第四十七話
毎週木曜日に投稿します。よろしければ読んでみて下さい。
ティルロードと共に駆け抜ける風がリオンの頬を弄る。風の音切れ切れに何かの声がリオンの耳に囁きかけてきた。その声が明瞭になればなるほど、“闇”の追い手が近付いている事を感じせざるを得なかった。自分の行った事が唯一の希望を失い、最大の恐怖を呼び寄せたのだ。リオンはアイン・フォードの背中にしがみつきながら“闇”の囁き声から逃れるように目を閉じた。瞼に光を感じない恐怖に泣き叫びそうになりながらイリスの事を思い振り返った。固く閉じた脳裏に浮かぶのは泣いている弟の姿。
―ごめんね、イリス。姉さまが悪かったわ。浅はかだった姉さまを許して。姉さまが必ず何とかしてあげる、きっと助けるから。何があっても助けるから。どんな事が起こっても命かけて助ける。
リオンは何とかすると心の中で幾度も呟き続けた。それはリオンの決意であったし、願いや、恐怖から逃れる呪文のようなものだったのかもしれない。その自身の声が彼女の心の中で次第に広がり始めた。不安とせめぎ合うようにリオンの胸の中で悲鳴に近い声を上げつつあった。リオンの瞳に涙が滲み始めた頃、彼女の瞼に温かな光が差し込んできた。
「・・・・・・?」
―光?そう思ったと同時に馬の歩みが止まった。
「―もう、“それ”の追い手は振り切りました。目を開けても結構ですよ」
アイン・フォードの声がする。
「・・・・・・開けてもいいのですか?」
「ええ、大丈夫です」
「・・・・・・」
リオンが目を開けると視界に飛び込んできたのは、柔らかな日差しと若草の草原。
「よく耐えられました。あなたの勇気に感謝します」
そう言うアイン・フォードの瞳は優しい。
「もう大丈夫なのですか?」
「今のところは。“それ”が本当に嫌がるものをまき散らしていきましたから、私達の痕跡を見つける事が、彼らにはかなり困難でしょう」
「何をしたのです?」
「―呪いのようなものを」
「呪い・・・・・・そういえば、私呪文を呟くのを忘れていました」
リオンは今の今まで教えてもらったアイン・フォードの呪文を忘れていたことに激しい恐怖を覚えた。その呪文を唱えなかったことによって、何か自身やアイン・フォードに災いが降りかかってはいないだろうか、と心の底から心配した。
「ああ、その事なら今のあなたを見れば大丈夫ですよ」
「何か大変な事が起こりませんか?私はイリスの事が心配で、彼の事しか頭になかったものですから」
「それなら、大丈夫ですよ。私があなたに教えたのは”安心”というエリアン達の言葉の一つ。その言葉は“それ”に対して何の効果もないのです。一つの事に集中させることに意味があったのです。”それ”の声が聞き取れない心に隙を与えない、それが唯一の対処方法なのですよ」
「”それ“の声も微かにしたけど、何を言っているかまでは、わからなかったです。・・・・・・じゃ、それが良かったのですか?」
「ええ、“それ”の声に耳を傾けたりすれば、お仕舞いでした。よく耐えられましたね」
「何も見ようとせずに目を固く閉じていたからかもしれません、あの時目を開けていれば、悲しさに負け”それ”に落ちていたかも」
リオンは”闇”に下って行った可能性があったにもかかわらず、イリスを思う事で守られたのだと実感した。
「あなたはこのような事態になっても、私のした事を責めないのですね」
「起きたことに対してあなたを責めても仕方のない事です。それよりも、“それ”に堕ちなかったあなたを褒めて差し上げたいくらいです」
「ありがとうございます。私はあなたの存在が怖かったです。今でも何が怖いのかわかりません。あなたを恐れる理由が漠然として、うまく表現できません。私のあなたへの恐怖が、イリスを巻き込み、最悪の事態にして、私は私の愚かな行為によって、守らなくてはいけない弟をとんでもない方向へと行かせてしまいました。過去を取り戻したい。そして、あの時の自分を殴りつけてやりたいです。でも、どうしようもない、私がどんなに思っても時は戻らない・・・・・・」
リオンは下を向き暗い悲しい顔色になった。しかし、次の瞬間目をはっきりを開け顔を上げて見せた。
「―弟を助けたいです。そして、私の過ちをこれから何とか取り戻したい、本当に最悪な事態にならない前に」
「ええ、イリス様のもとへ急ぎましょう、リオン様」
「はい」
リオンは学士の背中に顔を埋め、流れる涙を押しとどめた。
「・・・・・・」
アイン・フォードは、彼女の涙の熱さを背中に感じ取り、口を開きかけたが、その口から出たのは、馬を動かす命令の声だけだった。




