、ほとんど闇に近い場所から、歩み出す。

 人々の目が収束し、強い憎悪と異形の顔に対する嫌悪、侮蔑が投げつけられる。

 その一切に、イフは穏やかな笑みで答えた。


「何者だ、場を弁え……いや、その顔。覚えがあります。魔術師連盟の筆頭にして、魔王討伐に尽力した、"英傑神の使徒"が一人」

「イフ・アルキドルーガと申します。お見知りいただき光栄です、宗主補閣下」


 そして、コボルトの村長の背を守るように、面前の男を睨み据えた。


「貴方の提案に、異議を唱えます」

「魔術の合理は、神の恩威に及ばない。象牙の塔にこもり、衒学げんがくを繰ったところで、人々を啓蒙し、教導し得るのは神の使徒のみだ」

「いいえ閣下。わたしは神の理合いに従って、すべてを明らかにするつもりです」


 その時、会議場の扉が開き、頼もしい相棒が必要なものを揃えて姿を現した。

 あとは、祈るだけだ。


「宗主補閣下、わたしは貴方の言葉に従い、貴方の間違いを証明します」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ