第四十九話
毎週木曜日に投稿します。よろしければ読んでみて下さい。
「・・・・・・」
先程から水の音の向こうに、何かが聞こえてくるような感覚がイリスの耳にあった。
「何だろう」
しかし、イリスには何の音か理解できない。ただ、気味の悪さだけが彼の心にこびりつく。
「―・・・・・・」
それが、人の声だと気づいた時、イリスは川の向こうに、人が立っている場所を見つけていた。
「シェルシード?」
銀色に鈍る髪と長身の立ち姿。それは遠くからでも確認できた。
―なぜ?ここに?
イリスは即座に警戒をした。ランドールに居るはずの彼がここに立っているのだ?
「・・・・・・」
シェルシードの口はしきりに何かを言って動いている。しかし、川の音に遮られてイリスの所には届かない。彼に何があったというのだろう。これは夢なのか?それとも敵の罠なのか。何かランドールに異変でもあったのだろうか?それだったら、他の者はどうしたというのだろう。彼がこんな所に申し合わせたように、自分の前に現れるのは不自然だ。
―しかし、ランドールに何かあって、彼が本当に大変な目に遭っているのなら助けてあげたい。それにしても、彼はおかしい。一体何故ここに?イリスは疑心暗鬼になっていた。
「・・・・・・」
イリスは対岸に立つシェルシードを見つめ続け考えた。そして自身の心の中でせめぎ続ける考えの一つを打ち消した。
イリスは森の中へ再び入り、シェルシードが見えなくなる所へと駆け出した。その時シェルシードの顔がどんな表情だったのかは、わからない。川の音の向こうで自分の名を呼ぶ声が微かに聞こえたような気がした。
「・・・・・・」
イリスの心は謝罪と後悔と自身を責める声で一杯だった。
―なぜ逃げた?彼は助けを求めていたのかもしれないのに。
―もし“闇”の者だったらどうするんだ?それに川の向こうではどうしょうもない。あんなに離れているんだ。彼は何かおかしい。いつもの彼とは思えなかった。どう表現すればいいのかわからないが、何かが変だ。あれはシェルシードじゃない。彼なんかじゃないんだ!
イリスは自身の責める声に精一杯反論した。しかし、彼の心は、ずたずたに傷つき休まる事はなかった。暗い後悔だけが彼に残った。
―どうして見捨てたりしたんだ!
イリスは自分の心の声に追われながら、森の奥へ奥へと入っていった。
足元の苔は水を含み不快な足音はイリスを憂鬱にさせた。歩く先の方に暗く窪んだ穴が大きく広がっている。
「・・・・・・」
イリスは穴に入り真っ直ぐ進むべきか悩んだ。穴は大きく、穴の縁を歩いて向こうへ辿り着くのはあまりにも遠すぎる。イリスの足は穴の縁まで辿り着いた。
「・・・・・・」
イリスはこの穴に入る事に決めた。穴の中は苔に覆われているだけで、歩きにくいほどではない。穴に入れば進む方向に坂があり、石も多く登れそうな感じだ。迷っている場合じゃない。早くこの森をぬけなくてはいけない。イリスは穴に足を踏み入れた。
「・・・・・・?」
イリスは穴に一歩一歩入るごとに、何か急に息苦しくなってきたように思えた。
―疲れたのかな。
そう思っている間にも、イリスの身体は何かに圧し掛かられたように苦しく、呼吸も既にできないほどになっていった。
―この穴は危ない。
イリスは尽きかける意識を抗うように、手を伸ばし穴から這い上がろうとした。
―何かに憑りつかれたのか?苦しい、重い。
イリスの身体は重い恐ろしいものに圧し掛かられたように動かない。
「―」
それでも、イリスは穴の縁へと這い上がって来た。揺らぐ視界の向こうに何かがいる。
イリスは自身の危機に抗うように目を開けようとしたが、それは次第に狭まり彼は薄れゆく意識の向こうで何かを呟いた。




