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第七話

毎週木曜日に投稿します。よろしければ読んでみて下さい。

 森の中は入口に立つリオンからは何も(うかが)うことなど出来なかった。リオンは祈る思いでしばらくの間森を見つめていた。イリスが帰って来る気配はない。

・・・・・・あの時すぐに森に入って追っていれば―リオンは後悔で下を向いていたが、顔を上げ決意した足取りで森の入口へ向かってゆく。

「後悔よりもまず動く事よ、リオン」

そう自分に言い聞かせリオンは弟を探す為、森の中へ入って行った。

「・・・・・・」

森は想像していたとおり深い。イリスの姿は無い。もうどの方向に向かえばいいのかさえも分からない。弟を見つけに深く森に入っては自分まで帰れなくなってしまう・・・・・・。

「イリス・・・・・・」

リオンは弟を思い泣きそうになった。

「リオン様!」

左の方から声が聞こえる。

 あの声は、とリオンがその方を見るとイシュマールがそこに立っていた。

「イシュマール様!」

リオンは驚きの声を上げた。

「リオン様、どうして森に?!」

イシュマールは見たこともない少女を抱きかかえていた。

「イリス、イリスが・・・・・・」

リオンの声は不安と戸惑いでかなり震えている。

「イリス様なら大丈夫です。無事に帰ってきます。あまり森の深くに入ったわけではありませんのでご安心を。入口からちょっと入った所で、イリス様と遭遇したのですよ。今、学士と共に森から出ていらっしゃるところですよ」

イシュマールは抱えていた少女の足を地面に下ろして、リオンの震える肩を静めるように片手を置いた。

「本当に?」

リオンの問いにイシュマールは微笑んで(うなず)いてみせた。

「ですから安心して城に帰りましょう。さあ早く森から離れて」

イシュマールの言葉に安心したリオンは、ふと自分の体中に料理の時に使った粉があちこちに付いている事に気付き慌ててそれらを叩き落とした。

「料理をしていましたら、イ、イリスが突然森の方へと駆け出してしまいましたの。商人の子がいたとかで」

「そうですか、先ほどイリス様もその様な事おっしゃっていましたね。確か名はトマでしたか?」

「そうです。商人の子と仲良くなるなんて、もっての外ですわ。あの子のおかげで、イリスは森に取り憑かれたのです。本当にこれだけ心配させてイリスったら、森から出てきたらただじゃ済まさないんだから」

そうこう話しているうちに二人は森の入口付近までたどり着いた。リオンは森の外に出られた事にほっと溜息をもらした。

「無事、森の外に出られましたね。リオン様、イリス様はもうじきいらっしゃいますからここで待っていて下さい。決して再び森に入らない様に。私はこの娘の事で城に急ぎますが、くれぐれも私の言う事お守りください」

リオンは改めてイシュマールに抱きかかえられた少女を見た。・・・・・・何かが起こっている。

―リオンはその少女から異変に関する何かを感じ取った。しかし、イシュマールに今問い詰める時ではない。リオンは直感していた。

「ええ、分かりました。私はここで弟を待っていますわ。イシュマール様はどうぞ先を急いで下さい」

「ありがとうございます」

イシュマールはそう返事を残し、時間を惜しむように城へと駆けて行った。リオンはその慌ただしさを見つめながら、周りのものすべてを変える何かが始まっているような予感を感じていた。

―あの少女は何者なのかしら。静かに取り残された空間をリオンはぼんやりと眺めていた。

「姉さま!」

イリスが森の中から駆け出してきた。見るからに元気そうだ。

「イリス!」

その姿にほっと溜息をもらし、弟を抱きしめた。

「姉さま、痛い」

リオンはイリスを固く抱きしめたまま離そうとしない。

「姉さま・・・・・・離してよ」

イリスは、もがき始めた。

「―だって、離したらどこに行くか分からないじゃない。本当に心配だったんだからね」

「・・・・・・ごめん。おとなしく城に戻るよ。学士様も一緒だし」

「学士様?」

リオンは顔を上げ弟の傍に立つ人物を初めて見た。

「うん、アイン・フォードという方だよ」

そうイリスが言った相手はどう見てもリオンと変わらない年齢に見えた。

「確か―」

確かイシュマールは自分たちの教師として学士を連れて来ると言ってはなかったか。それにしては若すぎる。こんな若い人物が自分の教師だなんて・・・・・・。リオンは驚きの表情で彼を見た。

「確か、私達の教師として学士の方がいらっしゃるとか・・・・・・」

アイン・フォードを見てイリスは「二つ上の姉リオンです」と彼に教えた。

「ええ、私は学士でアイン・フォードと申します。イシュマール様の代わりに教師を勤めさせていただきます」

「そ、そうですか・・・・・・。私はイリスの姉で四の姫リオン・ランド・シータと申します。よろしくお願いします」

リオンは事実に戸惑いながらも笑顔を作って彼に挨拶をした。

いえ、こちらこそと短く答えるアイン・フォードの顔は(すす)けて眼だけが鋭く光る。彼から漂う獣の臭いを嗅ぎながら、リオンは自分と年の変わらぬ少年に教えてもらう事に少し抵抗を感じていた。イスターテには尊老の方が多いのだと思っていた。彼女の姉たちが学んでいた時には、皆それくらいの年齢の方々が学士としてランドールに来ていたので、リオンはそう思っていたが、実はそうでもないらしい。イシュマールが来た時にはその若さに皆で驚いたものだった。アイン・フォードはその彼のもっと下だろう。姉さまたちも驚くに違いない。それに彼には人を寄せ付けない何かがあった。

・・・・・・まあ、後半月もすれば私も十六、学士様から教わる事も無くなる。それまでの辛抱だ。リオンはそう自分に言い聞かせた。ランドールの王女は十六まで学士に教わると大人の仲間入りをする。それから花嫁になる準備を四年ほどして国の者と結婚するのが彼女たちの決まり事だった。

「―さあ、行きましょうよ。城へ」

二人の間が気詰まりな雰囲気になりかけるその前に、イリスはアイン・フォードの袖を引っ張り先へと促した。リオンはその後を少し離れて歩き出した。三人が急いで帰る高塔に薄暮の色がかかり始めていた。彼らが城に帰り着いた時にはその色は深く黄昏色に変わりつつあった。


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